エステの日常 前編
エステ・ジーゲルが眠りの中でいつも感じているのは、自分を包み込む無数のふわふわとモコモコ……。
――ジリリリリリ。
「ん……う……」
そして、電子的にこれを再現する意味がまったく分からない耳障りなベル音に起こされ、最初に目に入るのは、ベッドの上へ置いたいくつものぬいぐるみたちだ。
数は、全部で12個。
色々あった末、単なるぬいぐるみから多機能の端末へ改造するに至ったテディベアを始めとして、全てに名前が付けてある。
もっとも、それを知るのはエステだけで、贈り主ですら彼らに名前があるとは気づいてないけど……。
「んー……」
うさぎや犬のぬいぐるみが転がる中、やはり一番のお気に入りであるテディベアを持ち上げ、正面から目と目で見つめ合う。
これといって、意味のある行動ではない。
寝ぼけているだけであった。
それを象徴するかのように、今のエステは無防備な格好である。
まず、身にまとっているのは、皇室御用達のパンティを除けば、ワイシャツが一枚のみ。
パンティは自前だが、ワイシャツはイラコの持ち物を強奪したものだ――寝間着を忘れたのだから仕方がない。
普段、ツインテールにしている銀髪は、入浴前に下ろされた状態のまま……。
常ならば氷のように冷たい輝きを放つ碧眼も、今は、
(=_=)
であった。
何もかもが――無防備。
だが、何も問題はない。
ここは、給糧艦アマテラス内の空き部屋を勝手に占拠して作り上げたエステのキングダムだ。
高度にモジュール化された結果、本来なら皇族だろうが一般兵だろうが問答無用かつ同様に無機質なはずの室内は、宇宙空間を描いたアニメーション風の壁紙で彩られており……。
天井からは、庶民が金額を知れば仰天するほど高額な20世紀製のソフビ人形をピアノ線で吊るしていて、宇宙空間での必殺光線を使った戦闘場面が再現されている。
他にも室内を見れば、デスクやモニター、洗面台など、通常は壁面や床の中に収納されている備え付けの家具類が全開放された上で、プラモデルや超合金玩具などにより飾り付けられていた。
いずれもが20世紀後半から21世紀前半にかけて発売されたもので、日焼けなどもなく状態は極めて良好。
銀河各地のマニアたちにとっては、垂涎の品々だ。
これらコレクションで彩られたエステの部屋は、何人たりとも踏み入ることのかなわぬ王国であり――聖域。
「あー……」
ゆえに、パンティにワイシャツ一枚というあられもない格好でも、遠慮なくぬぼーっとしていられるのである。
「エステ、起きたか?」
違った。まったく守りは固くなかった。
ノックの一つすらなく、四番目の兄ことイラコがマスターカードキーで踏み込んできていた。
ざんねん! エステの二度寝は未然に防がれてしまった!
「そら、朝飯前に身支度整えるぞ」
「あーうー……」
言われるがまま洗面台へ導かれると、イラコの手で顔を洗われ、歯も磨かれる。
「今日もいつもと同じでいいよな?」
「いーよー……」
自慢の銀髪も、イラコの手でセット。
手慣れたもので、左右寸分の狂いもなく同じ高さでツインテールにまとめられた。
「そら、服も着替えろ」
そろそろ意識も覚醒してきたところで、上半身を守る唯一の装備――イラコのワイシャツがスポンと脱がされる。
脱がされた状態のままバンザイポーズを維持していると、代わりに上から被せられるのが、やはり皇室御用達のキャミソール。
さらにその上から着せられ、後ろからボタンを留められていくのが、エステ本来のワイシャツだ。
「ほれ、スカートはかせるぞ」
「んー……」
しゃがんだイラコの肩に手を乗せ、支えとしながら足を上げる。
そうして右、左と片足ずつ上げてはいたのが、フリル付きのミニスカート。
「ニーソ……」
スカートをはき終わったのなら、ベッドの上にペタムンとシッティングだ。
「ほい」
伸ばされたエステの足に、イラコがスルスルと白いニーソックスを通していく。
これをやはり右、左で行い、さっきまで履いていたサンダルの代わりに、エステにとってはややゴツい編み上げブーツが、当然イラコの手で装着された。
いよいよ、お着替えバンクは最終フェイズ。
キュートに決めるよ――イラコが。
バンザイしたエステに、漆黒の改造軍服が背後から被せられる。
その上で背後からボタンを留められ、軍人の象徴というよりはアイドルの装飾品じみた軍帽が頭へと被せられた。
最後に、毎度おなじみのテディベアを抱え込むことで、バンクの〆!
皇室に咲く知性の花――エステ・ジーゲルお着替え完了だ!
「おーし。
それじゃ、朝飯食いにいくぞー」
洗面台の前でテディベア片手に指ハートをしていると、寝間着代わりのワイシャツを畳んだイラコに声をかけられる。
「おー」
モーニングルーティンを終えたエステは、のんびりと片手を突き上げながらそれに応じるのであった。
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前身であるウィンバニア王国の慣習を受け継いだ結果であろう。
通常の帝国軍においては、貴族出身の士官と一般的な士官、一般兵たちはそれぞれ別の食堂を使う。
父である銀河皇帝フリードリヒはそもそも傭兵出身であり、決して権力を笠に着るような人間ではないが、こればかりは国政を円滑に進めるための方策。
ウィンバニア王国との革命戦争において、フリードリヒに力を貸したのは、一般庶民ばかりではない。
非主流派に属していた貴族たちの貢献大であり、イラコを除く皇子皇女の母である皇妃フィリアもまた、そういった貴族家の人間なのだ。
ゆえに、貴族たちが放蕩の限りを尽くしたウィンバニア王国時代ほどでないとはいえ、貴族階級を特別扱いする制度や慣習も数多存在するのである。
だが、この給糧艦アマテラスにおいて、そのようなつまらぬ習慣は存在しない。
「天の父よ、新しい糧を与えてくださり感謝します。
これからいただくこの食事を祝福し、今日一日を守り導いてください。
アーメン」
今朝のお祈り当番である恵まれた体躯のオーバーオール老婆――ラドお婆ちゃんが、二房の三つ編みに結んだ白髪を揺らしながら祈り終える。
「「「「「アーメン」」」」」
すると、彼女に続いて祈りの言葉を口にしていた一同も顔を上げ、握っていた両手を解くに至った。
パパ皇帝もそうであるが、荒くれ尽くしてウン十年というアマテラスお爺ちゃんクルーたちもまた、総じて信心深い。
大なり小なり命からがらの経験をしており、人の手が及ばぬ何かの存在を実感しているからとのことである。
「あ、そこのケチャップ取って。ケチャップ」
「はいよ」
モリーお婆ちゃんから渡されたケチャップで、イラコがエステのスクランブルエッグにクマさんマークを描く。
「今朝のヨーグルト、味が戻ったんじゃないかしら?」
「ほら、シレーネちゃんが手伝うようになった時のお乳を使ってるからさ」
「ああ、乳の出が戻った頃合いのやつね」
「本当に、牛たちから好かれてるわねえ」
「ハハハ!
誇り高き騎士は、動物から好かれるものと昔から決まっているのだ!」
尋常じゃない馴染み方をしているオッパイおばけと、お婆ちゃんたちが和やかに話している一方、叱られているのがメケーロお爺ちゃん。
「お爺ちゃん、好き嫌いしないでグリーンピースを食べなさい」
「おいおい、マミヤよ。
こっちは老い先短え身なんだ。
食うものくらい、好きなのを食って死ぬさ」
「バカなこと言ってないで、ほら――」
「――んぐ」
「ハハハ、メケーロも孫にゃあかなわねえ」
無理矢理にグリーンピース載せのスプーンをくわえこまされたメケーロお爺ちゃんの姿に、お爺ちゃんたちが爆笑した。
身分も職責も関係なく、長テーブルにズラリと並び、皆で同じものを食べる。
「むふー……」
フードトレイからフレンチトーストを取ったエステは、満足の鼻息と共に一口目を頬張るのだった。




