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かりん党  作者: 相上音
前編 告白
20/44

20

 また重なったな……え?

 「……えっと……あの……なんですって?」

 笑って聞き返す。

 すると二人は明らかに困惑してしまった。

 「あの……それはつまり、もう一度言えということでしょうか? さすがにそれはちょっと……あまり何度も言うようなことでは……」

 「同感だ」

 「え、あ、なんかごめん。ちょっと待って、ちゃんと聞いたはずだから、思い出すから、今整理するから」

 ポクポクポク……チーン。

 「あ、なるほど、俺、告白されたのか」

 遅れてやって来た認識。

 一向にやって来ない理解。

 湧き上がって来る疑問。

 「いや、人違いじゃありませんか?」

 「そんなことありません!」

 「そんなことない!」

 おぉ、こえ。

 じゃあ……本当? 本当に、今、俺、告白された?

 ……まったくぴんと来ない。嬉しいはずなのに、なんともない。

 あ、そうか、分かってるからだ。こんな俺を好きになるはずがないと。ちくしょう。

 「じゃあ……何で?」

 すっかりさっぱりこれっぽちも分からない、本当に人違いなんじゃないのか? 恥ずかしくて言い出せないだけとか?

 「それは……」

 二人はそう言うとまた俯いてしまった。

 なんだ? 質問の仕方が悪かったのか?

 「えっと、なんで俺なのかな?」

 ……無反応。

 「あ、あれ、理由は……無い、のかな?」

 ……沈黙。

 「……もしかして、俺のこと嫌い?」

 ……静寂。

 「いやもし本当に告白したんならせめてそこは否定しようよ!」

 「と、とにかく、ご返事いただけますか?」

 「そ、そうだ、どうなんだ!」

 あっれ~なんか怒ってない?

 二人にはつい先日の追いかけっこの時の雰囲気が徐々に出てき始めている。

 「えぇ~っと……何だこれ……どうなってるんだ」

 怖い。情けないことに今背中は冷や汗でびっしょびしょ。額から頬を伝って汗が垂れている感覚もする。

 しかしなんなんだこれは、悪い冗談か? ……ん? 冗談? ……なるほどな。

 「……ふっ、分かった、分かっちゃったぞ!」

 脈絡もなにもあったもんじゃない台詞をいきなり吐いて笑い出した俺を、二人は明らかに怪訝そうな顔で見ている。その様子じゃ、まだ俺が気付いていないと思っているな。

 まったく、俺も甘く見られたもんだ。

 「分かったよ……もういいって。これあれだろ? ドッキリだろ? どうりで告白した理由が言えないわけだ。それは、本当は俺に告白なんてするつもりなんてない、これがお芝居だからさっ! こんな純粋無垢な青少年をいたいけなハートをお笑いのだしにしやがって……なんて悪党! 非道! 人外! 北斗七星に変わってお仕置きしてくれるわっ!」

 人差し指をビシッと前にさしてバッチリ決めた。

 はずだった。

 ……はずだった。

 …………はずだった?

 あれ? 何この空気。何その冷たい目。

 「大丈夫ですか?」

 「大丈夫か?」

 「ぐはぁ!」

 精神に効果抜群だ。

 俺の心は折れた。

 「……違うの?」

 「違います」

 「違う」

 ……違った。

 ゆっくりと、さりげなく、自然に、指を下ろす。

 ……恥かいたぁ~。

 「じゃあ、告白は、本当?」

 二人はまた何もしゃべらない。ただ、今回は首を縦に振ることで答えてくれた。

 ……………………………………やっべ。

 やっべやっべやっべやっべやっべ!

 告白されちゃったよ! 

 しかも二人から! 

 しかもかなりの美少女から!

 どうしよどうするどうしちゃお!

 頭の中ではお祭り騒ぎ。小さな俺がわらわら何処からか現れたかと思うとさながら『ええじゃないか』の如く踊り狂う。肩を組み合い歌を歌う。

 つかの間のパッピータイムだった。その時間はあまりに短く、故に儚い。

 ……よし、十分に幸せな気分を味わえた。丁重にお断りさせていただきますか。ちくしょう。

 「……二人の気持ちはすごくうれしいよ。だけどお互いまだよく知らないじゃん? なのにいきなり付き合うなんて早すぎないかな? 二人が俺のことをどう思っているのかは分からないけど、たぶんかなり美化しちゃってると思うんだ。だから……ね?」

 ぐだぐだとダラダラと曖昧。断るとしたってこんな回りくどいこと言ってしまう自分……かっこ悪すぎ。

 だがしかし、これこそが正しい選択なのだ……と、誰にともなく言い訳。いつの間にか小さな俺は責任を逃れるためにとどこかへ隠れてしまっている。この薄情者たちめ。

 何の因果か、こんな超がつくと言っても過言ではない美少女二人に迫られるというラブコメの主人公的なイベントが起きたというのに、とうの俺にはその主人公たる特殊能力なんてあいにく持ち合わせていない。惜しむらくは俺を育んだ環境か。

 分かってる、分かっているさ。もちろんこんな人生における三回の頑張り所を全部捧げたって訪れるはずがないシチュエーションを逃すなんてバカだとは思う。全速力で豆腐の角に頭を衝突して死んでしまった方がいいんじゃないかって思う。でも、それでも、俺はこうする。こうしなくてはいけない。

 だっておかしいだろう? 普通に考えたらおかしいだろう? たとえこれがドッキリでないにしても、哀れな男子高校生に対する奉仕活動でないとしても、こんなのおかしいじゃないか。俺は特別見た相手を幸せにするような甘いマスクを携えているわけでも、雨の日にちょうど捨てられた子犬を見つけて拾い上げたところをちょうど見られるようなラッキーを持っているわけでも、無理と分かっている戦いに粉骨砕身の思いで突っ込んでいけるような肝っ玉を備えているわけでもない。長所は普通短所は普遍なこの俺に、こんな子たちが好意を寄せる状況が、あっていいわけがないだろう。もしこれが何かが可哀そうな俺への神様からの贈り物だと言うのなら、それこそ無慈悲だ。身の丈の合わない贈り物は、ただ自分の身の丈を再度思い知るだけじゃないか。一刻優越感に染色されて、いつかはより暗く低くなっていくだけじゃないか。本来報われるべきだった誰から、憎しみをぶつけられるだけじゃないか。そんなものに、耐えられるわけがないじゃないか。俺は、本当に小心者なのだから。だから、むしろこんな選択なんていらなかったんだ。こんなことをされるから、余計に空しくなるんじゃないか――なんつって! ちょっと主人公感に浸ってみちゃったりした! 正直そこまで考えちゃいねーよ。ただまぁ、立つ鳥跡を濁さずってね。こればっかりは仕方ないのさ。たとえ、渇望していたことだとしてもね。

 さて俺からの回答は彼女たちに衝撃を与えたようで、こんな悠長に脳内独り言ちが行われるほど沈黙が続く。まぁそれはそうだろう、自覚がないわけはないでしょうが、高飛車と言われるほどまででもない程度で自分たちの容姿を把握している彼女たちにしてみれば、俺が断るなんて考えられないのだろう。だがしかし気が付いてほしい、俺だって本当は断りたくない、こんな冷静にものを考えているように見せかけて、我慢のため噛んだ唇からは血が少量ではあるが噴き出してもいるのだ、多分。

 ちくしょう~もったいねぇ~。でもいいさ、これでいいのさ、こんなこと、明日になったら俺の妄想だったと思い聞かせるとするさ! こんちくしょう!

 だから俺は、今すぐにでもここから逃げ出したい所存である。がしかし、さすがにここまで粗相を重ねておいて最後の最後までそのような事をブチかますほど俺は俺を厚顔無恥ではないと信じている。だから待つ。

 そして、口が開かれる。そこからは俺崩壊必至バリバリ罵詈が――

 「では、教えてくれ」

 「……え?」

 「夏依さんのこと、教えて下さい」

 「……はい?」

 二人は、まっすぐこちらを見ている。

 おいおいおい、なんだこれは? こんなはずじゃ、こうじゃないだろ……

 「それでいいんだよな?」

 「そうすればお返事をいただけるんですよね?」

 有無も言えない雰囲気である。

 ……その笑顔は、向こう側で沈みかけた夕日のせいもあるかもしれないけど、すごく眩しくて、きれいで、思わず顔を伏せた俺は―――

 「だめだこりゃ」

 想定外の展開に、ただただ流されていくのを感じていた。

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