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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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愛の鎖『アリス』

 土曜、午前中で学校は終わった。

 それでも紫苑にとっての今日という日の本番はこれからだ。

 天魔、アイリーン、地獄の二連撃だけでは決して終わらない。

 今日のデート相手は邪悪なロリッ子アリス・ミラー。


「どうしたのお兄さん?」

「いや、遊園地なんて初めて来たなって……」


 デート場所は遊園地、今日は土曜日で普通ならばそれなりに客も居たはずだろう。

 しかし今園内に居るのは紫苑とアリスの二人だけ。


「そうなの? なら私と同じね。私も初めて遊園地に来たわ」

「(そりゃお前は親に愛されてなかったからな)」

『あれ? じゃあお前は?』

「(俺の場合は単に間が悪かっただけだよ)しかしアリス、貸し切ったのかここ?」


 メジャーな遊園地ではないがそれでも遊園地一つを貸し切りにしようと思ったら一体どれだけの金が必要なのか。

 アリスの能力ならば金なんて幾らでも稼げるだろうが……。


「ええ、ちょっと色々して……ね」


 アリスはここを金で貸し切ったわけではない。

 もっと単純にこの遊園地の経営者を洗脳で操って貸し切りにしたのだ。


「ふふ♪」


 妖しい笑顔の中には少女らしさと魔性が同居しており何とも不可思議な感覚を覚える。

 何処か足下があやふやになったような、夢の中に居るような……。


「あ、勿論ちゃんと埋め合わせもしてるわよ? 迷惑だけをかけたわけじゃないわよ」


 貸し切りにさせる代わりに何らかのリターンを与えたことをアリスは匂わせた。


「……しかし、こういうことは良くないぞ?」

「むぅ……分かってるわ。でも、御願い。今日だけは赦して?」


 不安げな上目遣いがあざと過ぎて紫苑の怒りゲージが急上昇。


「はぁ……もう貸し切ってしまったなら仕方ない。だが、反省はするんだぞ?」

「はーい!」

「ならもう俺はこれ以上何も言わない。さ、どのアトラクションから……ん? ちょっと待てよ」


 園内に居るのは春風紫苑とアリス・ミラーだけ。

 その事実は確かで――――ならばアトラクションの制御などは一体誰がやっているのだ?


「ジェットコースターとか……どうやって動いているんだ?」

「ん? ああ、そういうことね。その辺は抜かりないわ。

今日のために作った人形にアトラクションの制御やら売店の店員なんかをさせてあるわ」


 ほら、と売店を指差すアリス。

 そこでは兎の人形が凄まじい勢いでたこ焼きを焼いていた。


「(コイツ馬鹿じゃねえの? どう考えても力の無駄遣いだろこの低能)」

「人間と違って疲れることもないから完璧よ」

「そ、そうか……じゃあ何から乗る?」

「えーっとねー……うん! メリーゴーランドが良いわ。行きましょ」


 アリスに手を引かれてメリーゴーランドの搭乗口に向かうと今度は狐の人形が待ち受けていた。

 何ともシュールな光景に小首を傾げつつ紫苑は白馬に跨る。


「あ、私は紫苑お兄さんと一緒に乗るから良いわよ」


 アリスを後ろの白馬に乗せようとした狐だが、そう言われて動きを止める。

 ならば好きにしろと言わんばかりに狐は去って行く。

 アリスはそれを見送ることもなく白馬に跨る紫苑の前に小さな身体を入り込ませる。


「よーし、じゃあ出発!」


 その号令と同時にゆっくりメリーゴーランドが動き出し景色が流れていく。

 紫苑はほんの少しだけ人が居ないことを感謝した。


「(俺ぐらいの歳の男がメリーゴーランド乗ってたら気持ち悪いもんな。

少なくとも俺ならば腹の中で大爆笑するね。バッカでーwwwって感じで)」


 そんなひねた人間はそうそう居ないので杞憂である。

 誰もが皆紫苑のように捻じ曲がった性根をしているわけではないのだ。


「アハハ! 今まではよくテレビとかで見てこれの何が楽しいのか分からなかったけど、

今ならほんの少しだけ分かるわ。上手く言葉に出来ないけど、何か楽しい!」


 紫苑お兄さんと一緒だから楽しさも倍以上だとアリスは笑う。

 無邪気なその笑顔を見ていると、その裡に笑えないレベルの加虐性が潜んでいるなんてとても思えない。


「そうだな……俺も新鮮で少し感動しているよ」


 嘘だ。メリーゴーランドなんてまるで楽しんでいない。

 同じところをグルグル回って何が楽しいの? 馬鹿なの? とか思ってる。


「ハジメテ同士、今日はめいっぱい楽しみましょ」

「(テメェが居る限り楽しむことは無理だろうな)ああ、遊び倒してやろう」

『心にもないことを言わせたら世界で一番だよな』


 その後もアリスが満足するまでグルグルと回り続けた。

 だがこれでデートは終わり――なんてことには当然ならない。

 次に彼女が選んだのはミラーハウスだった。


「ねえ紫苑お兄さん、鬼ゴッコしましょ?」


 入り口前で踵を返したアリスがそんな提案をする。

 彼女の脳裏では恋人同士のキャッキャウフフが描かれているのかもしれない。


「……ミラーハウスの中でか?」

「もう……真面目ね。確かに普段なら御客さんの迷惑になるけど、今日はアリスと紫苑お兄さんだけよ?」


 だからねえ、良いでしょ? 唇を尖らせるアリス。

 紫苑は考え込むようなフリをした後、彼女の想いに根負けした風を装い提案を承諾する。


「分かった。俺が鬼かな?」

「ええ、じゃあスタートよ!」


 小走りで鏡の世界に飛び込んで行ったアリス。

 彼女が本気で逃げれば紫苑ではまず間違いなく捕らえられない。

 しかしそこら辺はアリスもちゃーんと分かっている。

 あくまで追いつける程度の速度のまま逃げた。

 紫苑は誰も見ていないのに慈愛溢れる笑顔の演技をして小さな背を追ってミラーハウスへ踏み込む。


「こっち?」

「あっち?」

「そっち?」

「どっち?」


 鏡に映る無数のアリスが語り掛けて来る。

 鏡の世界は何もかもが不確かで本物が何処に居るのかを見つけるのは難しい。

 直接鏡に触れて手探りでルートを探すしかないだろう――普通ならば。

 生憎と春風紫苑は普通じゃない。

 騙す、惑わす、そんな誇れない力に欠けて右に出る者は誰も居ない。

 そんな彼にとってこの程度の幻惑を看破するのは児戯にも等しい。


「(こんなクソくだらねえ遊びに長々と付き合う気はない。馬鹿らしいからな)」


 淀みない足取りで駆ける紫苑。

 アリスは自分が完全に補足されていることを悟りその場から駆け出す。

 そうしてあちこち逃げ回るものの、


「――――捕まえた」


 僅か五分足らずで捕まえられてしまう。

 速度を出せば簡単に逃げ切れたのだが、それはアリスの望むところではない。


「むぅ……捕まっちゃった」


 不満げに唇を尖らせるアリス、もっと遊びたいと思っていた彼女の不満は紫苑も理解している。

 理解しているのならば当然フォローだって用意してある。それが春風紫苑という人間なのだ。


「残念だったな。悪いけど、俺は何処に居てもお前を見つけてみせるよ」

「……私、逃げるの下手?」

「さぁな。上手い下手は俺にも分からない。ただ、どんな時でもお前を見失わないと決めているんだ」


 紫苑の言葉に意表を突かれて目を丸くするアリス。

 ここから怒涛のホストタイムが始まるのだ。


「え……それは、どうして?」

「お前が手を伸ばし、俺がその手を掴み、一緒に暮らし始めた時から決めているんだ」


 すらすらと淀みなく言葉を紡ぎ出す。

 どんな一流の役者であろうとも常に演技は続けられない。

 それでも紫苑にはそれが出来る。

 生きることそのものが虚飾と共に在り続ける道だから。


「ずっと寂しい思いをして来たアリスにもう二度と寂しい思いはさせない。

少なくとも俺だけはお前の姿を見失わずに居ようってな」


 愛を知らず与えられず孤独の道を歪んだ心で歩いて来た。

 そんな悲しい旅の途上で出会ったのが春風紫苑。

 手を伸ばせと言ってくれて、自分のために泣いてくれて、

生まれて初めての温もりを惜しみなく与えてくれた世界で一番愛しい人。

 アリスは片時もそのことを忘れていない。

 しかしこうやって改めて言葉にされて、実感を与えられると……。


「あ……えと、その……」


 基本的にアリスはお喋りだ。

 紫苑への好意を口にする時も、恋敵を煽る時も、

鋭い洞察を見せその考察を披露する時だって多くを語る。

 だが今この場ではそれが出来ない。

 だってこんな不意打ち卑怯だ。しかもそれを天然でやっているのだから性質が悪い。

 きっとこの人にとってはそれが当たり前で、

何時だってそんな風に自分を見てくれている――――嬉しくて嬉しくてしょうがない。

 アリスは泣きそうなくらいの幸せと、

布団に潜り込んでバタバタしたいくらいの照れ臭さが混じってもうワケが分からなかった。


『煩わしいものを総て捨てて逃げてもお前ならホストとしてやってけるよな』

「(でも日本じゃコイツらに見つかりそうだよね)」

『そん時は外国に飛べば良いんじゃね? 言葉さえ覚えれば女引っ掛けて生きていけるに決まってる』


 断定口調のカス蛇だがこれまでの前科を省みるに妥当な評価だ。

 言葉さえ通じるならば紫苑は何処でだって人を騙して生きていける。

 それだけのツラの皮の厚さとバイタリティが彼には備わっているのだ。

 人として大事な初期装備は皆無なのに呪われた装備だけは豊富なのだから性質が悪い。


「(人聞きの悪いことを)ま、遊びの最中ぐらいは融通を利かせるべきなんだろうがな」


 それでもついつい身体が動いてしまったと苦笑する紫苑を見てアリスも表面上は何時もどおりの自分を取り戻す。

 幸せに浸らせたままでは目障りなので少なくとも見える範囲では普通に戻そうという目論み通りである。


「……そうね。そこが紫苑お兄さんのちょっと困ったところだわ」


 紫苑の腕に絡みつき身体を預けるアリス。

 茶化した口調だがその胸の裡は温かなもので満ち溢れていた。


「はは、すまんな」

「良いわ、赦してあげる。だって私はそんなところも大好きだもん」


 仲良く手を繋いでミラーハウスを出た二人はその後も色々なアトラクションに挑み続ける。

 そうして遊び続けて十二時の鐘が鳴った頃、二人は芝生の上で座り込んでいた。


「さて、そろそろ昼だな……何か買って来るが、アリスは何が食べたい?」

「えへへー、大丈夫よ。私に任せて」


 パチン、と指を鳴らすとトランプの兵隊を模した人形がバスケットを片手に歩いて来る。

 人形は紫苑達の前にバスケットと水筒を下ろすと踵を返してあっという間に去って行った。


「これは?」

「お弁当。初めてだけど、私が作ったのよ。お口に会えば良いのだけど」


 これまではこだわりからか自ら腕を振るわなかったアリスだが、

紫苑の退院祝いで料理を作った時に自分はルークを超えたとの確信を得た。

 なのでこうやってお弁当を作ることにしたのだ。

 中身は多種多様なサンドイッチと唐揚げやフライドポテトなどの、如何にもなラインナップ。

 奇を衒わずに一番らしいメニューを選んだのだろう。


「おお……これは美味しそうだ。食べて良いか?(後でこっそり胃の洗浄とかしてえなぁ)」


 そのまま薄汚れた腹の中が綺麗になれば良い。


「ええ、召し上がれ!」


 まず手に取ったのはジャムサンド。

 苺のジャムは既製品ではなくこの日のためだけにわざわざアリスが作ったもの。

 一口齧ると爽やかな酸味と優しい甘さが口いっぱいに広がる。


「ん……美味い。このジャム、一体何処で買ったんだ?」

「紫苑お兄さんに内緒でこっそり作ったのよ。美味しいって言ってくれて何よりだわ」


 さあ、ドンドン食べてと促すアリスに頷き紫苑はジャムサンドを食べ切り次に手を伸ばす。

 彼女はその光景をニコニコと笑顔で見守っていた。


「ポテトサラダか……へえ、ありだなこれも。うん、美味しい」


 アリスの目に映る最近の紫苑は――――とても綺麗だった。

 彼女もその原因には当然気付いている。

 考えるまでもなく一線を超えたためだろう。

 天魔が紫苑に告げたこの一回で総てを決めなくて良いというのはアリス達の共通見解だった。

 だから愛する男を更に魅力的にした天魔に嫉妬はあれどもそれを表に出すことはない。

 誰が最初でも同じことを言っていたはずだと理解しているから。


「(男女の愛を……ほんの少しだけで知ったからね、綺麗になったのは)」


 春風紫苑の愛は大きい、向かい合ってしまえば誰にでも手を伸ばすだろう。

 同時に彼は自分と同じく寂しがり屋だとアリスは考えている。

 喪失を経験したからこそ誰かが傍に居ることの尊さを知り、

だからこそ誰かがただそこに居てくれるだけで紫苑は満足してしまう。

 ゆえに男女の愛なんて欲張りなことを考えられない。

 愛が大き過ぎることと、謙虚さ、それが女を愛し愛されるということへの理解を妨げている。

 しかし実際に情を交わしたことで僅かにだが亀裂が入った。

 その亀裂から顔を出したものはずっと見ていたいくらいに綺麗で……。


「アリス?」

「え……なぁに?」


 紫苑の言葉でアリスは一気に現実へと引き戻された。


「いや、食べないのかなって(ははぁん……俺に見惚れてやがったな)」


 正解だけど何かムカツクのは何故だろうか?


「(まあ匂い立つ男ぶりが上がってるからなぁ俺。いや、参った参った)」

「あ、うん。私も食べるわ」


 見惚れていたことを口にするのが恥ずかしくて誤魔化すようにサンドイッチに手を伸ばす。

 どうにも照れ臭くて味なんて分からないが、こういうのも悪くない。

 それがアリスの素直な気持ちだった。


「前の退院祝いの時も気になったんだが、一体何時料理の勉強なんかしてたんだ?」


 なんて質問を飛ばすが別に興味はない。

 お喋りなアリスに合わせてわざわざ話題を振ってやっただけのこと。

 それ以上の意味など一切無い。


「ふふ、紫苑お兄さんに隠れてちょくちょく練習してたのよ」

「……一緒に暮らしてるのに全然気付かなかった」

「当たり前よ。バレないようにしてたもの。ちゃんと披露出来る時まではね」

「俺のため、か」

「ええ。それ以外の理由なんてないわ」

「ありがとう……少しくすぐったい感じもするが、とても嬉しいよ」


 とは言うものの紫苑にとって料理は料理だ。

 美少女が自分のために料理を覚えて作ってくれたとしても特に感動は無い。

 彼にとっては美少女の手料理もコンビニの弁当も大して違いはないからだ。

 勿論美味いものを食べられるに越したことはないが、最低限不味くなければそれで良い。

 作るのが誰かなんて微塵も関係ないのだ。


「喜んで貰えて何よりだわ。これからはルークに代わって私も家でお料理するから楽しみにしててね」


 可愛らしいウィンクと共に紡がれた言葉は愛に溢れたものだった。

 紫苑に出会う前のアリスが今のアリスを見ればさぞ驚くことだろう。


「ああ、期待してる」

「うん! あ、それで聞きたいんだけど紫苑お兄さんって朝は和食派? 洋食派?」


 文句を言うのはみっともないので基本的に出されたものは総て食べる紫苑。

 朝食のメニューなどは何時もルークが気分で変えているので和洋が定まっていない。

 ルークが来る以前だってそうだ。

 すぐに食べられる菓子パンやコンビニのおにぎりで総て済ませていた。

 なので厳密にどちらが良いという好みは無いのだが……。


「そうだなぁ……強いて言うなら洋食、かな?」


 どちらでも構わないという答えは望まれていないのは分かっている。

 ゆえにとりあえず洋食と答えただけで別に洋食が好きというわけではない。


「ふぅん、じゃあ朝はパンね。ホームベーカリーもあるし毎朝パンを焼くわ」


 言うまでもなくホームベーカリーは紫苑が買ったものではない。

 通販が大好きなルークが自費で買ったものを部屋に置いてあるだけだ。


「それは嬉しいが、朝は寝ていたいだろ? 無理に頑張らなくて良いぞ。

(会話のキャッチボールって種目がオリンピックにあったら俺間違いなく金メダル取れるわ)」


 嫌々ながらも華麗に会話を繋げていくのは確かに凄い。

 だが素直に褒められないのは紫苑がパネェ汚物だからだろう。


「あら、ちょっと分かってないわね紫苑お兄さん。

好きな人のためだったら何をしても苦にはならないのよ?」

「む……その……あ、ありがとう」


 頬を赤く染めてアリスから視線を逸らし、どもったように感謝の言葉を告げる。

 何から何までホントに芸の細かい男だ。


「えへへ♪」


 紫苑の照れた顔が可愛くて、

自分の言葉にドキドキしてくれたのがとても嬉しくてアリスの機嫌は更に良くなった。


「そ、そういえばルークなんだが……その、通販癖は前からあったのか?」


 唐突な話題変更だがこの流れで言うならば照れ隠しにしか思えないだろう。

 そう、先ほどの照れたフリはスムーズに別の話題に繋げるための布石だったのだ。


「あー……あれねえ。私もビックリしたわ。

以前はそんな素振り見せなかったんだけど大阪に来てから急に馬鹿になったんだもの。

正直、学校とかで通販の雑誌読んでて頭ひっぱたいてやろうかと思ったわ。

大の男が汚れがよく取れる洗剤見て「ほう……」とか感心してるんじゃないわよ! って」


 やれやれと肩を竦めるアリス。

 それでもルークは自分の金で買い物をしているので止めさせるのも変な話だろう。

 気持ち悪かったら殴るけど基本的に行動を制限するつもりは今のところなかった。


「……俺は通販番組なんか見ても余り面白いとは思えないが……楽しいのかな?」

「さあ? 前に聞いてみたけど「ワクワクしないか?」ってワケの分からない答えしか返って来なかったわ」

「そうか。人の趣味はそれぞれってことだな」

「まあ、私達の役に立つものを買うなら別に良いんだけどね」


 そんなことを話しながら食事を続ける二人。

 アリスは小食で余り食べなかったが紫苑はご機嫌取りのために総てを平らげる。


「じゃ、行きましょうか」


 再びやって来た人形に弁当箱と水筒を渡して再びアトラクション巡りを始める。

 コーヒーカップ、お化け屋敷、絶叫マシーン、観覧車、

息つく暇もなく遊び続けて体力が限界を迎える頃にはもう夜になっていた。

 ベンチに腰掛けた紫苑はライトアップされた園内をぼんやり眺める。


「(はぁ……ここからが本当の地獄だ……!)」


 アリスが、あのアリスがこのまま終わるとは思えない。

 慎み深くこのままお手手繋いで帰宅――――なんて選択をするほど可愛い生物ではないのだ。

 十中八九、何があろうともそういうことをすると紫苑は理解していた。


『ツラは良いしとりあえずは気持ち良いんだから楽しめば良いじゃん』

「(アホか! 大事なのはハートだよ!!)」


 至極尤もなことを言っているが――――お 前 が 言 う な。


『生娘じゃあるめえし……』

「(肉体の純潔が失われても心が清らかなままだから俺の肉体も清いままなんだよ!!)」


 馬鹿な理屈を自信満々に言えるのは凄いと思う。


『あっそ。それよりアリスは何処行ったんだ?』

「(さあ? ちょっと待っててとしか言われてないが……どっかで野垂れ死んでねえかなぁ……)」


 そんな淡い期待を打ち砕くように陽気なメロディが園内に響き渡る。

 紫苑が何ごとかと顔を上げればアリスが人形達を引き連れてこちらに向かっていた。

 ナイトパレードということなのだろう。

 多種多様な人形を引き連れた少女は酷く幻想的で、名にちなんで言うなら正に不思議の国のアリス。


「さあ、踊りましょうお兄さん」


 小さな手を差し出すアリス。

 紫苑は場の空気に合わせるように少しだけはにかんで、その手を取って歩き出す。

 そんな二人を祝福するように人形達は楽器を打ち鳴らし、リズムに合わせて踊りだした。


「……驚いたな。まるで夢の中に居るようだ」


 アリスとはかなりの身長差があるので終始くっついて踊ることは出来ない。

 しかし、それならそれでやりようもある。

 くっついて、離れて、寄り添って、飛んで跳ねて、二人はステップを刻み続ける。


「そう? 私は紫苑お兄さんと一緒に居る時は何時も夢の中に居るような幸せを味わってるわよ」


 クスクスと笑いながらターンを決めるアリス。

 ふわりと浮かび上がったスカートの裾を直す仕草すら様になっている。

 少女というものをとことんまで突き詰めたようなその姿は何処までも愛らしい。


「……恥ずかしい(上に不快な)ことを平気で言うな」


 お 前 が 言 う な。


「あら、紫苑お兄さんほどじゃないわ。その天然はとっても罪作りよ」


 なんて言いつつもその顔は楽しげだった。

 好きっていうのは良いところも悪いところも含めての好きなのだ。

 恋愛という方面に対して驚くほどに不器用だったり、

自分だけを見て欲しいのに泣きそうな人が居れば誰彼構わず手を差し伸べてしまう。

 そういうところだって好き、大好き。

 アリスの心の中は蜂蜜よりも甘い想いで満ち溢れていた。


「む」

「そういう困った顔も好き、笑顔も好き、何もかもが好き!」


 アリスは謳うように惚気け続ける。

 この場に二人以外の人間が居て彼女の惚気を聞いていたなら赤面間違いなしだ。

 これほどまでに真っ直ぐで強い愛情表現をされれば誰だって照れる。


「(妙な能力を持ってるのが羨ましくて嫌い、スペックが高くて嫌い、お前の何もかもが嫌い!)」


 紫苑は謳うように悪罵を紡ぐ。

 この場に二人以外の人間が居てコイツの罵倒を聞いていたら石を投げること間違いなしだ。

 これほどまでに真っ直ぐで最低な感情表現をされれば誰だって腹が立つ。


「ねえ知ってる? 紫苑お兄さんと出会ってから私の目に映る世界は変わったのよ?


 パレードはゆっくりとゆっくりと進んで行く。

 目指すは園内の中心にあるえらくリアルなお城だ。


「どんより濁っていて見るのも億劫だったのに、

今ではキラキラと輝いてずっと見ていたくなるくらい綺麗になった――今、私は生きることがとっても楽しい!」


 アリスの瞳に浮かぶ涙がパレードの光に照らされて宝石のように輝き出す。

 泣いているのは悲しいからじゃない。

 幸せ過ぎて泣きたくなる、人にはそういう瞬間があるのだ。


「(……ラブホテルってよくお城みたいって聞くけどさ。

まさか遊園地の城で……うわぁ……貴重だけど全然嬉しくねえ体験……)」


 一人、また一人と人形達が離れていき、城に辿り着く頃には二人だけとなっていた。

 アリスは紫苑の手を取りお姫様の寝室へと誘っていく。

 辿り着いた寝室には本物の家具が使われており、どれもこれも高級品のように見える。

 特に天蓋付きのベッドなどはン百万以上するだろうと紫苑は見立てた。

 本当に金の匂いに聡い男である。


「さて……うん、やっぱりまずは想いを伝えるところからね」


 園内のライトは消されて窓から差し込むのは月光のみ。

 月明かりの青白いスポットライトを背負ったアリスはゆっくりと自分の想いを紡ぎ始める。


「聞いてくれる?」

「アリス、お前は俺を好いていると言う。

だけど、俺はお前に好かれるだけのことをしたのか分からない。

だから――――聞かせてくれ。俺がお前に何をしてあげられたのかを」


 もう三人目ともなれば慣れたもの。

 諦観と嫌悪を隠したまま紫苑は気障ったらしい台詞を返す。


「私は、ずっと孤独だった。愛されるってことを知らなかったから」


 アリスが生まれた瞬間は祝福に満ちたものではなかった。

 双子の兄か弟が死産であり、両親も喜びを表すことが出来なかったのだ。


「あの日が来るまでは、ひょっとしたらパパとママも愛していてくれたのかもしれない」


 だけどそれは幼いアリスには届いていなかった。

 ひょっとしたら、元々彼女はそういったものに疎かったのかもしれない。

 もしくは、本当に最初から愛なんてなかったのかも。

 今となっては真実を知る術もない。


「だけども私には何も伝わらなくて、ただただ玩具の国の女王様を気取っていた。

寂しい日々を寂しいと気付くこともないまま無為に過し……別れの日がやって来た。

あの子なんか生まれて来ない方が良かった……それから私は更なる孤独へと堕ちたわ」


 自分を特別だと言い聞かせることで心を保ち、人形を従え色んな人を傷付けて来た。

 そのまま進んでいれば何時かは自壊していただろう。

 だけど、壊れて動かなくなる前に一つの出会いがあった。


「手を伸ばせと言ってくれた、伸ばせばきっと掴んでやるって……」


 あのペンションで出会ったのは、きっと運命だった。

 陳腐な言葉かもしれない、だけど御願い、どうかそう信じさせて。

 アリスの純真が夜に染み渡っていく。


「傷付けた私にそう言ってくれて、でも私は素直になれなくて。

結局、戦うことになったわね。そのせいで……紫苑お兄さんを泣かせちゃった」


 頑なに手を伸ばさないアリス、死を選んだアリス。

 救われないならばせめて自分の手で、痛みを背負って、

アリスという少女が居たことを刻み付けるように紫苑は涙を流した。


「私のために、涙を流してくれた。こんなどうしようもない私のために」


 あの涙を見た瞬間、アリスの心にかつてない痛みが奔った。

 この人に自分を殺させれば、一生消えない傷を刻むことになる。

 苦痛に苛まれたまま生きていくことになる。

 アリスはそれに耐えられず、手を伸ばした。

 あの時、アリス・ミラーという少女は初めて愛を知ったのだ。


「嬉しかった……初めて、心の中の霧が晴れたわ。

あの時、私の中に願いが生まれた――紫苑お兄さんの傍に居たい」


 だから強引な手段で紫苑の下に転がり込んだ。

 だというのに彼は(アリス視点で)嫌な顔一つせずに受け容れてくれた。


「日々の暮らしの中で私は惜しみない愛を注いでもらった。

一緒に御飯を食べて美味しいねって笑い合う。

お風呂に入って背中を流し合ったり、寝る前に二人でお話をしたりもするわね。

誰かの温もりを感じながら眠りにつくことはとっても素敵なこと。

夜目覚めても隣には紫苑お兄さんが居て、朝起きたらおはようって挨拶するの」


 何でもない日々の小さな積み重ね、だけどそこには愛があった。

 欲しくて欲しくて堪らなかった愛があった。

 愛を知らなかった自分に当たり前の、だけどとても尊い愛を教えてくれた。

 時間を重ねる度に今は思い出の宝石へと変わり胸の中に仕舞われていく。

 胸の宝石が増える度にアリスの紫苑への想いは強くなった。


「ありがとう紫苑お兄さん、アリス――――とっても幸せよ」


 ポロポロと流れる涙、それでも彼女は満面の笑顔を浮かべていた。


「世界で一番素敵なあなた、私、どうしようもないくらいあなたに恋をしてる。

生まれて初めての、そして最後の恋。私にはあなた以上の人なんか見つけられない。

私にとっての至高の宝石。無謬の輝きを放つあなた以外に恋なんて出来ないわ」

「(至高の宝石、無謬の輝き……クソガキの癖に分かってるじゃねえか!)アリス……」


 耳障りの良い形容詞だけに反応する紫苑。

 他の言葉については一応頭に留めているもののガンスルーだ。


「心はもうあなたのもの」


 腰のリボンを解いてゆっくりと服を脱いでいく。

 月光に照らされる幼い肢体は欲情すら沸かないほどに美しかった。


「――――後は身体だけ。余すことなく、紫苑お兄さんに捧げるわ」

『おまわりさん、こっちです!!』


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