8 聖女と聖騎士
魔王が神聖な魔力の波動に苦しむ一方、勇者は絶え間なく襲う人型に相対していた。
「くッ! キリがない!」
勇者は次々に群がる人型達を斬り払う。
人型は闇雲に勇者へ迫っては、順に斬り捨てられていく。
まるで、わざと斬られるかのような動きを見せる人型達。
勇者の聖剣が人型を両断する度、人型は黒い靄となり聖剣に吸い込まれていった。
「痛ッ!?」
突然、聖剣を持つ手に痺れるような痛みが走る。
勇者を拒絶するように聖剣はその手を離れていった。
「来いッ!!」
勇者は聖剣を呼ぶ。しかし聖剣はその声に応えない。
聖剣を呼び続ける勇者をよそに、一体の人型が聖剣に近づき、その柄に触れた。
「――――!!」
人型が聖剣を掴んだその時、勇者は聖剣の所有者が変わった事を悟る。
「ど、どうして……。何故だァァァァ!!」
聖剣を失い、茫然自失となった勇者へ人型の群れが再び襲い掛かる。
数体の人型に抑え込まれた勇者は、もはや抵抗すらしない。
「お、俺は……勇者だぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
人型は勇者を抱え、その場から飛び去って行った。
「え? え、え、えーッ!!」
「お、おい! どこに行くんだ!!」
視界の彼方へ消えて行く勇者。魔導士と戦士は戸惑い叫んだ。
「……追うぞ!」
そう言うと、戦士は駆け出す。
「ま、待ってください!」
魔導士は必死にその後を追う。
「あ、あれれ?」
置き去りにされてしまった聖女。
「…………」
聖女はそっと魔王を見やる。
そこには、苦痛に顔をゆがめる魔王と、そんな魔王に群がる人型達を、炎を撒き散らし蹴散らすランチャスの姿があった。
「がはぁッ……!!」
黒い刃がその身に突き刺さる度、魔王は悶絶する。
本来ならば、人型の攻撃など魔王には通じるはずもない。
しかし、勇者の波動による傷と、そこへ流れ込む上質で神聖な魔力との組み合わせが、魔王の精神と肉体を確実に蝕んでいく。
聖女は、その光景に感極まり、神へ感謝する。
「ああ、聖騎士様……」
性悪な勇者から聖剣を剥奪し、魔王をも罰する絶対的聖者。
聖女の中で、聖騎士の存在がどんどん膨らんでいく……。
とはいえ、戦場に一人取り残され、危機的状況に変わりはない。
そんな聖女の目の前に、一体の人型が降り立つ。
「ん? 何かご用ですか?」
人型に自身への害意が無いことを、聖女は『理解』している。
「え!?」
人型は聖女を静かに抱き上げる。
聖女を抱えた人型は空高く舞い上がり、聖剣を抱えた人型がその後に続いた。
そして、勇者とは別の方角へ聖女は飛び去って行く。
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
聖女は絶叫と共に遠ざかっていく――
◆◆◆ ◆◆◆
全ての食材が搬出されるのを見送り、最後にタルスとネイジスが、ガガウを連れ魔法陣の上に立つ。
魔法陣が青白い光に包まれた次の瞬間、タルスはフルウース郊外に設置された転送装置の上にいた。
そこには大量の食料と共に、ゴーレムと人型達が整列しており、警備兵がすでに人型達によって制圧されている。
「――やはり、ここに来たな!」
突然、野太い声が轟く。
振り返ると、そこにはタルスの見知らぬ男が立っていた。
「屋敷の地下でおかしな連中が暴れているのは分かっていたからな! ここで待っていれば会えると思っていたのだ!」
真っ赤な肌に真っ赤な瞳。一見して魔族と分かる男は、タルスを凝視し、ニッと笑った。
「ぼ、坊ちゃん!?」
男を確認し、ネイジスの声が裏返る。
「誰?」
「オレの名はジラン!!」
「魔王軍幹部で館の主、暴炎のランチャスの子息だよ……」
ネイジスの顔が引きつる。
暴炎の息子ジラン。タルスはその潜在的なポテンシャルを『理解』し、目を見張った。
「こいつもヤバイ!」それが、ジランに対するタルスの『理解』だ。しかし……。
「ワン」
ガガウは、挨拶するかのように軽く鳴いた。
「おお、ガガウではないか! お前も一緒だったんだな!」
元々ガガウを屋敷へ連れてきたのはジランだ。
「ガガウよ、オレはお前が只者ではないと、分かっているんだぞ!」
「オン?」
「あの森でお前を見つけた時――」
「――で、俺達に何の用なんだよ?」
タルスは、強引に話を進める。タルスは一刻も早く姉弟達の下へ帰りたいのだ。
「ん? ああ、そうだった。オレはお前と話がしたいと――」
「ワン! ワン、ワン!」
「オイ! コラ、ガガウ。今はオレがしゃべっているだろう!」
「ワン、ワン、ワワワン!」
市街地方向の空に向けて、ガガウは鳴き続ける。
「どうした、また何か来るのか?」
「何だというのだ?」
一同は揃ってガガウの鳴く方へと目を向ける。
タルスの目線の先に徐々に見えてきたのは、飛来する二体の黒い人型だ。
「…………ぁぁぁぁあああああ!!」
人型が近づくにつれ、素っ頓狂な女の声がこだました。
「……なんだ、アレ?」
その悲鳴のような声は徐々に大きくなっていく。
「いやあぁぁぁあああああ、助けてぇぇえええ!!」
「「「――――??」」」
人型に抱えられ、女が泣き叫んでいる。
よく見ると、タルスはその悲鳴の主に見覚えがあった。
「あ、勇者と一緒にいたヤバイ女の子だ」
聖女である。
二体の人型は一体が聖女を、もう一体は一振りの剣を抱え、タルスの前に降り立った。
その背には見覚えのない光る羽が生えているが、人型はタルスの魔力が作ったモノで間違いない。
人型は、聖女をそっと地面に降ろす。
聖女の名はヒルア。質素でありながらも神性な意匠の白いローブを纏い、その手には聖杖を携えている。
そのただならぬ身なりと雰囲気で、ネイジスは気付く。
「タルス君、この女性はもしかして……」
「ああ、たぶん聖女だよ」
何故か人型と共に空を飛んでやって来た聖女。
「こ、こここ怖かったぁぁ。あ、あんな、た、たたたた高い所……」
聖女ヒルアは一点を見つめ、すがるように杖を両腕に抱えてガタガタと小刻みに震えている。
「ワン、ワン!」
「ひっ!」
ガガウがの鳴き声に、ビクリと身を固くするヒルア。
ガガウに悪意は無い、そのしっぽは楽し気に揺れている。
「なあ、大丈夫か?」
見かねたタルスが、聖女に声をかける。
「え? あっ……」
タルスの顔を見ると、ヒルアの体の震えが止まった。
「あ、あなたは……」
タルスをジッと見つめ、絞り出すようにヒルアは声を発する。
「……あなたは、聖騎士様です」
「はあ?」
突拍子のない聖女の言葉に、間の抜けた声を出してしまうタルス。
「ワオン!」
ガガウはヒルアの言葉に答えるように、高らかに吠える。
その声につられて、ヒルアはガガウを視界に入れた。
「――――! それに、聖獣まで!!」
「「はあ?」」
今度は、ネイジスも声を揃える。
「「「…………」」」
予想外の展開に、それぞれに声を失う三人。
「オイお前達、面白そうな話をしているじゃないか!」
沈黙を破ったのは、ジランだ。
「はっ! そうだった!」
ネイジスは目下の脅威を思い出す。
魔王軍大幹部の一人、暴炎のランチャスの息子「ジラン」その戦闘能力は、素質だけなら父親をも凌駕すると評判の男。
片や父親の統べる屋敷を荒らし、半年分の食料を盗み出そうとする者達。ましてやネイジスは魔王軍の裏切り者である。
更に今は、何故かこの場に聖女もいるのだ。
この状況は非常にまずい。ネイジスは当然そう思う。
「二人とも、話は後だ。まずはこの男を、ジランを倒さなければ!」
タルスとガガウ、そして聖女なら勝てるかもしれない。ネイジスはその可能性に賭けた……。
「何で?」
「どうしてですか?」
「オン?」
だが、ネイジスの覚悟は彼らには響かなかった。
「え? だ、だからこの男は魔王軍幹部ランチャスの子息で……」
「それはさっき聞いたよ」
「魔族だからといって、むやみに敵対したりはいたしません」
「し、しかし……」
「この方は、基本的に善良な方ですよ」
「おっさんと一緒だよ。このヒトには敵意がないんだ、だから問題ないよ」
「え? そ、そうなのかい!?」
ネイジスは訝しげにジランを見る。
「うむ。確かにオレにはお前たちはもとより、人間への害意は無い。善良かどうかは知らんがな。だが、お前たちは何故それが分かるのだ?」
「そんなの、見れば分かるよ」
「それは、私達は光の神の神子だからです」
「私“達”?」
ヒルアの言葉に、タルスは怪訝な顔をする。
「そう、私達です。私達は光の神より賜った聖なる眼識『聖眼』により、一見にしてその本質を見極めることが出来るのです」
「あー……」
聖なる眼識。タルスはその言葉を聞き、腑に落ちるものがあった。
一目で本質を『理解』する、タルスの特殊能力。物心ついたころから、身に着いたその能力の意味を、タルスはいま初めて知ったのである。
「……俺が聖騎士? マジで?」
「はい、聖騎士様!」
「ワン、ワオーン!」
聖騎士と聖女と聖獣がここに揃い、世界の運命が新たに動き出す……?




