↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生贄の救世主  作者: 咲乃いろは
第三章 夢の続き
61/298

手を伸ばす先


柚葉の瞳は揺れていた。


「知ってるって、会ったことあるの?」


グレンの問いに、視線はドアの方に向けたまま首を横に振る。


「初めて会った、けど・・・知ってる」

「どういうことだ?」


分からない。


声も容姿もその目にしたのは初めてだと確信はある。ただ、物理的には説明できない何かが、柚葉の中にうずめいていた。

そもそも、柚葉がこの世界で出会う人間は知っているはずなどないのだ。柚葉の口からその言葉自体が出るのが非常に違和感で、アリスもグレンも首を傾げるしかない。


「説明はできません。何というか、頭で分かるというよりは全身で分かるというか・・・」

「的を得ないな。あいつがが本当にパロナの娘なら、会ってみるか」


この宿の宿泊客であれば、敵か味方かも分からない。ある程度素性がはっきりしているのなら、話をしてみてもいいだろうということだった。


柚葉の手は寒くも怖くもないのに震えている。これは、柚葉が震えているのではない。誰かから震えさせられているという感覚だった。


「ユズハちゃん、大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫なんですけど、混乱してて・・・」

「何も急ぐことはないだろう。一度身体を休めて、明日にでも時間をとってもらえばいい」


アリスがグレンに目配せすると、グレンはそれだけで頷いて部屋から出ていった。きっとアポでもとってきてくれるのだろう。

柚葉も何だか分からない感情のまま事を進めるのは気が引ける。あなた私を知りませんか、なんて聞けるわけない。新手の詐欺みたいだ。



























ああ、まただ。


この感覚。


知ってる。




閉じ込められた暗闇。


細胞まで凍るような冷え切った場所。


ここが何処なのか理解する前に、頭は機能を失う。


心臓だけがどくどくと音を立て、襲ってくる恐怖を待ち構えていた。




奪われていく。



最初は指を。


次に腕ごと。


脚を、


胸を腹を、


髪を耳を目を口を





心臓を。








誰、


誰なの。


私のものを奪うのは。



全部、全部、ぜんぶ、ゼンブ、




私のものなのに―――――――・・・!



























「――――――――!!!!」







かつてない勢いで起こした身体は、音が聞こえてきそうな程軋んでいた。震えて、思うように動かない。昼間の疲労で動かなかった時など比にならないくらい。


「・・・・っはぁっ、はぁっ、・・・はぁっ、はぁ、」


肩で息をしないといけないほど動悸が激しい。額から顎から首へ汗が滴り落ちて、服は襟元も背中もびっしょり濡れてしまっていた。


指は、ある。


腕も、脚も、胸も腹も、髪も耳も目も口も、


心臓もある。



大丈夫、自分じゃない。



夢だ。



「―――夢・・・、そうだ・・・言わなきゃ・・・」


こんな夢を見たら、アリスかグレンに知らせる約束だ。

ここからならグレンの方が近い。


「・・・っ、」


布団を剥ぎ、床に足を下ろすが力が入らない。生まれたての小鹿の気分を初めて味わった。

それでも、ベッドの際を手でなぞりながら半ば這うような形でグレンが眠るベッドを目指した。支えるところがなくなれば四つん這いで、ペタペタと冷たい床を進んでいく。それでもなかなか辿り着かなくて、こんなにすぐそこなのに、遠く感じた。


「・・・っ、ふ、う、・・・」


進まない、


進まない、


進まない、


身体が重くて重くて、自分のものではないみたいだ。

動かしているのに動いていないみたい。

少し動く度に休憩しないと、息が持たない。これでは、辿り着いた頃には朝になってしまう。





「・・・アリスさ・・・っ」




向かっているのはグレンのところなのに、何故か口から出てきたのはアリスの名前だった。


手を伸ばす先は、アリスだった。



助けて、と。









「お前、どうした・・・?」

「!」







上から降ってきた声にはっと顔を上げた。

聞き慣れた、けれど待ち望んだ声。


「ア、リスさん・・・」

「どうし、た・・・・・・」

「アリスさん」

「・・・・・・」


ただただ名前を呼ぶことしか出来なくなっても、アリスは何も言わなかった。何も言わず、床に膝をつき、柚葉の額を自分の胸につけて、髪を絡めて後頭部を手で覆った。


「どうした?」

「ゆ、夢・・・っ、はぁっ、夢だったんです・・・っ、分かっ、分かっているけどっ、・・・そのっ・・・」


話そうとすると、動悸が止まない。連動するように呼吸が苦しくなって、上手く言葉が紡げない。これでは何も伝えられない。


「大丈夫だから、落ち着け。いい子だから、ゆっくり息しろ」

「・・・っはぁっ、はぁ、・・・はぁ、・・・」

「そうだ。喋らなくていい、息をすることだけに集中して。俺の鼓動、聞こえるだろ。そう、ゆっくりでいいから、合わせろ」


目を閉じて視界を断てば、とくん、とくん、と感じるアリスの鼓動。合わせて撫でるように叩いてくれる背中に神経を注げば、台風のようだった思考と動悸が、徐々に小康状態となってくる。




「・・・・・・す・・・みません」

「落ち着いたか?」

「はい・・・大分」


それを聞くと、アリスは柚葉の膝の裏と背中に手を差し入れ、軽々と持ち上げた。望んでいたはずのお姫様抱っこも、今は喜べるような気はしない。アリスに身を任せて、大人しく元いたベッドまで運ばれた。

縁に座らせ、自分も柚葉に向かい合って座ると、柚葉の乱れた髪をそっと手ぐしで一度だけ梳いた。


「・・・話せるか?」

「・・・はい」


柚葉は覚えている限りの夢の内容をアリスに話した。途中途中、思い出す度に話せなくなるほどの動悸に襲われるが、その度にアリスが宥め、なんとか忘れてしまう前に全て話すことができた。

その頃には、体力も気力も限界で、座っているのさえやっとだった。


「・・・大丈夫か」

「・・・すみません、ちょっと・・・休みます・・・。起こしちゃって、ごめんなさい」


意地を張ることも億劫だ。謝罪も、ちゃんとしたいのに雑なものになってしまう。起きたらちゃんと謝ろうと思いをいっぱいにして、夢など見ないようにしてから、アリスが映る視界を遮断していった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。