魔法を教えて下さいな
「いかがですか?」
我が家の書庫に案内し、そんな言葉をレイシアに投げ掛けた。レイシアはぐるりと書庫を見渡し、「悪くない」と呟いた後、近くの本棚から数冊取り出し、奥の椅子に腰掛けた。
……おい。
本日二度目のツッコミを心の中で呟く。
まぁ、仕方ない。いちいちこんなことで腹を立てていたらこの先やっていけない。ここはこの態度が普通だと思うことにしよう。普通の反応なんて、紳士的な対応なんて期待するもんか!
悲しい決意を胸に、レイシアの読む本を横から邪魔にならない程度に覗く。が、何だかこ難しい言葉で書かれていて、見ていて頭が痛くなりそうだ。恐らくこれは論理学系の本だろう。こいつ本当に7歳児か、と疑いつつ、初めて入る書庫を見回す。
いかがですか、なんて言っておきながら書庫デビューである。こんなところがあったなんて、もっと早く来たかったと思いつつ、並ぶタイトルに視線を滑らせる。
魔術に関する本が特に並ぶところで、私は簡単そうなものを一つ取り出した。そして、レイシアから少し離れたところでそれを開く。ちなみに、隣に座ろうかとも思ったが、とても真剣に読んでいるレイシアの邪魔が出来なかったので、遠すぎず近すぎずの場所を選んだつもりだ。
魔術の理論が色々と難しくかかれていたが、結局はイメージが大事だということがわかった。ちなみに魔術とは魔力を扱う動作や物全てを総称する言葉である。魔法とは実際に私達が魔力を操作し、技を編み出すことである。
前世でも魔法とはイメージであるとはよく言ったものだが、それはこの世界でも当てはまるらしい。
私は前世の知識があるから、固定概念のような柔軟な思考がこの世界の人よりも苦労しそうだが、その代わりこの世界の人達が知らない理論を知っている。
どうにかそれを石に込められれば。いや、魔法自体が扱えれば私の生存確率はそれだけ上がるのだ。
ならば、と私はレイシアを見る。かなり集中しているようだが、この機会を逃すのは惜しい。嫌な顔されること間違いなしだが、早く魔法を使えるようになりたい。石に魔力を込めて使うのはこれからコツコツとやっていこう。まずは、魔法だ。
「あの、レイシア様」
「…………」
でーまーしーたー。はい、シカトですね。
集中してるだけかもしれないが、本に滑らせる視線が上を向く気配はない。
目が虚ろになりかけるものの、ふるふると頭を振って、もう一度声を掛ける。
「レイシア様!」
「……なんだ?」
ようやく顔をあげたレイシアの冷ややかな目に射抜かれ、私の背に冷や汗が伝う。何この人、めっちゃ怖い。これが子どもってこの世界どうなってんの?小学一年生って友達百人作りたいです!とか言うお年頃じゃないの?
そんな現実逃避が一瞬頭を過ぎる。っていうか、言葉遣い違くね?
「レイシア様は魔法を使うことが出来ますか?」
「お前にそれを言って何になる」
いちいち可愛くないなあ!!!
「魔法を教えて欲しいのです」
「馬鹿なのか?」
あぁん?
おっと、いかんいかん。前世の口の悪さが思わず出そうになってしまった。大体馬鹿とはどういうことか。魔法を教えてくれと頼んだだけで馬鹿と言われる筋合いはないはずだ。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だが?」
くそう!なんてムカつく奴なんだ!
既にこちらを見ずに、字に視線を走らせているレイシアの後頭部を睨みつける。
「それは教えて下さらないということですか?」
「そういうことだ」
「ではどうすれば教えて下さいますか?」
やっと顔を上げたと思ったら、とても呆れた表情をしていた。
なんでよ。
「何故俺に聞く?」
「レイシア様は魔術に詳しいのだろうと思ったからです。お父様にはまだ頼んだことがありません」
「頼めばいいだろう」
「今、目の前に貴方がいるので頼んだんです」
「他を当たれ」
むう。
どうしてそんなに嫌がるかな。
ちょっとくらいいいじゃない。
不貞腐れた顔で見つめても、彼は視線を本に落としたままだ。
まあ、確かにお父様に頼めばそれなりの魔術師を付けてくれるかもしれないのだけど。
でも何故かレイシアに教えて欲しいと思っちゃったんだよね。子ども同士だけど、お互い子どもっぽくないからかもしれない。今の会話は明らかに私が子どもっぽいのだけど。
「どうしたら教えて下さいますか?」
とりあえずすぐに引き下がる程、弱い意思ではない。私の生死が関わってるんだから。
真剣に聞いたのだが、彼は教えるつもりはないという意思表示なのか私の言葉に反応を示さない。またしてもシカトだ。
ならば教えたくなる利益を提供すればいい。彼は本当に子どもらしくない。そして論理学や歴史に興味を持ち、それを面白いと思う賢さ、魔術への興味。そこからわかる私が今出せる価値ある物は一つしかない。
けれど、それを言えば面倒なことになる可能性も否定出来ない。だから、私は探るのだ。
「レイシア様、シュテハイゼンのお菓子はお好きですか?」
「……」
「では、タリキューサの仕立てなんてどうです?」
「……」
「本がお好きでしたね、お好きな本を差し上げますわ。それでどうでしょう?」
依然と無視が続いていたが、本に少しだけ反応し、こちらへ振り向く。
だが、呆れた様子で私を冷たく見て呟く。
「所詮、貴族のガキの考えることはその程度か」
まるで自分は大人かのような物言いに、私は苛立ちよりも安堵と確信を得た。
「では、宝石はいかがでしょう?」
「時間の無駄だ。邪魔をするな」
「本当に時間の無駄でしょうか?レイシア様も興味があるはずですよ」
私はにっこりと余裕の笑みを浮かべる。
彼は訝しむように此方を見て、次に嘲笑した。
「俺を宝石で釣れるとでも?」
「ええ、釣れますわ。それだけの自信がある、普通じゃない宝石ですもの」
自信たっぷりに言ったものの、私は途端に冷や汗が背を伝う。レイシアへの対価を、私が魔力を込めた魔石にしようと考えた。魔石を作ることは普通は出来ることではない。魔力が籠る土地で自然と作られるものが常識だ。そのため、リラネイアの魔石には価値があると考えている。ゲームの中でもそのリラネイアの希少さに監禁男に目を付けられたのだ。
そう、目を付けられた。もし、ここでレイシアに自分の価値を晒け出して、レイシア自身が私を利用したり、他に情報が漏れて監禁ルートに辿るようなことになれば。
それは、まずい。
「ほう?で、その宝石とは?」
先程まで素っ気なかった癖に、私が怖気出した途端食いついてくる。
なんて間の悪い……いや、そう仕向けたのは私だ。
「取ってきますわ。お待ち下さい」
何故かレイシアの視線が怖くて、逃げ出すように書庫を出る。バッドエンドが頭の中を過ぎったせいだろうか。私はそのまま部屋へと戻った。
部屋へ戻った私は手頃な宝石に魔力を込める。
胸の前で宝石を包むように手を組み、祈るように魔力を宝石へと移す。
魔法を扱う7歳児はそれ程珍しくはない。
とはいえ、基本中の基本しか教えられはしないし、実際に魔法をすぐ扱えるものも多くはない。
私もまだ魔法の扱いについて教えられてはいないのだけど、魔力の感覚はわかる。前世ではなかった感覚なので、すぐにそれが魔力だとわかった。
実際に魔力を扱うのは今この時が初めてだ。
ゲームのリラネイアが魔力を宝石に込めるシーンはなかったが、なんとなくこうすればいいんじゃないか、という方法を実践してみた。もし失敗しても、一つだけ、お父様に頂いた魔石がある。それを渡せばいいと考えていた。
で、結果だが。
「これが、私の……」
魔石。
ただの宝石だったモノは少しだけ風の魔力が込められた魔石となっていた。強く込めたわけでもないので、このくらいでちょうどいい。淡く魔力を放つ魔石は、魔力の気配に敏感な人でないとわからないものだ。
それは私が作ったものだからかわからないが、私には手の中にある宝石が魔石であるということがはっきりとわかる。
喜びが込み上げるが、出来て当たり前という感覚もあって、なんとも感動するには足りない思いを胸に抱く。
レイシアのところに戻らなければ、と思うが漠然とした不安が残る。後先考えなくてもいいのであれば、この能力のことを話してしまいたい。確実に彼は食いついてくると思う。だが、監禁ルートへ入ってしまうのではないかという不安が付き纏う。
だが、まずはレイシアのことを知るべきではないだろうか。
ふと、そんなことを思う。
ゲームの中の彼について攻略対象であるにも関わらずあまり詳細は描かれていなかった。ミステリアスな部分が魅力と言われればそれまでだが、実際に会うと謎が深まった。というかなんだあの子ども。すげえ気になる、くらいに興味を持ってしまった。
前世では大人の年齢だったが、私より大人っぽい感じがしたよ、末恐ろしいね。
と、思考の海に潜ってしまっていたことに気付き、慌ててレイシアのところへ戻った。




