子守歌
ロッグ達は、マーディンの遺体、ジュパットとヴェイザーを連れてアーストに戻った。そして、今度こそ自分達の周囲で起きていたことを全部話したのだ。
ロッグ、ピュアの手当を一通りして遅れて来たエルナとジーンは、先輩魔法使い達に「なぜそんな大切なことを黙っていたのか」ときつく叱られた。一つ間違えば、全員が命を落としていたかも知れないのだから。
そのままであれば、ロッグ達は延々とお説教されていただろう。それをやんわり遮ってくれたのは、イシュトラルだ。
本当なら、自分の正体を告げることもなく、人間の世界で起きた事件に首を突っ込むことなどしない竜。
だが、今回はあまりに深く関わってしまっている……と言うより、この件の中心。そのため、自分が出て正体を告げることで彼なりに責任を取っているのだ。
最初は疑いの目でイシュトラルのことを見ていた魔法使い達だが、相手の魔力の強さを感じてすぐに信じるようになった。イシュトラルが普段は隠している力を、ほんの少し気配に染み込ませる。それだけで、魔法使いには十分だ。
もちろん、彼の正体については口外しないと誓う。もっとも、竜に会ったことのない魔法使いがほとんどなので、しばらく協会内はかなり大騒ぎになっていた。まさかこんな近くに竜が、と驚きを隠せないのは仕方がないことだ。
が、それは後日談。
ロッグ達がこの一件について沈黙を守っていたのは竜の力によるもの、というイシュトラルの証言で、お咎めなし、ということになった。
魔法使いではないジーンはともかく、ロッグとエルナは処罰を受けると今後の活動に何かと支障を来すので、胸をなでおろす。
残りの関係者……と言うより、加害者側の二人だが。
ヴェイザーはこれまでにも色々と細かい事件をあちこちで起こしており、各地の魔法使い協会で指名手配されていた。どの協会にも所属はしていないヴェイザーだが、魔法を使っての犯罪は魔法使い達によって捜査されるのだ。
今回の件で捕まった訳だが、彼はあの場で完全に気がふれていた。竜の強い力を見せ付けられ、傷付けられ、最後にはその力にもてあそばれるようにして死んでしまったマーディンを見て、自分というものを手放してしまったのだ。
彼がもし力を取り出すことに成功していたら、マーディンのようになったはず。それを想像した時の恐怖もあったのだろう。さらには片腕を失い、心身の負担に耐えられなかったらしい。
医療施設に送られたものの、腕の傷が悪化し、事件の日を入れて三日後に事切れてしまった。そうでなくても、多量の出血があった。運ばれた時もかなり危険な状態だったため、どちらにしてもそう長くはなかっただろう。
ジュパットは、マーディンの魔法が切れたことで身体に著しく異変を来した。魔法が切れた直後でも本来より激しく老いが進み、まともに起き上がることもできなくなっていたのだが、協会へ連れて来られた後も老いは止まらない。
次の日には自力で呼吸することもできなくなり、手のほどこしようもなく息絶える。その時の姿は、まるでミイラのようだった。
後々の調査で判明した報告によると、彼女の占いの腕はかなりいいものだったのだが、それを利用して人を脅すなど、汚いこともずいぶんやっていたようだ。
実際、マーディンにも脅迫めいた形で話を持ちかけていた訳だが、それを知る人は誰もいない。なので、なぜ二人が組むようになったかは不明のままで終わった。
竜の力を狙った人間は、その欲深さが災いして全員が命を落とした訳である。
そして、ピュアは。
まだエルナの家にいた。あの場所から戻り、ほこりだらけだった身体を洗ってすぐに休んだのだが、やはり身体が冷えてしまったせいで熱を出したのだ。
魔力で熱は下げられるが、本人の体力が落ちているから無理に治そうとしてもあまり意味はないとイシュトラルからも言われ、あとはおとなしく寝てすごすことにした。
ピュアの家族には、食堂ガーラの営業時間が終わる頃にロッグ達が出向いて説明する。アーストの魔法使い達にした説明と同じことを。
両親は娘が昼間にさらわれていたことなど、もちろん知らない。数日前の誘拐についても知らなかったのだから、しばらく完全に言葉を失っていた。同行したイシュトラルが謝罪したものの、家族は何も知らされなかったことを怒っていいのか、ピュアが無事だと喜んでいいのか、わからない。
とりあえず、全ては終わったのだということを告げておく。
そして、次の日。
昼を過ぎた頃だろうか。疲れ切って深く眠っていたピュアがようやく目を覚ますと、ベッドの横にはエルナではなく、ロッグが座っていた。
「ロッグ……」
「……よ、よぉ。気分、悪くないか」
死んだように眠っていたピュアが目を覚ましてロッグはほっとしたものの、いざこうして向かい合うと何を言っていいかわからない。
「う、うん……」
言いながら、ピュアはシーツを目元まで上げた。顔が赤くなっていくのがわかる。ロッグの顔も、心なしか赤い。
「いつから……いたの?」
「えっと……一時間くらい前、かな」
見舞いに来た、と言うには長い滞在時間だ。
エルナってば、もう。どうしてロッグを部屋へ入れるのよぉ。
泣きたくなってくる。昨日の格好は、この前の比ではなかった。着ていた物は下着すらも完全になくなっていたし、ピュアはそんな状態でロッグに抱き締められてしまった。もう恥ずかしいなんてものじゃない。できることなら、今すぐここから消えてしまいたいくらいだ。
エルナだって、ピュアのそんな気持ちをわかっていそうなものなのに、こうしてロッグを部屋へ入れている。どうしてピュアの気持ちを聞かないで、こんなことをしたのだろう。前に助けられた礼は言えと言われたが、何も今でなくても、と思う。
これがイシュトラルなら。彼は「竜」という人間ではない存在だからか、あまり気にならない。竜と知る前からなぜか気にならなかったが、彼の人間とは違う雰囲気をどこかで感じ取っていたのだろう。
ジーンなら……全く気にならないことはないが、彼についてはお医者様という感覚で見られるためか、恥ずかしさも多少は抑えられる。昨夜、ピュアを診察してくれたのはジーンの父のクノック先生だったが、もしそれがジーンであったとしても、何とか割り切れる。
でも、ロッグはダメだ。意識しすぎてしまう。まともに目も合わせられない。顔が赤くなってゆくのがわかるし、それを自覚すればさらに血が上ってしまう。
ロッグが心配してくれているのはもちろん知っているし、話を聞いている限り、今回は前よりもさらに危ない状況で助けてもらったようなので、感謝もしている。
それに、ヴェイザーに捕まっていた時は、意地を張らずに会っていればよかった、なんてことも思っていた。あの時は、本当に本当にロッグに会いたかったのだ。
でも、それはそれ。今は見舞ってもらえて嬉しいと思う反面、早く部屋を出てほしい、という気持ちもある。
本気で会いたいと思っていたくせに、今はだめ。ずいぶん勝手な話だ。わがままなことを考えている、ということはピュアも自覚していた。でも、それが正直な気持ちだ。
しかし、さすがに出て行けとは言えず、かと言って自分が起きて部屋を出て行く、ということも無理。とにかく、目をそらすしかできない。
「ピュア……髪、ずいぶん伸びてたんだな」
「え? そ、そうかな」
「いつも三つ編みだから、よくわかんなかったしな」
朝起きて編んだら、後は寝るまでそのままだ。長い髪はまとめておかないと、店を手伝う時に邪魔になってしまう。少し外へ出る程度でいちいちほどくのも面倒だし、ついそのままの格好で歩き回るのだが、今ではすっかりピュアのトレードマークのようになっていた。
森から戻って以来、寝込んでいたので三つ編みはしていない。昨日もそうだった。エルナやジーンは見ているが、ずっとピュアの見舞いに来られなかったロッグは何年ぶりかで髪を下ろしたピュアを見たことになる。
話がはずまない。お互い言葉がなく、少し気まずい沈黙が流れた。
「怖い夢、見たりしなかったか?」
「うん……よく眠ってたから」
しっかり眠れるよう、イシュトラルが魔法をかけてくれていたのだが、それを二人が知るのはずっと後のこと。
また言葉がなくなる。どこを探しても、この場に合うようなセリフはどちらからも出て来ない。
な、何だか沈黙が重いよぉ……。
今までにも、ロッグと二人きりになったことは何度もある。でも、こんなに意識したことはなかった。いつもくだらないことを言い合い、何でもないことで笑い合えた。沈黙なんて知らずに。
それなのに、今はいつものように冗談を言い合うこともできず、ロッグの顔をまともに見ることもできず、ピュアはどういう態度を取ればいいのかすらもわからない。
「あの……さ、ピュア」
「な、何?」
呼び掛けられると、それはそれでどきっとする。
「昨日、お前が飛ばされそうになるのを見て思ったんだけど……」
「……」
時々、ロッグって触れてほしくない話題に触れるのよね……。
その時の状態と言えば、何も身に付けていない。見られたのはわかっている。だが、わざわざ口に出して「見た」と言ってほしくなかった。
身体が熱くなる。もう胸のあざはなくなっているから、あざのせいにはできない。
「俺、本気でお前には絶対、どこへも行ってほしくないって思った。俺から離れないでほしいって」
「え……」
ピュアが視線をゆっくりロッグの方へ向けた。今まで見たことがないくらい、真剣な顔でロッグはこちらを見ている。
ロッグもこんな真剣な表情、するんだ。
本人が聞いたら気を悪くしそうな感想を、ピュアはぼんやりと考えていた。知らない人がそこにいるような気がする。
「今、言っておかないと、お前がまたどこかへ行っちまいそうな気がするんだ。もうピュアの身体の中に竜の力はないんだし、あんな危ない状態にはならないってわかってる。けど、そういうことじゃなくて、その……」
だんだん早口になってきた。そこまで言って、今度はロッグがピュアから少し視線を外す。だが、すぐにピュアの顔へ戻って。
「俺は幼なじみだからとかじゃなくて、お前が好きなんだよ。だから、どこへも行かないでくれ」
そう言うと、これ以上はこらえられなくなったのか、ロッグは立ち上がって扉の方へ歩き出す。
「ロッグ!」
ピュアはロッグの後ろ姿を見ると、起き上がって彼の名前を呼んでいた。
呼ばれたロッグはその場に立ち止まり、ゆっくりと振り返る。その顔がさっきより赤くなって。
「人にはどこへも行くなって言ってるくせに、自分から離れてどうするのよ」
「ピュア……」
「ロッグはいつも勝手なのよっ」
ピュアは自分でも思いがけず、叫ぶように言っていた。
「何よぉ。いっつもケンカ腰な口調で、自分の言いたいことばっかり言って。俺はここにいるから、お前もここにいろ、とか……どうしてそういうことが言えないのよぉ、ロッグはもうっ……」
言いながら、ピュアはロッグに向けて枕を投げた。
「わっ。何す……な、泣くなよ」
ポロッとこぼれた涙を見て、ロッグは慌てた。
「誰のせいだと思ってるのよっ」
責任転嫁をしながら、ピュアも内心ではちょっと焦っていた。どうして涙が浮かんでくるのか、自分でもよくわからない。正直なところ、自分が今何を言っていたのかもよくわかっていなかった。
ロッグに会っておけばよかった、と思った。ロッグも同じような気持ちだった……と考えていいのだろうか。起きたばかりのせいで、頭がうまく働かない。
投げ付けられた枕を持って、ロッグはまたピュアの方へ近付いた。
「ごめん。俺、どう言えばいいかわからなくて……」
「バカ」
涙をためた目で、ピュアは一言。
「バカって……だから、ごめんって言っただろ」
むっとした表情で言い返すロッグ。
「ほら、またケンカ腰になる」
「う……お前な……」
「こういう時くらい、もっと優しくしてくれたっていいじゃない」
言いながら、ピュアはわかっていた。
ロッグは優しい。ただ、表現が不器用なだけだ。
「悪かったな。どうせ俺は短気でケンカっ早くて、さらには口下手だよ」
ふてくされたように言われ、今度はピュアの方がむっとする。
「そんなの、自慢になら……」
ピュアは最後まで言えなかった。ロッグが自分の口でピュアの口をふさいでいたから。
しばらくして口は離れたが、顔は鼻の先が触れ合いそうな程に近いままだ。
「優しくって言われたって、これが俺の精一杯だ。ガキの頃からの付き合いなんだから、それくらいわかるだろ」
「そ……ね。仕方ないから、今はそれで許してあげる」
「言ってろ、バカ」
また二人のくちびるが触れ合った。
☆☆☆
あの日から、五年が流れた。
「こんにちは」
「あ、イシュトラル。いらっしゃい」
冬の寒さもずいぶんぬるんできた、ある日の昼過ぎ。
ガーラにイシュトラルが顔を出した。あの件以来、彼は数ヶ月に一度はレンディックの街を訪れ、このガーラにも来る。人間と関わるのが嫌いではないようだ。
イシュトラルに言わせると
「人間の中へ入って行く竜は、よくいると聞きますよ。私だけではないと思います」
ということだったので、人間が知らないだけで実は人間の姿になった竜がどこかで紛れているのかも知れない。
そんなことを想像すると不思議な気分だ。
「お久しぶりね、イシュトラル」
ピュアの横にいたエルナも、手を振る。
「……その子は、ピュアの子ですか?」
イシュトラルが少し驚いたような顔で尋ねる。ピュアの手には、まだ首のすわらない赤ん坊が抱かれていた。
「違うわよ、イシュトラル。この子は二ヶ月前に生まれたフランの娘。ピュアにとっては姪っこよ」
エルナが笑いながら否定した。
「ああ、そうでしたか。自分で言いながら、おかしいとは思ったのです。この前会った時は、そういった兆候がなかったはずなのにと」
「でも、ピュアだってすぐよね」
エルナの言葉にイシュトラルがピュアの方を見ると、嬉しそうに頷く。
「予定は今年の秋くらい、かな。この前、少し体調を崩しちゃったの。だから、今は激しく動くのはやめた方がいいってジーンに言われたから、お店の手伝いがあまりできないのよね。で、子守をまかされてるって訳。今のうちに慣れておきなさいって。体よく押し付けられてるんだけど」
「そうですか。おめでとうございます、ピュア。では、ロッグもとうとうお父さんになるのですね」
二人が二年前に結婚したことは、イシュトラルも知っている。あの日より精悍な顔になったロッグが、絶対ピュアを守る宣言をイシュトラルにしていたのだ。
「あのロッグがちゃんと父親できるか、あたしはすっごく心配なんだけどねー。ピュア、後悔してない?」
「もう、エルナってば」
ピュアが苦笑する。
「大丈夫ですよ。ロッグは愛する人をしっかり守りますから」
ピュアは少し赤くなりながら、小さく頷く。
イシュトラルが言うと、お世辞などではなく本気だとわかるから、やけに照れくさい。
それまで機嫌良くピュアの腕の中に抱かれていた赤ん坊が、急にむずかりだした。
「あら、どうしたの? そろそろ眠くなってきた?」
ピュアが小さなその身体を軽く揺すり、あやしてやる。
「今はその子のために、あの歌を歌っているんですか?」
「あの歌? うん、そうよ」
さぁ ゆっくりと おやすみなさい
いとしい あなた おやすみなさい
お月様に ほほえまれ
お星様に 見守られ……
優しいメロディが、ピュアの口から流れ始める。あの子守歌の旋律だ。
しばらく歌っていると、むずかっていた子が次第に静かになる。
グリン、この歌を聴いてあなたもこんな穏やかな気持ちになったのでしょうか。きっとなりましたよね。今の私のように……。
父の記憶に残されていた子守歌と重ねながら、イシュトラルはピュアの歌声にずっと耳を傾けた。





