第66話 金精トンネル越え
竜頭の滝を通過して、戦場ヶ原を一気に駆け抜ける。
戦場ヶ原では膠着状態が続いている。
竜頭の滝のワインディングエリアでSEEKRERを抜き、5番手に戻った小岩剣。小岩剣の後は時折迫ってくるものの、前に出ることが出来無い状態らしい。
しかし、経験の浅い小岩剣は、周囲から見れば信じられない行動に出ていた。
(普通なら、視界を遮る水煙を嫌うのに―。)
と、SEEKRERのドライバーは小岩剣のS660を見て思う。
小岩剣は前を行くアルトワークスの水煙の中へ躊躇いなく飛び込んでいたのだ。
(水煙の中に居れば、神経が研ぎ澄まされ、精神的に疲れが来るだろう。仮に、耐え凌いで金精峠で勝負出来るだけの物を残していたとしたら恐ろしい。レース経験が浅いにも関わらず、そんなことが出来る奴は、本物の化け物か、或いは、経験値が低いから本物の恐怖を知らないだけの奴だ。おそらく後者だろうけど。)
アルトワークスのドライバーも、GRコペンのドライバーも、小岩剣をそんな目で見ていた。
しかし、その考えは、湯の湖畔駐車場の右コーナーで打ち砕かれる。
湯の湖畔駐車場の右コーナーで、アルトワークスの水煙から出たS660が、ツインドリフトで、アルトワークスのインに飛び込み、コーナー立ち上がりでサイドバイサイドになったのだ。
だからこそ、集団は驚いた。
(冗談じゃねえ!プロでも、このコンディションは本気で走れないのに、こいつ!)
小岩剣はアンナと玲愛の訓練で、視界不良というコンディションでも、恐怖を覚えても、激しい訓練の反動で、それが快楽に変わってしまい、結果、躊躇いなく、他車の後ろに付き、水煙の中で他車のスリップストリームを使って、食い付いていけているのだ。あれほど嫌がっていたアンナと玲愛の存在が、皮肉にも今の小岩剣の武器になっているのだ。
「間もなく金精峠!」
ラモットが言う。
「了解です。順位を5番手に上げたいのですが―。」
「無理をするな!」
「しかし、目の前に入賞があります。前戦の悔しさもあります。」
「行ってもいいけど、無理して事故んなよ!こっちもサポートする!」
金精峠に差し掛かる。
また雷だ。ここまで来ると、雷が真横で光っている。
マーシャルは退避し、シグナルを送っているのはドローンだけだ。
まだ斜面が見える。
微かに見える斜面を、雨水が滝になって流れ落ちるのを見ながら、最初の左コーナーをクリアする。
(滑りやすい路面。だからこそ、敢えてドリフトメインで行く。滑るよか、こっちから滑っていく。特に、最後のダウンヒルではな。)
小岩剣、ニヤリと笑った。
そして、トップを走る坂口拓洋もまた、同じくドリフトメインで金精峠に挑んでいたが、徐々にアンナの姿が大きくなってきていた。
「何やってんの!遊んでないで逃げ回れ!負けたら三峯神社の社殿の中で縛り上げて、抜け殻になるまでお仕置きよ!」
坂口愛衣が檄を飛ばす。
(うるせえ。)
と、坂口拓洋は舌打ちした。
金精トンネルに突入すると、トンネル内の濡れていない路面でクリミアが一気に加速する。テールトゥノーズ状態で坂口拓洋に白雪アンナが食いつく。
だが、トンネルを抜けてコーナーに飛び込んだ途端、坂口拓洋はS660を横に向けてドリフト体制に。
高速ドリフトで、クリミアを引き離す。
小岩剣も金精トンネルを抜けて来た。
5番手のまま逃げるつもりだ。
「要らんことするな!とにかく、自分のペースを守れ!」
と、ラモットが指示を飛ばす。
「現状、三条神流と松田彩香が先行してゴールしている。順位は三条神流が8位、松田彩香9位。チームオーダーでな。」
「となると―。」
「そっ。帰りは、オーダーは無し。往路でオーダー出したの、アヤだし。」
「-。」
「アンナの件だが、お前はどっちでもいいと言う具合か?」
「強制されて走るのは嫌です。」
遂に最終コーナーだ。
最後もドリフトでクリアする坂口拓洋のS660。
コーナーを抜けた。そこがゴールラインだ。
「ちっ!」
坂口拓洋は舌打ちする。
なぜなら、最後の最後、白雪アンナが僅かに早く、ゴールラインを越えていたからだ。
レース、往路優勝は白雪アンナだ。
だが、忘れてはいけないのが、これは往復レースである事。
往路で優勝しても、復路では逆に坂口拓洋が優勝する可能性もある上、総合順位は往路と復路の合計タイムで競われるため、坂口拓洋の逆転優勝もあり得るのだ。
そして、それは、往路5位でチェッカーを受け、初の入賞を決めた小岩剣も同じである。




