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生贄の救世主  作者: 咲乃いろは
第三章 夢の続き
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夢の続き

世界が深い闇に呑まれる時間。

アリスは微かな物音に気が付いて目を覚ます。目を開けても部屋に異変はなく、気のせいかともう一度目を閉じようとした時、頭側のベッドで眠る柚葉はの声がした。


「ん・・・ふぅ、」


もう薬は抜けていて、魘されるような熱もないはずだ。病気ではあるまいし、ぶり返すというのは考えにくいのだが、ひとまずは様子を見ようと掛けていた上着を剥いで、寝ぼけ眼でベッドの際に座った。


「ユズハ、」


呼んでみるが返事はない。眠っているのは確かなようだ。首筋に手を当ててみても熱があるようではないのに、表情ばかりが苦悶に歪められている。悪い夢でも見ているのだろうか。

そういえば、この間も変な夢を見ると言っていた。あの時の柚葉は、自分の経験ではないと言い切った割に、怖がっていた。

これは一度起こして、落ち着かせてから寝た方がいいかもしれない。柚葉の肩を揺らしながら、静かに声を掛けた。


「ユズハ、一旦起きろ」

「・・・んぅ、」


何度かやっても、柚葉はきつく瞼を閉ざしているままだ。顔を右に左に振りながら決して穏やかではない寝息をを繰り返すばかりだったが、そのうち魘されていた声が言葉になってきた。最初はぼそぼそと何を言っているか分からなかったものが徐々にはっきりしてくる。


黙って待っていると、柚葉は瞼を僅かに開けた。その瞳は光も意思も宿さない、虚空を見つめるもの。







「私、は・・・純、血・・・が・・・」






途切れ途切れに紡がれる言葉は、それでもはっきり聞こえる。


そして、柚葉の声で、確かに言ったのだ。







「憎い」







「―――え・・・」








それだけ言うと、柚葉は力を抜くようにすぅっと目を閉じて寝息を立てだした。今度は魘されることのない、深い眠りだった。










***









昨日までとは打って変わって、すっきりした気分で柚葉は目覚めた。微熱も下がりきって、身体も軽い。結局昨日は筋力が落ちてしまっていて、立ち上がることができなかったが、今日は難なく歩くことができた。お粥を三杯食べたのがよかったのだろうか。柚葉は自分の回復力に拍手を送ってやろうとして、珍しくアリスがまだソファで寝ていたのを見つけ、そっと近付いてみる。


「・・・アリス、さーん・・・」


息多めで耳元で囁くように名前を呼ぶが、目を開ける様子はない。いつもは少しでも物音を立てるとタッチセンサーのように反応するのに、今日は疲れているのだろうか。

考えてみれば至極当然のことかもしれない。

柚葉が寝込んでいる間、ずっとソファで寝ていたのだ。しかもアリスの身体のが入りきる程大きなソファではない。今も乗っているのはほぼ上半身だけで、片方の足は曲げて無理矢理そこへ収め、もう片方は床に下ろしている。毎夜こんな状態で寝ていたら疲れなど取れるわけもないのだ。

何だか起こすのも悪い気がしてきて、声を出すことをやめた。代わりに横にしゃがんでその顔を見つめていると、案外これだけで小一時間過ごせそうな気がしてくる。

手入れなどしている様子は全くないのに、キメの整った綺麗な肌。よく通った鼻筋や、異性にしておいては勿体ないほど長い睫毛。薄い唇は形もよく、思わず触れてみたい衝動に駆られる。


「―――何してんだ」

「っ!」


無意識か、いつの間にかアリスの顔に伸ばされていた柚葉の手は、そこに届く前にパシリと掴まれた。


「あ、・・・いや、えっと・・・よく眠れるように撫でてあげようかと」

「どこを撫でるつもりだったんだよ」


柚葉の手は確実にアリスの口元に向かっていたことがバレている。一体何がいつから目を覚ましていたのか。

大きなため息をつくと、アリスは身を起こした。少し寝癖のついた髪をかきあげ、若干ぼーっとした目で柚葉を見てくる。


「顔洗ってくる」

「い、行ってらっしゃいまし・・・あっ、アリスさん手!手!」

「あ?・・・・・・ああ・・・」


柚葉の手を掴んだままだったのは言われて気が付いたようだ。目の前に持ち上げて確認した後離された。言わなかったら洗面所まで連れていく気だったのだろうか。似合わない大きな欠伸を躊躇いなくかましている後ろ姿を見送りながら、柚葉は掴まれていた手首に残る体温を感じていた。















体力に不安はあったが、このままここで休んでいても鈍った身体は元には戻らないし、長居しすぎたこともあり、その日の昼過ぎには宿を出発した。グレンは既に前の日には泣きながら出ていったそうだが、泣いていた理由は教えてくれなかった。アリスに言わせると、クソが、ということらしい。何かあったのだろう。





「お前、昨日の夢覚えているか?」

「え?」





宿を出てしばらくすると、唐突にアリスが訊いてくる。向けてくる目は真剣で、ボケているかの確認をしているわけではなさそうだ。


「夢?・・・・んー・・・、なんとなく・・・」

「どんな夢だった?」

「えー?どんな?・・・なんか、面白い夢ではなかった気がしますが・・・どうしてですか?」

「・・・いや、」


アリスは何かを思案するように口元に手をやり、それ以降は黙ってしまう。柚葉の周りに”?”が浮かんでいたのに気付いたのか、アリスは宥めるように頭を撫でてくる。


「お前、変な夢見るって言ってたよな?」

「あ、まぁ、はい。夢かどうか分からないんですけど」

「・・・辛くなければ詳しく教えてくれるか」


アリスは一瞬ためらったが、続きを促してきた。


「んー・・・。最近は寝ている時というわけでもないみたいで、ぼーっとしていたら記憶が甦るみたいに頭に浮かんできます。冷たく、寒い。狭くて暗い場所に一人ぼっちで閉じ込められているみたいに寂しくて凍えそうで。助けを求めて叫んでいるのに、声が出なくて。・・・いえ、出ているんですけど、それは声にならなくて。なんか、どこか閉鎖空間にいるみたいな感覚は、いつも同じなんです」


柚葉はそれを、自分の感覚として感じているのに、自分自身のものではないと断言する。根拠はないが、普通に考えて、ごく普通の生活を送っていた柚葉がそんな状況を経験しているわけがない。


「俺が純血種だとは話したな?」

「あ、はい。なんかよくは分かりませんけど、血統書付きみたいな」

「ペットか。・・・・俺も含めて、お前は純血種をどう思う?」

「えーっ?どう思うって言われたって・・・なんかこう、輸血の時に大変そうな人?」


rhマイナス型みたいな。

あ、なんか嫌いな食べ物を見るような目で見られたから、珍妙なことを言ったのは間違いない。だが、それでも強張っていたアリスの表情に、いくらか余裕が出てきたのに少し安心した。




「どう思うも何も、私よく分かってませんので。魔力がどうとか、血がどうとか、それが大事な人には申し訳ないですけど、どうでもいいと思っています。・・・人は、不満や不安があっても、幸せに生きていられることができればそれでいいと思ってるんです」




それは無責任な考えかもしれない。

生きることが辛くなってしまった人に聞かせたら、絶望を突き付けるような言葉かもしれない。でもそれは、かつて幸せを味わったことがあるからこそ、生きているからこそ感じることができると思っている。




「そんな私の個人的な考えは、他人に分かってもらおうとは思いません。でも、どこかで何かと交わることができればいいとは思っています」



それを何も言わず、黙って聞いてくれるアリスとはどこかで交わることができるだろうか。




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