可愛くない婚約者
窓から柔らかな陽射しが入るその部屋は、たくさんの本で埋め尽くされていた。
大きな本棚が一つ、二つ、三つ。天井まで届く本棚はジャンルごとに様々な本で敷き詰められていた。そんな書庫のような部屋で私は本を読み耽る。本は好きだ。色んなことを教えてくれる。今までは簡単な物しか読めなかったが、前世の記憶が戻ってからはとりあえず色んなジャンルの物を読もうと思っている。
暇になったのでとりあえず本を読もうかとここへ来たのだが。
「はあ。集中出来ない」
私は本から顔を上げ、溜め息を吐く。
考えるのは乙女ゲーであるこの世界のことだ。
このゲーム、タイトル名は忘れてしまったけれど、前世ではかなりの人気を誇った乙女ゲーである。毎日の社畜生活を送れていたのもこの乙女ゲーのおかげと言ってもいいかもしれない。彼らの愛に癒しを求めて何が悪い。まあ、それはさておき。
「どうしようかしら」
呟く。
自分の破滅ルートを考えればこれからの身の振り方には気を付けなければならない。
リラネイアの破滅ルートはいくつかある。変わり者で有名な魔術師に監禁、他家の何人もの女を囲っている女好きの四十代の男に嫁ぐ、この国からの追放、暗殺者に殺される。
どれも最悪だ。
監禁は隠れキャラが出てくると一緒に現れる人物だから、隠れキャラが出てこなければ問題ない。おじさんに嫁ぐ又は国からの追放はかなり辿り着きやすいエンドだ。暗殺者に殺されてしまうのはルーファスの好感度が最低な場合に起きるエンドだ。暗殺者とはルーファスの配下である。
つまり、隠れキャラに会わずに、ルーファスのご機嫌取りをしつつ、問題を起こさないようにすればいいのだ。
そもそも嫁ぎ先が酷いのも追放もリラネイアの行動に持て余した両親の決定である。いい子にしていればそんなことにはならないはずだ。もしそうなっても一人で生きていく術を身につけてしまえばいい。
私は死にたくない。
折角のファンタジー世界だし、前世では癒しとなっていた乙女ゲーの世界だ。楽しまないと損である。転生したのがリラネイアというのは何とも苦難を強いられているが、乙女ゲーの知識がある私には幸せな未来を掴みとることも出来るはずだ。
ググッと拳を握りながら意気込むものの、途端脱力してため息を零す。
とはいえ、そう簡単に事が進むとは思えない。
一つ一つ、考えて正しい答えを掴んでいかなくては。
ではなければ悲惨な末路を辿ることになる。
ぶるり、と身震いする体を抱きしめるように腕で抑えながら、今後のことを少しずつ考えた。
*
今日は婚約者を家に招く日だ。
レイシア・ティクール。女の子みたいな名前をしている彼は髪の毛を伸ばせば女の子と言われても頷けるだけの中性的な顔立ちをしている。それに加え、美形である。
美しいという表現がぴったりな彼は確かに綺麗だとは思うけど、前世での私の好みのタイプではなかった。もちろん、芸能人を見るような感覚でカッコいいとは思うが、どストライク!なキャラはいなかったのが、この乙女ゲーでちょっぴり残念だったところである。
顔はルーファスが好みだったがいかんせん性格に難がある。そういう面ではレイシアは少しミステリアスな感じがして、気にはなっていたキャラクターだった。
こう、もっと知りたいみたいなのはあった。ルーファスはどちらかというと見てる分には目の保養的なキャラだ。
他にも騎士団長の攻略キャラも渋くて中々だし、神官も年上の落ち着きと気遣いが完璧で素敵だし、ティオも愛くるしさがあっていいし。
そこまで考えて、隠れキャラの存在を思い出し、顔を暗くした。
隠れキャラの少年は犬のように元気で何をしても憎めないタイプの男の子だ。彼もティオとは違う愛くるしさを持っていると思う。それはいい。問題は彼が登場すると一緒に出てくるリラネイアを監禁するルートに登場する人物が問題なのだ。
リラネイアは魔力が高い。ただ、それを上手く扱うことが出来ず、魔力を持て余し、自分のアクセサリーの宝石にその魔力を込めていた。魔力を宝石に込めたとしても大した力にはならない。せいぜい火属性は温もりや火を付ける時の発火剤がわりだし、光属性は暗闇を照らすランプ、風属性ならばそよぐ風を生み出す程度だ。水属性を使う様子や、雷属性を使っている様子はゲームにはなかった。
そんな中、ヒロインをイジメ攻略者達の不興を買ったリラネイアを欲しがったのが監禁男だ。監禁男は魔術の研究をしている男で実験材料としてリラネイアを欲しがった。ただ、リラネイアの美貌にも心を奪われ、リラネイアを永遠に自分の手元に置いておきたい人形として見ている節があった。
嫌がるリラネイアを喜々として実験室に連込む様は流石に可哀想だといたたまれない気持ちで画面を見ていたものだが、実際に未来に起きる自分の姿だと思えば途端体が震える。
そんなことにならない為にも魔術は修得したいし、もっと魔力を込めた石を効率良く使えるようにしておきたい。
かちゃり。
耳に入る扉の音に顔を上げればレイシアが部屋に入ってきているところだった。
いや、ノックぐらいしようよ。
7歳でもそれくらい当たり前だろう。少しだけそんな不満も思ったがレイシアの顔を見ればそれも失せた。
本当に綺麗な顔立ちをしている。リラネイア自身も前世では性格は別として顔はとても綺麗であった。可愛らしいヒロインとは違って人形のような精密に作られた美しさがあった。精霊が好む翠色の髪、空をそのまま映したような水色の瞳。白磁のような肌にほのかに桃色をのせたような頬と唇。
ある程度の年齢になれば美しいと言われる画面で見ていたリラネイアに私がなるのだろうが、今のリラネイアは愛らしい。鏡を見て感嘆をつきそうになったが、見慣れていくうちにそこまで自分に陶酔することはなくなった。隣の芝は青く見えるとは言うが、他人が良く見えてしまう。
もちろん自分も悪くないことは前世で乙女ゲーをやってた時も今世でもよくわかっている。悪くないどころかかなり美人だ。それでも自分の顔がこの顔だと思うとそれ程のものではないと感じるのである。
まあ、他の人の方がよく見えてしまうのは仕方ないと思う。
「レイシア様、お久しぶりです」
特にフォーマルな場面でもないので、お互いまだ子どもだし簡単なものでいいだろうと、礼はせず挨拶をする。
レイシアはじっと此方を見た後で、ふいっと視線を部屋に巡らした。
……おい。
そんな言葉を心の中で呟きながらひくりと頬を引き攣らせた。
人が挨拶してるというのにシカトか。流石ぼんぼんは違いますなあ。自分が偉いとでも思ってんのか。貴族ならもっと紳士的な対応をしろ。
ただまあ、彼はまだ子どもだ。ルーファス同様、自分が落ち着いて寛容な態度で接しなければと、冷静になろうと一つ息を吐く。なんだかそのうちストレスで禿げそうだな、なんて思ったため息でもある。
レイシアは本棚の前に立つと上から下まで見て、眉を僅かに寄せた。
その様子を見て、私は問い掛けた。
「本が好きなのですか?」
「ええ」
「どのようなものを読まれるんです?」
返事が返ってくるのが当たり前なのに、短い返答でも嬉しく思えてしまったのは何故だろう。
「……魔術に関する書物。論理学の書物。歴史書ですが」
貴方とは縁のないものでしょうね。
そんな言葉が続きそうな人を蔑むような冷たい視線に、不快に思うより、あまりにも子どもに似つかわない要望に私は唖然としてレイシアを見つめた。
そんな私の表情をす、と細めた瞳で見たあとすぐに本棚に視線を移した。恐らく、先程のレイシアの言葉が理解できないと思われたのだろう。
というより、なんてレベルの高い頭をしているんだとか、なんてクソ生意気な、とかそんな思いと同時に感心した。
歴史書や論理学は大人が読むこ難しいものという認識が前世の時から身についている。大人になったとしても自分が読むかわからない難しそうなものをこの少年は読むのか。いや、少年と呼ぶにはまだ幼いかもしれない。
そんな難解な書物に興味を示す時点で頭の構造が違うのだろうという感心と、そしてもう一つ。
魔術に関する書物は是非とも自分も拝見したい。
上手く行けば、頭のよろしい彼に解説などをしてもらえるかもしれない。
「お父様に書庫へ案内してもいいか聞いてみます」
テーブルの呼び鈴でメイドのアイラを呼ぶ。
彼女に父のところへ行くと伝えると、他のメイドが私の部屋でレイシア様と待つことになり、アイラが私と一緒にお父様のところへ行くことになる。
「レイシア様、すぐに戻りますので少々お待ち下さい」
訝しむような表情をしたレイシアを尻目に私はお父様の書斎へと向かった。
本当に子どもらしくない人だと思いながら。




