表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】もう、あなたの好みに合わせる必要はありませんので、さよなら。  作者: 逆立ちハムスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

7

彼女は優雅に脚を組み直し、頬杖をつきながら、オーレリウスに向かって低く、透き通った声で語りかけた。


「オーレリウス様」


その一言だけで、オーレリウスの全身に鳥肌が立った。かつて彼が聞き慣れていた、低く自信のない声ではない。魂を直接揺さぶるような、圧倒的な支配者の声。


「もう、あなたの好みに合わせる必要はありませんので。……そう申し上げたはずですが? ご自分の記憶力すら、過酷な現実の前に失ってしまわれたのですか?」


「な……っ! 貴様……貴様ぁっ! 私を騙していたのか!? 自分の魔力を隠し、カエキリアの資産を隠し、私を陥れるために……!」


「騙す?」

ヴァレリアは不敵に目を細めた。


「いいえ。私は一度たりとも、あなたを騙してなどおりませんわ。私がただ静かに首を垂れていたのは、カエキリア家としての『契約』を守るため。あなたが私を傷つけ、貶め、嘲笑う間も、私はあなたという人間が、どこまで愚かで、どこまで醜いのかを、じっと観察していただけに過ぎません」


ヴァレリアはそっと自分の首元に触れた。そこには、カシアンが贈った漆黒のチョーカーが輝いている。


「あなたが私に与えたあの鉄の針……痛かったですわ。ですが、感謝もしていますの。あの痛みが毎夜、私に教えてくれましたから。『このような浅薄な男に、自分の人生を差し出す価値など微塵もない』とね」


「く……ぐっ……!」


「あなたが私を捨て、あの可憐な『聖女様』をお選びになった瞬間、私を縛る最後の鎖は切れました。感謝いたしますわ、オーレリウス様。あなたのおかげで、私は本来の自分を取り戻し、真に私を理解し、愛してくださる『最高のお方』と巡り会うことができたのですから」


ヴァレリアが隣のカシアンに視線を送ると、カシアンは愛おしそうに彼女の手を取り、その甲に深々とキスを落とした。


「私のヴァレリア。今日この日より、お前はセヴェルス大公家の正妃であり、北の全土を統べる夜の女王だ」


カシアンの堂々たる宣言が、大殿内に響き渡る。


「セヴェルス大公妃……!?」

「あの没落令嬢が……帝国の頂点に立つ大公妃だと!?」


傍聴席が揺れた。

アンテニウス公爵家など比較にならない、帝国最強の武力と財力を誇るセヴェルス大公家。その正妃の座に、ヴァレリアが就いたのだ。


「う……嘘だ……嘘だぁぁぁっ!」


オーレリウスの隣で、ラヴィニアが発狂したように叫んだ。


「あり得ませんわ! そんな泥人形のような女が、大公妃だなんて! 私は聖女ですのよ!? 私の治癒の光こそが、至高なのですわ! 誰か……誰か私の腕を治して! オーレリウス様、どうにかしてと言っているでしょう! 私を助けて!!」


ラヴィニアはオーレリウスの服にしがみつき、激しく揺さぶった。

だが、すでに極限状態にあったオーレリウスの感情が、完全に破綻した。


「失せろ! この害虫がぁぁぁっ!!」


ガツン! と、オーレリウスはラヴィニアの顔面を力任せに殴り飛ばした。


「キャアァァァっ!?」

ラヴィニアは悲鳴を上げて床に転がり、鼻から血を流して泣き叫んだ。貴族たちの前で繰り広げられる、惨めで醜悪な暴行。かつて「光の貴公子」と「聖女」と呼ばれた二人の、これが成り果てた姿だった。


議長が重々しく槌を叩いた。


「静粛に! 被告人オーレリウス・アンテニウス、ならびにラヴィニア・シルウィア! これより、審議会の判決を言い渡す!」


大殿内が水を打ったように静まり返る。

議長は冷酷な目で、手元の判決書を読み上げた。


「被告人オーレリウス・アンテニウス。長年にわたるカエキリア家への不正な魔力搾取、文書偽造、ならびに八十万枚の債務不履行。さらには昨今の結界暴走による帝都への損害。これらを鑑み、アンテニウス公爵家の【爵位全剥奪】、ならびに【全財産の即時没収】を命じる!」


「な……爵位剥奪……!? 全財産没収……!?」


オーレリウスの顔から、完全に色彩が失われた。


「さらに、返済不能となった負債の代償として、被告人オーレリウス・アンテニウスは帝国最南端の『黒鉄鉱山』への【生涯強制労働囚】として即時送還とする!」


「鉱山……!? 生涯労働囚だと……!? 私が……この私が、泥にまみれて作業しろというのか!? 冗談じゃない、私は公爵家の……!」


「連れて行け!」


議長の叫びと共に、厳重な装備を固めた第一騎士団の騎士たちが雪崩れ込み、オーレリウスを床に押し付けた。


「放せ! 放せぇぇっ! ヴァレリア! 助けてくれ、ヴァレリアぁぁっ! 私が悪かった! お前の髪は美しい! その瞳も素晴らしい! 頼む、昔のように私に尽くしてくれ! 公爵夫人の座をやるから! 助けてくれぇぇぇっ!!」


地面に顔を擦り付け、惨めに涙と鼻水を流しながら縋り付いてくるオーレリウス。

その姿は、かつてヴァレリアを冷たい床にひざまずかせ、嘲笑っていた時の構図と、完璧に逆転していた。


ヴァレリアは、ゆっくりと立ち上がった。

彼女の足元から、薄暗い影が伸び、オーレリウスの目の前でぴたりと止まる。


ヴァレリアは、彼を見下ろし、この上なく冷たく、そして美しい笑みを浮かべた。


「さようなら、オーレリウス様。過酷な鉱山の底で、あなたが大嫌いだった『泥と闇』にまみれて、一生を終えられることを……心よりお祈り申し上げますわ」


「ヴァレリアァァァァァッ――!!」


絶叫を残し、オーレリウスは騎士たちによって引きずられていった。

ラヴィニアもまた、破産した実家と共に奴隷市場へと売り払われるため、悲鳴を上げながら連行されていった。


大殿内に残されたのは、圧倒的な静寂と、新しき「闇の女王」の誕生を称える、万雷の拍手であった。


---


審判の大殿を後にし、帝都の街を見下ろす外のバルコニー。

昼の太陽が輝いていたが、ヴァレリアの周囲だけは、心地よい夜の深遠な空気が漂っていた。


風が、彼女の美しい黒髪を優しく揺らす。


後ろから、温かい腕がヴァレリアの腰を抱き寄せた。カシアンが、彼女の首筋に優しく顔をうずめる。


「見事だったぞ、ヴァレリア。最高の『仕返し』だったな」


「ええ……ふふ、本当に、胸がすくような一日でしたわ」


ヴァレリアはカシアンの胸に背中を預け、空を見上げた。

かつて自分を閉じ込めていた白亜の檻は崩れ去り、目の前にはどこまでも広がる自由な空が広がっている。


「これからは、お前の好きなように生きるがいい。私の隣で、お前が望むすべてのものを手に入れろ」


カシアンの言葉に、ヴァレリアは振り返り、彼の深紅の瞳をじっと見つめ返した。


「私が望むものは……もう、ここにありますわ、カシアン様」


彼女は自らカシアンの首に手を回し、その唇に、愛と誓いを込めた深い吻を贈った。


もう、誰の好みに合わせる必要もない。

己の色を誇り、己の力を解き放ち、最愛の伴侶と共に歩む。


漆黒の女王の真の物語は、今この瞬間から、新しく始まりを告げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ