マミヤのお仕事 前編
さながら、宇宙を行く巨大なコンテナ……。
給糧艦アマテラスの外観について端的な説明をするならば、このような言葉が相応しいだろう。
全体の形状は、まさしく箱型。
子供向けの玩具などと異なり、弱点となる艦橋が顔や頭部のように備わっているわけでもないため、なおのことそのような印象を加速させる。
唯一、宇宙戦艦らしい艤装であるのが、艦尾に備わった一対の大型スラスター。
艦の主たる推力源であるこれらは、両舷部のエネルギーバイパスからエネルギーを供給されており……。
いざ、合体変形の時を迎えた暁には、バイパス部分ごと艦首側に向けて180°回転。
艦体部を腰部とした超巨大スーパーロボットの下半身が完成するのであった。
そんな艦内通路でコッ……コッ……と軍靴の音を鳴り響かせるのが、この艦における唯一正式な軍人――マミヤ・ビルケンシュトック少尉であった。
とはいえ、その服装は軍人らしからぬ華やかさ。
頭に被った軍帽は、軍人の象徴というよりはアイドルの装飾品じみた衣装であり、漆黒の改造軍服もそれに準ずる。
加えてフリル付きのミニスカートを履き、白のニーソックスと編み上げブーツで足元を固めているのだ。
大衆人気を獲得するための役職――女子広報士官向けに用意された専用の衣装であった。
いかにも趣味的かつ、着る人間を選ぶ装いであるが、マミヤはこの服に負けぬ美少女である。
艷やかな黒髪は枝毛一つなく、真っ直ぐ腰まで伸ばされており……。
楚々としたその様は、まさしく銀河時代のヤマトナデシコ。
大きな瞳は翡翠の色であり、深い知性の輝きを宿していた。
そんな彼女の胸元に唯一輝く記章は、万年筆を模したデザインとなっており、意味が分かる者ならばなるほどとうなずける。
「お婆ちゃん、おはようございます」
「あら、マミヤちゃん。
おはようございます」
「マミヤちゃん、今日もよろしくお願いしますねえ」
「いえいえ、こちらこそ。
皆さんの力がなければ、このアマテラスはやっていけません」
「ふぇっふぇっふぇ。
嬉しいことを言ってくれるねえ」
「こんな若いお嬢さんと一緒に仕事できるのも、この艦ならではだわあ……」
マミヤが、さして広くもないアマテラスの艦内通路で合流するのが、老婆たちの一団。
いずれも、艦長である第四皇子イラコ・ジーゲルが、求人サイトで募集をかけ集まったパートタイムのお婆ちゃんたちである。
ただし、通路ですれ違う他の老人や老婆たちと異なり、食品工場用の衛生装備に身を固めてはおらず、いずれも自前の普段着姿であった。
それに加えて、自分で縫ったアームカバーや、ゴム製の指サックを装着しているのだ。
このような装備であるからには、彼女らの職分はすでに明らかである。
「さあ……今日も頑張っていきましょう!」
むんと拳を握ったマミヤが先頭となって入る部屋に掲げられたプレートは、『主計室』。
そう……今、続々と集って入室していったマミヤと40人の老婆たちこそ、このアマテラスにおいて主計課としての役割を果たす人員なのであった。
また余談であるが、マミヤの軍服に唯一存在する記章が示している職能もまた、主計兵なのである。
主計。
簡潔に説明するならば、軍隊内における事務職のことだ。
各員の給与計算に始まり、各種物資の手配など、果たさねばならぬ役割は大きい。
ロジスティクスなくして軍隊は動かず、主計なくして円滑なロジスティクスはあり得ぬ。
まさに、縁の下の力持ちと呼ぶべき仕事であった。
が、それにしても40人近いこの人数は、いささか尋常ではない。
アマテラスの乗員が総勢で235人であることを考えれば、実に六分の一近くもの人員を割かれているのだ。
通常の艦船において主計課の兵士が占める割合は5%程度であると言えば、これがどれほどの大人数であるか分かるだろう。
もっとも、それ以上の人数を艦内で菓子作りに従事させているのがこのアマテラスという艦であるのだから、人員配置の特殊性について語るのは、今更であるかもしれない。
また、かように特殊な艦船であるからこそ、主計の果たすべき役割が膨れ上がっているのだ。
どのような形で膨れ上がっているかは、各人の会話などを聞けば分かる。
「搭乗する各員の給与計算、終了しましたよ」
「新品目として追加される人参、数量はこれで確定でよろしくてよ」
「ポイント203での配布実績を基に、補給品目の数量計算、終わりましたねえ」
「こないだ議題に上がっていた普段着や肌着の手配、わたくしの伝手で見積もりを出してもらいましたよ」
「イラコちゃんが張り切って作ったはいいけど在庫ダダ余りになった羊羹の配布先、いくつか知り合いの孤児院にあてがつきました」
「小豆やジャパン風の特別な砂糖に関しても、帝都リトルジャパン街に引き取り先が見つかりましたよ。
イラコちゃんは残念がるだろうけどねえ」
「いっひひ。
こればっかりは、食文化の違いだから仕方ないさね」
「ところで、惑星レク入港後に予定されている記者会見に関してですが、あたしのコネで新聞社と記者を見繕っておきましたよ。
どうせ検閲はするにしても、最初から手間がかからないに越したことはありませんし、記者さんも気持ちよく仕事ができますから」
……このような形だ。
一般的な会社の事務職がそうであるように、軍隊内における主計課の役割というものも極めて多岐に渡り、おおよその軍において裏方の何でも屋と化す。
ことに、このアマテラスという艦は帝国軍に前例なき給糧艦であるため、主計が果たすべき業務は広く、銃後にまで手を伸ばしたものとなっていた。
「それじゃ、マミヤちゃん。
書面に不備がないか、確認お願いしますねえ」
「こちらも、検算をお願いしますよ」
「こういったことは、責任者であるマミヤちゃんにしかお願いできないですから……」
安物のデスクが並んだ上には、支給されたノート端末や、こればかりは譲れぬ銀河カシーオ社製の電卓、どうしても紙の形を介さねばならない書類などが、それぞれ使いやすい形で配置されている……。
一見では中小企業の事務所といささかも変わらぬ主計室において、最奥――全員を一望できる位置に座るマミヤの役割は、このような最終確認や承認だ。
「いいえ、皆さんのおかげで、随分と楽をさせて頂いています。
それに、これくらいの働きはしないと、イラコ殿下の副官として名折れですから」
言いながらも各種チェックを行うマミヤの瞳は、目まぐるしい動きを見せていた。
一つの画面や、あるいは一つの書面を、それぞれ一瞥で把握しているのだ。
「すいません、ここなのですが――」
そして、もしなんらかの不具合があったのならば、具体的な修正内容を添えてたちどころに指摘してみせるのであった。
その際、印象的な翡翠の瞳に宿る輝きは――冷たい。
普段はどちらかといえば、やわらかく穏やかな印象を受ける少女であるのだが、このように主計としての業務を果たしている時のみは、古きよきSF映画に登場するアンドロイドがごときなのである。
(それにしても……)
地味ながら難しい業務をこなしながら、並列的に脳裏へ浮かぶのはある疑問。
「アイスに使っている容器類ですけどねえ。
あたしの知り合いに、同品質でもっと安く納品できるところがあるから、声をかけておきましたよ」
「小麦粉なんだけど、惑星U62を治める貴族さんから、直接仕入れする段取りを付けておきましたよ。
あそこは、近年、質がよいですからねえ。
領主が代替わりして二十年経ちますが、真面目に農業改革を進めたおかげでしょう」
「カカオに関してだけど、夫の知り合いの製菓会社から質の良いものを回してもらえそうですよ」
(何か……お婆ちゃんたちの伝手で解決してる部分が、あまりに多過ぎるような……)
……このことだ。
一見すれば単なる市井のお婆ちゃんたちであるし、乗艦した経緯も、求人サイトに応募してのことである。
が、あまりにも……あまりにも、都合の良いコネクションの持ち主が多過ぎるような……。
だが、こういう時、活きてくるのが祖父メケーロの教え。
マミヤは素直な娘なので、それを実践することにした。
そう……。
(まあ……いいか!)
高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変な対応をすることにしたのである。




