目が覚めてからすること
コンコン、と控えめなノックの後に、ラウズガードが部屋に入ってくる。中にはアリスとベッドで眠る柚葉がいる。ベッド脇で脚を組んで本を読むアリスの横に、ラウズガードも椅子を並べて座った。
「ユズハちゃん、まだ目覚まさないんですね」
「ええ。結構な量を使いましたから」
規則正しく寝息を立てる柚葉は、今日ばかりは布団の中でじっとしている。寝相を悪くする体力はないのかもしれない。
「・・・んぅ・・・」
瞬間、柚葉は眉間に皺を寄せると、顔を枕に埋めるように唸った。僅かに額に汗を滲ませ、シーツを握る手に力が入っている。
「夢見でも悪いんですかね?」
柚葉の様子に表情を曇らせたラウズガードが、心配そうにその顔を覗き込む。すると、その視界に、そっとアリスの手が入ってきた。
頬にかかった髪を掬ってそっと梳き、耳にかける。指の背で、汗を拭うように額を撫でた。それに反応したかのように、心做しか、柚葉の表情が柔らかくなった気がする。
だが、それよりも、アリスの壊れそうなものに触れるような手つきに、ラウズガードは思わず目を瞬かせていた。
「・・・お姉ちゃ・・・、」
消えるように呟かれた言葉は、それ以上の続きはなかった。すう、とまた気持ち良さそうな寝息に変わる。
「お姉ちゃんって・・・ユズハちゃん、お姉さんいるんですか?」
「・・・ええ。本当は、生贄はユズハの姉でした」
「え?」
トラブルで柚葉が生贄になってしまったことは、ほんの一部の人間しか知らない。ラウズガードのところにも、情報はきていなかったのだろう。戸惑った表情が見て取れる。
「だが、その姉は去年死んだそうです。それで、恐らく魔力の質が似ていたユズハが召喚された。・・・あくまで憶測ですが」
「そんな、ことが・・・」
ラウズガードも聞いたことない。喚び出した相手が既に他界していて、代わりに別の人物が召喚されるなんて。そして、柚葉はそれを受け入れたとでも言うのか。そんな、理不尽な、身勝手な理由を。
「・・・さっきからずっとこれです。たまに魘されては姉を呼ぶ。・・・仲は良かったと聞きました。それだけしか聞いてません」
「・・・・・・そうですか」
仲が良かったことしか聞いていない。彼女が姉を失って、何を感じているのか、どんな思いなのか、吐露することはないのか。アリスには、いやアリス以外でも周りには、まだ聞く勇気はないのかもしれない。
「起きたらお呼びください。お腹を空かせてるでしょうから」
「ありがとうございます」
それから、柚葉が目を覚ましたのは丸二日経ってからだった。柚葉自身、その事実を聞いて吃驚していたのだが、それよりも驚いたのは、人間、そんなに寝たままだと、暫く足腰が立たないということだ。身を起こすことは簡単に出来たが、ベッドから足を出して立ち上がると、すぐにへたって地面に膝を強かに打ち付けた。
「あいてっ」
「・・・何してんだお前」
「あ、アリスさん、おはようございます」
膝を擦りながら、上から振る声に顔を上げた。ちょうど部屋に入ってきたアリスが不審げな目で見下ろしている。
「急に立てるわけないだろ。だいたい、どこ行くつもりだ」
「あ、いや、お腹空いたなーと思って」
「予想通りだよ」
アリスは柚葉の腕を引っ張ってベッドに座らせると、サイドテーブルにカタリとトレイを置いた。そこには湯気を上げるスープとパンが並べられていた。
「ほわ!おいしそうっ」
「起き抜けなんだから加減して食えよ」
「はーい!」
ほくほくした顔でパンを頬張る柚葉は、特に異常はなさそうだ。何も食べていなかったから少し痩せた気はするが、顔色もよく、本当に疲れて寝ていただけのようだった。普通ならばあれだけの魔力を消費すれば二日では回復するものではないし、仮にしたとしてもしばらくは身体が動かせない程の体調不良に見舞われる。その様子がないということは、柚葉は異世界人で、魔力の所有量が莫大だという証拠だ。
「ところでアリスさん」
「何だ?」
「その、魔力の供給?とやらは上手くいったんですかね?」
もぐもぐしながら首を傾げる柚葉。アリスの忠告など聞いてはいない。
「ああ、お陰様でな。ひとまずこれでしばらくは大丈夫だろう」
「そう、ですか。・・・それはよかった!」
ふわりと柚葉が微笑むと、アリスは一瞬瞳を僅かに見開いた。表情はすぐに元に戻ったが、そのままアリスは柚葉に近づいてきた。そして、そっと柚葉に手を差し出すと、頬にかかる髪と一緒に顎に添えて少し上を向かせる。
「あ、アリスさん?」
「お前、体調は?」
「え?あ、平気ですが・・・」
「そう。ならいい」
そう返事はするのものの、アリスは手を離そうとはしない。柚葉ももぐもぐと口を動かすことをやめはしないのだが。何なんだろうと思いながらも、柚葉はされるがままになっていたが、ふと何かに気が付いたように、あっと声を上げた。
「アリスさんアリスさん」
「今度は何だ」
「私、後で住宅街に行ってみたいです!」
「はあ?」
パンくずを口端につけて、今度は何を言い出したのかとアリスの手がやっと離れた。
食べやすくなったのをいい事に、柚葉はスープを啜り、満足そうに食べ終えて手を合わせた。
「住宅街って、人がいるところにってことか?」
「はい。駄目ですか?」
「駄目っつーか、病み上がりがそんなとこに何の用だよ?」
「別に病んでませんし、一度見ておきたいと思いまして」
「何を」
「救えたものを」
この村の生命を、感じておきたい。
ここに、人が生きているということ。物が存在するということ。
意味は分からないけど、恐らく柚葉は自分の魔力がこの村に必要だったということは分かっている。そして、いつかはまた、この世界全体が同じようになる。
柚葉の魔力で繋ぎとしてでもこの村を救うことができたのであれば、この目で確かめておきたい。
自分がこれからやることは、こういうことだと。
覚悟を。




