第13話 大英帝国より出撃命令
「私は紅茶よりコーヒー派。」
と、白雪アンナは言う。
三条神流と松田彩香もコーヒー派で、玲愛もコーヒーなのだが、小岩剣は紅茶派。特にダージリンティーを好む。
雪降る赤城山から赤城南麓地区のからっ風街道を走ったが、大間々の町に降りて来た時には雪は止み、西の空の雲の隙間から青空が顔をのぞかせていた。
桐生の町外れのコイン洗車場で融雪剤を落としていたら、身体が冷えてしまった。しかし、昼食がまだだったため、先に昼食にする。小岩剣は風呂に入りたいと言ったが、桐生の町中の銭湯はまだ開湯時間ではないし、三条神流と松田彩香は国道50号沿いのスーパー銭湯に行くと言う気分でもなかった。
「ならせめて、ひもかわうどんを―。」
と、温かいうどんを食べたいと言ったが、結局は桐生のベーカリーカフェレンガでアフタヌーンティーとなってしまった。
(風呂上りに勝手に行くか。上の湯。)
小岩剣は溜め息を吐きながら、せめて温かい紅茶を口に運ぶが、今日の車が借り物なのを思い出し、この後、返却に行かなければならないためそれも出来ない。
(踏んだり蹴ったり。)
また、小岩剣は溜め息。
「明日はお休みでしょう?お風呂なら、ログハウスで入ればいいでしょう?」
と、玲愛が聞く。
玲愛達には小岩剣の仕事のシフトを把握されている。そして、レースの事も。
今夜は半強制的に、ログハウスに宿泊することになっている。
そして、白雪アンナは富士スピードウェイからずっと、小岩剣に影のように付きまとい、最近では小岩剣の自由はほぼ無い。
今日も、小岩剣が倉賀野貨物ターミナルでのHD300型ハイブリッドディーゼル機関車の機関士の勤務を終えて、アパートでシャワーを浴びていたら白雪アンナが自分のクリミアで突撃してきて、そのまま引っ張り出された。
(自分としては、趣味の範囲でレースに出たい。仕事の日は仕事。休みの日はしっかり遊び、その延長線としてレースに出たい。)
と、小岩剣は考えていた。
そのスタンスは、三条神流と松田彩香夫妻も同じで、何もプロレーサーとして走るのではなく、趣味の延長線としてレースに出ていた。プロレーサーとなるには、相当な財力と知識量が必要だ。そして、二人が出場しているGR86/BRZcupは全国各地の国際サーキットで行われるレースである。最近では確かに、富士スピードウェイに遠征する等、遠征する事もあるが、九州オートポリスや、北海道十勝スピードウェイ、仙台菅生にはとても行けないため、もっぱら、モビリティリゾートもてぎや筑波サーキットのレースにスポット参戦する程度。
小岩剣も、来シーズンは主に関東地方のサーキットで開催されているS660のワンメークレース兼走行会である「エスロクCup」にはフル参戦する方針であり、先日の富士スピードウェイは急だったためスポット参戦だったのだが、それ以外のレースに参加する財力は無い。
「なら、例えば、財力とチームがあったなら出るってことよね?」
と、白雪アンナは言う。
「スポンサー契約でもしろと?」
「もし、結んだならどうする?」
「そりゃぁ、出てみたいですよスーパーフォーミュラやスーパーGTのようなデカイレースにも、ですが、経験も無いです。」
「なら、経験積めばいい。」
「アンナさん。自分をどうしたいのですか?」
赤城南麓の売れない別荘地の片隅のログハウス。
ここは、東郷三姉妹の住むログハウスだが、今は白雪アンナも住んでいる。
元はペンションにするはずだったログハウスで、敷地には、赤城温泉郷から温泉も引かれていて、半露天風呂まで備えている。
GRヤリスを返却後、東郷三姉妹と白雪アンナは小岩剣も連れて、ログハウスに帰宅し、小岩剣は白雪アンナから訊問のような話をされていた。
「私のパートナーにしたい。いや、パートナーになって貰う。」
「ふざけないでください。」
「本気よ。貴方の走りの映像、それから、FSWの走りも見た。その上で言っている。貴方の才能を埋もれさせたくない。」
「あんな素人に毛の生えた走りで―。」
「素人が、プロレーサーである玲愛に勝つ?なら、試してみない?本当に素人なのかどうか。」
白雪アンナは小岩剣に自分が出場するレースの案内を見せたと思ったら、そのまま、小岩剣のエントリーを済ませてしまった。
強制出場である。
「酷い事を―。」
と、小岩剣は苦言を言った。




