9 聖剣に選ばれたけど……(終)
「そちらのワンちゃんも、神子ですよ」
「ワン!」
「あなた、お名前は?」
「ワワン」
「そう、ガガウというのね。あなたは聖獣なのよ」
「オン!」
「え、知ってた?」
ガガウの言葉が、何故分かるのか。それは聖女だからだ。
「ハハハ!! ガガウよ、聖獣とは恐れ入った! そして、そっちの男は聖騎士というわけか!!」
ジランは「聖女が言うなら間違いない」そう言って、愉快そうに笑う。
「俺が聖騎士……ん?」
その時、光る羽の人型がタルスの前に剣を差し出した。
「聖騎士様、それは勇者の聖剣ですよ!」
「え、聖剣?」
神秘的な光を放つ真っ白な刀身。
タルスは確かにそれが聖剣であると『理解』した。
「なるほど……聖剣は勇者ではなく、聖騎士様を選んだということですね!」
ヒルアの目がキラキラと輝く。
「いや、こいつが勝手に持ってきただけだぞ」
「経緯など関係無いのです。今、聖剣が聖騎士様の前にあるという事実こそが全てなのです!!」
ヒルアは譲らない。
「そういうモンなの?」
「そういうモノですよ!」
満面の笑みで答える聖女ヒルア。
「でもさ、勇者は剣が無くても平気なのか、魔王に殺されない?」
流石にソレは気まずいと思うタルス。
「大丈夫ですよ。勇者はあの黒い子たちが、どこかへ連れ去ってしまいましたから」
「え、そうなの!? なんか勇者に悪いことしちゃったのかなぁ……?」
なんとなく責任を感じてしまうタルス。
「いいんです、いいんです。聖騎士様が気になさる必要はありません」
ヒルアはどこ吹く風という顔である。
そんな聖女にジランが疑問を投げかける。
「イヤイヤ聖女よ、お前には勇者と共に、魔王を打倒する使命があるのではないのか?」
「え……」
露骨に苦い顔をするヒルア。
「あの方達は確かに強い……でも、それだけです」
「それだけ?」
「勇者も、戦士も、魔導士もその人格は『とても残念』と言わざるを得ません」
聖女は勇者に嫌悪の感情を向ける。言葉は控えめだが、その表情が全てを物語る。
「うん、アイツらはダメだね、クズだもんな」
タルスが続く。その本質を『理解』する二人の、勇者一行への評価は一致している。
「……そうなのです。私は初めからそれが分かっていたのです」
「ならば、これまで共に戦っていたのは何故だ?」
「それは、あの方達が強いからです。彼らには、魔王を倒す可能性があり、その意思もあった。ならば聖女である私には、彼らを支援する義務がある……私はそう信じていたのです」
「その義務とやらは、もういいのか?」
「はい、もういいのです! だって、ここに聖騎士様がいるのだから!!」
そして、ヒルアはその目を輝かせ、タルスへ熱い視線を送る。
「なので聖騎士様、光の聖剣『シャイン・カリバー』を、その手にお取り下さい」
「えー……」
「さあ、早く!」
恋する乙女のような眼差しで、タルスを見つめるヒルア。
「……分かったよ。とりあえず手に持つだけな」
面倒くさくなりそうな予感を抱えつつ、タルスは聖剣に手を伸ばす。
タルスの右手が聖剣の柄を握りしめたその刹那、聖剣から神性な魔力が流れ込んだ。
「うわ、何じゃこりゃ!?」
その魔力は、一気にタルスの全身を駆け巡る。
次第にタルス自身と聖剣が一対になっていく感覚。聖剣に選ばれたのだと言った聖女の言葉がタルスの腑に落ちる。
そして聖剣の魔力は、左手の魔槍ツキカゲを侵食していく。
漆黒の魔槍が、白い光の魔力に包み込まれたその時、その魔力と共に魔槍は聖剣へと吸収されていった。
「おおっ」
タルスは聖剣に目をやる。白一色だったはずの刀身は、その刃先の一部が、模様のように黒く変わっていき、
更に、タルスの周りに整列していた黒い人型達は、白い姿へと変わっていったのである。
光と闇、二つの神の器が一つに重なったのだ。
「タルス君、やはり君は只者では無かったんだね……」
感無量といった様子のネイジス。
「ワン、ワオーン!」
ガガウは歓喜の咆哮を上げた。
―― これなら姉ちゃんのお土産になるかなぁ?
タルスはそう思ったが、声には出さなかった。
◇◇◇ ◇◇◇
「これは……」
魔王の目の前で、人型達がその漆黒の姿を白へと一斉に変貌させた。
「――なッ!!」
人型から感じられる光の気配に、ランチャスは絶句する。
神聖な魔力により形作られた人型がその性質を「闇」から魔王と対を成す「光」へと変質させた事実は、更なる状況の悪化を予測させるには十分だった。
「……魔王様、ここは一度引きましょう」
ランチャスは撤退を進言する。
「ぐぁ……。うむ、仕方あるまい」
勇者たちが去った今、ここに留まる理由は皆無に近い。
魔王にとって、現在の懸念は人型達の魔力の主である。
いずれ、自身の前に立ちはだかるという確信。が、今は捨て置くしかない。
「邪魔だ! 道を開けんかぁぁッ!!」
前方へ大火炎を放ち、ランチャスは人型達を左右に追いやる。
その間を抜け、魔王は戦場を去った――
「……みんな、行ってしまったな」
勇者一行も、魔王軍幹部もいなくなった戦場を見渡し、サイラードが呟いた。
戦場に残ったのは、サイラードたち一般兵と人型。人型達は一般兵へは手出しする様子はない。
黒一色だった人型はその姿を一斉に白へと変え、そして瓦礫の中から怪我人を見つけ出すと、重症な者から順に聖女が消えたのと同じ方角へ飛び去っていった。
「俺はどうすればいいんだ……」
人型の群れを目で追いながら、ラールがこぼす。
ラールは自身の今後を憂いているのだ。
周りの兵士たちは、迷いながらも魔王の後を追っていった。
魔王に殺されそうになり、そして逆らったラール。魔王軍にはもう戻れない。
途方に暮れるラールに、サイラードが声をかける。
「なあ、あんた俺と一緒に来るか?」
「一緒に? どういうことだ?」
「俺は……、人間の国に亡命することになっているんだ」
「亡命なんて出来るのか?」
「それは、俺の父さんが何とかするらしい」
サイラードの父ネイジスは、ランチャスの下で文官として働く貴族だ。
「亡命してどうするんだ?」
「父さんと料理店を開くことになっている。俺は料理人になるのが、ガキの頃からの夢なんだ」
サイラードは父親の影響で、食べる事と調理る事に目がない。
「こっちで人間界の料理を教えて貰えるらしいんだ」
父ネイジスによると「すごい料理人がいる」とのことだ。
「亡命……」
しばし考え、ラールは口を開く。
「俺は一度ランチャス様の屋敷へ戻ろうと思う。屋敷にはジラン坊ちゃんがいるかもしれないだろ?」
「そうか……わかった。それなら、ここでお別れだな」
父ネイジスは、サイラードがフルウースに来ていることを、まだ知らないはずである。
サイラードは父親を探さなければいけない。頼まれて魔界から持ち出した財宝も放置したままだ。
「ジラン様に会えるといいな」
「ああ、その時は俺はジラン坊ちゃんに付いて行く」
「魔王国に帰るのか?」
「坊ちゃんの下で働くためならな」
「そうか……そうなったら、もう二度と会うことは無いだろうな」
二人が望む未来はあまりにも違う。
お互いの希望が叶えば、その道が再び交わることは無いだろう。サイラードはそう思った。
「もし、屋敷にジラン様がいなかったら、その時はこっちと合流すればいいさ」
「そうだな、その時はあんたを頼らせてもらうよ」
それぞれの尋ね人を求め、それぞれの道を行く二人。
二人が去り、勇者と魔王の決戦にかかわった全ての者が戦場を去った――
◆◆◆ ◆◆◆
「す……すばらしい!」
ヒルアは恍惚とした表情でタルスを見つめる。
「いや、ちょっと待て。勇者がどっか行ったのはいいけど、魔王はどうするんだよ?」
タルスはやや興奮気味の聖女を制するように言った。
いくらクズであっても、勇者以外に魔王に対抗できる者などいないのだ。
「ワン、ワン、ワワン」
その時、何かを訴えかける様にガガウが吠えた。
「え!? そうなのですか?」
そんなガガウの声に、ヒルアが反応した。
「……ガガウが『魔王はすでに撤退した』と言っています」
「んー? 何でお前にそんな事が分かるんだよ?」
タルスはガガウの顔を両手で持ち上げるようにして訊ねる。
「ワワンッ!」
「『臭いで分かる』だそうです」
「なるほど……」
ガガウもヒルアも嘘を言っていないと『理解』し、タルスは納得した。
「何でそうなったのかは知らないけど、とりあえずよかったよ……」
勇者も、そして魔王もこのフルウースの街を去ったことを知り、タルスはほっと胸をなでおろした。
その時、意を決したようにヒルアが切り出す。
「聖騎士様、私と一緒に魔王を倒しましょう!!」
それはまるで愛の告白のようだった。
「ごめん、俺には大事な姉弟達がいるから無理だ」
当然のようにそれを断るタルス。
いくら聖剣があっても今のタルスでは、まだまだ魔王は倒せない。
魔王と戦うためには、修行や研鑽が必要だ。
愛する姉弟達を置いて長い旅に出るなど、タルスには考えられないことなのだ。
「聖騎士様、これは運命なのです!」
「でも、無理」
「もちろんガガウも一緒ですよ!」
「ワン!」
話を聞かないヒルアに、タルスは念押しする。
「何を言っても、俺は行かないぞ」
「嫌です!」
「「…………」」
にらみ合う二人。ジランがそこへ割って入る。
「オイ、お前達。魔王を倒しに行くのなら、オレも連れて行け!」
「ぼ、坊ちゃん、本気ですか!?」
「うむ、元々そのつもりでお前達に接触したのだ。まさか、聖騎士がいるとは思わなかったけどな!」
ジランはニヤリと笑う。
「オレはこんな機会をずっと待っていたのだ! 聖騎士と聖女が魔王を倒す算段をしているのだぞ。それに聖獣までいる。これに乗らない手はない!」
「……俺はそんな話してないぞ!」
タルスは断固否定する。そんなタルスを制するように、ヒルアは一歩前に出る。
「話をお聞かせください」
ヒルアはその真意を確かめるように、ジランの目をジッと見つめる。
「魔王もオレの親父も、これからの世に必要のない者達だとオレは思っている。しかしオレ一人では、あの化け物どもを倒すことは出来ん」
「お前も魔族だろ、魔王を倒しちゃっていいのかよ?」
「かまわん。オレは魔王が嫌いなのだ」
タルスの疑問に、笑顔で答えるジラン。
「魔王退治なんて勇者に任せておけばいいだろ!」
「アレは駄目だと、お前も言ったじゃないか。それに、アレらが魔王を討ったとして、その後魔界はどうなる? ろくなものじゃないぞ。人間の為にも魔族の為にも、魔王も勇者も必要ない」
「はい、その通りです」
深く頷くヒルア。
「もちろん聖騎士の下に就くことにも異存は無いぞ」
「分かりました。すばらしい志です。是非、私たちに力をお貸しください」
聖女の微笑みで、ヒルアはジランを受け入れた。
「貴方も、そちらの魔族の紳士も、人間界での立場は聖女である私が保証します」
「おお、そうか。ならばオレ達で魔王を打ち滅ぼそうではないか!」
拳を握り締め、魔王打倒を宣言するジラン。
「そうです、聖騎士様がこの世界に平和をもたらすのです!」
「おお! これは魔界に食の革命を起こす夢が叶う日も、意外と近いのかもしれないな!」
「ワオオオォォォン!!」
タルスを差し置いて、勝手に盛り上がる面々。
「おいおい、待て待て! 俺は行かないぞ!! 俺はこの町を離れる気は無いんだ」
「――聖騎士様!!」
「なんだよ?」
ヒルアはタルスの手をギュッと握りしめると、顔をグッと近づける。そして、
「御姉弟の為に魔王を打倒するのです!」
「――――!!」
姉弟の為――その一言がタルスの心に突き刺さる。
魔王がいる限り、姉弟達に真の安寧が訪れないのは事実であり、勇者の切り札であった聖剣も、今はタルスと共にある。
そしてこの面子なら、いずれは魔王打倒も可能かもしれない。
姉の妹の、そして弟の幸せを勝ち取る為の戦い。タルスは自分の生きる意味を見つけた気がした。
俄然やる気が湧いてきたタルス。
そしてタルス高らかには叫ぶ。
「よぉぉぉっし!! 魔王潰す!!」
「はい! 私は、どこまでも付いて行きます!!」
聖騎士への忠誠を誓う聖女ヒルア。
「おお、聖騎士がやる気になったか!」
「ワン! ワン、ワン!」
ジランとガガウは歓喜する。
「でも、まずは姉ちゃんたちの所に帰るぞ。弟に腹いっぱい食わせてやるんだ」
タルスの優先順位は、あくまでも変わらないのだ。
そこへ、ヒルアが口を開く。
「聖騎士……いえ、新たな勇者様。私は、前勇者と魔王の戦いに巻き込まれ、傷付いた民たちを救いに行かねばなりません」
「え? あー……そっか、それなら!」
タルスはそう言うと、聖剣を頭上へかざし一気に魔力を込めていく。
聖剣からあふれ出した白い靄が大量の人型へ姿を変え、戦場方向へと飛び去って行った。
「怪我人はアイツらが連れてきてくれるよ」
「あぁ、勇者様……」
恋する乙女の眼差しをますます深め、ヒルアはタルスを見つめる。
「よし! 食料も山ほどあるからな、何人でもドンとこいだ!」
姉弟達の為に苦労して盗み出した食料だが、街の人たちに振る舞おうと決めた。
―― その方が姉ちゃんも褒めてくれるよな。
タルスはそう思ったのだ。
「それなら、リリノさんに美味しい料理を沢山作ってもらおう!」
「妹の料理も食わせてやるよ。すっげぇ美味いからな!」
大量の食料を抱えた白い人型の群れとゴーレムを引き連れ、聖騎士タルスは仲間たちと共に愛する姉弟達の下へ急ぐ。
「みんな待ってろよ、今日はパーティーだ!」
――こうして、地方都市フルウースを舞台にした、勇者と魔王の決戦が終結した。
その後、ランチャスの屋敷へ魔王軍が戻ることはなく、フルウースの街は、魔王軍の支配から解放されたのだ。
後に『フルウース事変』と呼ばれるこの日の大騒乱。
この騒乱の「裏」に、聖騎士の存在があった事を人々はまだ知らない。
そして……
いずれ聖騎士は新たな勇者となり、世界の命運を賭け魔王と相対する事となるのだ。
―――― 完 ――――
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