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1 勇者も魔王もクソ

 ここは地方都市フルウース。

 魔王の配下、暴炎のランチャスに統治された鉱山の街。

 今、魔王の居城から遠く離れたこの場所で、勇者と魔王との激戦が繰り広げられている。


 魔王軍の支配から解放するため街を訪れた勇者一行が、どういうワケか市中で魔王と遭遇し、そのまま開戦へと至ったってしまった――



「――魔王ホーディーン!! お前はここで終わりだ!!」


 聖剣を振り下ろし斬撃を飛ばす、勇者ライデル。

 斬撃は、すでに瓦礫の目立つウルウースの街を、家屋を薙ぎ払いながら魔王に迫る。


「ふん。若造、調子に乗るなよ」 


 魔王はスルリとその斬撃を躱すと、雷撃魔法を放つ。

 そして闇の魔力による雷の嵐は、周囲を破壊し勇者を目掛けて突進していった。


「舐めるな、ハァッ!!」


 勇者は放った光の波動は、雷の嵐とぶつかり爆散した。 


 一歩も譲らぬ、勇者と魔王の戦い。

 世界最高レベルの攻撃の応酬は、周辺一帯の景色を変えてしまうほどに激烈なものであった。街は破壊され、戦いに巻き込まれた多くの人々が命を落としていく。

 勇者の使命は「魔を滅する事」であり、その使命の前で“それ”以外のモノは勇者にとって価値のないモノなのだ。



  ◆◆◆ ◆◆◆



 ~フルウース郊外・ランチャスの屋敷~


 フルウースに住む少年タルスは今、魔王軍幹部、暴炎のランチャスの屋敷に忍び込んでいる。

 その目的は、腹を空かせた姉弟たちのために食料を調達すること。

 魔王軍が勇者との戦いに注力しているその隙に、漁夫の利を得ようというわけだ。


「勇者はクソ野郎だな」


 鞘に納めたままの剣を肩に担ぎ、タルスは吐き捨てるように言った。


「うん、そうだね。魔王もクソだけどね」


 うんざりしたようにタルスの言葉に応えたのは、魔王国の貴族ネイジスである。 


 勇者一行と魔王軍の戦いは熾烈を極め、フルウースの街の人々が巻き込まれていった。

 魔王はもとより、勇者でさえ、名もなき者たちのその命を顧みることは無かったのだ。

 だからタルスは勇者を見限り、そして行動に移した。

 屋敷が手薄になったこのチャンスに、ここから出来るだけの食料を持ち出し、姉弟達に腹いっぱいになるまで食べさせてやるために。


「それにしてもタルス君、やはり君はすごいな。魔王軍の警備兵など君にかかれば造作もないじゃないか」


 青みがかった肌に額の真ん中には小さな角、魔族としてはかなり小柄なネイジス。

 中年太り気味の腹の上で腕を組み、魔族特有の真っ赤な目でタルスを見る。


「相手が弱かっただけだろう? 大した事じゃないよ」

「イヤイヤ、君の強さは本物さ!」 


 つい先ほど遭遇した屋敷の警備兵を、タルスは瞬く間に片づけてしまった。

 その鮮やかな戦いぶりにネイジスは素直に関心しているのだ。


「そんなことより、食料庫はどこなんだよ?」


 今のタルスに必要なのは食料だ。


 元々フルウースは鉱物資源に恵まれた豊かな町だった。しかし3年前、魔王の軍門に降ると状況が一変する。

 鉱山は接収され、糧を失った住民たちは慢性的な貧困と飢えに苦しむ事となってしまった……。

 この町が深刻な食糧不足となり、タルスの愛する姉弟たちは毎日空腹と戦っているのだ。


「ああ、そうだったね。食料庫は地下にある、階段はこの先さ」

「なら、とっとといこうぜ。弟が腹を減らして待ってんだ」


 タルスの幼い弟は「お腹が空いた」と泣き続け、しっかり者の妹は決して弱音は吐かず、わずかな食料を弟に分け与えようとした。

 そして責任感の強い姉は、その美貌を使った強硬手段で食料を調達しようとし、すんでの所でタルスによって阻止されたのである。


 3年前の魔王軍の侵攻で両親を亡くした彼らにとって、お互いの存在だけが心の支えだ。 


 そんな折、勇者と魔王が市街戦を開始したのだ。


「待ってろよ、食い物いっぱい持って帰ってやるからな!!」


 愛する姉弟に食料を届けるべく、タルスは魔王軍の食料庫を目指す。



  ◇◇◇ ◇◇◇



 ~フルウース市街・勇者と魔王の戦場~


 魔王との決戦――本来、勇者まだそのステージにはいなかった。

 しかし歴代最強と名高い現勇者と、その優秀な仲間たちは善戦し、このイレギュラーな決戦は熾烈を極める事となったのだ。


「なるほど、これが噂の勇者の力か。思った以上にやるではないか」


 魔王は攻撃の手を止め、勇者の実力に関心して見せた。

 若き勇者が見せたその力量は、魔王の予想をはるかに超えていたのだ。


 そこへ、戦士が闘気を込め切り掛る。


「隙あり!!」


 戦士はその恵まれた体格と、人類随一と言われるその闘気による剣撃を魔王へと見舞う。

 しかし、それを魔王は魔力の壁ではじき返した。

 そして吹き飛ばされた戦士の巨体は、宿屋の壁を突き抜け三軒隣の食堂までを薙ぎ倒す。


「次は僕です! 行けッ、アイス・ランス!!」


 魔導士は特大の氷の槍を魔王へと射出する。

 魔王は右手から放った破壊光線で氷の矢を貫き、そのまま武器屋を吹き飛ばした。


「では此方からはコレでどうだ?」


 魔王が不敵に笑うと、魔力によって顕現した剣の雨が勇者一行に降り注ぐ。 


「波動連撃剣!!」


 勇者が剣技のカウンターは、剣の雨を四方へ弾き飛ばした。 

 剣は瓦礫の街を更に破壊しながら飛散していく……。


 互いに譲らぬ攻防は、一進一退のまま更に激しさを増していくばかりである。

 

 そして、激しい戦いの中で魔王と勇者、両者は睨みあう。


「近頃この街で魔族を(ほふ)っていたのは、貴様の配下の仕業か?」


 短い沈黙を破り、魔王が勇者に訊ねる。


「……? 何の話だ」


 勇者には身に覚えがなかった。


「なんですか!? 知りませんよ、そんなこと」

「俺たちがこの町に来たのはついさっきだ。いちゃもん付けんな!!」


 勇者の仲間である魔導士と戦士も同様に否定する。


「うむ。やはりそうか……」 


 腕を組み、何かを思案し始める魔王……。


 勇者と魔王がこのフルウースで出くわしたのは、偶然の出来事だ。

 それは予定外の衝突であったが、ここが魔王の統治下であった事もあり、魔王軍はそれなりの数の軍勢を揃えていた。

 そしてそれに対抗すべく若き大魔導士モッズは、勇者の波動を借りた特殊召喚魔法により、100体の光の兵団を顕現させた。


 魔王軍は数に物を言わせ勇者一行へと一斉に襲い掛かり、光の兵団がそれを迎え撃つ。

 光と闇の二つの軍勢は、フルウースの街を舞台に激しくぶつかり合い、戦線は拡大していく。


「モッズ、隕石魔法を撃て!!」

「分かりました、任せて下さい!!」


 大規模な破壊魔法の発動を要請する勇者に、魔導士モッズが応える。


「大魔法メテオ・ラッシュ!!」


 魔導士が杖を天に掲げ呪文を唱えると、はるか上空から無数の隕石群がフルウースの街に降り注いだ……。



  ◆◆◆ ◆◆◆



「よっ! ほっ! てゃっ!」

「ぐおっ……」

「ぎゃ……」

「ずゎっ!」


 屋敷の廊下で出くわした警備兵3人を、タルスは一瞬で切り捨てた。そして、


「最後に……とんっ!」

「あ……」


 一人の警備兵には当て身をくらわし、気絶させた。


「いっちょ上がり!」

「お見事!」


 同胞がやられたにもかかわらず、手放しに称賛するネイジス。

 今のネイジスにとっては、魔族であろうが人間であろうがそこに拘りは無い。


「最後のそいつは、ネイジス(おっさん)が縛っといて」

「それは構わないが、どうしてこの男だけ?」

「そいつは、悪い魔族じゃないからな、殺したら可哀想じゃんか」


 タルスは4人の魔族の本質を一目で『理解』し、選別したのだ。 


 気を失った魔族の男を縛り上げるネイジスの姿に、タルスはあらためて思った。


ネイジス(おっさん)はホントに魔王を裏切っちゃって良かったのかよ?」


 思ったままに、今更なことを聞くタルス。


 タルスが魔族の、しかも貴族であるネイジスと知り合い意気投合したのは、今からひと月ほど前、街で「魔族狩り」をしていた時の出来事だ。


 魔族狩りと言っても、むやみやたらと魔族を殺すわけでは無い。

 狩りの対象はあくまでも「悪い魔族」街で悪さをする「迷惑な連中」だけである。

 その点、ネイジスは人畜無害、人間に対する悪意や敵意が全く無い。タルスは一目でそれを『理解』した。


 ランチャスの屋敷から食料を盗み出すことを提案したのもネイジスだ。


「私は人間界の暮らしが気に入っているんだ……」

「なんで?」

「人間の食事が素晴らしいからさ。特にリリノさんの作る料理は、すべて絶品だよ!」


「リリノさん」とは、フルウースの下町で定食屋『リリノ』を営む未亡人だ。

 ネイジスがひそかに持ち込んだ僅かな食材は、リリノの手によって見事な料理へと変わり「魔界の食通」を自負するネイジスにとって、それはまさに衝撃だった。


「タルス君、私はね……、魔界に食の革命を起こしたいのさ!」


 魔界に人間界の食文化を持ち込み、魔族の食への意識に変革をもたらす。それがネイジスの野望だ。


「しかし魔王がいる限りそれは叶わない。だから私は人間の国に亡命したいと思っているんだ」

「亡命なんて出来るのか?」

「大丈夫さ、なんとかするよ」


 交渉術には自信があるネイジスである。


「ふーん。でもさ、そもそも何で魔王は人間界を支配したいんだ?」

「それが魔王の本懐なんだそうだ。つまり大した意味なんか無いのさ」

「なんだそれ!? 迷惑なヤツだな!」


 タルスは憤慨する。


「まったくだ。私は、いっそ勇者が魔王を打倒してくれないかと、期待しているんだよ」

「多分それは無理だと思うぜ。勇者は確かに強いけど、まだ魔王には勝てないと思う」


 タルスが勇者を見限った理由は、ここにもある。


 一目見てタルスが『理解』した勇者のその強さは、凄まじいものだった。

 しかし魔王の強さはそれ以上。タルスはそう『理解』したのだ。

 そして魔王には、ランチャスをはじめ強力な幹部たちがいる。

 彼らがその総力を惜しみなく注ぎ込めば、きっと勇者はその猛攻に耐えることは出来無い。それがタルスの『理解』だ。


「そうか……。君がそう言うなら、きっとそうなんだろうね」


 タルスとは短い付き合いでしかないネイジスだが、彼のその不思議な眼力には一目置いていた。

 タルスは一目見ただけで何故かその本質を『理解』してしまう。初見で心の内を見抜かれた自分(ネイジス)自身もその根拠だ。


「それとさ、リリノのおばちゃんの料理は確かに美味いけど、うちの妹が作る料理も――!?」


 その時、突然けたたましい爆発音が鳴り響いた。


「――――!!」


 戦場から響く、大轟音。

 それは、大規模な攻撃魔法が街中で行使されたことを意味した。


 街にはタルスの姉弟たちがいるのだ……。




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魔王と勇者の戦いを背景にしたストーリー展開が緊迫感を生んでおり、タルスの内面の葛藤や彼の仲間たちとの絆が強く感じました
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