生贄の仕事
そもそも、生贄とは何をするのだろう。
そんなことを何となく考えながら、柚葉は部屋に続く廊下を歩いていた。横では首元を緩めたアリスがぶすっとした顔で並んでいる。先程国王とイヴァンに阿保みたいに笑われたのを根に持っているらしい。別れる直前まで笑っていたイヴァンを思い出すと、その気持ちは分からんでもない。
「・・・・拒絶はしないんだな」
「はい?」
ちらちら顔色を窺っていたのがバレたのだろうか。前を向いたままアリスは柚葉にそう言った。
「生贄の話。普通嫌がったり怒ったり、拒絶するものだろう」
「いや、嫌がったり怒ったり拒絶してたつもりでしたけど?」
伝わってなかったとは心外だ。全てを受け入れて悟りを開いた坊さんとでも思っていたのだろうか。
「でも、結局今は受け入れているんだろう?」
「受け入れてはないですけどね。私には選択肢がないだけで」
逃げようにも城の出口が分からない。拒否したところで柚葉の意見を聞き入れてくれるような雰囲気ではないし、下手に抵抗して怒りを買っても、状況を悪くするだけだ。警戒心が欠如していると小さいころから言われてきた柚葉だが、さすがにこの状況では身構えもする。
「恐ろしくはないのか」
そう訊ねてくるアリスの表情からは何の感情も読めない。
虫のいい話だ。自分たちから生贄の役目を押し付けておいて、それが恐ろしくないのかなんて。同情でもしてくれるつもりなのだろうか。だったら最初から生贄なんてやらせてくれるな。
「そもそも、生贄が何をするのか分かってないですからね。言葉は恐ろしいですけど、恐怖に慄くのは仕事内容を聞いてからにします」
あっさりと言い返した柚葉を一瞬見たが、アリスからの返事はなかった。自分から始めた会話を打ち切るなんて、なんて勝手なんだ。なんか悔しくなって、柚葉は少し早足になり、アリスを追い越すと彼の前に立ちはだかる。
「・・・・なんだ」
「私は一体何をさせられるんですか?内容によっては職業選択の自由の権限により、拒否します!」
「今更か」
アリスは煩わしそうに柚葉の肩を押しやり、自分の進路を確保して前に進む。これも今更だが、彼の一歩が大きすぎて柚葉は1.5倍程多く足を動かさなければならない。もしかしなくても足の長さの違いだ。距離がひらいてしまう前に小走りで追いついた柚葉は、答えろとばかりにアリスの顔を凝視した。
「・・・・っ分かった、分かったから一旦部屋に戻らさせてくれ。正装は肩が凝るんだ」
何故か徐々に近づいてくる柚葉の目元を片手で押さえ、距離を取った。本当にウザそうだ。言われて気が付いたが、今日のアリスの服はかっちりしているものだった。昨日も昨日で柚葉の感覚からすれば動きづらそうで仕方なかったが、今日のは昨日より断然重そうだ。いや物理的に重そうなのではない。白を基調としたデザインに、金と銀の装飾が施されたその雰囲気が、だ。どちらもよく似合っているとは思うが。顔がいいとやはり得だ。
***
「そこで待ってろ」
アリスの部屋に入ると、そう言って柚葉を一人にし、さらに奥の部屋に入っていった。柚葉に与えられた部屋より広く、宿泊費が高そうだ。さすがは王子様、スイートルームレベルの部屋に住んでいるのか。生活感のなさすぎる光景に、柚葉はなんだかそわそわして、じっとしていられない。飾り物を見たり、外を眺めたりするが、あまり時間は潰せず、最終的にはソファに腰を下ろすことになった。クッションが沈みすぎて床につくんじゃないかと思った。
「じっとしてられんのか、お前は」
呆れ気味に戻ってきたアリスは、軽装になっていた。それでもファンタジー溢れたデザインには変わりないのだが。
「見てたんですか、変態」
「誰が変態か。気配がやかましいんだよ」
「何をぅ!」
失敬な。あれでも慎重に動いていたのだ。もし飾り物を壊したりしたら弁償できない値段であるはずだから。
「・・・で、生贄についてだったな」
「あ、はい」
アリスは柚葉の向かい側に座り、長い脚を邪魔だと言わんばかりに組む。面倒そうではあるが、生贄のことを隠すつもりはないらしい。ほんの数秒、逡巡するような素振りを見せると、ゆっくりと話し始めた。
「前に言った通り、生贄にはこの世界に魔力を提供してもらう。具体的には明らかになっていないが、かなりの量の魔力が必要で、この世界の者ではとてもじゃないが対応しきらない」
だから、異世界人の魔力の増幅を利用しようとなっているところまでは柚葉も理解できていた。知りたいのはその先だ。魔力を提供するといっても、柚葉には自分の魔力の存在さえ確立できていないのに、それが可能なのか。どうやって提供するのか。聞きたいことが山程だと顔に書いてある柚葉を無視し、アリスは順序よく話を続けた。
「提供は魔力が最大限に増幅したベストなタイミングでしてもらう。異世界人だったら足りるはずだが、念には念を」
「ベストなタイミングって?」
「この世界にはニブルという最果ての森がある。そこは人の魔力を最大限に引き出す不思議な空間が存在するんだ。そこで行えば心配はいらないだろう」
ニブルってニブルヘイムみたいでなんかあまり縁起がよろしくない。心配しかないのだが、そんな柚葉に、アリスはお構い無しだ。何だ、さっさと話を終わらせて柚葉を追い出したいのではないだろうか。
「無事終了できて、タイミングよく空間の歪みがまた訪れれば日本にも帰れるだろう」
「それはそれは、祈るばかり・・・・・・・・・・・・・・・ん?」
いつ空間の歪みが起こるか分からないが、健気に待っていれば日本に帰れる。思いがけない朗報に、ほっとひと息つきかけたところで気が付いた。
────────日本に帰れる?
それは物言わぬ帰還とかではなく?
「ちょ、ちょっと待って。帰れる?日本に?」
「ああ」
「生きて?」
「ああ」
ど、どういう事だ。
嬉しい話ではあるが、柚葉の理解とは食い違いすぎて言っていることがよく分からない。
「だ、だって生贄って・・・死ぬんじゃないんですか?その身を捧げるってことでしょう?」
「違うことはないけどな。何も死が決まっているとは誰も言ってないぞ」
何を言ってるんだとでも言いたげなアリス。理解が追いつかなすぎて柚葉は絶句だ。
「世界が欲している魔力分だけの提供で結構だ。確かに魔力を使い切ってしまうと死ぬが、足りれば問題は無い」
「そんなぁ・・・早く言ってくださいよそれを!生贄なんて言うから、私てっきり丸焼きにされて食われるのかと!」
「だれが食うんだよ。・・・生贄には変わりない。それを言い渡された者はその重圧に加え、魔力を瞬間的に大量消費する反動で、長い事意識を失ったままになり、身体の一部が欠損することもある」
そんな本人には何の得にもならないような役目、生贄以外に何と呼ぶ。アリスは何かを思い出したのか、苦い顔になるが、気の所為だと思える程に一瞬だった。
「今までで死んだ者はいないと聞いている。まあ、大丈夫だろう」
「もう!なーんだぁ!死ななければいいんですよぅ!死ななければ!」
手をひらひらさせる柚葉は絶対何かがズレているとアリスは確信したが、心の中だけに留めておいたようだ。柚葉はお前のことがよく分からないといった空気をガンガンに感じていたが、これも慣れている。小さいころから日常にある空気だ。
「先生、質問いいですか!」
「はいどーぞ」
「私、魔力の使い方なんて知らないですが、どなたかにご指導していただけるんでしょうか!」
「いや?」
「自主学習しろと!?」
それは飼われていたペットに、いきなり野生に戻されて自分で生きていけと言われているようなものだ。知識があるわけでもなく、それを見たわけでもない。理論だけでも学ばなければやる気があっても行動にはできない。
「そうじゃない。お前の魔力を使うだけで、実際に動くのは俺だ」
「それはどういう・・・?」
「俺がお前の中の魔力を出力し、世界に捧げるイメージだな」
要は柚葉は蓄電池のようなものだろうか。とにかく、何か修行したり、自主トレするようなことにはならなそうで安心した。
「・・・前から思ってたんですけど」
「何だ」
「何でアリスさんなんですか?」
「何が」
柚葉を迎えに来たのも、生贄を言い渡す汚れ仕事のようなことをしたのも、柚葉の魔力を世界に渡す役目も。アリスは何か責任を負っているように感じた。この国の王子とはいえ、他にも候補はいただろうし、それがアリスである所以が分からない。立候補したとは思えないのだ。
「・・・俺はこの国の王子だからな」
答えることにあまり乗り気ではないようだが、柚葉は知りたいし、知る権利もある。なんせ仕事とはいえ、彼に生贄を言い渡されたおかげで身を犠牲にしなければならないのだから。
「”王子だから”しなければならないんですか?」
「・・・・お前たまに痛いとこ突くよな」
「はて?」
「とぼけんな」
小首を傾げたら頭を叩かれて元に戻される。
「・・・・簡単に言えば”王子だから”だ。別に王子にしかできないわけではないが、代々この役目はこの国の第一王子が担っている。まぁ、国の代表だから仕方ないな」
確かに、誰にでもできるのなら、城に住む人間ではなく、国民にやらせるのはいろいろと角が立つだろう。暗に、自分だってやりたいわけじゃないと聞こえた。
「じゃあもしアリスさんがやりたくないって言ったら?」
「さあ?滅ぶんじゃね?」
「軽いな!」
「俺にもし弟でもいれば、そいつに白羽の矢は立つだろうがな。生憎弟はいないが、実際俺は矢を受けた方だから、その辺は分からん」
背もたれに身体を預け、肘を縁にかける。外を眺める目は飛び立つ鳥を追いかけていた。
「・・・ん?・・・矢を受けた方って・・・アリスさん弟・・・?」
「言ってなかったか?俺は第二王子。兄貴が歴代でこの役を拒否した第一人者だ」
「いや全然輝かしくない」
聞くところによると、第一王子は姿も眩ませているらしい。滅多なことでは城にも帰らないし、アリスは兄の顔が薄ぼんやりとしていると言っていたほどだ。放浪癖でもあるのか、中々消息を掴めない。今回のことで連絡を取るのも、相当苦労したらしい。
「でも、アリスさんはそれでいいんですか?」
「喜んでやるわけじゃないが、もう決まったことだしな。兄貴も何やってるかは知らんが、親父が容認しているぐらいなら遊び暮らしてるんじゃないんだろ」
それだったらとっくに勘当されているはずとのことだ。確かに、今も第一王子として席があるなりの理由が存在しているのかもしれない。にしても、アリスに丸投げするなんて無責任すぎると思うが、本人が大して気に留めていないのだから、これ以上柚葉に食い下がる義理はなかった。
「兄貴のことはこの際いい。それより、準備しておけよ」
「な、何を?」
アリスが立ち上がると、ソファがギシリと軋んだ。クッションもゆっくり元の形に戻っていく。
「明後日城を発つ」
「!?」




