第40話 密談
光泉寺の境内。
普段着は旧日本海軍の士官が着る軍服を模した物を着る三条神流は待ち人を待っていた。
本殿の軒先に佇んでいたら、やがて有料駐車場の方から、待ち人がやって来た。
「呼び出しておいてすまない。待たせてしまった。」
「いえ。今来たところです。」
三条神流はなんと、坂口拓洋から呼び出されたのだ。
現役レーシングドライバーが、走り屋に毛が生えた程度のアマチュアレーサーである三条神流に、相談したい事があると言うのだ。
「飯でも行きましょう。」
「いいのか?だって、チームでどんちゃん騒ぎじゃ―。」
「いいんです。それに、群馬の旅館、どこ行っても刺身与えりゃ喜ぶと思ってるから、夕食は魚ばかりで食い飽きました。」
「なるほど。自分がそうしたいからか。結構。」
と、坂口拓洋は笑い、自分も宿の夕食をキャンセルすると連絡した。
普段なら、松田彩香と一緒に歩くことが多いが、今日は雲の上の存在たる坂口拓洋と歩いて、草津温泉門の近くの上州牛ステーキ店GGCに入る。
「それで、自分に何の相談が?」
三条神流が切り出す。
「君の相方は、紅いGR86だったな。」
「ええ。」
「彼女とはどういう関係で?」
「-。幼馴染、それが、行き過ぎた。そんなところでしょうか。」
「そう、か。」
坂口拓洋は項垂れる。
注文した物が運ばれてきた。
フォークとナイフを動かしながら話を進める。
どうも、坂口拓洋と言う男は何を考えているのか掴めない。
(どうやら、つるぎと同じく、この人にも深い闇がある様子だ。)
と思う。
「羨ましいな。小さい時からずっと仲良しで、二人揃って、レーサーなんて。」
「いえ。」
三条神流は首を横に振った。
「どういう?」
「ガキの頃からずっと一緒に居るのが当たり前で、高校の頃まで普通に風呂も一緒に入る程でした。自分の父が県庁職員。母は自衛隊という公務員の家で、家にいないことも多々あり、保育所時代から、彼女の、アヤの家にお世話になる事もあって、そうしていく内に、仲良くなっていったのですが、第三者の横槍とからかいを受け、彼女も同調するようになって、嫌になってしまい、頭に来て逃げたのです。長野へ。そして、そこで、別の女の子と知り合ってしまい、そいつと一緒に居たいからと長野へ逃げ、結局、関係がこじれて長野から群馬に舞い戻って来たら、彼女は車好きになっていて、日奈子達三姉妹を追ってレーサーになり、そして、自分も引き摺り込まれて、レーシングライセンスを取得して今に至ると言うわけです。」
「-。」
坂口拓洋はコーンポタージュを飲み干し、少し考える。
「日奈子ってのは、東郷日奈子か。妹の恵令奈と俺の相方の愛衣は鈴鹿の同期で、玲愛は俺と同期だ。」
「えっ?」
「俺は、秩父出身と言う事になっているが、実は違うのだよ。別の所から熊谷に来て、熊谷から現実逃避に秩父鉄道で旅していたら、愛衣に捕まって、熊谷の進学高校を卒業後、レーシングスクールに。高校在学中も、違法女性向け風俗店でセラピストやホストをして、少しでも早く、多く、金を稼いで、JAFのカートライセンスを取得して、中古でカートを買って、カートレースに出ていた。違法女性向け風俗店が摘発された時、俺はたまたま現場にいなかったから良かったが、一歩間違えればおじゃんだった。でも、そうしなけりゃならなかったのさ。」
「どうして?愛衣さんに追い付くために?」
「-。」
「拓洋さん?」
「-。」
急に黙り込んだ坂口拓洋。
「あの?」
三条神流の背後から、冷たい手が回って来た。
触れただけで、誰の手か分かった。
「アヤ?」
「だけじゃないよ?」
松田彩香の隣には、坂口愛衣もいた。
「何か密談しているようだったから、邪魔しないようにと思ったんだけど、愛衣さんがかなりおっかない目をしていたから、一緒に来たってわけ。」
松田彩香が言う。
「あの―。」
「これ以上は、何も言えない。ただ、君と松田彩香さんがどういう関係で、レースをしているのかを知りたかった。それで、その上で、身の上話と身の上相談をと思ったのだが―。」
坂口拓洋は肩を落としながら、三条神流に何かを渡す。
それは、坂口拓洋のS660と坂口愛衣のアミューズS2000GT1の写真だった。
「NSXの写真もあるが、こっちの方がはっきり分かるだろう。」
と、坂口拓洋は言った。
S660とアミューズS2000GT1が並んでいる写真。
S660はバックヤードのリアウィングに、S2000もリアウィングにそれぞれ、ホワイトレーシングプロジェクトのエンブレムが描いてある。
だが、似ているようでよく見てみると違う。
S2000は、三峰神社の大鳥居の向こうに、ニホンオオカミと三峰山のシルエットが描かれている。そして、そのエンブレムは、坂口拓洋と坂口愛衣が所属するホワイトレーシングプロジェクトのエンブレムで、GT300のNSXにもも描かれていたのだが、S660等、坂口拓洋の車は違う。確かに、鳥居なのだが、三峯神社ではなく、別の神社の物で、その向こうに描かれているのはオオカミではなく鳥で、山の形も三峰山の物ではない。そして、ヘルメットも、坂口拓洋のヘルメットのエンブレムはそれだったのだ。
「ところで、君の弟分は?」
坂口愛衣が聞く。
「どんちゃん騒ぎの最中でしょう。」
「本当に?」
「えっ?」
「大騒ぎしている広間を見てみたんだけど、そこに、弟分は居なかった。それに、例の、白雪アンナと、東郷玲愛も居なかった。」
「-。」
「別口で飲んでるのか、一緒かと思ったけど。」
「-。アヤ。」
「私も、見たらそうだった。てっきり一緒かと思ったけど―。」
松田彩香もうろたえる。
会計を済ませると、三条神流は一抹の不安を覚えた。
「まさか―。」
坂口拓洋は嫌な物を思い出した。
(俺と同じく、レイプされてレーサーデビューという事に―。そうなったら、俺は、悲劇のレーサーになっておきながら、自ら、悲劇のレーサーを生んでしまったことになる。)




