第32話 万座温泉―白根山山頂―草津温泉
序盤でタイヤマネージメントをミスした、GTマシンの何台かが、クラスBの車両に煽られ始めていた。
クラスBトップは、坂口愛衣のS2000GT1である。
S2000GT1は、クラスAに出場している、GAINER TANAX GT‐Rに追いついた。
GAINER TANAXは、序盤の岩井堂付近で、初音ミクAMGと接触。リアタイヤにトラブルを抱えていた。
そのため、ペースが上がらず、とうとう、坂口愛衣に追い付かれるハメになった。
GAINER TANAXはなんとか完走することを目指しているようだが、これではもう無理だろう。
そして、次のコーナーでイエローフラッグ。
何事かと思えば、初音ミクAMGが崖に落ちていた。
フロントを損傷したにも関わらず、無理が祟ってコーナーを曲がりきれず、転落だ。
坂口愛衣が見た現場を、坂口拓洋も通過し、白雪アンナ、小岩剣も通過する。
小岩剣の順位は一挙に6位に落ちていた。
S660は全30台のクラスK中20台。
愛妻の鐘通過時、小岩剣の後、7番手はGRコペン2台とアルトワークスの集団だが、その差は2秒近くある。一方で、5番手との差は3秒に広がっていた。
万山望のヘアピンを通過。
ストレート区間で、小岩剣はチューブから飲料水を飲み、給水。
その後ろ、7位集団に変化。
集団の後、SEEKER S660と、J‘S RACING S660が一気に集団を追い越してきたのだ。
(やべぇやべぇ。勝手にやってて、予選より順位落としたら、殺される。)
と、小岩剣は思う。
しかし、小岩剣の前で何かが起こった。
矢筈神社の右コーナー手前のマーシャルポストでイエローフラッグに加えて、オイルフラッグが振られていた。
右コーナー立ち上がりのロングストレート。
2位集団に居たTop Fuel S660がタービンブローして立ち往生していた。
(労をせず、1つ順位が上がった。)
と、小岩剣は思う。
しかし、富士スピードウェイのレースよりも長い時間のレース時間は、小岩剣に別の問題を引き起こしていた。
(やぁばい。体力が―。)
長いコースと長いレース時間は、小岩剣の身体に想定外の負荷をかけていた。
その結果、まだ、レースの半分すら終わっていないのに、疲労が蓄積されていたのだ。
万座温泉の温泉街に入る。
5位で小岩剣は温泉街に入るが、少々苦しい。
後ろを見ると、SEEKER S660とJ‘S RACING S660が差を詰めて来ている。
万座バスターミナルのヘアピンをドリフトでクリアしていく小岩剣のS660だが、傍から見ると足回りが小岩剣の走りに着いて来れていないのが見て取れる状態だ。
そして、ヘアピンで後を再度確認すると、SEEKER S660と、J‘S RACING S660の後に別のS660の姿。PANDORA S660だ。
しかし、PANDORAのS660は何かおかしい。
小岩剣同様、タイヤのグリップ力が低く、コーナー立ち上がりでアンダーステアが出ている。
(後ろ見ても仕方ねえ。)
と、小岩剣。前を見る。だが、万座亭別館のヘアピンで小岩剣がアンダーステア。
(いけね!)
その間に、SEEKERのS660に前に出られる。
万座ゲートまでの区間で、J’S RACINGと何度もサイドバイサイドになり、ゲートで抜かれてしまって7位に後退。
「J’Sはネオバよ!無理よ!」
と、玲愛は小岩剣に呼びかけるが、小岩剣が玲愛とアンナの煽てる無線に怒って無線を切ってしまったため、その声は届かない。
万座ゲートを抜けると、その先にはヒルクライムの7連続ヘアピン。
(ブレーキング勝負ではこっちに有利。)
と、小岩剣。
(J’Sの立ち上がり加速に付いて行けねえ。でも、PANDORAとその後ろ44Gデカイウィング付けてる奴は来ねえ。どっちもウィング付きだけど、あれが空気抵抗生んでるのか?)
首を傾げながら、7連続ヘアピンの1つ目に飛び込む。
ステンメッシュブレーキラインを装備しているため、前を行くJ’Sより0.5秒程、小岩剣のS660はブレーキングのタイミングが遅く、ブレーキングの時間も短く、突っ込みでは小岩剣が有利だが、立ち上がりはJ’Sの方が速い。
(溝使える。)
と、小岩剣。2つ目のヘアピンのインサイドの溝に、フロントタイヤを落とすも失敗。逆に、オーバーステアでハーフスピン状態になり、立て直すもJ’Sとの差が開く。
3つ目も溝を使おうとするも、溝が無く失敗。
4つ目のヘアピン立ち上がりでまたイエローフラッグ。
今度はHKSが止まっていた。
(パワーアップ組だ。あいつら100馬力越えしているよな。)
と、小岩剣。
しかし、小岩剣より遥かに先を行く奴は、この展開を予期していた。
(もっとパワーアップは狙えたが、それをS660でやったらどうなるか分かっていたから、やらなかった。あのガキのS660とタイマン勝負したら、いい勝負になるだろうが、ガキがテクニックを使いこなせていない上、タイヤがあれではな。)
と、坂口拓洋は思う。
坂口拓洋、孤独な独走態勢のまま、白根山山頂に到達。
クラスBの後ろの順位の車にも追い付き、追い越し始めていた。
それは、同じS660であるが、オーバーフェンダーの関係から普通自動車登録されたS660。
(卑怯者。軽自動車のクセに生意気な。)
と、自分の事を棚に上げながら、坂口拓洋はそのS660をパスしてしまう。
これで2台目だ。
前にはN2レース仕様のAE86。
(どけ!時代遅れの化石め!)
湯釜の駐車場のストレート区間で、坂口拓洋はAE86をオーバーテイク。
(それで、後ろの擬態野郎は何狙ってんだ?)
Kクラス2位の白雪アンナのクリミアが見えた。
アンナは小岩剣と連携で走るつもりが、小岩剣が連携を勝手に切ってしまったため、怒りを坂口拓洋に向けていた。
小岩剣も、二人に遅れて湯釜を通過するが、そこにSPOONのS660が止まっていた。
(まぁたパワーアップ組み。)
と、小岩剣は吐き捨てる。
(エンジンブローは負けだったよな。なら、勝てるな。)
と、小岩剣は思う。
これで5位にまた舞い戻る。
森林限界高度を越えている。
コーナーの時、進行方向を見るとこの先の道が見え、そこを走る車が見えるが、そこに、三条神流と松田彩香の重連の姿は見えない。
しかし、小岩剣のS660も、先行する坂口拓洋とアンナが追い抜いた、一つ上のクラスの車を追い抜いていた。そして、一つ上のクラスの車の中に、坂口拓洋とアンナの姿を見つけた。
(追い付けるだろうか。この距離感―。)
コーナーを、タイヤを鳴らしながら、小岩剣は思う。
小岩剣のS660も健闘しているのだが、前を行くSEEKERとの差も開いて行く。
「つるぎの位置は?つるぎ、無線壊れたようね。」
と、アンナが玲愛に通信する。
「そうみたい。何度も呼びかけしても応答無し。」
(違う。切った。)
アンナは思う。
「現在、5位。SEEKERとJ’Sと差が開いて行く。でも、タイムは予選より良い。」
「変に囃し立てない方が良いね。」
と、アンナは言う。
「そうね。煽って、囃し立てて、エッチに誘惑するのは、かえって逆効果ね。」
「なら、無線が壊れたって事にしてあげて。今の走りが出来ているならば、怒らないから。でも、1周目終わったあたりでばてる。」
アンナと玲愛はリラックスしている。
それと対照的に、小岩剣は常に極限状態で走っている。
極限状態での走りと、長いレース時間が、小岩剣の体力を一気に奪って行く。
(FSWより疲れる。)
と、小岩剣は思う。
ストレートエンドにヘアピンが続き、富士見駐車場展望台のコーナーで小岩剣はアンダーステア。タイヤのグリップ力不足で、タイヤが鳴り、あわやトラックリミット違反になりかけ、その間に、背後から44Gのウィングを付けたS660に迫られる。
(疲れと、タイヤのグリップ不足。あっちはTW200か?こりゃ無理か?)
小岩剣は諦めかけるが、次の右ヘアピンを抜けた先、見晴台付近に坂口拓洋と白雪アンナの姿を見る。
(諦めたら、殴られるだろうな。こういう時、拓洋さんは自分の持つ力を最大限に発揮させて勝負するだろう。だったら、こっちもそうする。)
首を横に振って、小岩剣は諦めの心を棄て、44Gを振り切ろうと踏ん張り、小岩剣のS660も見晴台を通過。その先のヘアピンを行く、坂口拓洋と白雪アンナの姿を見つつ、その手前のストレートで、普通自動車登録したクラスBに出場しているS660に詰まっているSEEKERとJ’Sの姿。そして、小岩剣の合間にAE86。
(あのポンコツ、44Gとの合間に入れられるかな?)
と思う。
何しろ、ストレートでの加速でAE86に追い付いてしまい、右高速ヘアピンの立ち上がりでサイドバイサイドになった。マーシャルもAE86にブルーフラッグを振っている有様。
(抜いちまえ!)
と、立ち上がりのストレートで一気にオーバーテイクし、そのまま、殺生河原西地区の連続コーナーに入る。
44Gと小岩剣の合間にAE86が入った上、この区間は火山性ガスの影響で駐停車禁止となっていることにより、クラッシュ防止のため、追い抜き禁止となっている。この間に、小岩剣は44Gとの差を広げていく。そして、追い抜き禁止区間が終わった時には、やはり、遅いクラスBに詰まっているSEEKERとJ’Sの背後にピタリと付けていた。
左ヘアピン。
J’SがクラスBのS660をパス。しかし、SEEKERは失敗。失速した間に、小岩剣のS660がインサイドからSEEKERを抜き、サイドバイサイドでクラスBとコーナーを立ち上がり、続く右高速ヘアピンにインから入って、高速ドリフトでクラスBの前に出た。
これにより、4位に浮上。
しかし、J’Sは前が開けると、一気にまた、その差を広げていく。
殺生河原東地区を過ぎ、武具脱の池の連続ヘアピンを過ぎれば、また森の中に入り、前は見えにくくなる。
(畜生!さっきまで、前との差が見えていたのに!)
小岩剣、舌打ちする。
しかし、そんなことをしていたら、またも、SEEKERにあっけなく、オーバーテイクされてしまった。




