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少女のうたう子守歌  作者: 碧衣 奈美


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竜珠の持ち主

 竜の尾はイシュトラルの中へ入り、緑の光の竜は完全に消えた。

 イシュトラルは大きく息をつきながら、片膝をつく。結わえていた紐が切れ、うつむく彼の横顔を黒髪が隠した。今、イシュトラルはどんな表情をしているのだろう。

 エルナとジーンは、しばらく動けない。

 イシュトラルがマーディンのようになってしまうのではないか。そうなった時、イシュトラルはともかく、またピュアが同じ目に遭ってしまうのか。今度は誰がどうやってピュアを助ければいいのか。

 いつまで様子をみていればいいのか判断できず、動こうにも動けなかった。

「っつう……」

 最初に動いたのは、ロッグだった。

 竜の魔力の中へ飛び込んだため、身体のあちこちが傷だらけだ。露出している顔や手の甲などはもちろん、服を裂いて腕や足にも赤い筋が何本も走っている。見えない拳に殴られたような感覚もあった。服の下には多数の青あざがあるだろう。

 だが、膝を震わせながらもその場に立ち上がる。頭の傷は最悪なくらいに痛むが、そんなものは気にならない程、ロッグの中に強い怒りがわいていた。

「イシュトラル、お前……お前もやっぱり竜の力を狙ってたのかっ」

 最後の尾が出た時の衝撃で、額を切ったらしいロッグ。目のそばに流れてくる血をぬぐいながら、少し息を切らしているイシュトラルに向かって怒鳴る。

 イシュトラルがピュアに何と言っていたか、よく聞こえていなかったし、聞こえていたとしてもその内容はロッグの知らないこと。ピュアだけが知ることだ。

 とにかく、何を言っていたかなんてどうでもいい。問題はイシュトラルが竜の力を手に入れたということ。

 相手が何者かもわからず、ロッグは怒鳴りつけていた。

「今は私よりピュアの方が大切でしょう」

 イシュトラルに言われ、三人ははっとする。

 着ていた物は全て千切れ飛び、うつぶせて倒れているピュアを見て、ロッグ達は急いで駆け寄った。ロッグがピュアを抱き起こし、何度もその名前を呼ぶ。

 その顔は、血の気が引いて真っ青になっていた。ロッグはその頬を叩く。

「ピュア……ピュア、起きろ。起きてくれっ、ピュア! なあって」

 エルナがはおっていたマントをピュアにかけ、ジーンが脈をみる。その間も、ロッグはピュアの名前を呼び続ける。

「ん……」

 ピュアのまぶたがかすかに動いた。三人が息を詰めながらピュアの顔を見ていると、ゆっくりとまぶたが開く。

「ピュア、俺がわかるか? 俺のことがわかるか?」

「……」

 ロッグが尋ねても、ピュアはぼんやりした表情でこちらを見ているだけ。その心許ない目の光に、ロッグは泣きそうになる。

「答えろよ。頼むから、答えてくれよっ」

「……ロッグの瞳、グリンと同じ色……」

 グリンの黒い瞳があたしを見てた。ロッグもグリンと同じ、黒の瞳だったんだ。いつも見てたはずなのに、今まで気にしたことなかったな……。

「ピュア!」

 その言葉の意味はわからなかったが、ピュアは確かにロッグの名前を口にした。

 それを聞いた途端、ロッグはピュアの身体を強く抱き締める。

「よかった……。ごめんな、ピュア。ちゃんと守ってやれなくて」

「……ん」

 まだ意識がはっきりしていないピュアは、よく理解してないまま答える。

 ロッグったら、どうしたのかしら。何だかいつも違うじゃない。ごめんって言った? 何かドジなこと、しちゃったのかしら。

 のんきにそんなことを考えていたピュア。だが、徐々に意識が明確になるにつれ、自分の置かれた状況を把握すると、急に冷や汗が流れ出した。

「きゃああっ」

「うわっ」

 自分が何も着ていないことに気付いたピュアは、自分を抱き締めていたロッグを突き飛ばした。

「な、何なの、これっ」

 今の勢いではだけてしまったマントを、エルナが急いでもう一度ピュアにかけ直す。ジーンも上着を脱いで、ピュアの足下にかけた。

「どうしてよぉ。もうやだぁ……こんなのばっかりぃ」

「よしよし。もう終わったからね」

 泣き出したピュアを、エルナが子どもをあやすようにして抱き締める。さっきまで青白かった顔は、一気に血が上ったために赤くなっていた。

「ってぇ……。舌かんじまった」

 ピュアに突き飛ばされたロッグは、口を押さえながら起き上がる。あごを突き上げる形で跳ね飛ばされたのだ。何だかムードもへったくれもないが、どうやらいつものピュアに戻ったらしいので、その点についてはほっとしていた。

「かみ切ってないなら、大丈夫だよ」

 ジーンが笑いをこらえるように言う。

「人のことだと思って、簡単に言いやがって……そうだ。イシュトラルッ!」

 思い出したように、ロッグは片膝をついたままでいるイシュトラルの方を向いた。

 いつもまとめられていた髪が広がり、少し別人のように見える。だが、マーディンのようにおかしくなってしまいそうな気配は……まだない。力を使っていないからだろうか。

「どういうことだよっ。説明しろ。お前がピュアに近付いたのは、やっぱりお前も竜の力が欲しかったからなのか」

「そうです」

「そうですって……」

 あまりにあっさり答えられ、ロッグは二の句が継げない。

「てっめぇ……マーディンにあんなこと言っておきながら、自分は一番おいしいとこをさらって行こうってのかよ。その力を手に入れて、どうしようってんだ」

「別に何も。必要な時に必要なだけ使う。それだけです」

 言いながら、イシュトラルはゆっくりと立ち上がった。

「信じられるか、そんなこと。またピュアがおかしな目に遭うのはごめんだ。お前が竜の力を持っていようが何だろうが、ここで決着つけてやるっ」

 これ以上ピュアを危険にさらしたくない。たとえ、自分の力が通用しなくても、絶対あきらめたくない。

 そんな思いから、ロッグはピュア達を背にする形でイシュトラルと向き合う。

「ロッグ、やめてっ」

 後ろでピュアが叫んだ。

「やめるって、何をやめるんだよ」

 イシュトラルからは目を離さず、ロッグは怒鳴るように聞き返す。

「イシュトラルはいいの」

 ピュアの言葉に、ロッグは頭の線がぷちっと切れる音を聞いた……気がした。

「いいって……どうしていっつもこいつだけはいいんだよっ」

 振り返りながら、少し八つ当たり気味に怒鳴る。

 ロッグはピュアを守ろうとしているのに、そのピュアはイシュトラルをかばう。何がいいのか。どこがいいのか。

 当然、ロッグは面白くなかった。

「だって、あれはイシュトラルのものだから……だから、いいの」

「ピュア、それってどういう意味?」

 エルナも不思議そうに聞き返す。ジーンもよくわかってない顔だ。

「さっきね、あの時のことを全部思い出したの。みんなが来てくれる前に、あたしが竜と話していたこと。竜はね、あたしに竜の珠を渡して、それを自分の子に渡してほしいって頼んだの」

「それが……イシュトラルなの?」

「どうしてそうだってわかるんだよ」

「イシュトラルがその竜の名前を言ったから。自分はグリンの子だって」

「グリン?」

 三人の目がイシュトラルに向く。その目は「本当か」と言いたげに。

「はい。私はバローグの山に棲んでいた地竜グリンの子、イシュトラルです」

 しばらく誰も、何も言えない。

「そのグリンってのがあの時、俺達が見た竜の名前なのか? ピュア、間違いないのか」

「うん。竜がちゃんと自分の名前を言ってくれたもん」

 バローグの山に竜がいるらしい、という話はレンディックの街でも知っている人は多い。だが、実際のところは噂レベルだ。

 まして、竜の名前を知る人などいない。言葉を持ち、意思疎通ができる高等生物なのだから、個体別の名前があっても不思議ではないだろう。それでも、竜の名前が意識されることは今までほとんどなかった。

 アーストの魔法使い達の中にも、竜が本当にいる、とは思っていない者も多い。いたとしても、それは昔の話だろうと考えて。

 マーディンの場合は思い込みだ。火のない所に煙は……と考えていたらしい。それがバローグの山の竜にとっては不幸だったのだが。

 人間は意識しない、竜の名前。

 イシュトラルはピュアが会った竜の名前を、はっきりと口にした。その名前が、ピュアの記憶を呼び戻したのだ。

「それじゃ、あたし達……竜と一緒に行動してた訳?」

 驚きのためか、エルナの声はささやくようだった。

「黙っていて申し訳ありません。竜だとわかると、色々騒ぎが起きてしまいかねないので。特にロッグには誤解させてしまうことが多かったようですが」

「う……」

 そう言われ、ロッグは詰まった。誤解しているとわかっていた、なんて言われたらきまりが悪い。

 それでもこうして事情を聞けば、イシュトラルが黙っていたのも仕方ないかと納得させられてしまう。

 竜については、まだまだ未知な部分が多いし、見た人間も少ない。噂レベルのはずの竜が身近にいると知れば、魔法使いや物見遊山の人間達が集まって来るのは目に見える。

 それに、マーディンのように邪な考えを持つ人間がまた現われることもあるだろう。

「捜し物って、竜の力だったんだね。あ、だけどどうしてピュアが持っているって?」

「そうだよ。どうしてわかったんだ? あの山の竜が死んだ時、あんたは近くにいなかっただろ。ずっと旅してたって話してたよな」

 最初に会った日の夜、イシュトラルはあちこち旅をしていたという話をしてくれていた。近くにいたとしても、その場にいなければ何が起きたかはわからないはず。状況を見ていたロッグ達でさえ、どういうことがあったかわからなかったのに。

 事情を知る竜は亡くなってしまい、竜の珠を受け取ったピュアはその時の記憶を失っていた。マーディンに力を引き出されなければ、魔法使いでもその魔力の気配を感じることができなかったから、ピュアが持っていることを知るのは難しいはずだ。

「私はこちらへ戻って来て、バローグの山へ入りました。父グリンのいた場所へ。そこで十年前にあったことを知ったのです」

 バローグの山へ入ると、父はいなかった。竜が病になって突然死することなど、ほぼありえない話。何かしら命を縮めることが起きたとすれば、どういう形でも知らせが届くはずだ。

 しかし、イシュトラルには何も知らされなかった。だとすれば、余程の突発的なことが起きたに違いない。

 事情を知っている存在を探さなければ、と考えたが、その必要はなかった。父がいた大地に、記憶が封じられていたのだ。

 自分の身に何が起き、どういう結果になったのか。

 魔法使いが現われ、竜を傷付け、竜が持っていた珠は人間の少女に託された。ピュアという名の少女に預けられた、と。

 全てを知ったイシュトラルは、ピュアという名前を頼りに少女を捜し始める。子どもだからそんなに遠くから来たのではないだろうと読んでいたが、予想以上に早く見付かった。

 レンディックの街でピュアという少女を知らないかと尋ねると、みんながすぐに食堂ガーラにいるピュアのことを教えてくれたのだ。

 念のため、他にピュアという名前の少女がいないかと尋ねたが、この街にいるのはそこのピュアだけだと言われる。

 だが、イシュトラルが本人に会っても、確信に至るとまではいかなかった。グリンは巧妙にその力を隠し、ピュアから魔力の気配がもれないようにしておいたからだ。胸のあざに手をかざす時以外は。

 しかし、夜になってピュアの歌を聴き、イシュトラルは確信した。

 グリンの記憶の中に、彼女の子守歌もちゃんと残されていて、その時の声がピュアと一致したからだ。

「そう言えば、歌を聴いた後に、たぶん見付かったって言ってたよね。そういうことだったんだ……」

「ピュアは詳細を知りませんが、グリンの名を出した時、もっと自然な形で私の中へ戻るようになっていたのです。ピュアの記憶が一部閉ざされていたのは、何かのきっかけでグリンの名がもれ、他の誰かによって力を抜き出されてしまうことを防ぐためでした」

 ピュアから力を受け取ろうとガーラへ赴いたイシュトラルだが、マーディンに先を越されてしまった。グリンの名がなければ絶対に全てを抜き出すことはできないようになっているが、マーディンが無理に引き出そうとしたためピュアに多大な負荷がかかってしまう。

 ピュアをマーディンの手から一度救い出した時、イシュトラルがこの話をしてピュアから力を受け取ることはできた。それをしなかったのは、いくら自然な形でも多少の衝撃はあるので、ピュアの身体に悪影響が出ると判断したからだった。ピュアの記憶を戻し、グリンの名前を思い出させるのは、今するべきではない、と。

 だが、こうして再びさらわれてしまい、一部ではあったが、とうとうマーディンは竜の力を抜き出してしまった。

「マーディンが抜き出した力を、イシュトラルが取り返すことはできなかったの?」

「彼がああなることはわかっていたので、何とかしたかったのですが……。マーディンが自分の力のように使い始めたら、もう止められませんでした」

 人間の力で取り込んだ、竜の魔力。グリンがピュアの中へ安全に取り込ませた力とはまるで違う。イシュトラルがマーディンに言っていたように、御せるものではないのだ。

 マーディンの身体が壊れないうちに何とか取り出せないか、とイシュトラルもタイミングを見計らっていた。だが、マーディンは調子にのって、手に入れたばかりの力を使いまくってしまう。イシュトラルがロッグにマーディンを刺激するなと言ったのは、少しでも魔法を使わせないようにするためだったが、無駄なあがきでしかなかった。

 魔法で彼の動きを止め、無理に力を引き出そうとすればマーディンも魔法で抵抗しただろう。結局、彼の身体が壊れるのは時間の問題、という結果しかなかった。

 コントロールされなかった力は暴走してしまい、もうピュアの身体に入れておくことは危険だ。抜き出すにしても、ピュアがどこまで耐えられるかわからないが、このまま放っておくことはできない。

「自分の力を受けるのに、こんな苦労をするとは思いませんでした。ですが……あの時、ロッグがピュアを掴まえていてくれて、助かりました。自分の力ではあっても、暴走していた力を抑えるのは大変でしたから。取り戻すのに精一杯で、ピュアの身体が翻弄されてしまうのを止められませんでした。あのままピュアの身体が空に放り出されても、今度は落ちて来た時に受け止められるかどうかわからない。でも、ロッグが自分の身をかえりみずに飛び出してくれて、本当にありがたかったんです。ありがとう、ロッグ」

「え……いや、その……」

 いきなり礼を言われ、予想外のことにロッグはまともに返せない。

「イシュトラルがピュアを守れって言っただろ。俺は言われるまでもなく、ピュアを守るつもりでいたし……あんたに礼を言われる筋合いはねぇよ」

 イシュトラルはそんな彼を見て微笑み、ロッグへ近付いた。それから、彼の額をなでるような仕種をする。

「え……」

 額や顔、身体のいたる所にできた傷が、イシュトラルが手を一振りしただけで消えてしまった。血の汚れや服の破れた部分は残っているが、確かに傷はなくなっている。見張りをしていた時にヴェイザーに殴られた頭の痛みも、一緒に消えてしまっている。

「治して……くれたのか?」

「そう言えば……マーディンも自分の傷を一気になくしてたっけ。すごいな。魔力が高いと、あんな簡単に治せるんだ」

 あまりにすごすぎて、実際に治療するのは大変なのに、といった文句すら出ない。ここまでくると、完全に別次元だ。

「普段はこういうことはしないのですけれど。本来あるはずの治癒能力が下がってしまいますからね。ですが、これは私の……竜の力でついてしまった、負うはずのなかった傷です。頭の傷も、元はと言えば私のせいですし」

 言いながら、イシュトラルはピュアの方へ近付いてしゃがみ込む。ロッグのような大きな傷はなかったが、地面に落ちた時にできたすり傷などがあった。服がなくなっていたので、全身にだ。イシュトラルはロッグの時と同じように、ピュアの身体についたそれらの傷を消した。

「あ、ありがとう、イシュトラル」

 傷だけでなく、身体全体が少し楽になったような気がする。

「ピュア、あなたには本当に申し訳ないことをしました。私達の問題にあなたを巻き込み、とてもつらい思いをさせてしまった。謝罪をすれば済むという話などではありませんし、私には許しを請う資格などないかも知れませんが」

 頬に残った涙をぬぐいながら、ピュアは何度も首を振る。

「そ、そんなことないっ。だって、こうなったのって、マーディンの……人間のせいで起きたことじゃない。イシュトラルが悪いんじゃないわ。全然悪くない。イシュトラルはそこにいなくて何も知らなかったんだし、それにグリンを……お父さんを殺されて」

 何もしていない。山の中で、ただ静かに暮らしていただけ。それなのに、グリンは竜だというだけで、命を狙われた。強い魔力を持っている、というだけで。

 父を殺した人間が憎い。

 そう思われても仕方ない。その思いが大きくなって「父を殺した人間」が憎いのではなく、人間そのものが憎しみの対象となってしまうこともあっただろう。

 だが、イシュトラルはそうならなかった。こうしてピュアを気遣い、慈しんでくれている。

「確かにすごく苦しかったけど、それはイシュトラルのせいじゃないわ。だから、もうあなたが謝らないで」

「ありがとう、ピュア」

 初めてイシュトラルを見た時、なぜ懐かしい気がしたのか。今ならわかる。

 彼の一部とも言える力の珠が自分の中にあったから、わずかながらでも引き合っていたのだろう。

 ピュアとイシュトラルは、お互いを見ながら微笑んだ。

「あの……聞いてもいいかしら」

「何ですか、エルナ」

「竜の力って、親から子へ引き継がれるものなの?」

「いいえ。ピュアの中にあったのは、間違いなく私の力です」

 イシュトラルの答えに、エルナは首を傾げる。

「あたしが読んだ文献では、竜は一体ごとに一つの珠を持つってあったんだけど、合ってる? もしそれが正しいなら、どうしてグリンがイシュトラルの珠を持っていたの?」

「竜の慣習なのですよ」

 イシュトラルは説明した。

「ご存じのように、竜の魔力は強大です。人間や他の魔物に比べれば、はるかに強い。しかし、持っているのが当たり前の状態だと、自分の力の大きさがわからなくなるものです。そのため、ある時期になると親は子の力を、全てではありませんが抜き取ります。そして、世界を回るように言うのですよ」

「あ、あちこち旅してたって話してた、あれか。趣味や好奇心で旅行してた訳じゃなかったんだな。修行の旅、みたいなものか?」

「魔力のない者がどう生きているかを見て、自分の力が彼らにどれだけの影響を及ぼすのかを考え、様々な体験を通して自分がどこまで介入できるのか、してもいいのかを覚える。そうですね……ロッグが言うように、言わば精神修行のようなものでしょうか。全ての竜がそうしているのかまでは、私も知りませんが」

 魔力の源である珠がなければ、イシュトラルは人間の魔法使いと変わらない程度の魔力になる。人間の魔法使い、と言っても、魔法使い協会の中でもトップクラスの力だ。

 それでも最初にピュアがさらわれた時、手掛かりもなしに自力で彼女を捜すには力が足りなかった。だから、ロッグに捜してもらうように仕向けたのだ。

 ピュアが見付かってから、イシュトラルは独自にマーディンを捜していた。だが、人間並みの魔力では、手掛かりがほとんどない状態で人間一人を見付け出すのはやはり難しい。相手も魔法使いに追われていることは知っているので、周到に隠れていたのだろう。

 ロッグは気付いていなかったが、イシュトラルはマーディンを捜す合間にピュアの様子も見に来ていた。

 もちろん、理由はロッグ達と同じであり、ロッグにピュアを守るようにと話した時にも言った。

 マーディンは必ずピュアをまた狙う、と考えていたからだ。

 一命を取り留めたマーディンが、そのままあきらめてくれればよかった。だが、彼は竜の力を持つピュアを見付け出し、あんな暴挙に出た。あそこまですれば、あきらめるとは思えない。

 そして、予想は当たる。

 今日もエルナの家へ行ったのだがピュアがいないことを知り、ロッグと同じ魔法を使ってここまで来たのである。

「竜が死ねば、その竜が持っていた珠は消えます。でなければ、探せば色々な場所で竜の珠が出て来ることになりますから」

「そっか。だから、ピュアから力を引き出す前、自分が死んでも力は消えるって言ってたのね」

 イシュトラルが死ねば、イシュトラルの力が具現化した緑の光の竜も消えることになる。マーディンの失われた命は戻らなくても、他の人間の命はあれ以上傷付けられることはなくなる訳だ。

「ただ、グリンは本来私のものである珠を持っていました。自分が死ねば、それが宙に浮く形となってしまう。離れた場所でも、私が生きていれば珠が消えることはありませんからね。若い竜の珠は、老いた竜のそれよりもずっと強いのです。全ての生命(いのち)がそうであるように、若いということは生命力にあふれているということですから。もしピュアがあの場に現れず、珠が野ざらしになっていたとすれば、弱い魔物だと近くに来ただけで消滅しかねない程、周囲に影響を及ぼします。どんなに腕のある魔法使いでも、扱うことは不可能でしょう」

 それは、さっきのマーディンを見ればわかる。ほんの一部の力を得ただけでああなったのだ。珠そのものを持てば、数分と保たないだろう。いや、最悪だと一瞬で身体が壊れる。

「どこかに封じておかなければならない。ただ大地に封じるだけでは、不十分。グリンが悩んでいたそんな時、現われたのがピュアです。命の灯火(ともしび)が消えかかっていたグリンには、珠を隠しておく場所を見付ける時間はもうありませんでした。だから、心苦しく思いながらも、ピュアに託したのです」

 グリンが頼み、ピュアがそれを断っていたら。バローグの山は今頃、人間が入れない場所になっていたかも知れない。死の山にも似た状態になっていただろう。

「あの時、ピュアがぼく達からはぐれたのも、運命に導かれていたせいかも知れないね」

「一緒に竜の最期を見たあたし達も、似たようなものだわ」

 この話をしてはいけない。

 そう子ども心に思ったのも、竜がピュアにかけた記憶封じの力が三人にも影響していたせいだろうか。

 グリンはピュアに「すまぬ」と言った。あれはやはり「頼む」という意味よりも、心からの謝罪だったのだろう。人間にとってこんな危険なものを預けることに対しての、申し訳なさ。

 イシュトラルが「自分のものだが、形見のようなもの」と言っていたのを思い出す。事情を知れば、そう言えなくもない。

「グリンは……最期の力でピュアに珠を渡し、記憶を封じ、私がピュアを捜し出せるように真実を大地に埋めました。ですが、それが限度だったようです。いえ、それさえも完全にはできなかった。ピュア、今までにもその力のために、不快な思いをしたのではありませんか? 力の気配があなたからもれないようにはされていたはずですが、グリンにはもう封じ切ることができなかった。あなたの中で、ごくまれに力がもれていたと思いますが……」

「力がもれる? あ、あれってそういうことだったんだ」

 時々、胸にあるあざがうずき、その周辺や身体が熱くなった。あれは、あざに封じきれなかったわずかな力が飛び出し、ピュアの中を駆けめぐっていたのだ。

 あのあざは、実は魔力に反応していた。

 ピュアは気付いていなかったが、あざや身体が熱く感じるようになったのは、ロッグやエルナと長くいた時だ。

 魔法使いとしての修行を積み、二人の魔力が強くなるにつれて熱くなる回数も増えた。そのため、彼らも胸を押さえるピュアに気付くようになったのである。

 イシュトラルと話していた時もそう。昼は少し言葉を交わす程度だったが、夜は昼より長く、しかも彼のすぐそばにいたため、いつも以上に熱くなってしまったのだ。

 さらに、ロッグやエルナも近くにいたので、その熱さがいつも以上に強く、そして夜中まで長引いてしまったのだった。

「やはり、あったのですね。つらかったでしょう。謝罪の言葉もありません」

「えっと、だから……イシュトラルは気にしないでってば。ちょっと身体が熱いなーってくらいだったの。さっきみたいに苦しかったのは、今までなかったわ。本当よ。あれはマーディンのせいなんだし、それ以外は別に影響なかったんだから」

 万が一、封じた力がもっと大量にもれていたら。苦しい状態がもっとひどくなって、最悪だとマーディンのようになり、ピュアは無事ではいられなかったかも知れない。

 もちろん、グリンはそうならないようにしていただろうが、さっきのことを思い返せばぞっとなる状態になっていたかも、と怖くなる。

 だが、実際にはこうして無事に生きているし、それ以前にピュアはそんな可能性など、思い付きもしなかった。

「なぁ……もう、ピュアは何ともないんだよな? この先、またあんな目に遭う、なんてことはないよな?」

 ロッグがイシュトラルに確認する。もうピュアがあんなふうに苦しむ姿を見たくない。同じようなことが起きれば、また助けられるという自信は……悔しいがロッグにはなかった。竜の力に取り込まれていたピュアを引っ張り出せたのは、ほとんど奇跡だ。

「ええ。ピュアがグリンから預かった竜の力は全て、確かに私が受け取りました。ピュアがこの力に翻弄されることは、二度とありません」

 それを聞いて、全員がほっとする。

 安心したせいか、ピュアが小さなくしゃみをした。

 ここへ連れて来られてずっと肩を出していたし、最後は何も身に付けていなかった。そうでなくても、ヴェイザーにここへ連れて来られる時、寝間着一枚に馬上の冷たい風を受けていたのだ。

 今はマントにくるまれていても、身体はすっかり冷え切っている。

「大変だ、早く戻らないと。こんな吹きさらしの場所で座り込んでいたら、ますますピュアの身体が冷えちゃうよ。そうでなくても、まだ体調が戻っていなかったんだから」

「だけど、これじゃ馬にも乗れないし。またジーン達に馬車を取りに戻ってもらわないといけないわね。あ、それまでに雨が降らなきゃいいんだけど」

 雲行きがあやしいのも手伝って、辺りはどんどん暗くなり出していた。昼間はちょうどいい気温でも、夜になればぐっと冷え込む。建物の中ならまだしも、ピュアが連れて来られた別荘はマーディンが調子にのって力を見せびらかした時に壊してしまった。

 さらには竜の力が現われた時に起きた風が、見事なまでに周囲を更地のようにしている。これでは馬車を待つ間にも、ピュアの体温がさらに下がってしまいかねない。エルナ達のマントや上着では限界があった。

「お送りしますよ。今はそれができるだけの力も戻っていますからね。ああ、それと彼らも連れて行かなければ」

「え? あ、あいつらのこと、すっかり忘れてた」

 イシュトラルの言葉で、ロッグ達はヴェイザーとジュパットの存在を思い出した。さらに、あまり見たくないが、原型をとどめていないマーディンの遺体もある。

「彼らはもう、普通の人間としての生活は送れないでしょうね。どちらもマーディンの力で心身共に異常をきたしていますから」

 でも、同情はできない。自分達さえよければ、罪のない少女を苦しめることに対して良心の呵責を感じなかった人間なのだから。こうなったのも、全て自分達の欲望のせいだ。

「イシュトラルは……マーディンがグリンを傷付けた魔法使いだって、知ってたの?」

「ええ」

 ピュアの言葉に、イシュトラルは短く答えた。

「それも、残ってたグリンの記憶の中にあったの?」

「はい。ですが、傷などのために姿がかなり変わっていたので、最初は私も彼がそうだとはわかりませんでした。あの魔法使いだとわかったのは、彼がロッグに向けた魔法の跡を調べた時です。同じ気配がしていたので」

 イシュトラルがマーディンの放った力で穴が開いた木を調べていたことを、ロッグは思い出した。あの時は、その力のすごさに驚いて見ていたのだと思っていたが、彼なりに魔法使いのことを探っていたのだ。

「そうか。だから、俺達が話した訳でもないのに、マーディンのことを知ってたんだな。何だ、そういうことかよ」

 必ずまた現れるだの、二度も取り損ねた力だの、知りようのないはずのことを言うので、怪しいと思っていた。

 こうして真相を聞くと、いかに自分がイシュトラルを疑っていたか、ロッグはいやと言う程、思い知らされた。単に嫉妬して、必要以上に彼を疑っていたように思え、気分が落ち込んでくる。

 それに気付いてか、イシュトラルがわずかに笑みを浮かべた。

「さぁ、今はここまでにしましょう。後は帰ってから」

 イシュトラルの暖かな力に包まれ、ピュア達の姿はその場から消えた。

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