きっと有名人は、こんなホテルとかに泊まっているに違いない。 Ⅰ
修行回、みたいなお話になります。
十四
どれだけの時間が経っただろうか、そして試し撃ちと称してどれだけの魔法を放っただろうか。非常に気分爽快です。
呪文を唱え、魔法名を叫ぶと共に繰り出される魔法の光。これこそ何度も夢にまで見た魔法使いの姿。これがはしゃがずにいられるだろうか。いられる訳がない。
そうして乱発した結果、今は何十回目かの再使用時間の経過待ち中だ。
このスフィアというアイテム。パスワードを言うと右手に魔方陣のような円が纏わり付き、発動と同時に輝くという仕様で、より魔導師っぽく演出してくれる。そのため、魔法を放つたびについポーズを取ってしまう。というより、カッコイイポーズを取るのも一つの訓練に組み込んでみた。
あとは、意識レベルでの調整というのも最初は戸惑ったがコツが分かれば楽なもんだ。
呪文まで終わったら一旦止めて、あーいう感じこーいう感じという事を考えながら魔法名を言うと、それが反映されて弾道が変化する。
さっきまでの光景を思い浮かべながら、調子に乗って新しく登録した三つの魔法についてもシミュレーションを繰り返す。
内一つは、意識による調整をふんだんに使った必殺技なため、制御が難しい。
あと二つは、防御系と遠距離範囲系として設定した。自分で魔法を作るような感覚と、使い込むことで強くなるというハティの言葉、魔法を撃つのが楽しくて、更にそれにより強くなる。一石二鳥な事と、待望の世界に来れた嬉しさも相まって、もう誰も私を止められない。そう、私ですら!
スフィアに表示されていた再使用時間を表すゲージが消える。
「我願わくば光を、ホワイトデスローナー!」
同時に炸裂する眩く輝く閃光。範囲系で登録した新魔法だ。今はこれの出現距離をしっかりと把握するために絶賛連発中である。
ただし、威力二の範囲三としてあるので合計威力は六、リキャストが発生するギリギリなので十二秒に一回のペースだ。まあ、待ちきれず連発して何度も再使用時間待ちになっているけれど気にしない。これは再使用時間がどれほど発生するかの実験でもある。と言い訳を考える。
ちなみに距離は十としてある。この魔法は、遠距離攻撃用に設定した。範囲なので距離さえ上手く掴めれば非常に有効な攻撃手段となるだろう。特に物陰に身を隠しながらとか。
……卑怯じゃない、戦略と言ってほしい。
「うん、こんなもんかな」
一番最初に登録したセイクリッドトリガーは、もうほぼ問題なく扱えるようになったはずだ。軌道を曲げたりするほか、途中で炸裂させるなんてのも出来る事が分かった。ハティが使いながら覚える方が早いと言っていたが、こういう事なのだろう。
とりあえず登録した四つの魔法は、それなりに実戦でも運用出来るようになったはずだ。私の才能が恐ろしい。
さて、一息ついたらお腹が空いてきました。
伸びをしながら回りに目をやると、森は真っ暗な闇に包まれていて空には月が浮かんでいた。いつの間にかもう夜だ。
今居る場所、つまり石球の内部はどういう原理か床が薄っすらと光り、暗さを感じさせない。見渡すまで、日が落ちたのすら気づかなかったくらいだ。
それはさておき、戦いながらの使用を想定しながらの訓練だった。そのため走ったり横っ飛びしながらターゲットめがけて魔法を当てるといったやり方はなかなかに運動量が多かったようだ。気づくと下着がべっちょりしている。髪とかも肌にぺったりとくっついてくる。よく考えると、アクゼリュスから逃げ回った後に着替えずに今またこんな状態、これはちょっと乙女的にまずい状態じゃなかろうか。
ふと考えると、ハティが居なくてよかったと思う。狼ならば犬と同じで鼻が利くだろう、そんな鼻で今の私を嗅がれたらと思うともう……。
ちょっと制服の胸元を引っ張り少し嗅いでみる。くんくん。
「うん、お風呂に入ろう!」
これは最優先次項だ。
「居住区にあるかな!?」
ハティと別れた後、今までずっと魔法の練習ばかりしていたので、まだ居住区にも研究所にも行っていない。なのでそろそろ今日の寝床となる所へ赴き、お風呂に入った後に夕飯といこうではないか。お風呂……あるといいな。
「っと、その前に」
石球の門を閉めておこう。危険な生物は入ってこれないといっても、やはり戸締りはきちんとしておくべきだろう。こんな美少女がこんな人気の無い所に居るのだ、もしも盗賊とかが入ってきたら私の貞操の危機になる。ああ、美しいって罪ね。
五つの突起に手を置き、門がしっかりと閉まるのを見届けたら、魔法に巻き込まないよう階段の隅に置いておいたカバンを手に取りスフィアをしまい、そのまま階下へと降りる。この階段もほんのり光っていて、足元の安全は完璧だ。
降りきった後すぐ目の前に扉らしきものがあったが、手をかけるところも回すところも付いておらず、ただ五つの白い円があるだけだった。
だがそれは、門と同じように並んでいたのですぐに予想は出来る。
案の定そこに手を置くと扉は開き、奥には壁も床も白く長い廊下が続いていた。その廊下も淡い光を放ち、電灯らしきものは何一つ無いのに隅々まで見て取れる。
廊下の途中にはいくつかの青く縁取られた黒い扉があり、その全てに五つの白い円がついていた。扉の小窓から中を覗いてみると、何やら良く分からない機材や薬品ぽいのが並んでいて、すぐここが研究所だというのが分かる。だがまずは居住区だ、お風呂が今の私の望み。
すれ違う小窓を覗きながら更に奥へと廊下を進んでいくと、途中のとは明らかに違う感じの扉に突き当たった。
「およよ、ドアノブだ」
やけに懐かしさを感じるそのノブを回し、ゆっくりと開く。すると今度は左右の両端が目で確認出来ないくらいの長さの廊下が伸びている。ここは丁度廊下中央辺りだろうか。
ここにもいくつかの扉が並んでおり、全てにドアノブが付いていた。何となく生活感がある気配からここが居住区なのかなと直感する。
「お風呂おっ風呂~」
とりあえず近場のドアノブを回すと、特にカギ等はかかっていないようですぐに開いてくれた。
「うむ、素直な扉だ。泉の部屋とは大違いだな!」
中に入ると、玄関のようになっていたので靴を脱ぎ奥へと向う。するとそこは保健室みたいな部屋だった。白い床で、白いソファーと中央には白いテーブル、いくつかの扉と薬品棚の代わりに本棚が並んでいるといったような感じだ。
「居住区……だよね?」
ちょっと不安になって部屋の中を色々と見て回ってみると、前に紗由里の親が経営する店の調理場で見かけた業務用冷蔵庫のような物が目に入る。開けてみると、ひんやりとした冷気が足元を撫でていった。
その中には銀色に鈍く光る円筒形の物体、缶詰のような物が入っていた。うん、多分これは冷蔵庫で間違いない。
戸を閉めて他にも何かないか探すと、ぱっと見じゃあそれと分からない位に一体化されたシステムキッチンを華麗に発見する。さすが私の全てを見破る魔眼。どんなに緻密に隠そうとお見通しだ。
そんなシステムキッチンの向かい側の扉の上に時計がかかっており、六時半ちょっと過ぎ辺りを示している。果たしてこの時計は合っているのだろうか。不安だが目安にはなるだろう。
時計下の部屋の扉を開けると、白いベットが置かれているだけで他には何も無い。純粋に寝るだけのベットルームみたいだ。しかしこれで今日はゆっくりと眠れそうだ。
部屋から出てキッチンまで戻り二つ並んだ扉の左を開けると、白い空間に棚がいくつかあり洗面所っぽいのが備え付けられていた。そして奥に見える独特のガラス戸により、ここは脱衣所、そしてその先は待望のお風呂だと直感する。間違いない、ここは居住区だ。
目的地は見つかった。早速とばかりにカバンを置くと着ているものを脱ぎ捨てて、お風呂場へと突入する。
見た感じは、ちょっとオシャレを気取ったホテルのバスルーム、といった感じで、どこをどうすればお湯が出るのか良く分からなかった。というか、そもそもお湯は出るのだろうか? 普通に明るくて気づかなかったけど、これは電気で光っているのだろうか。謎は深まるが、ハティが機能はまだ生きていると言っていた。言葉通りならばきっと大丈夫だと思うんだけど、果たして……。