控え室のドタバタ
一口に控え室と言っても、何しろ惑星レクで最も格式高いホテルのそれであるため、内装は豪華の一言。
これは恥ずかしくて他言できるものではないが、ハッキリ言って、宮中における俺の部屋よりもよほどゴージャスな造りである。
赤と金で彩られた内装と調度品を端的に言い表すならば――ロイヤル。
今にもこの場において、王様と勇者の謁見が始まりそうな雰囲気すら漂っているのだ。
そうして送り出された先、まずは身支度用に渡されたカッスい金で、竹竿を買うか棍棒を買うか悩むことになるのであろう。
「ふん……」
だが、この場において最年長かつ最も高い地位にいる人物の第一声は、「おお、〇〇よ! 勇者の血をひきし者よ!」ではない。
その人物はつまらなそうに鼻を鳴らした後、座り心地抜群なソファからゆらりと立ち上がって室内を徘徊。
そして、テーブルの上にバスケットで飾り付けられている果物からオレンジを手に取ると、豪快にも皮ごとかじりついたのである。
はぇー、筋トレが趣味だと、顎の筋肉も鍛えるもんなんすね?
皮など存在しないかのごとく、内側に存在する果肉までかじり取られ、そのまま咀嚼された。
なんか……美味そうだな。
「イラコ、わたしもリンゴ食べたい。
ウサギに剥いて」
「はいよ」
膝に座っていたドレス姿のエステを隣に降ろし、リンゴと備え付けのナイフを手に取る。
そして、シュルシュルとリンゴの皮を剥いてやっていると、またもその人物がふんと鼻を鳴らした。
我らが一番上のお兄ちゃんこと……ベルトルトが。
「相も変わらぬ軟弱さよ。
男児たる者が、果物の皮を剥くとはな」
ちょっと食べたら食欲を刺激されたのだろう。
オレンジを食べ終えたベルトルトが、今度はバナナの皮を剥きながら冷酷な眼差しで言い放つ――行動ォッ!
「そうよ。
ウサギさんリンゴが食べたいなら、アタシが剥いてあげるわ!」
「ディート姉はヘタクソだから、いい」
「な!?」
ド派手かつ、年頃の娘なのにやたらと肌を出しているドレス姿でソファに腰かけるディートが、妹の言葉にガーンとショックを受ける。
こいつ、唯一の妹であるエステに対しては、異常な執着を燃やすんだよな。
俺としては、盗撮の腕を磨くより包丁使いを学んだ方が懐かれると思うぞ。
「ほい」
「わーい」
さておき、ウサギさんの形に剥いたリンゴを備え付けの皿に載せ、やはり備え付けのフォークを添えてやると、それを手にして俺の膝に座り直したエステがモグモグタイムに突入した。
「……」
ちなみに、我が副官たるマミヤちゃんも同席してはいるが、何も発言はしない。
何しろベルトルトの圧が強いので、いつもの女子広報士官服に包まれた体を、部屋の隅で縮こまらせている。
以上、五名が今この控え室を使っていた。
なぜ、ホストであり、この地の領主であるコリンがいないのか?
ベルトルトに追い出されたのである。かわいそ。
「ふぅー……。
まったく、こんな弟や妹たちと、公衆の面前で抱き合わねばならぬとはな。
貴族家当主たちに対するパフォーマンスとはいえ、虫唾が走るわ」
「こっちだって、正直こういうのはごめんよ。
あんまり言いたくないけど、ベルトルト兄様は香水の匂いキッツいんだから」
「――なっ!?
そうなのかっ!?」
その追い出したベルトルトが、まだ果肉の残っているバナナの皮を握り締め、スポーンと中身を射出させてしまう。
……うん。
うちの家系、妹にへこまされがち。
「第一皇女姉や第二皇女姉も同じことを言っていた。
本人は気づいてないから、黙っておいてあげなさいとも」
「知らなかった……そんなの……」
リンゴをムシャムシャしながら告げられたエステの言葉に、ちゃんと落っこちてるバナナをティッシュで拾いながら、さらに落ち込むベルトルトだ。
こらこら、追い打ちをかけるんじゃない。
「さておき、一体どうされたのですか?
確かに、我々皇子皇女が仲良くしている様をアピールするのは、内側に向けて重要なパフォーマンスとなります。
ですが、兄上らしくないのでは?」
膝のエステからフォークでウサギさんリンゴを差し出され、これにかじりつきながら問いかける俺である。
この瞬間、またもガーンという表情になったディートが、瞬間移動のごとく俺の隣に移動。
隣へ座りながら、ウィービングするボクサー……あるいは、やんのかステップを踏むハイテンションなニャンちゃんのごとく、頭を振り始めた。
「ふん、らしくないこともしてみせよう。
どの道、貴様とは顔を突き合わせる必要があるし、その事実は容易に掴まれよう。
ならば、最初から堂々と虚偽で騙してやればよいのだ。
兄弟仲は、良好であるとな」
良好……良好か。
面白い冗談である。
では、実際のところどうだったかと言えば、これは虚無であったと言えるだろう。
ベルトルトや第三皇子は俺を嫌っているが、かといって、嫌がらせをしてきたりすることはなく、徹底的にミソっかす扱いしていた。
つまりは距離を置いていたわけで、ある種、大人の対応であると言ってよい。
だから、虚無。
嫌われていることは察していても、そもそも、それを元にした関係性というものが、一切構築されていないのであった。
「では、良好な関係となれた第一皇子殿下。
この歳が離れた庶子に対し、いかなる用件で顔を突き合わせると言うのです?」
ちょっぴり嫌味も交えつつ返しているところに、フォークでリンゴを差し出してくるエステ。
ベルトルトの方に意識が行っていたこともあって、半ば無意識にあ〜んしてしまう俺であったが、この時、悲劇が巻き起こった。
「「あ〜ん」」
あつかましくも横からこれを奪い取ろうとしたディートがシュバッてきた結果、俺とこのクソ皇女は互いの唇をぶつけることになってしまったのである。
「あ」
と、エステが言った時にはもう遅い。
――ふにゅり。
……とした感触と、体温を吸い取られるような冷たさが、唇に伝わってきた。
見開いた目で見つめるのは、やはり見開かれたディートの青い瞳。
俺以外の皇族は共通して碧眼であるが、同じ青であっても、ディートのは氷めいた印象があるエステのそれと違い、はつらつさが感じられる。
もっとも、今は驚愕の色で染まっているのだが。
んで、相手も驚愕に見開かれた黒い瞳を見つめていることだろう。
普段、鏡を覗き込んだ時はお肉の傷んだ部分みたいな生気のない黒色であるわけだが、果たして、今はどんな色合いなのか……。
ほんの一瞬で、ここまで様々なことに思考を巡らせられたのは、それほどに衝撃的な出来事だったからだろう。
「おえ〜……」
暗殺拳の体捌きを応用して瞬時に、かつ優しくエステをソファに降ろし、炭酸水のペットボトルをキャッチ。
それで口をゆすぐと、備え付けのコップに吐き捨てた。
「……ぺっぺっ。
何よ! 失礼ね!」
「テメーこそ、口ゆすぎながら言ってんじゃねえ!
大体、リンゴが食いたいならバスケットのを食え! 皮ごと!」
「ア゛タ゛シ゛は゛エ゛ス゛テ゛か゛ら゛あ゛〜゛ん゛さ゛れ゛た゛い゛の゛!゛」
「知゛る゛か゛ボ゛ケ゛!゛」
「「ふん!」」
互いに腕組みし、そっぽを向く俺たち二人だ。
「……何をやっとるんだ、貴様らは。
というか、今、イラコが信じられぬほど機敏な動きをしなかったか?」
「それがイラコの秘められし実力。
実はママさんから伝説の暗殺拳を伝承されている」
「ふはは! 天才児たる貴様でも、コミックなどは読むのだな!?
イラコめの母は、ただのメイドだ」
特に嘘偽りなきエステの言葉を、笑ってスルーするベルトルトである。
まあ、ふつーはそう思うわな。
「さておき、用件についてだったな?
とはいえ、いかに貴様が愚かであろうとも、想像はついているであろう?」
ソファに腰かけ膝を組んだベルトルトが、余裕たっぷりな声音で告げた。
まあ、実際、予想はついていたのだ。
軍内で一大派閥を作っているこの男が、嫌っている日系ハーフと顔を合わせねばならない理由……。
それは、アマテラスとクシナダの変形合体機構共々、あのふざけたVTRによって国民へ隠している事柄が関与しているに違いない。
すなわち……。
「ジンバニア王立連合を構成する五王国の一つ、ヨーギル王国の姫君……。
貴様が捕虜とした貴人の扱いについて、我らは話し合わねばならん」
そう言ってみせるベルトルトの肩幅は――広い。
その広い肩に、幾人もの思惑を乗せているに違いなかった。




