ep 占い
第一章:全25話(各4000文字程度)
第二章:全20話(各2000文字程度)
完結済みのため、安定更新
記憶をなくしたい、消してしまいたいという望みは、お金が欲しいという即物的な望みよりもずっと多い。
失敗した暗い思い出も、誰かと過ごした温かい思い出も。
今日もまた、そんな願いで夢を見る。
◇
からんからんと鐘を鳴らし、ふらりと女性が入ってくる。
「いらっしゃいませ」
不安そうな、疲れたような色のない表情でぺこりと頭を下げる。
「どうぞ、お好きな席へおかけください」
そういうと少し店内を見渡して、それから少し躊躇うように目を伏せてカウンター席へ座った。
バイトくんが案内しようかと一歩踏み出した足を戻す。
女性が、それも何らかの事情を抱えた暗い顔をした方が、自らカウンターを選ぶことは非常に珍しい。
すこし不思議に思った。
「今お飲み物をご用意いたしますね」
そう声をかけると女性はふっと顔を上げて、少し強い口調であの、と声を発した。
「え、エスプレッソで、おねがいします。1ショットで…」
「…かしこまりました」
どんどんか細く消える声を聞き逃さないように注意して、オーダーされた通りにエスプレッソを入れる準備をする。
コーヒー豆の入った袋を開けてスコップのような形のコーヒーメジャーで2すくい、マシンに豆を入れたらハンドルを取ってコーヒーの粉を落としていく、さっと適量に均してスタンプを押すように固めてセット。エスプレッソの流れる場所に小さなカップを2つ。
機械の唸るような音がして、すこしづつ濃い液体が流れカップに溜まっていく。
「お待たせいたしました。エスプレッソでございます」
ブラックよりも濃いエスプレッソは、通常そのまま飲まれることが少ない。
念のために、空のカップとミルク、シュガーポットをカウンターへ並べておく。
「ありがとうございます…」
「あの、空調少し上げましょうか?もしよければひざ掛けもご用意してます…!」
「あ、ありがとうございます。えと、じゃあひざ掛けだけ…」
「かしこまりました!」
顔色の悪さを気にしてか、バイトくんが提案すれば女性も少しほっとした顔でブランケットを受け取る。
細い指先が小さなカップを握り、恐る恐る傾ける。
「…!」
想像以上だったのか。目をぎゅっとつぶり眉を寄せ、苦い!と表情が語る。
「もしよろしければ、こちらもどうぞお使いください」
「あ、はい…」
「わ、エスプレッソだけって苦すぎませんか?よかったらわたし、カスタマイズしますよ!」
「え、でもそんな、悪いです…」
「いえいえ!美味しく飲める方がいいですよぅ!」
「えっと、じゃあ…」
バイトくんの援護射撃が入り、女性がカップを差し出す。バイトくんがそれを空のカップに注ぎ、手早くミルクをスチームして注ぐ。
「あ!お客様、これって甘くしても大丈夫ですか?」
「はい、お願いします」
「はあい!おまかせください!」
シュガーポットから2つ砂糖を入れてかき混ぜ、あらためて女性の手元へと置く。
「どうぞ!」
エスプレッソからカプチーノへと変わったカップの中身に、女性がくすりと笑ってひと口。
「温かくて甘くて、とっても美味しいです」
「!ありがとうございます!」
バイトくんの手際に感心しながら、2人のやり取りをそっと見守る。
そうして甘いカプチーノを半分ほど飲んで、ぽつりぽつりと語り始めた。
「…占いって、あるじゃないですか」
こういうの、と手で丸い水晶玉を表しながら続ける。
「昔はぜんぜん気にも留めていませんでした。星座占いとか血液型占いとか、眉唾だって思って」
「そうですねえ、結果が良い時は信じます!」
「あはは、そうですよね」
「というと、今は違う、ということでしょうか」
「はい。…いえ、ほんの少し前までは全く逆で、妄信というか傾倒というか、ハマりすぎていたんです」
始まりは、恋人との仲がすこし悪くなったと感じた時。
「なんとなく見ていた動画で、その時の状況に当てはまる内容がありました。それで試しに占いの通りにしてみたんです」
「ああ、ありますよねえ!そういう動画!」
「びっくりするぐらいその通りになって、彼との仲も付き合った当初くらいに戻れたんです。それから、ささいなことも占いに頼るようになって…」
「なるほど。一つの成功体験からどんどんのめりこむようになったわけですね」
「はい。…そのうち、何かをするための占いじゃなく、占いの為に何かする、みたいな、逆のことが当たり前になりました」
自嘲するような薄笑いで、カップを覗きこむように下を向く。
水面にうつる生気のない女の顔が、我ながらひどく醜く思える。
「そんなことばかりしていたらだんだん友人も離れていって、彼にも強く反対されるようになりました。占いなんて意味のないインチキはやめろ、そんな言葉が決定打になって私から別れを切り出しました」
「う~ん、そんな言われ方だとわたしも嫌かもしれないです!」
「たしかに。伝え方は大事ですね」
「え?あはは、そうですね。そうかもしれません。その時は私、否定されたこととか友人が離れていったことよりもインチキだって言われたことに腹を立ててしまって」
なんとなく、唇に触れながらつぶやくように言った。
「だって、彼との仲を直せたのも、他にいいことが起きたり上手くいったこともあったのに。実例があるからインチキじゃない!みたいな」
でも。
「…でも、本当は心のどこかできっと、わかっていたんです。だって、初めは彼と仲良くするために頼った占いで、彼と破局したんですから」
そう言った声はやけに明るくて軽い。
う~ん、と眉を寄せ唸りながら何故か食い下がるバイトくんに苦笑しつつ、一番気になっていたことを聞いてみる。
「こうして聞いていると、その占いから離れられる決定的な何かがあったのだと思うのですが…」
「はい」
「あ!たしかにそうですね!」
「その何かこそが、おそらくはここまほろば異境喫茶店へと導かれる要因。つまり望みなのではないかと思ったのですが、いかがでしょう」
すこし首をかしげて、問いかける。
白い髪がさらりと流れる。
「実は、そうなんです」
また一拍空けて話し出す。
「私には付き合いの長い、幼馴染と言ってもいい相手がいるのですが…。社会人になってお互い忙しくなり、自然と疎遠になっていたその子からある日連絡が来ました。久々に会って話さないか、と」
「ふむふむ!」
「思わず占いで調べて、でも会っても良さそうだったので会うことにしました。半月ほど前のことです」
「なるほど。ではその方が?」
「はい。私のおかしいところを指摘されて、図星だからか気安さもあってすごく大喧嘩してしまって。でも、そうやってたくさん吐き出したから、私も少し冷静になれたというか。自分の言動がおかしいって急にわかりました」
霧が晴れるように。
目が覚めたみたいに。
「それから頻繁にその子と連絡を取り合うようになって、自分のことを見直せました」
「おお~。幼馴染さんパワーですねえ!」
「ええ、本当に」
もう顔は俯いていない。
まだ少し表情は暗いし血色の悪さはあるけれど、目にはたしかに意思の光が宿っている。
「だから、最初は占いのことぜんぶ忘れたかったんですけれど」
「けど?」
「やめておきます。苦い思い出だけど、それをバネに頑張ります!それがあったからあの子ともっと仲良くなれたので」
「エスプレッソをカプチーノにしたみたいに、ですね!」
「こら」
「ふふ。はい!私もこの記憶をカプチーノに出来るように頑張ります…!」
上手いこと言ったぞ!という自信満々のドヤ顔をするバイトくんの額を軽く突いておく。
まったく。相手が笑って乗ってくれたからいいものを。
「なので、買い取ってほしいのは占いに関する事じゃなくて、彼、いえ、元彼の記憶なんです!」
「おや」
「なんと!」
驚くこちらに、晴れやかな笑顔で言った。
「どんな理由があったって、人の好きなことにインチキとか言うやつ。嫌いなので!」
◇
「これでよし、と」
ふうと息を吐きながら、まとめた段ボールを閉じる。中にはこれまでに集めた様々な占いに関する書籍やグッズが詰められている。
「あーあ、すっきりした!」
最低限のものだけ残して過剰なアイテムは捨ててしまおうと思い立って、早数時間。
もう夜も遅いのに、やらずにはいられなかった。
ピンポーンとチャイムが鳴る。
「はーい!」
パタパタと玄関に向かって走る。ガチャリと鍵を空ければ向こうから開かれる。
「お疲れ~!来たよ~」
「わ、おつかれ~!さ、入って入って!」
幼馴染の親友。仕事終わりに遊びに来てくれた彼女を部屋に招き、渡されたおみやげというかコンビニの袋を受け取る。
「お!部屋片付いてんじゃん!」
「へへ、今日思い切ってやっちゃった。なんならさっき終わったとこ」
「うんうん。いいじゃん!前向きでさ!」
片付いたことでスペースの開いた部屋に座り、早速お酒を空ける。
「じゃ、かんぱ~い!」
「かんぱ~い!」
それから楽しい酒盛りは深夜を超え、2人とも早朝になって力尽きたように床に転がることになった。
◇
どこかの星の騒がしい夜の終わりを感じ取って、やれやれと小さく息を吐く。
何を指針にするのかなんて勝手でしょうけれど、恋だの占いだのに一喜一憂して振り回されるなんて、本当に忙しない生き物ですねえ。我が強いのは好きですが。
「あ!マスター!」
「なんです?ああ、なるほど」
カップの片づけをしていたバイトくんが、もう冷め切った1杯のエスプレッソを持ち上げてこちらを見る。
その輝くような目と期待の顔に、しょうがないなとスチームの用意。
「わたしもカプチーノ!でしょう?」
「さっすがぁ!最高ですぅ!
「やれやれ」
我ながら少しバイトくんに甘すぎでしょうか、と独り言ちて手早くカプチーノを作っていく。
余ったエスプレッソを1杯、シロップを入れフォームミルクを注ぐ。最後にホワイトパウダーを振りかければ完成。
「はい、どうぞ」
「わーい!いただきまーすぅ!」
カップを両手でもち、ふわふわの泡を楽しむバイトくんを見ながら自分もコーヒーでも飲もうかと豆を出す。
ひとときのティータイム。
飲み物を手に、穏やかな談笑の声が店にこぼれた。




