給糧艦アマテラスガイドツアー 前編
補給艦という艦種の誕生に関して語るならば、19世紀に起こったアメリカの南北戦争まで遡らねばならない。
なぜ、かの内戦に思いを馳せねばならないのか?
それは、その後のアメリカ合衆国が見せた圧倒的な兵站重視の戦略思想が、まさにかの内戦における失敗を見直して生まれたものだから。
南部側の悲惨な物資不足を二度と踏んではならぬ轍と見て取った結果、アメリカは海軍においても、艦船が行動不能とならぬよう給油艦を建造するに至った。
それ以前にも探せば同種の事例は存在するだろうが、現在の銀河時代にまで続く補給艦の系譜は、まさにそれが発祥であると見て相違ない。
少なくとも、シレーネが学んだ戦史においては、そのようなことになっている。
とはいえ、アメリカが最初に建造したのは給油艦であることからも分かる通り、補給艦というのは大まかな分類であり、実際に各艦が持つ能力というものは、様々であった。
その中で、銀河時代現代に至るまで残っているのは、兵員輸送艦、工作艦、弾薬補給艦、医療艦の四種であると考えておおよそ間違いはない。
現在の大型機械に導入されているプラネット・リアクターは核融合を用いた事実上の永久動力炉であるから、基本的に燃料の注入を必要としない。
そこで、代表的艦種であった給油艦は消える。
さらに、冷凍技術の進歩により、どのような艦であっても必要十分な量の冷凍レーションを積み込むことが可能となったことから、最も基本的な補給物資――食糧の輸送を専門とする艦も、いつしか姿を消した。
かくして、現在において主要な補助艦艇というものは、前述の四種へと集約されたわけだ。
全ては、戦争という外交行為を効率的に遂行するため……。
そこへきて、現代に給糧艦という食糧輸送特化の艦艇を復活させたというのだから、諜報部から情報を聞いた時は、我が耳を疑ったものである。
何しろ、ただ食を満たすだけならば、量も味も栄養素も、冷凍レーションで事足りた。
もちろん、飽きというものはあるので、ジンバニア王立連合においては、28種のレーションを用意し、ローテーションさせている。
つまり、その程度の工夫をすれば兵とは不満なく戦えるのであり、であるならば、何もかもが窮屈な宇宙の戦場においては、可能な限りリソースとスペースを省略すべきなのだ。
で、あるから、多額の金を投資し給糧艦のごとき艦種を復活させるのは、敵ながら誠にナンセンスな行為であると思えたのだった。
まさか、そんな自分が、その給糧艦で作られた羊羹なる菓子を食し、あまりの美味さに感銘を受けることになるとは……。
ばかりか、打倒すべき目標であったはずの第四皇子本人に案内され、艦内を見学することになるとは……。
「そんな格好で申し訳ないな。
急な思いつきだったので、他の候補がなかったのだ」
更衣室から出るなり、廊下で待っていたイラコ皇子にそんな言葉を投げかけられる。
「いや、心遣い感謝する。
捕虜であるというのに、下着まで替えを用意してもらえて、ありがたい限りだ」
が、シレーネとしては与えられた服装に一切の不満がなかったので、軽く腕を回したりしながらそう答えるのみだ。
ちなみに、イラコ皇子が「そんな格好」と言ったのは、なんの変哲もない地味なジャージであった。
色は、黒一色。
なんとなく着古した風であるから、誰かの私物であると思われる。
……もしかして、イラコ皇子の持ち物だったりするのだろうか?
だとしても、だからどうということはないが。
「下着は念のために用意されていた品が多少ありましたが、通常の衣類を用意してなかったのは失敗でしたね。
ちょっとした購買の設営も含めて、今後の検討事項としましょう」
「着るものは各自用意で出てきちまったからな。
長くて三ヶ月と踏んでたから、作業着も各員に三枚ずつ支給で済ましちまったし。
我ながら、大勢が暮らす場であるという観点が抜けてたようだ」
一応の見張り役として自分と共に更衣室へ入っていた少女広報士官――マミヤ少尉というらしい――とイラコ皇子が、そんな会話を交わす。
余談だが、マミヤ少尉は自分が着替えている間、妙に熱っぽい視線を胸の辺りに向けてきていたのだが、あれはなんだったのだろうか?
「ようし、それじゃあ、行ってみようか!
まずは、畜産ブロックだ!」
遠足へ赴くジュニアスクールの生徒よろしく、イラコ皇子が拳を突き上げた。
「いいだろう。
元より、虜囚の身だ。
好きなように連れ回すがよい」
ジンバニア王立連合において、M2のパイロットは騎士として遇され、それに相応しい振る舞いが求められるものだ。
ゆえに、一つ結びにした亜麻色の髪をかき上げたシレーネは、クールかつ高貴な態度で皇子に答えたのである。
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「あふうううううう!
牛さんかわいいいいい!
癒されるううううう!」
そして屈した。
おそらく、銀河最速をマークしていたと思う。
そのような競技があれば、だが。
「ンモオオオオオ!」
「ブモオオオオオ!」
「あははははは!
左右から舐めるな! くすぐったい!
あははははは!」
柵から頭を突き出した牛たちに左右から顔を舐められ、満面の笑みを浮かべる。
別段、柵の中に放り込まれたわけでも、柵に押し付けられているわけでもないので、これは完全にシレーネ側が舐められに行っていた。
つまり、誘い受けだ。
「牛たち、急にリラックスし始めましたね。
第六感でアマテラスオオカミの合体を察知して、怯え倒していたのに……」
「何が理由かとは言わんが、仲間が増えたと思ったのかもしれん。
何が理由かとは言わんが」
自分の背後から様子を見ていたマミヤ少尉とイラコ皇子が、そんな会話を交わす。
ここにいる牛さんたちの仲間……。
それは……光栄だ!
だって! こんなに可愛いのだもの!
「うふふ。
この子たちが落ち着いてくれて、まあありがたいこと。
どうだい、お嬢さん?
このまま、銀河を股にかける牛飼いとして、やっていかないかい?」
「なりゅううううう!」
牛飼いのお婆さんから貰った提案に、二つ返事で了承する。
もちろん、牛さんたちが可愛いからというのもあった。
ただ、このお婆さん……とても大柄で筋肉質で、白くなった髪をうなじから二房の三つ編みにしている彼女も、ひどく魅力的な年齢の重ね方をしていて……。
そういう人生も悪くないと、自然と思えたのだ。
「いや、ならないでくれ。
ラドも、あんま適当なこと言うなよな」
「あら? あたいは本気だよ。
牛飼いは嘘をつかない。
動物たちに、嘘は通じないからね」
非難するイラコ皇子に対し、オーバーオール姿のラドは、胸を張って答える。
「ンモオオオオオ!」
「ブモオオオオオ!」
おかしいのは、「そうだそうだ」と言わんばかりに、柵の向こうにいる牛たちも合唱し始めたこと……。
その、柵の向こう側にも工夫が施されている。
壁面そのものがスクリーンの役割を果たし、自然豊かな草原の景色を映し出しているのだ。
さらに、各所へ配置されたスピーカーからはいかにも心地よい風の音と、草が揺れる音……。
風に関しては、狭苦しい空間で糞の臭いなどが充満することを防ぐためか、実際にわずかな空気の流れが生じていて、効率的な換気が行われていた。
「……のどか、だな」
戦闘艦……というより、宇宙船の中で言うとは思わなかった言葉を口にする。
本当に、なんて――のどか。
閉鎖空間であることを考慮してか、牛たちも走り回る……とはいかずとも、十分に歩き回れるくらいの密度で飼育されており……。
下手をすると、どこぞの植民惑星で経済動物そのものな暮らしをしている牛たちより、よほど幸せそうに見えた。




