K
それはあまりに荒唐無稽で馬鹿げた話だったが、実際に目の前で証拠になりうる出来事を見ちまったもんだから、俺はそんなわけないだろと思いつつ信じざるをえなかった。まったく、「学校の悪魔」が本当に存在したってだけでもおなかいっぱいだったのに。俺はいつの間にか異世界にでも迷い込んじまっていたのか?
「私も最初は信じられなかったのだけどね」
星ヶ丘ユウキはどこかで聞いたような前置きしてから、
「そうね、今ある言葉で表すのならば一番近いのは―――『ドッペルゲンガー』かしら」
それは一般的に自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種だと定義づけされているが、星ヶ丘ユウキがここで言った言葉はよく映画や漫画で見るような自分の「偽者」という意味らしい。
「文字通りの『偽者』よ」
星ヶ丘ユウキ曰く、奴らは人間ではない。だが、動物でも植物でもないらしく、対象の人間を消しその人間に成り代わる事でその数を増やす誰もが今まで知覚していなかった未知なる生物なのだそうだ。
「だから人殺しじゃないでしょ?」
他人からそう見えてしまったらそれはもう人殺しだと思うぞ。
「誤差よ」
そうかい。
星ヶ丘ユウキは続けて言った。
「でも、厄介なのはね、彼らは人間に成り代わるしかできない訳じゃないのよ」
星ヶ丘ユウキが知る限りでは、彼らが増える方法はそれだけではないらしかった。
「私は便宜上彼らを『K』と呼んでいるのだけれど、そのKは自分以外にも偽者を造る事が出来るみたいなの」
別段、奴らの能力は一人の人間に成り代わるだけではないのだと星ヶ丘ユウキは言う。
例えばの話だけど、と、
「K本体がAさんに成り代わったとするじゃない?その時はKはAさんの身体で存在しているわけなのだけれど、Aさんとして存在したままその状態でAさんの他にBさんの偽者を造る事が出来るみたいなの」
つまりはその「K」とやらは人間に成り代わる事が出来て、人間に成り代わる偽者を造る事も出来るという話だ。
結論らしい。
「イソギンチャクみたいに細胞分裂でもするんじゃないかしら。どういう理屈かは分からないのだけどね」
だから、「街中で同じ顔の人間を見かけた」だなんて都市伝説が浮かぶのではないか、と星ヶ丘ユウキは言った。
確かに、「ドッペルゲンガー」とはよく言ったもんだ。
だが実際はドッペルゲンガーなんかよりもっとヤバい、言うなれば人類全体の共通の敵。他人に興味がないにもかかわらず、他人を疑り深い人間にとっては正しく脅威であり、天敵だった。
だと言うのに分からないことがあまりに多い。何処で生まれたのか、何故生まれたのかも分からないそうだ。
「正直分からないことだらけね。そもそも存在自体が非現実的だもの」
確かにな。
「けれど、今までの経験から分かっていることもあるわ」
少し得意げな星ヶ丘ユウキによると、Kが成り代わった人間の構造は人間のものと同じらしい。
「髪も爪も日を跨ぐ事に伸びていたし、汗もかいていた。血液も赤色だったし、絶命する条件も同じだったわ」
だからこそ、見分けが付きにくく、Kを見つけ出すには長い観察期間を要するのだそうだ。その人間のひととなりを調べ、違いを述べ、内面に潜む化け物を引き出さなければならない。
「もっと楽に見分けられたらいいのだけれど」
「警察にでも言ってみればどうだ?」
日本の警察は慎重で腰が重いが優秀だぞ。
「もちろん私も若い時には言いに行ったわよ」
俺と同い歳だろうが。
「けれど、ダメだったわ。どうも頭のイタイ女子高生の戯言と思われたみたい」
やっぱりか。そもそも「そんなのいるわけがない」という常識が存在するから、やつらの存在が今まで公になってこなかったわけだしな。それをしがない女子高生がつらつらと話しても信じてもらえなくて当然だ。
しかし、星ヶ丘ユウキは「でもね」と続けた。
「それで私はこう思ったわ。警察の中にもKがもう既に沢山いるんじゃないかってね。上層部の中にも少なくとも一人はいるんじゃないかしら」
そら俺らの通う高校にすら何人もいるんだ、警察どころか国の政治を担う国会議員の中にも数人いるだろうぜ。
「じゃないと、学校の悪魔なんて存在し得ないでしょう」
警察は半年の間に四人もの死者が出たにもかかわらずそれをあっさり「自殺」だと片付けたのだ。そう考えるのが妥当だろうな。
以上の話を聞く限り、どうやら「K」は人間世界を乗っ取ろうとする悪の組織的な奴らであるくせに、その存在を認知されるのを嫌っている慎重派の侵略者集団のようだった。
「であれば、やはり私が行動するしかないのよ。警察も動かない、国もおそらくだけど知らんぷり。世界を救おうとする人なんて私くらいのもんでしょう」
「……どうしてそこまで出来る?何故お前がそこまでする必要があるんだ?」
さっきだって下手すりゃお前の方が殺されてたかもしれないんだぞ?今まではたまたまお前の方が強くて一枚上手だったかもしれないが、次がそうとは限らないだろう。
俺はお前自身が困っていたからこそ、この現実を目の前にして想像していたよりもヤバい状況に脚を震わせつつも首を突っ込んでいるわけだ。我ながら主人公っぽい事をしてるな。
しかし、お前はどうだ?何故知りもしない他人の為に命を掛けられるんだ?どうせ助けたって誰にも気づかれない、感謝も言われないんだ。評価のないボランティアみたいなもんだ。それどころか挙句の果てに「悪魔」呼ばわりじゃあないか。
止めるつもりなんて毛頭ないが、もう知り合いになったお前が居なくなるのはおもしろくもない冗談だぜ。
しかし、星ヶ丘ユウキは決意と失意を混じらせたような顔をして言った。
「私は―――変わり者だから」
それから少ししおらしい声で「それに」と、
「これからはあなたも手伝ってくれるのでしょう?」
さっきまでの傲慢を絵に描いたような強気な表情も元の顔が端正なだけあって悪くなかったが、こう言ったこいつの顔は年相応の女の子らしい顔も存外可愛いかった。
俺は何を考察してるんだかな。




