第12話:結局、樽もカボチャも全部腐る。それでも「ただの狂ったジジィ」は、最後にまともな人間と出会えたか
ギリシャの乾いた荒野を、一つの樽がガタゴトと進んでいた。
――宇宙の前提を更地にする。
前回の終わりに、そんな大層な次回予告が流れていたような気がするが、そんなものは知ったことか。神だの宇宙だのといった生ぬるい抽象概念を殴って喜ぶほど、俺の風狂は安っぽくできていない。
今、俺の目の前に立ちはだかっているのは、この世で最も強固な、そして絶対に逃れられない最悪の前提だった。
【ステータス異常:老衰、言葉の限界、肉体の終焉】
【煩悩:〇(ただの瀕死のニート)】
「おい、クソジジィ! ちょっと待ちなさいよ!」
背後から、息を切らせたパンタシアが走ってくる。
「宇宙の前提を更地にするって大口叩いておいて、なんで神様と戦わないで自分の『老い』と戦ってんのよ! 宇宙なんかより、アンタのそのクソ頑固な命の終わりを更地にする方が、よっぽど無理難題じゃないのよぉ!」
肺が潰れかけ、声を紡ぐことすら億劫だった。
かつて世界中の権威を言葉で焼き尽くしてきた俺が、最後に「言語そのものの限界」という壁にぶち当たっている。カカッ、最後の最後で、一番手強くて生臭い『羞恥心と執着の塊(己の死)』が残っていやがった。
俺はガタガタと震える体に鞭を打ち、樽の中から最後の力を振り絞って立ち上がった。
手に握られているのは、干からびてドロドロに腐りかけたカボチャを頭に被った【髑髏杖】だ。
「おい、パンタシアちゃん」
かすれた声が、荒野の風に溶けていく。
「あんた、まだ喋れるのね……!」
「結局、どんな偉そうな思想を語ろうが、人間は死ぬし、言葉は消える。この樽も、カボチャも、全部ただの形式だ。形あるものは、例外なく全部腐って砂に還る」
俺は、カボチャの眼の隙間から漏れる、最後の頼りない髑髏の火でパンタシアの顔をポクポクと照らした。
「だがな……最後の最後で、ここに一つだけ、本物の『まともな人間』が遺ったな。世界中が俺を聖者だと崇めて狂っていく中で、あんただけが最後まで、俺を『ただのキモい狂ったジジィ』としてまともに煙たがってくれた」
パンタシアの目が、ランプの光を反射して大きく見開かれる。
彼女は、涙を流して悲しむ聖女にはならなかった。ただ、いつも通りに、心底呆れ果てたような顔で、怒鳴るようにツッコんだ。
「当たり前でしょ! 裸で樽に住んでるカボチャ頭のジジィを、まともな人間がキモがらないでどうすんのよ! 私は最後の瞬間まで、あんたを絶対に神様になんかしてあげないんだからね!」
「カカッ……合格だ」
ポク。
乾いた音が響き、俺は杖を地面に突き立てた。
その瞬間、一休の頭上の文字が、世界のシステムから完全に掻き消えた。
【煩悩:――】
同時に、張り詰めていた糸が切れたように、頭のカボチャがドロドロの液体となって地面に崩れ落ちた。依代を失った【髑髏杖】の頭からは怪しい火が消え、ただの、何の変哲もない真っ白な人間の骨となってゴロリと転がった。
一休を囲んでいた樽の木枠も、パカッ、パカッと音を立てて外れ、ただの枯れ木となって砂の中に埋もれていく。
そこにはもう、偉大な哲学者も、稀代の風狂僧も、何も存在しなかった。
あらゆる形式を脱ぎ捨てて、完全な「無」に還った、ただの骨だけがそこにあった。
ぽつんと遺された白い骨を見つめ、パンタシアは深く、深くため息をついた。
「本当に……最後までただの頑固な、狂ったジジィだったわね」
彼女は涙を拭うこともせず、一休が遺したただの白い骨を拾い上げると、自分の持つランプで誰もいない静かな荒野を照らしながら、また一歩、一歩と、まともな足取りで歩き出すのだった。
ポクポク、チーン。
(――身も蓋もない一休さん、古代ギリシャの常識を更地にする 完)
【今日の狂歌】
形ある 樽もカボチャも みな腐り
野に転がるは ただの白骨
【あとがき】
どれだけ高尚な思想で武装しようが、人間は老いるし、病むし、最後は糞尿を垂れ流して死んでいくだけの生臭い肉体です。宇宙がどうだの、真理がどうだのと大きな主語で語る前に、その「いつか腐る肉体」の限界を直視して、それでも横でツッコミを入れてくれる誰かと笑い合えることこそが、一番まともな生き方なんじゃないですかねぇ、旦那。
これまで一休ディオゲネスの、ただのニートの更地化放浪記にお付き合いいただき、誠にありがとうございました!またどこかの更地でお会いしましょう。カカッ!
作者です。完走された方、ここまで読んで頂き感謝の念に堪えません。いつかまた、一休さんが何処かの誰かに憑依するかも知れません。その時があれば、また。




