#38 オルトロス
「あれは何だ⁉」
ヴァンサンに抱えられたラスプーチンが叫ぶ。
「何だろう?」
「行ってみろ」
ヴァンサンはラスプーチンを小脇に抱えて、得体の知れない物体へ近づいて行った。
「何だ? 戦車か? 戦車なのか?」
そこにいたのはセイレンの歌声で眠りについていたタンクマンだった。
「戦車って何だ?」
ヴァンサンは戦車を知らない。レンドがふわふわと飛んで来て、不思議そうに見つめている。アリスもヴァンサンの背後からタンクマンを覗き込んだ。
「お前たちは戦車も知らないのか。これは兵器だ。だが、砲塔が無いな。これじゃあ大砲が撃てないじゃないか」
ラスプーチンが言うと、「へえ~これが兵器なのか」とヴァンサンがタンクマンを触ろうとして、抱えていたラスプーチンの上半身をうっかり地面に落としてしまった。
「痛い! この馬鹿者が。もっと丁寧に扱え」
地面の上でラスプーチンが喚く。
「うぬっ」
慌ててラスプーチンの上半身を拾おうとする。
「待て。また蹴られてはかなわない。慎重に持ち上げるのだ」
「うぬっ」
ヴァンサンはゆっくりとラスプーチンの上半身を拾い上げた。
「そうだ。私にも戦車を見せろ」と途中でラスプーチンが言ったものだから、ヴァンサンは上半身を抱え上げようとして、「ガン!」と音がするほど強く、ラスプーチンの頭を戦車にぶつけた。
「痛っ! この馬鹿者が。見ろ、頭が変形したじゃないか」
「うぬぬっ」
ヴァンサンが呻く。
ラスプーチンがタンクマンを観察する。タンクマンは戦車の下半身の上にひれ伏す形で寝ていた。
「何だ。これは? よく見たら、戦車から悪魔の上半身が生えているじゃないか。寝ているのか。こんなところで寝るなんて、なんて肝の太いやつなんだ。おいっ! 起こせ。話を聞きたい」
ラスプーチンが命じると、ヴァンサンは「うぬっ」と暫く考えた後で、拳を握ると、タンクマンの頭を「バン」と戦車にめり込むほど叩いた。
「うがぁ~!」
タンクマンが飛び起きる。「何をしやがる!」
「お前、何故、そんな格好をしているのだ?」とラスプーチンが尋ねる。
「俺か。俺はタンクマン。悪魔の体を自由に作り変えることができるのだ」
タンクマンは第二次大戦中に、それこそ戦車の中で亡くなった戦士だった。爆撃を受け、戦車と共に死んだ。爆発の熱で彼の体は戦車と一体化していた。
そして、魔界に生まれ変わった。
魔界で喰らわれない為に、強くならなければならない。彼は祈った。俺に戦車のように丈夫な体をくれと。そして、下半身を戦車に作り替えることに成功した。
以来、悪魔の体を自由に作り変えることが出来るようになった。
「面白い。私は下半身を失って、困っていたところだ。お前の下半身を寄こせ」
「ふざけるな! 誰がこの、丈夫な下半身をやるものか」
ラスプーチンの目が赤く光った。
「我が言葉に耳を傾けよ。タンクマンよ。私にお前の下半身を寄越すのだ」
タンクマンの目が輝きを失う。「私の下半身は・・・どうなるのだ・・・」
「お前の下半身・・・そうだなあ~では、こうしよう。お前は私を取り込み、下半身を共有するのだ。オルトロスを知っているか? ギリシア神話に出て来る双頭の犬のことだ。我らは双頭の戦車となるのだ」
「分かった。お前を取り込もう。さあ、上半身を私に預けろ」
タンクマンが手を伸ばす。
「うぬっ」とヴァンサンがラスプーチンの上半身を渡した。
タンクマンはラスプーチンの上半身を抱えると、「我らはひとつとなるのだ~!」と叫んだ。ラスプーチンの上半身がずぶずぶとタンクマンの上半身に飲み込まれて行った。
やがて、タンクマンの背中からラスプーチンの頭と手が、上半身が生えて来た。こうして二人は一体化した。
双頭の戦車となった。
ラスプーチンが目を空けた。「これで我らは無敵よ。悪魔どもを喰い散らかして力を貯めるぞ! この魔界を支配するのだ」
「おうっ!」
タンクマンが拳を突き上げた。その拳がラスプーチンの顎にものの見事にヒットした。アッパーカットを受け、「うがっ!」と声を上げてラスプーチンがのけ反った。




