給糧艦アマテラスガイドツアー 後編
続いてイラコ皇子が案内すると言い出したのは、畜産ブロックと隣接した農業ブロックだ。
内部容積が限られた軍艦内の農業ブロックであるからには、さぞかし機能的な……植物工場のごとき代物であろうと想像したのだが……。
案内されたシレーネが見たのは、先に見学した牛舎や鶏舎に勝るとも劣らぬ牧歌的な光景であった。
照明としているのは、人工の太陽光。
本物の恒星が放つ光には及ばぬものの、生命を育む力のあるそれに照らし出され、トマト、ナス、ピーマン、オクラなど、少ない水分で生育可能な野菜が、ズラリと並んだ長大な鉢に植えられ、葉や実を生い茂らせているのだ。
それらに関しては、まだ分かる。
意表を突かれたのは、タバコに至るまで栽培をしていたこと……。
このタバコという植物も、実のところシレーネには初見であった。
見た目は、実の部分を削いだとうもろこしといった趣き。
いまだ育成途上らしく、膝の辺りまで懸命に背を伸ばしつつ、早くも豊かな……それでいて、厚みのある葉を宿している。
この葉こそ、完全生育した暁にはタバコへと加工される部分であるらしいが、こうして長大な鉢へと植えられ、瑞々しい生命の輝きを放っている様を見ていると、とても信じられない。
人体にとって百害あって一利なき依存物というよりは、なんらかの薬草であるかのようなのだ。
それにしても……だ。
この農業ブロックという空間は……これは……。
「ひどく、癒されるな」
「それは、狙っていなかった副次的な効果というところだな。
実際、ポイント203の兵士たちにも同じような見学ツアーをやってもらったんだが、同種の感想が散見された。
人間というのも一つの生物であり、植物との触れ合いがもたらす効果は大きいということだ」
一生懸命に伸びるタバコの葉を撫でながら、イラコ皇子が目を細める。
そこに、生身で宇宙空間に身を晒すこともいとわなかった勇敢な戦士の姿は、ない。
ただふにゃりと腑抜けた……漆黒の軍服が似合わぬ、黒髪天然パーマな青年がいるだけだ。
「嗜好品としても、十分に喜ばれています。
特に、実ったまま熟したトマトは……」
反芻するような眼差しでつぶやくマミヤ少尉だが、実際、彼女は反芻しているに違いない。
先に訪れたトマトの栽培ブロックで食べた、もぎたて完熟トマトの味を。
『一般に流通させるトマトは、鮮度の都合もあって青い状態で摘んで、流通時に追熟させることが多いんだけどさ。
こうやって、自然に実った状態で熟したトマトっていうのは、やっぱりモノが違うよな』
とは、イラコ皇子の弁。
なるほど、モノが違うというのは、言いえて妙であると思う。
それほどまでに、あのトマトは――美味かった。
まずは、その重さ。
手のひらにズシリと収まってくるあの密度は、今まで食べてきたそれと同種の食べ物であるのかと、目を見張ったものだ。
そして、齧りついた実の美味たること……。
今まで意識したこともなかった皮は、確かな張りでもってシレーネの歯に対抗してくる。
その下にある実の弾力もなかなかのもので、本当のトマトというのは、食感も楽しめるものなのだと教えてくれた。
糖度は――高い。
永きにわたる品種改良の結実というもので、吸収した人工太陽光のエネルギーというものが、余すことなく甘さへ変換されているのだ。
しかも、それにトマト本来の爽やかな酸味が加わるのだから、これはもう、十分に果実を名乗れる逸品であると思えたのである。
「見学ツアーで食べられるもぎたての完熟トマトは、隠れてもいない人気メニューだったからな。
下手をすると、艦内製造の菓子よりも受けがよかったかもしれない。
まあ、そこら辺も含めて、後日の艦内会議で話し合おう」
タバコの葉を撫でていたイラコ皇子が、思案混じりにつぶやく。
なお、牛舎の時と違い管理者がいないのは、徹底した消毒などにより虫も病気もシャットアウトされた環境であるため、頻繁に面倒を見てやる必要がないかららしい。
「さあて、次は菓子工場だな」
天井の人工太陽光に向け、のんびりと伸びをしながら皇子が宣言する。
彼ほどの戦士をして、そうしたくなるような……誠に穏やかな世界が、このアマテラス農業ブロックであった。
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工場というのは、よく言ったもの。
「一番人気! 名物アイス最中に使われるアイスクリームはここで生まれる。
艦内アイスクリーム工場だ!」
よほど、この区画が気に入っているのだろう。
ややはしゃぎながら皇子が案内してくれた空間は、人間など簡単に飲み込めそうな大きさの機械がいくつも並んだ場所であった。
タイル張りの工場内部は、清潔そのもの。
さらに、使い捨ての見学用作業服を着せられた上で、エアシャワーを浴びせられる徹底ぶりである。
作業服に身を包んで衛生帽子を被りマスクまで装着すると、オペ前の医師になったみたいで、場違いな楽しさを感じるシレーネだ。
「並んでいる機械はそれぞれ役割があり、混合、ろ過、均質化、殺菌冷却、エージング、フリージングを順に行っていきます。
その上で、ベルトコンベア上を流れていく容器に注入されてパッケージング。
冷凍硬化を経て完成するわけです。
アマテラス内では最中に使うアイスと、そのまま食べるアイスで容器を分けているのですが、今製造しているのは、そのまま食べるタイプですね」
「ちなみに、今のフレーバーはバニラ!
材料は、さっき貴方を舐め回していた牛たちのミルクだ!
作り置きしておく分も製造しているが、おそらく、今流れている分は、惑星レクに到着後、マスコミや有力者へ発送することになるだろう!」
マミヤ少尉とイラコ皇子が、それぞれ解説してくれる。
余談だが、シレーネも含め、個人を認識するための重要な要素が衛生装備で完全に隠されているため、誰が誰やらという状態であった。
「なんだろうな。
このようにズラリと容器が並べられ、パッケージングされていくのを見ると、奇妙な爽快さがある」
マスク越しのややくぐもった声で、素直な感想を漏らす。
コンベアの上には、飾り気のないシンプルなアイスクリーム容器がズラリと並んでおり……。
その向かう先では、フリージングという工程までを終えたらしい冷凍硬化前のアイスクリームが、専用のマシーンによって絞り出されている。
生クリームか何かのように規定量を注ぎ込まれた後、容器はコンベアの流れに乗り、さらに別のマシーンへ。
新たなマシーン内では、上から伸びてきたアームが、スタンプを押すかのように容器へ蓋をして密封していた。
さすがに、軍需品ということだろう。
故郷ヨーギル王国で市販されているそれと異なり、パッケージングは白一色でシンプル。
シールされた蓋のみ太陽を模したのだろうマークが施されており、簡潔に「バニラ」と表記されている。
「分かります。
こういう工場見学というのは、妙にテンションが上がるものだ」
凍結硬化を行う機械に流れていくアイスクリームの列を眺めながら、衛生装備のイラコ皇子がうなずく。
そんな彼に対し、あるいは、流れていくアイス容器以上に気になるもののことを尋ねる。
「……ところで、工場内で働いている御仁たちなのだが?」
「ああ……」
「やっぱり、気になりますよね……」
問いかけると、皇子も少尉も露骨に目を逸らす。
その態度からは、できれば触れずにスルーして欲しかったという思いがにじみ出ていた。
とはいえ、このような様を見て受け流せるシレーネではない。
なぜならば……。
「クックック……。
今日もいい出来だ。
アイスクリーム工場なんてのは、スイッチを押して機械任せだと素人は思うだろう?
だが、違う!」
「フッフッフ……。
ああ、その通り。
そもそも、ミルクなんてのは生き物が生み出すものだ。
当然、乳牛の状態によって品質は変化する」
「へっへっへ……。
混合溶解もエージングもフリージングも、それに合わせてちょいと設定をイジッてやらなきゃいけねえ。
そのちょっとした差が、天使の滑らかさを生み出すって寸法よ」
先ほどから、とっても説明口調で語り合いながら作業するお爺ちゃんたち……。
彼らは皆、恐るべきマッチョメンたちであり、個人の識別困難な完全衛生装備だというのに……いや、だからこそか。
空間を歪んで見せるほどの濃密な闘気と殺気を漂わせており、ひんやりとしているアイスクリーム工場を灼熱の溶岩口のごとく感じさせるのだ。
「……なんか、作業するお爺様たち、歴戦の勇士か何かに見えるんだが?
アイスクリームの機械より、最新鋭の銃火器を操ってる方が似合うような」
「……うん。
自分でも、なんでこいつら雇ったんだろうと疑問に思っている」
シレーネの疑問に対し、イラコ皇子は途方に暮れた様子で答え……。
「あっはは……」
マミヤ少尉は、少しだけ恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべるのだった。




