宮之阪という女子2-1
昨日は色々あってよく眠れなかったせいか、今日の駅から学校までの道のりが昨日までと違って見える。
一見普通の通学路なのだが、少し曲がったところの路地裏や立体駐車場の影、公衆トイレなどで今まさにKが増えているかもしれないと考えるだけで、のこの何の変哲もないアスファルトの道がドラゴンが吐く焔すら効かない安全地帯のように思えてくる。
昨日、ユウキから追加で聞いた情報によると、奴らは人目につくところでは絶対にその正体を現さないらしい。ま、当然と言っちゃ当然だ。Kの方もそうそう無警戒なわけじゃあないだろう。
ただ、誰かといるからと言って絶対に安全なわけじゃあない。向こうだって必ずしも一人で行動しているわけじゃないだろうからな。Kが三人のところに俺一人が行けば人数が多いとは言えそれはもうおしまいなのさ。やつらを「人」で数えるのかは知らんが。
俺はなるべく一人にならないよう生徒の集団の後ろにつけて学校へと歩みを進めた。途中、前の席に座る見知った顔を見つけて安堵しつつも、意識的に俺はそいつの様子を観察する。
「なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」
「……大丈夫だ。安心しろ、いつも通りちゃんと酷い面がついてるぜ」
「やかましい」
こんないつものやり取りすら疑わしい。こいつは本当に俺の知っているあいつか?心做しかいつもより酷い顔をしている気がする。
しかし、俺がKのことについて知っているということをK側に知られてはいけないので、俺はこれ以上こいつを注視するのはやめておいた。バレたら真っ先に殺されちまうだろうからな。
その後、俺たちは下足場で校内履きのスリッパに履き替えると、二人して教室へと向かった。その途中で数人の警察官を見かけたので、今朝になって昨日吊るした地理教師の死体が見つかったのだろう。
「なんか警察が来ているみたいだな」
「……だな」
俺は特に興味なさげにそう返すと、立ち止まっているあほ面をおいて歩みを進めた。
既に教室にはほとんどの生徒が揃っていた。数にして三十人。この中にももちろん何人かKがいるんだろうな。
席に着くとものの数分で始業を告げるチャイムが鳴った。前までは遅刻する人はほとんど居なかったはずなのだが、最近になってまたギリギリで駆け込んでくるやつが増えてきているような気がする。今日が週半ばの水曜日だからか?
俺はそいつらがどんな顔ぶれなのか視界の端でぼんやりと眺めながら、クラスの担任がニヤニヤとしながらチャイムが鳴り終わるのと同時に教室の扉を閉めようとするのを見て、違和感。だが、俺が気がつく前に目の前のやつがノストラダムスの大予言を信じ込んでそのまま一九九九年を迎えてしまったオカルトマニアのような顔をして言った。
「み、宮之阪が、来ていない……だと……」
そこまでの事か?と言いたいところだったが、実際、今まで俺の知る限り中学一年の頃から学校を休むどころか遅刻すらしてこなかった宮之阪が、担任が点呼をし始めても教室に姿を現さなかったのだ。
あとからクラスメート何人かから聞いた話だが、宮之阪は小学校の時から学校を休んだことがなかったらしい。そいつらもこのアホ面の悲鳴のようなセリフにこいつほどとまでは言わないがかなり驚いていた。
もちろん、俺もだ。
正直なところ、宮之阪が風邪を引いたとかそういう体調を崩すとは思えなかったからだ。あいつは勉強が出来るだけではなく全てにおいて完璧人間なのだ。きっと自分の体調管理も完璧だろうからな。
だからこそ俺の頭に真っ先に浮かんだのは「K」だった。宮之阪に限って、とはこういう状況ではとてもじゃないが言えそうにない。
友達と呼び合える仲であるかも分からないのに、少し話した事があるくらいで俺はその日、飯を食うのも忘れるほど心配で何も手につかなかった。
あいつがただただ心配だった。そらそうだろ、宮之阪みたいなただの知り合いに自分のノートを貸したりするような良いやつが理不尽にもKに殺されるなんてことは絶対に許されないんだ。俺だって絶対に許さん。
つい今朝まで宮之阪に昨日の話をして頼りになって貰おうと思っていたが、今はそんなことどうでもよくなっていた。
クラスの奴らも普段から宮之阪に世話になっているやつらばかりなのだろう。休んでまだ一日目なのに色紙に書き寄せをしようだなんて話している。
教室内が宮之阪の休みにざわつく中、クラスの担任が咳払いを一つしてから言った。
「あー、もう皆気が付いていると思うが宮之阪は今日は休みだ」
教室中から次々に上がる「えー!」だとか「まじかよ」の声。ほぼ俺の前の席のやつのだけどな。
「何でも他の国から飛んできたウイルスにかかったらしくてな、なんつったっけなぁ……。いや、まぁとりあえず、体調の方は大丈夫らしいが大事をとって今日は学校を休むそうだ。お前ら、間違っても見舞いなんかに行ったりするなよ?この学校で感染者が出るのだけはさけたいからな。言うがこれは宮之阪からの頼みでもあるからな」
あわよくばクラス全員で見舞いに行こうとしていた教室は、担任の発した「宮之阪からの頼み」という言葉にすっかりヤジの言葉を失ってしまった。宮之阪ってのはそういうやつなんだ。
だが、俺は違うね。もちろん見舞い、もとい確認に行くつもりだ。俺はまだそこまであいつに対して信仰心じみたものを持ってないのさ。頼るつもり満々だったが、宮之阪だって頭がとんでもなく良いだけで俺と何も変わらない普通の人間なんだ。




