登場人物達との顔合わせ
「リラ様!お目覚めになられたのですね!」
ハッと意識を声のする方に向ける。
扉に手をかけた状態で此方を見ているメイド服の少女がいた。彼女はアイラ。私の侍女である。年は私より十歳上の十七歳だ。
「リラ!?どこか痛いところはない?大丈夫?」
その後ろから綺麗なお姉さんが私のところへやってきて、私の手を取る。
「大丈夫よ、お母様」
安心させるように微笑めば、目の前の美人さんもホッとしたように顔を綻ばせる。
彼女は私の母親だ。淡い翠の髪と空色の瞳はこの母譲りのものだ。
「昨日の交流会で突然倒れたと聞いて、私本当に心配したのよ」
「ごめんなさい……え?昨日?」
「そうよ。貴方、あれからずっと眠り続けてもう一日経っているのよ。本当に大丈夫なのね?」
心配そうに顔を覗き込む母に再び大丈夫だと言うと、ならば朝食の時間だから支度が出来たらいらっしゃい、と私の部屋を後にした。
交流会はお昼過ぎから行われる筈だったので、私は丸一日近く寝ていたということなのか。
ちなみに現在の時刻は七時過ぎである。
アイラに差し出された濡れタオルで顔を拭き、用意されていたドレスに着替え、私は姿見の前でドレスのチェックをしながら、自分の容姿を眺めた。
さらさらのペパーミントのような色合いの髪の毛は腰まで伸び、毛先でくるんと自然に巻かれているのは元々の癖である。陶器のような白い肌は触るともちもちとしていて子ども特有の柔らかさがある。また、ぱっちりとした空色の瞳が見える。ふっくらとした唇は桃色に色付いており、とても愛らしい美少女の姿に喜びと、そして絶望を浮かべるという何とも高度な表情になる。
うん。知ってる。このキャラの容姿は私のどストライクだったからめちゃくちゃ嬉しいには嬉しいんだけどね。
素直に喜べる筈がないよね。
だって。だってこのキャラクターは。
「リラ様?ご準備は出来たようですが、まだ体調が優れないのですか?」
「ううん、大丈夫よ。行きましょう」
私、リラネイア・ハティシュタインは前世で人気の乙女ゲーのライバルキャラであり、破滅ルートを辿る人物なのだから。
*
なんだなんだこの状況は!
だらだらと冷や汗が流れそうになるこの空気に私は目の前にある植物図鑑をガン見する。
決して周りのことは気にしてません風を装って、その実もうこの部屋の空気に耐えられない、帰りたい、と切実に願っている。
そんな現在の状況とは。
男の子がいびり散らし、女の子がグズグズと泣き、そんな女の子を庇っていびる男の子に対抗する男の子。
その近くで私と同じように涼しい顔で本を読む男の子、という図が出来上がっているのである。
本日は二度目の交流会の日である。
一度目は私が彼らを見た瞬間、気絶してしまったので私抜きで行われたそうだが、今回初めての参加でこの皆さんの関係図を私はどう認識するべきなのだろうと、そういう心境です。
「ルーファス・ヨルダシアと申します」
「レイシア・ティクール」
「ティオ・マチーニアと」
「ティナ・マチーニアです」
「リラネイア・ハティシュタインです。よろしくお願いします」
保護者同伴で挨拶を済ませ、彼らがあとは子ども達で、と私たちを一室に残し出て行った後。
黒髪紅目の男の子が一言言い放つ。
そしてそれに対して天使のような可愛い男の子が言葉を返した。
「ったくめんどくせぇ。なんで俺がまたこんなガキ共の相手しなきゃなんねぇんだ」
「君も十分ガキだけどねー」
「ああ"?なんつった?」
「君が一番ガキくさいって言ったの聞こえなかったあ?」
「テンメェ!!」
「ティオ、やめなよぉ」
「うるせぇチビ!テメェは引っ込んでろ!」
「ふぇ!?」
「ちょっとティナに八つ当たりはやめてよね」
「ああん?」
一触即発とはこのことか。
大人が消えた瞬間のこの変わりようは一体何なのか。
一瞬ぽかんとその光景を眺めてしまったが、一人我関せずの態度をとる男の子が目に入り、私も慌ててその子を見習い、植物図鑑を手に少し離れたところに腰を下ろした。
その後も可愛らしい七歳児とは思えない彼らの応酬は続く。
ちらり、と彼らを見やる。
彼らは前世で私がハマった乙女ゲーの攻略対象とライバルキャラである。
よくもまあ都合良く集められたものだ。男の子は攻略対象、女の子はライバルキャラというようにこの場でゲームに関わらない人物は一人としていない。
ルーファス・ヨルダシア。
彼は公爵家の嫡男であり、このメンバーの中で一番格が上の男の子。漆黒の髪に紅い瞳。今はまだ可愛らしい顔立ちをしているが、大きくなればその俺様な風格は人を魅了し、寄せ付けない、魔王のような男となる。本当に魔王になるわけではないが、いずれ国王陛下となる男でもある。
ゲームではエンディングにルーファスとヒロインが国王と王妃という形で国民に手を振るシーンがある。王族は第一継承権のある王子がいるが、彼はいずれ病死することになっているし、王弟殿下は継承権を放棄して国外へ旅にでてしまい生死不明の状態だそうだ。その為、既に亡くなってしまった王妹の息子である彼が国王陛下となることを私は知っている。ちなみに威張り散らしている男の子がそれだ。
乙女ゲーの設定では、私は婚約者がいるにも関わらずコイツに一目惚れ。これに付き纏うようになってしまうのだ。
でもまぁ、無理だな。今のこの状況で一目惚れとかあり得ない。なんだこのチンピラは。まずこっちにとばっちりが来ないように必死だ。確かに容姿は整ってるし、ゲームしてた時はコイツ性格最悪だけど、容姿なら断トツ一位だった。悔しいけど命令する姿も惚れ惚れした。うん、ほんとムカつくことにね。それもゲームのキャラクターだから許せたけど、現実に認められるはずがないんだけどね。
そしてその俺様小僧に対抗してる勇者はというと。
ティオ・マチーニア。
大商人の息子であり双子の兄の方だ。蜂蜜色のふわふわの髪に碧の瞳をしている大変可愛らしい顔立ちだ。天使。うん、天使って言葉がぴったりだ。ゲームの中ではその愛らしい顔と人懐こい愛嬌のある性格で女の子たちをメロメロにしていたけれど、実際性格は最悪。腹黒。計算高い小悪魔みたいな奴だ。
でも頭が良いからこそこんな風にルーファスの相手をしているのが疑問だ。もっと上手くやりそうなものなのに真正面から食ってかかるなんて。もしかしたら妹の為なのかな?
そしてその妹というのが、ティナ・マチーニア。
ティオの後ろでべそべそ泣いている女の子だ。彼らの姿で違うのは髪の長さと服装だ。あとは流石双子なだけあってそっくりだ。短いふわふわの髪のティオに比べ、ティナは肩の辺りまで伸びている。泣いているので庇護欲も駆り立てられ一層愛らしい天使姿だ。
ゲームでは兄同様小悪魔になっていた筈だけど、幼いだけあって本物の天使のような性格なのかもしれない、とべそをかいているティナを見て思う。ちなみに彼女はティオルートに入った時のライバルキャラである。
そしてそんな喧嘩などアウトオブ眼中で本を静かに読んでいる男の子。
レイシア・ティクール。
伯爵家の嫡男。つまり私の婚約者様。銀髪紫目。無表情がデフォの彼は冷静沈着な人物。何故かルーファスと一緒にいることが多いキャラクターである。相性が良いとはとても思えないのだけど。
ゲームの中ではルーファスにぞっこんラブなリラネイアの婚約者なのに二人が話すシーンなんてなかったっけ。普通目の前で婚約者が堂々と他の男をちやほやしてたらいい気はしないでしょうけど、まあ所詮親同士が決めた婚約だし、どうだって良かったのかな?
「おい、お前!」
ギクリ、と顔を強張らせる。
とうとうとばっちりが来てしまったか。静観を諦めながら、声のした方へと顔を向ければ俺様小僧が此方を睨みつけていた。
よくもまぁ七歳児があんな怖い顔が出来るものです。
「何ですか?」
「お前もコイツらに何か言え!」
「何故ですか?」
この小僧は何を言っているのかと呆れつつ問えば、彼は私の腕をグイッと引っ張り、双子の前に突き出した。
「煩い。黙って俺の言うことを聞け」
ドンッと私の背中を押す。
目の前には此方を睨みつけるティオとぐすんと泣いているティナがいる。
おいおい天使くん。私を睨みつけないでくれ。此方も被害者だ。
盛大に吐きたい溜め息を飲み込む。
私は彼らと関わりたくないのに、と思うと同時になんで私がこんな目に合わなきゃいけないんだと憤りを感じる。
そもそもルーファスみたいな自己中男は大嫌いだ。世界はお前の為に廻っているじゃないと言ってやりたい。もちろんルーファスを敵に回すのは今後厄介なことになるだろう。だけどこんな小さなうちから誰も注意はしないのか、という憐憫と目の前の泣いている天使ちゃんを見たら迫り上がってくる感情をそのまま吐いてしまった。
「女の子を泣かせるなんて最っ低」
さっきまで静観を決め込んでおいて今更何を言うかと自分でも呆れるが、めそめそと泣く女の子を目の当たりにして思わず感情が膨れ上がったようだ。
くるりと振り返って目の前の俺様小僧を睨みつけた。
まさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、目を瞠ったルーファスからふんっと顔を逸らすと私は再び植物図鑑を読むために最初の場所に腰を下ろす。
シン、と一瞬の沈黙の後、ルーファスが声を荒げた。
「テメェッ…!」
ずかずかと私の方に歩いてきたルーファスは私が読んでいた植物図鑑を蹴り飛ばした。
「ふざけんじゃねぇ!」
「ふざけてるのは貴方でしょ?物は大事に扱いなさいよ。蹴るだなんて本当に最低」
「ぶん殴るぞ!」
「どうぞ?お好きなように。殴られたら貴方に殴られたって皆の前で泣き喚くだけですから」
胸倉を掴まれ、今にも殴りかかってきそうなルーファスに内心ビクビクしていたが、毅然とした態度で言葉を返す。ビビるのも当たり前だ。
前世でも男の子に胸倉を掴まれるなんてこと経験したことがないのに、七歳とはいえ怒り心頭で感情をぶつけられているのだ。とはいえ、そこは精神年齢二十四歳+七歳の私がこんなガキンチョに怯えてどうする!という意地でもある。
私の言葉に反応するようにグッと胸倉を更に引かれるが、膝立ちになりかけてた私は急にドンッと押されたことにより尻餅をつく。
「生意気なチビだな」
忌々しそうに吐き捨て、彼は大きなソファーにボスッと腰掛けた。
よかった、と安堵するとともに生意気なのはどちらだ、と憤りも感じる。ルーファスのことなんてどうでもいいという態度で蹴り飛ばされた植物図鑑を汚れを落とすように軽く叩き、再び植物図鑑を開いて視線を落とした。
実際はまだバクバクと心臓が鳴っている。
ふと落ちている影に気付き、顔をあげると泣いていた女の子、ティナがこちらを見下ろしていた。
隣にすとん、と腰を下ろすと彼女はにっこりと笑った。
「私ね、ティナ!貴方のお名前は?」
「え?えっと、リラネイアよ」
「リラネイアちゃんね」
さっきの自己紹介全然聞いてなかったなこの子、とか何でこの子はこんなにもにこにこと話しかけてきているのだろう、変わり身早いな、という感想を抱きながら、彼女を見つめる。
「……リラでいいわ」
「わかった!」
にこにこがパッとした笑顔になる。
天使。ここに天使がおる。
「僕もリラって呼んでいい?」
少し困惑気味の顔をしているティオがティナの横に腰を下ろす。恐らく妹の行動についていけなかったのではないかと推測される。
「いいわ」
「ありがとう。僕はティオ。よろしく」
「よろしく」
天使と見紛う双子を見ながらちらりとルーファスの様子を見る。こちらを憎々しげに見ている奴と目が合い、慌てて二人に視線を向けた。
この状態、どないすんねん。
引き攣りそうになる頬をどうにか耐え、これからのことを考えるとずっしりとした疲労感を感じた。