Side:B第1話 最推し(四歳)に転生する
__恋愛ゲームにおける”悪役”とは、一番のキューピッドである。
二人が結ばれるまでに立ちはだかる障害。だが、悪役という障害を乗り越えた先には、いつだって二人の愛が深まるものだ。
結局、悪役の思いは報われないまま、踏み台にされるばかり。
ただ。
「それでも一向に構いません!」
二人をちょっとすれ違わせたり、粋なハプニングを起こしたり、草葉の陰から見守ったり、恋の相談に乗ったり。
喜んで二人の愛に手助けを!なんてったって、恋の場面においての悪役は、キューピッドなのだから。
……という、もはや悪役ではない悪役が推しカプたちを応援する話。
現代日本。至って普通の会社員だった主人公が、生涯の最推しである恋愛ゲームの悪役令息として転生してしまう。
ダブル主人公のうちの片割れである男主人公が転生したあと、悪役令息の幼少期編の第一話。半分は最推しの魅力を語っているだけです。
前略、さいファンオタクの俺、昨夜ついに追加コンテンツ『黒い牢獄 巨大地下都市編』のやり込み要素まで網羅し終えてルンルンで出勤中のところ、アパートの外階段で最上段から転がり落ちた。
当たりどころが悪かったらしく、すぐに意識はフェードアウトしていく。
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視界が開けたと思ったら、目前には衝突は避けられないであろう地面。躓いて地面に思いっきり顔から衝突していた。膝と額に激痛が走る。今日の俺はコケてばかりだ。なんたる仕打ち。追加コンテンツをコンプしただけなのに。
起き上がって周りを見回してみる。が、どうにも見覚えのない景色だった。ヨーロッパ風のカラフルな家屋が並び、道はレンガ造り。
状況が飲み込めず呆けていると、隣の車道?(もちろんアスファルトではない)を馬車が通り去る。一瞬だったが、豪奢な身なりの中年男性が乗っていたのが見えた。
なぜ馬車なんかが。ここは現代日本ではなかったのか。
状況把握のために周りを見回していたら、右膝に激痛が走った。
そうして自分の膝に目線を向けると、自分の体に驚くほどに細くて白い足がついている。子供のものらしい。どうやら、俺は子供の体になってしまっているようだった。事情が気になって仕方ないが、今はひとまず膝の状態の確認が先だ。痛みがずきずきと存在を主張してくる。
先程転んだので派手に擦り剥いたようで、膝の皿全体に血が滲んでいる。額も右手の指何本かで触ってみたところ、砂利が張り付いていたし、指にも若干血がついた。この身体の持ち主も、ずいぶんダイナミックにスッ転んでくれたもんだ。
生憎傷を処置するような包帯や絆創膏などは持ち合わせていないようで、水場を探そうにも歩くだけでも膝が痛む。座り込んでいると、また違う方向から若い男の声が聞こえる。
「いらっしゃい!今日のトマトは新鮮、しかも安いよ!なんとひとつ80ブロムから!!!おっ、そこの奥さん、買ってかない?」
"ブロム"と耳馴染みの薄い単語が聞こえてくる。話の流れからして通貨の名前だろうが…
うん?待てよ、確かブロムって……
と、その時だった。
「ア、アイザック様……!やっと見つけた……」
自分の後方から一人の少年が大きな声を出しながらこちらへ駆けてきた。大体四歳か五歳くらいだろう。
ミルクティー色をした柔らかそうな髪を後ろで一つ結びにしている。その瞳は紫のような、青のような、神秘的な色。子供らしいくりくりの瞳で、とても可愛らしい。
俺は今、この少年にとある面影を見出している。
マシュー・アトリー。
さいファン作中の悪役御曹司、アイザック・ローゼレット、通称”ザック”の従者だ。原作では、わがままで自分勝手なザックに振り回されて、理不尽な暴言や無理な我儘を押し付けられたりしていたキャラクターである。本来は優しく朗らかでユーモラスな青年なのだが、ザックの前では打って変わって、怯える様子が印象的だった。
彼から「アイザック様」という言葉が出ると、つい反応してしまう。何を隠そう、俗に言う"最推し"の名前だったから。
しかし、おかしい。ゲームのキャラクターが、今目の前に居る。さいファンの舞台は中世ヨーロッパモチーフの仮想世界、『アリス大陸』。実際、このようなヨーロッパ風の造りの建物や馬車は作中で何回も登場している。さらに、"ブロム" というのはアリス大陸での通貨のことだ。
ここはゲームの中らしい。そして、先程マシューが「アイザック様」と駆け寄ってきたのは、俺の元へだ。
どうやら、俺は最推しである「アイザック・ローゼレット」になってしまったようだ。
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俺の生涯の最推し、アイザック・ローゼレットについて。
『きみとさいしょのファンタジー』作中で男主人公(デフォルトネーム:ダンテ・ロザリー)選択時にライバルキャラとして登場する、紅火の国の公爵家、ローゼレット家の一人息子。所謂"悪役令息"と呼ばれるキャラクターだ。
ファン間の通称は”アイザック”、または”ザック”。
長い睫毛にはっきりとした赤いツリ目。自信に満ち溢れたドヤ顔。ツヤのあるふわふわの黒髪。分けた前髪からちらっと見えるおでこがクール。陶器のように白い肌。容姿端麗で、作中でも屈指の美形として描写されている。
そんな外見とは裏腹に、陰湿かつ意地悪な性格で、攻略対象に好意を寄せる主人公・ダンテに、あの手この手で妨害を繰り返す。
悪役令嬢であるコニーと同じく、スペックは上々だ。しかし、バックボーンがかなり違う。
ザックは、自分一人でなんでもできるほどの実力を持ちながらも、万人に好かれたいが故に何もできない高慢なお坊ちゃまを演じているキャラクターだ。他人との関係を繋ぐため、「この人には自分が居ないと」と思わせるのが楽しくて。承認欲求の塊のような男だ。
表裏が激しく、表では笑顔を張り付けてはいるものの、本性は真っ黒で全人類を下に見ているタイプ。
彼がこんな趣味になった理由は、アイザックの母親に由来する所が大きい。
母親であるローゼレット夫人はザックのことをいたく気に入っており、「ザック」と愛称で呼び、アイザックの望むものならば、豪華な食事や質の良い服も、手入れの行き届いた調度品も、決して逆らわない忠実な従者も、なんでも与える人だ。ザックが自分の思い通りに動くと、ただそれだけでザックの存在が肯定され、褒め称えられる。
ただ、ザック以外の人間には過度に厳しい。大声を上げて怒鳴りつけたり、誰かの過去の失敗を執拗にほじくり返したり。ローゼレット家の為政をしているのも実質彼女だ。ただし、優柔不断な公爵……ザックの父親に半ば強制するような形ではあるが。彼女は俗に言うヒステリック持ちだった。
そんな夫人がザックのことだけを溺愛しているのは、ザックが幼少期から母親の心の機微に気づき、波風立てないよう、馬鹿な子供を装い続けてきたからだった。ザックの事なかれ主義は父親譲りで、表では従順なお人形を演じてはいるものの、母親のことは心の底から嫌悪し、軽蔑している。
そんな母親の相手をする幼少期を過ごすうち、張り付けた態度で誰かを勘違いさせることに楽しみを見出し始める。そうしないとやっていけないほど苦痛だったらしい。
実際、母親の件はザックの中で成功体験として強く根付いてしまっていた。上手くやれば誰かが何かを自分へ運んでくる。何をするでもなく存在が肯定される。「ちょっと馬鹿だけど良いヤツ」でいるだけで、面白いくらいみんな自分を好きになって、友達も増えた。みんな彼のことを”ザック”と親しげに呼ぶ。だから、それもまた小さな成功体験として積み重なって、人間関係というものにある意味での執着をするようになっていた。常に誰かが自分の周りに居ないと、精神的にも味方が居ないような錯覚に陥り、ちょっとしたパニック状態になってしまう。
”ザック”に味方は居ても、”アイザック”に味方は居ないと分かっているから。
そうして、高校時代にあたる、さいファン本編へと突入していく。
そんな中で出会ったのが主人公だった。
平民でトラブルメーカー、ただやる時はやる実力者。学園で起きている異変にもいち早く気づき、学園の中心人物へ、注目の的になっていく。
男女問わず、主人公は入学式でとあるハプニングを起こし、学園じゅうの注目を集めることになるのだが、
ザックがそれを面白く思わないのは当然で。ザックの取り巻きたちもダンテ(男主人公)に興味を持ち、ザックから離れて行ってしまうのだ。
ダンテが羨ましくて、ダンテに寄り付く人間全員、ダンテでなく自分に興味を向けてほしくて、ダンテの邪魔ばかりしている。ザックにとって、攻略対象は不特定多数のうちの一人でしかなく、ダンテへの嫉妬のほうがずっと比重が大きい。ザックにとって個人を意識することはさして無かったため、ダンテは自分の不満やフラストレーションを発散できる唯一の存在だったのも事実で。
ずっと器用に生きてきたのに、ダンテに出会ってから急速に生きるのが下手になり始めていて本当にかわいい。俺はザックのおかげで、ちょっと愚かで人間らしいキャラを好きになりやすいのだと気づいた。
……というのが判明するのが、唯一ザックが幸せになれる”アイザック√ 真エンド”である。悪役令嬢のコニーと合わせて、トゥルーエンド要員だ。
大抵のエンドでの破滅方法はかなりシンプル。養殖の天然vs.本物の天然の男版みたいな感じになり始め、養殖の方がジリ貧になって破滅し……のパターンだ。あと、家で散々母親がいじめていた従者たちによって反乱が起こり、母親が殺される。主人公に化けの皮を剥がされ、縋る先は母親のみ……となった矢先のこれ。母親が為政をしていた実家は、突然父に代わり家計は火の車。順当に没落しその後ザック自身も生死不明に。
真エンドのいいところは、ダンテという特定個人への感情の動きが垣間見えたからこそ、”アイザック”の面を捉えることができたダンテとの応酬。アイザックがじわじわとダンテに落ちていく過程が楽しすぎる。
通常、主人公はキャラをどう呼ぶかを選択できるのだが、アイザックは悪役がある都合上なのか、終始”アイザック”としか呼べない。ただ、今までアイザックを好いていた人たちは皆彼のことを”ザック”と呼んでいた。そんな中、ダンテだけは出会ってからエンドを迎えるまでずっと”アイザック”と呼んでいる。
最高じゃないか、こんなのは。これが俺のさいファン最推しカプ。公式だろ。ただ、隠しエンドだからなのかグッズ展開が微妙なのが悔やまれる。本当にアイザックのグッズももっと作ってほしい。いくらでも買うから。
俺がさいファン中に最初に行き着いたBLエンドがダンテとアイザックのエンドだった。とは言っても、アイザックはダンテの時しか登場しないし、また逆も然りで、二人が表裏一体だったからだが。
これを見てから「BLって、良いじゃん……」と、視座が広くなり、更にこのゲームを目一杯楽しめるようになった。ダンアイには本当に感謝している。お幸せに。
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だなんて、思ってはいたのだが。
俺がアイザックということは、俺の好きなアイザックは、最推しカプは、と思わざるを得ない。
居ないのか、アイザック。
「あ、あの……アイザック様……」
ふと、怯えた様子のマシューがこちらを見ている。大きな瞳が潤んでいて可愛らしい。ただ、状況はあまり芳しくない。それはきっとお互いに。あちらも気が気ではないだろう。
ただ、マシューにとっては良かったのだろうか。彼が「アイザック」と呼ぶその人は、アイザックではないから。
「マシュー、か……」
自分の意思で発した言葉が、確かに幼少期のアイザックの声にのっている。変な気分だ。
目の前のマシューを見て思う。俺の最推しは確かにダンアイ。ただ、ダンテとマシューのカップリングも好きだ。俺は左右相手非固定のオタク。
このゲームには他にも、とある街の幼馴染、実力争いを繰り返す不仲、少し爛れた関係の男二人。
この世界には、推しカプが溢れている。きっとまだまだ捨てたもんじゃない。
俺のこの世界でのひとまずの方針が決まった。
「マシュー、怯えないで良い。僕は大丈夫だ。だから……」
人に優しく。まだ幼いマシュー相手にわざわざアイザックのロールプレイをして余計な心労をかけるのはこちらとしても気が引ける。
「肩を貸してくれると、ありがたいんだが」
膝はまだ痛む。この痛みが、アイザックが残した唯一の痕跡なのかもしれない。
次回:推し(in自分)、限りなくなり茶。




