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異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第V部: 決戦と新たな始まり

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160/160

第160話: 一年後

一年後の朝、屋敷の朝食室には柔らかな光が満ちていた。窓辺の花は新しい季節の色をして、パンの焼ける香りが廊下まで流れていく。私は湯気の立つ紅茶を手に、ようやく「終わった物語のその先」を生きているのだと実感した。

あの結婚式の日に交わした誓いは、特別な一言ではなく、毎朝の選択としてここに残っている。


執事が今日の予定を読み上げる。復興支援の報告、研究室への立ち寄り、夕方の短い視察。


> 今日の体調と予定を確認して。


【ことり】

*************

確率: 96%


体調・予定ともに問題ありません。

本日の負荷は軽度です。無理のない進行を推奨します。

*************

[魔力: 140/150] (-10)


「ありがとう、ことり」


私は表示面を軽く撫でる。かつて戦況解析で光っていた画面は、今は日常を支える道具として落ち着いている。アレクサンダー様が新聞を閉じ、私に微笑んだ。


「今日は町へ出よう。君が見たい景色を見よう」


私は頷き、朝の光を胸いっぱいに吸い込んだ。


---


昼の広場は、復興の活気に満ちていた。新しい看板、開いた店、子どもたちの笑い声。瓦礫の記憶はまだ残っているのに、人々は確かに前へ進んでいる。


私たちが通ると、かつて救護した家族が手を振ってくれた。市場の店主は「今年の収穫はいい」と誇らしげに語り、リリーは子どもたちに囲まれて菓子を分けている。


私の隣でアレクサンダー様が歩幅をゆるめる。自然と、私の腹部に添えられた彼の手があたたかい。


「疲れていないか」


「大丈夫です。少し、重くなってきただけ」


彼は目尻をやわらかく下げ、「それが嬉しい」と小さく笑った。私は頬が熱くなるのを感じながら、広場の真ん中で風の匂いを確かめる。焦げた匂いはもうない。代わりに、焼き菓子と土の匂いがする。


---


夕方、研究室でフィリップさんと最終記録の整理を行う。棚にはルシアの記録、ことりの解析ログ、封印中和の実施報告が並び、どれも公式印付きで保管される準備ができていた。


> 記録監査。未解決項目の有無を確認して。


【ことり】

*************

確率: 93%


未知符号の解読・無力化手順は完了。

封印安定化を確認。主要脅威は根本解消済みです。

運用は保守・監査モードへ移行します。私も、この結果を幸せだと判断します。

*************

[魔力: 130/150] (-10)


フィリップさんは深く息を吐き、記録簿を閉じた。


「これで正式に任務完了です」


封印記録の末尾には、監査官の署名と「再発兆候なし」の朱印が並んでいた。私はその赤を見つめ、ようやく本当の終わりに触れた気がした。


私はページの端に手を置き、ルシアの名前をそっとなぞる。失ったものは戻らない。それでも、託されたものは確かに未来へ渡せた。


---


夜、屋敷の屋上。星がよく見える。


「一年で、ずいぶん変わりましたね」


私が言うと、アレクサンダー様は私の手を取り、もう片方の手を私のお腹へ重ねた。


「変わっても、君を選ぶことは変わらない。君と、この子と、生きていく」


「永遠に、君を愛する。あの日だけじゃない」


私は笑って頷く。風は穏やかで、遠くの町灯りは温かい。


「私もです。これから先も、あなたと」


二人で星空を見上げる。戦いの終わりではなく、暮らしの始まりとしての夜。私は静かに目を閉じ、心の底から安堵した。


---


屋上から降りたあと、私は書斎で一冊の薄い帳面を開いた。最初のページには、かつて書いた走り書きの決意が残っている。『必ず帰る』。その文字を見て、私は指先でそっとなぞった。


次のページに、今日の日付と短い文を加える。


『帰ったあとも、ちゃんと生きている。もう、ひとりじゃない。』


扉が開き、アレクサンダー様が温かい茶を二つ持って入ってきた。


「まだ起きていたのか」


「少しだけ、記録を」


彼は私の向かいに座り、湯気の向こうで穏やかに笑う。私たちは研究報告の最終提出日、来月の視察予定、庭の植え替えまで、取り留めない話をした。どの話題にも、焦燥ではなく余裕がある。


「ことりの保守報告、明日で区切りですね」


「ああ。戦時運用から完全に外れる。これで本当に、全部終わった」


私は頷く。かつて命綱だった機能が、いまは生活支援へ移っていく。その変化を寂しいとは思わない。むしろ、目指していた形に辿り着いたのだと思える。


窓の外で夜明け前の鳥が一度だけ鳴いた。私は帳面を閉じ、茶を飲み干す。温度が喉を通るたび、過去の痛みが過去として落ち着いていく。


---


翌朝、私たちは庭園の母なる木の下をゆっくり歩いた。あの木は、もう枯れた象徴ではない。新しい葉が朝露を抱き、光を弾いている。


「転生して、あなたに出会えて良かった」


私が言うと、彼は私の額にそっと口づけた。


「私も。君がいてくれて、生きる意味を取り戻せた」


胸元のことりが淡く光り、昨夜の監査ログの末尾に残っていた一文を静かに表示する。


――私も幸せです。


私はその言葉に笑って、母なる木の幹に手を当てた。温かな命の脈動が、掌に確かに伝わる。

葉擦れの音はやさしく、遠くで焼きたてのパンの香りが朝の空気にほどけていく。


長い物語の終わりに残ったのは、派手な奇跡ではなく、毎日を続けるための小さな約束だった。私はその約束を抱えて、愛する人と家族と共に、次の朝へ歩き出した。

戦って勝つための時間は終わり、守って育てるための時間が始まっている。


【 完 】


最終話までお読みいただき、心からありがとうございました。

エリアナたちの旅路に寄り添い、喜びや不安を共にしてくださった皆さまのおかげで、この物語を最後まで綴ることができました。ことりの小さな光、侯爵の静かな強さ、仲間たちの温かさ——それらを愛してくださったことが何よりの励みです。

拙い点もあったかと思いますが、感想や応援の言葉は今後の創作の大きな糧になります。もしよろしければ感想をお寄せください。

短い間でしたが、本当にありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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