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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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見栄が招いたモノ 肆

「ん? ああ……そう言うことか」


 三つ目は音こそ拾っていないし唇も読んでいないが、それでも見てはいた。

 半里先では天魔が穴を掘っている、恐らくは紫苑が隠れるための場所だろう。

 役立たずと言っても良い彼は見ていることしか出来ない。

 そのための場所作りだ。


「ふむ……投入はしばし後と見たが、さて?」


 穴の中に入ったのは紫苑と麻衣の二名。

 回復役である彼女を入れたのはギリギリまで安全な場所で温存するためだろう。

 だが、射撃が始まれば果たして麻衣は天魔らのところへ辿り着けるだろうか?

 そこら辺も疑問だったが三つ目は良しとした。


「破れかぶれになったのか? ああいや、だが……」


 二人が穴に入ったのを確認すると天魔、ルドルフ、栞の三名は縦並びになった。

 横に並ぶよりかは幾らかマシだが少々解せない部分も多い。

 三つ目が得た情報ではまだ幾らか紫苑らに使える手があるのだ。


「まあ良い。準備は万端のようだ――――撃てぇ!!」


 号令と共に三千の火球が放たれる。

 一列目が射撃を終えると二列目が、二列目が終わると三列目が。

 間断なく放たれる射撃を一番前に居るルドルフが出来る範囲で防ぐ。

 天魔は横から来るものを防ぐ、栞は――――何もしていない。

 完全に防御を前二人に任せきっているようだ。

 小さくはない傷を刻みながらノロノロと進む三人。


「防げるだけ防ぎながら亀の前進であるか。

保って半ばまで行くか行かないかだが――――ん? 目を瞑っている?」


 火球に襲われながら傷を負っていく三人は不可解なことに目を閉じていた。

 これは紫苑が命じた小細工だ。


"いきなり殴られるのと殴られると分かってから殴られるの……どっちがマシだ?"


 無謀な前進の理由の一つに、それがあった。

 来ると分かっていれば幾らかは耐えられると言う精神論、それは間違いでは無い。

 そしてこの前進は勝機ある前進――――と四人は信じている。

 その上で、


"相手が想起する可能性を増やすために目を瞑れ。これが破れかぶれの前進であるかそうでないか。

それは目を見れば分かる。勝機があると思っているかどうかを見抜く眼力を奴は持ち合わせている"


 と言う考えの下目を瞑らせた。

 これで相手の脳内には最低でも二つの可能性が生まれたことになる。

 破れかぶれなのか?

 それとも何某かの策があって勝機を抱いていることを知られないために目を瞑ったのか?

 後者のように思えるが現状では無策の前進にしか見えない。

 さてどう思う? 紫苑は三つ目に対して語りかけているのだ。


「クハッ……賢しいな。大方後者なのであろうが、それはそれで厄介だ」


 三つ目は後者であると見抜いた上で、それはそれで厄介であると断じた。

 じゃあこの状態から一体どんな手を打つと言うのだ?

 三つ目自身が考え得る幾つもの策が頭に浮かぶ。

 そうすることによって本当の策がどれかを覆い隠したのだ。

 更に可能性が増えることで本物の姿が霞む……読み合いにおいては効果的だ。


「そうだな、そうだろうよ。俺はぶち抜いてみろとは言ったがそれを邪魔せんとは言ってないものなぁ」


 基本的にはずっと撃たせ続けるだけだが、

何をやろうとしているかが見えたのなら潰しに行く腹積もりだった。

 そして紫苑もそれぐらいはして来るだろうと読んでいる。


「さてはて、どんな手を打つ?」


 間断無い射撃を浴びている三人の周囲には多量の粉塵が踊っていた。

 三人の姿を覆い隠すほどの量だが、それでも重傷を負っていることだけは確認出来る。

 時折、防御を捨てて何かを口にしているようだが、あれは造血剤だ。

 紫苑が使っていたのと同じ副作用のある強力な造血剤。

 だが、彼らは精神力でそれを捻じ伏せている。


「おうおう、目を瞑るのはこのためでもあったか」


 体調と言うのは目によく現れる。

 目を閉じたのは正確な体調を測らせないためでもあった。

 三つ目が今、彼らの状態を把握出来る材料は彼らが負っている傷だけだ。

 目を見れない以上、奮起しているのか今にも折れそうなのかは判断がつかない。


「最後尾の娘っ子が何やらばら撒いとるようだが……あれは何だ?」


 一定距離を進むごとに栞は手の平に収まるサイズのボール――のようなものを落としている。

 三つ目にはあれが何のための道具かは予想が出来ない。


「排するべきか、それが狙いか――そう考えている時点で術中か。

あれは恐らく排しても放置していても此方に痛撃を与える何かだ。

であれば、後の楽しみとして放置して置く方が吉かの?」


 紫苑の読みは普通に看破されていた。

 栞がばら撒いているものは除こうとしても、放置していてもどちらにしろ効果を与えるものだ。


「はぁ……うぎぃ……! が、ぁぁあ……! はぁ……はぁ……い、今どれくらいだ?」


 先頭に居るルドルフはもう満身創痍だった。

 死するかどうかの瀬戸際、踏み止まっているのはその強靭な精神があってこそ。


「後、四歩、三、ニ、一歩――――ここ!!」


 真ん中で距離を数え続けていた天魔が、

距離にして九百九十メートルほどまで来た辺りで号令を飛ばす。


「了、解です……!」


 これまでにばら撒いて来たボールのようなものには一本一本糸が繋がっている。

 栞は糸を操ってボールを八方にばら撒き――――総てが爆ぜる。


「煙幕か? 意味もないだろうに……」


 二十数個のボールのようなものは煙幕弾だった。

 それを四方八方で爆ぜさせたことで、

ただでさえ平野では粉塵が巻き起こっていたこともあり視界が利かなくなる。

 三つ目でさえ三人が射線上に居ることが辛うじて分かるくらいだ。


「真正面からと限定した以上、動けんのは確かだが……何の意味がある?」


 そもそも煙幕だってあんな風にばら撒くのならば最初からそうすれば良い。

 わざわざ意味あり気に一個ずつ放置して行く必要もなかったはずだ――と考えてから気付く。


「印象付けか! して、次はどう出る童?」


 煙幕弾の存在を印象付けて何かから目を逸らしたのだ。

 そしてそれは何だ? 三つ目は心底楽しげに笑う。それは悪童の笑みだった。


「ん? この兎は……」


 ボコ、っと小さな音を拾う。

 視線を足元に向ければ子供サイズの兎が顔を出していた。

 そいつはニヤニヤと笑って、


「偵察に使っ――――」


 大 爆 発。

 こっそりと穴を掘って近付いていた三匹の兎は一列、二列、三列で同時に自爆した。

 それでも削れたのは千ほどで、射撃は止まっていない。

 爆発が起ころうとも餓鬼集団は変わらず射撃を続けている。

 数こそ減ったものの間断無い射撃はそのままだ。


「驚いたが、心なしかマシになった程度だぞ? これか? これを隠したかったのか?」

「――――隠したかったんはうちや」


 兎が開けた穴から細腕が飛び出し三つ目の足を掴む。


「な……!?」

「魔 力 全 開 や ! !」


 流し込まれた回復の魔力によって過回復が起こり三つ目の身体が爆ぜる。

 と、同時に三十秒ほどではあるが射撃が止む。

 そしてその三十秒は、


「――――真正面から触ってやったぞ」


 ルドルフが距離を詰めて三つ目に触るには十分な時間だった。

 身体を完全に再生させた三つ目はしばしポカーンとしていたが、すぐに大声で笑い始める。


「アッハッハッハ! 呵呵、いや見事。そう言うわけか。実に単純だが成るほど効果的だ」


 射撃が完全に止まる、それは三つ目が負けを認めた証拠だ。

 仕掛けは実に単純だった。

 三人が進み出すよりも先にまだ使用していなかった四匹の兎に地下を掘り進めさせたのだ。

 それに気付かせないためにわざわざ瞳を閉じたり、

煙幕弾をわざわざ一定距離を進むごとに設置するなどといった小細工を弄した。

 そうすることで三つ目の注意を向けさせたのだ。

 そして煙幕弾を発動すると同時に兎が掘った穴を麻衣が進む。

 煙幕によって地上を進んでいる三人はともかく、

穴から少しだけ顔を出していた麻衣は見えなくなる。

 三つ目自身も煙幕に気を取られて麻衣からは意識が外れる――好機だ。

 麻衣は穴を進むと同時に地上に居る三人の回復も行った。

 そう、爆発したのは三匹、しかし地下を進んでいたのは四匹、さて一匹はどうした?

 一匹は煙幕弾が発動すると同時に腕一本分の穴を三人の進路上に複数こじ開けたのだ。

 麻衣は三つ目の下に辿り着く途中でそこから腕を伸ばして三人に触れて回復を施した。


「賭けだったろう? 俺を一瞬でも殺せば兵の動きが止まると言うのは」


 ここからはギャンブルに近い。

 射撃を行うモンスター達に対して紫苑は実に統制が取れていると感じた。

 三つ目の指示は絶対、ならば三つ目を一瞬でもどうにかすれば動きが止まるのでは?

 その隙にじりじりと距離を詰めていたルドルフにダッシュを掛けさせれば触れられるかも……。

 そう考えたからこそ麻衣の全魔力による過回復を行わせた。

 これで殺せれば御の字、殺せずとも兵の動きが止まってルドルフが触れば勝利条件は達成。


「なあ、そうだろう童ァ!!」


 指を鳴らすと紫苑の身体が穴から飛び出し三つ目の眼前へと降り立つ。


「……ああ、だがこれしか思い浮かばなかった(成功したよオイ……マジかよ……)」


 そう――――紫 苑 は 失 敗 す る と 思 っ て い た。

 そもそも半ばほどまで進んだ時点で三人がこと切れると思っていたし、

地下を進む作戦だって先に三つ目が使っていたのだ、気付けないわけがないと考えていた。

 加えて三つ目に過回復が効くのか? 効いたとして兵が止まるのか?

 少なくとも紫苑の中では失敗する要素しかなかったのだ。

 しかしそれがピシャリと当て嵌まって成功してしまった。


「(生きられるんなら嬉しいけど……何か腑に落ちねえ……殺そうと思ったのにぃ……)

お前が遊びに対して誠実でなければこうはいかなかっただろうよ」


 策が成就したものの目論見を微妙に外した紫苑はどんな顔をすれば良いか分からなかった。


「ふふ、興が醒めるような真似はせんよ」


 "しばしの間、考える時間をくれてやろう。俺はそれを聞かん"

 三つ目はそう言った。つまり制限しなければ彼奴の感覚は広大なのだろう。

 であればそもそも策は筒抜けになっていた。


「(そこがアホだよな)それは重畳」


 口では何とでも言える、紫苑が三つ目の立場なら間違いなく盗み聞きしていた。

 よしんば策自体は聞いておらずとも、

三人が動き出した時点で感覚をフルに使って周囲を探っていた。

 そうすることで兎達を把握し、総ての策をおじゃんにしていだろう。


「(俺なら絶対使っておちょくるのに……)」


 速報、紫苑の性根は人外にも劣る模様。

 人外よりも薄汚いその心は漂白剤を使っても白くは出来ないだろう。


「で、どうなんだ? 俺達はお前が出した条件を達成したぞ。

(しかしあの三人何だよ化け物か……引くわぁ……超引くわぁ……)」


 耐え難い苦しみを無理矢理にねじ伏せて進み続けた勇敢な三人に向けての感想がこれだ。

 紫苑は"来ると分かっていれば耐えられる"と言ったもののそんな精神論信じちゃいない。

 純然たる事実として喰らうダメージは変わらないのだから。

 なのにそれをやってのけた三人は、

紫苑からすれば三つ目と比肩する得体の知れない生物でしかない。


「ああ、約束だ。見逃してやる、今回は命を助けてやるさ」

『だってよ! やったな紫苑!!』

「(うん、でも……何かなぁ……アイツら死ぬの見て優越感に浸ってからカッコよく死のうと思ってたのになぁ……)」


 生き残ることが出来て嬉しくないわけがない。

 それでも一度は保身しか頭に無い紫苑が命を捨てたのだ。

 イマイチ生の実感に対して喜べずにいた。

 まあ、落ち着いてから思い返せば狂喜乱舞するのだろうが。


「とは言え、この奮闘に対してそれだけじゃ少々釣り合わない。幾らか褒美をくれてやろう」


 三つ目は転がっていた火球を放つ銃を投げて寄越す。

 次いで、右手の人差し指を立ててそれを紫苑の額に押し付ける。


「ッ~~!!」


 瞬間、熱と痛みを帯びていく額。

 この痛みには覚えがあった。アリスがじゃれて来た時に痛んだ右腕のそれとよく似ている。


「何 を し た 化 け 物」


 天魔がドス黒い殺気を撒き散らす。


「そういきり立つな娘。褒美と言っただろう? 胸に仕込んだものも消してやったし安心せい」


 カラカラと笑う三つ目。

 紫苑はそっと自分の額に手を当てるが痛みはもう無い。

 右腕の時と同じように嘘みたいに消え失せてしまった。


「――――ではな、いずれまた会う時もあろうよ」


 期待と哀愁が綯い交ぜになった瞳。

 それが何なのかと考える暇もなく五人はこの場から弾き飛ばされた。

 飛んで飛んで飛んで、辿り着いたのは外への出口の真ん前。

 生かすと言う言葉に嘘偽りはなかったようだ。


「これは……本当に、約束を守るつもりなのでしょうか?」

「何にしろ、今は外に出よう。私も正直限界だ」


 緊張の糸が切れると同時に疲れがドっと襲って来たのだ。

 ルドルフの言葉に異を唱える者は居らず、一行は外へと脱出する。


「で、出られたんよね……?」


 元の安土山に戻って来たのだが、まだ実感が持てない。

 そんな麻衣に実感を持たせるために天魔がその頬を抓る。


「痛い!? アタタタ! ちょ、夢やないのは分かったから離して天魔ちゃん!」


 口ではそう言ってるが実感を得たことで麻衣の表情は随分と緩んでいる。


「……こんなのは、初めてだった。私ともあろう男が、今は立つのも億劫だ」


 矢面に立ち続けていたルドルフ、天魔、栞の三人も現状に安心して腰を降ろしている。


「改めて、普通のダンジョンとは何もかもが違いましたね」

「うん……感じる空気、敵の種類、戦い方、何から何まで違った。いきなり出鼻を挫かれたりしたしさ」


 ただ闇雲に探索すれば良いと言うものではない。

 現れる敵だけを排除していれば安全なんて単純な問題ではなかった。

 これまで探索していたダンジョンはそうだったが、今回は違う。

 ぶっちゃけると生きて帰れたのは敵の温情だ。


「……ッッ」


 その事実が今更になって紫苑の脳裏を駆け巡る。

 その場その場で必死になっていたり諦めていたりしたから考える余裕がなかった。

 それでもこうやって一息吐くと恐怖が襲って来るのだ。


「? どうしたの紫苑くん」

「う――――おぇぇ……!!」


 紫苑は胃液を吐いて蹲る。

 身体の震えを止めようと自分の身体を抱き締めるけれど少しも止まってくれない。


「(お、俺は――――死んでた。一回、二回、三回死んでたんだ……。

いいや、それ以上か。もっともっと死ぬ可能性はあった。

あの三つ目の手の平の上で命を転がされていた……気紛れ一つで殺せた……!)」


 一時は死ぬと諦めはしたものの、生きて帰ったことで、

生の側に再び寄ったことで止め処なく恐怖心が沸いて来る。


「だ、大丈夫か!? あの三つ目が約を違えた!?」

「しっかりしてください!」


 紫苑の異変に皆が慌てる。

 栞がその背を擦るもののまるで震えは収まらない。


「う、ぁあ……(アイツは俺達なんてどうとでも出来たんだ……!!)」


 ダンジョンに足を踏み入れた時点で全員を飛ばして、

飛ばした先にあの餓鬼兵団を配置して圧殺することが可能だった。

 紫苑自身も谷底で普通に殺せていたのだ。それだけではない。

 あのゲーム、あれだってそうだ。

 心臓を食い破る何かを寄生させたが、会話から察するに三つ目の意思一つのようだった。

 ゲームの最中に気紛れで殺すことも十分可能。


「(数の暴力に訴えられたらその時点で終わりだった……!!)」


 九千と言う数は通常のダンジョンでは考えられないような数だ。

 紫苑を除く他四人が如何に優れていようともあっという間に圧殺出来るだろう。

 そのような用兵をしなかっただけで出来なかったわけではないのだ。

 それに、三つ目の行動を見るに兵は九千が限界ではない可能性が大きい。

 その気になればまだまだ増やせた可能性があったのだ。


「(初 め か ら 勝 ち 目 が 無 か っ た ! !)」


 つまりはそう言うことだ。入った時点で詰んでいたのだ。

 これまでの状況がそれを考えさせる暇を奪っていたが、もう無理。

 落ち着いてしまえば心身を恐怖が食い荒らしてしまう。

 心が折れると言う瞬間があるなら、今がそれだ。

 春風紫苑と言う少年の脆弱な心は今正に――――


『おい紫苑、人目があるのを忘れてないか?』

「(――――は!)」


 折れたが木工ボンドで一瞬にして修復した模様。


「……すまん、心配をかけた。今になって怖くなったんだ(取り繕わなければ……)」


 敵にビビっていたと思われる、それは耐え難い屈辱だ。

 ゆえに紫苑は早速ペラを回し始めた。


「は、はは……そら無理ないよ。あの三つ目、ほんまにヤバ――――」


 心なしか安堵したような表情で麻衣が語りかけるが、


「違う。怖いのは敵じゃない」


 真っ向から否定する。だって本当のことだから。


「自分のミスで、皆を絶望的な戦いに駆り立ててしまった……それが恐ろしい。

見ているだけしか出来ない、不安だけが心を苛む。

本当はあの時、叫びたかった。それでも痛みを堪えて進む三人が居たから我慢しなきゃって……

でも、今、こうして落ち着くと……駄目だ。震えが止まらない、怖くて怖くてしょうがない。

自分の命を賭ける方が楽だ。自分以外の誰かの命が――――こんなにも重い……!」


 三つ目に対して恐れを抱いていた真実、

それを覆い隠すために紫苑はそんな風に話を転がした。

 恐怖の根源は仲間を絶望的な戦いに追いやってしまい、

見ていることしか出来なかったのが怖くて怖くてしょうがなかったのだと。

 こうすれば評価が上がると共に知られたくない真実は闇に葬れる。


「皆が、生きているんだって思ったら余計に……ごめん、皆。俺は――――」

「謝るな紫苑!!」


 ルドルフの拳が紫苑の右頬に突き刺さり、その身体が吹き飛ぶ。


「(いってぇええええええええええええええええ! 何すんだこの塵屑野郎は!?)」


 塵屑野郎はどっちだよ。


「卿は何時だって私達の生存だけを考えている。だがな……駄目なのか?

私達もまた皆で生きて帰りたいと願っては駄目なのか!? 余り寂しいことは言うな……。

卿が我らに生きていて欲しいと思うように我らも卿に生きていて欲しいのだ。

何でもかんでも一人で背負うな。安っぽいヒロイズムに酔ってるのと変わらん!

卿はそうではないだろう……もう少し、自分に楽をさせてやれ。時に痛々しくすら思う」


 紫苑よく見ろ、これが本当の善人だよ。

 そしてルドルフ、奴はこれでもかと言うくらい楽をしているぞ。


「信じて、命を預けたのだ。例えそれで死んでも後悔は無い。

卿が信じ、私達もまた卿を信じた。良いじゃないか、それで。

その果てに死んだとしてもそれは胸を張って正しいと言える、最善ではなくてもな」


 よろよろと身体を引き摺ってルドルフは紫苑に近寄り――――抱き締めた。


「(うげぇえええええええ気持ち悪い! ホモかお前!? せめて女にしろよ!!)」


 ルドルフの胸に顔を寄せた体勢のまま紫苑が毒づく。

 お前、これが女だったとしてもこの場に居る三人娘ならどっちにしろ嫌だろうがよ。


「聞こえるか? 私の鼓動が」


 トクン、トクン、と心音が聞こえる。それは確かな生の証だ。


「安心しろ――――私は生きている」


 誰もが見惚れるような優しい笑みを浮かべてルドルフは紫苑を諭す。

 まあ、その誰もに響く笑顔でも紫苑にだけは響かないのだが。


「(なあ、コイツこんな臭いこと言って恥ずかしくないのかな?)」


 心底白けた紫苑がカス蛇に問うと、


『お 前 の 普 段 の 言 動 を 思 い 返 せ 』


 ドが付くほどの正論が帰って来た。


「……ごめん――いや、ありがとう(何で俺が礼を言わなきゃいけねえんだよ)」


 それでも流れ的にこうするのが正しいと分かっているので渋々礼をする紫苑。

 こう言う見栄が積み重なって今日に至ったことを一度反省するべきだ。


「ああ、それで良いのだ」


 そんな男二人を微笑ましそうに見ている女ニ人。

 その慈母が如き面が心底気に食わない紫苑は内心で唾を吐く。


「あーあ、やっとこ死地から生還してむず痒い青春やるって……何か恥ずかしいねえ」


 天魔がそう茶化すと麻衣もクスクスと笑い始めた。

 それだけで紫苑の屈辱ゲージは満タンになってしまう。


「ええやん、何か十代っぽくて。なあ、栞ちゃん」

「え……ああ、そうですね。学生らしいではないですか」


 どこかぼんやりとしていた栞もすぐに笑顔を作ってみせた。


「でも何時までもここで青春やってるのもアレだし宿に戻ろうか。そろそろお昼だしね」


 宿に戻る頃には丁度良い時間になっているだろう。


「そうだな、じゃあ皆……帰ろうか(青春するなら俺より劣る奴らとの方が良いわ)」


 先ほどまでガタガタ震えていたのにこれである。


「しかし、収穫はあの銃? みたいなのだけだよね。あれ、ギルドに提出するのかな?」

「アムリタのように素晴らしいものではありませんし別に構わないのでは?」

「いや、提出するの自体は良いよ。ただ、今言ったアムリタに見劣りするじゃん?」

「あー……はいはい。あのカマキリみたいな男の人にぐちぐち言われるかもっちゅーことやね」


 そんなことを駄弁りながら下山し、町に戻る一行。

 時間も時間だし、まばらではあるが町には人の姿があった。


「そう言えば……」

「どうしたんルドルフくん?」

「いや、報告書的なものを書く必要があるのかなと思ってな」

「そういや今回は何時もと違うし……そりゃあるよね」


 ギルドとしてもダンジョンについての詳細やらは知りたいだろう。

 報告書を書くことになるのは当然の帰結と言える。


「よろしくねリーダー」

「頼んだよ紫苑くん」

「よろしく御願いします」

「総て任せた!!」

「……文章にするのはやるが、皆が個別で行動していた時のことは口頭で教えてくれよ」


 客観的な事実だけでなく、主観を織り交ぜた情報も必須。

 実質全員でやるようなものだ。


「! 戻って来たのか……後でかけ直しますので、ええ……では」


 宿に戻ると玄関先で電話をしていたカマキリが驚愕を露にしていた。

 学生達が戻って来るとは思っていなかったのだろう。


「探索もせずに帰って来たんじゃないだろうな?」


 そう口では言っているものの、カマキリとてギルドの人間。

 紫苑らが修羅場を潜って来たであろうことは理解している。

 それでも憎まれ口を叩くのは――――性格なのだろう。


「逃げ帰って来たと言うならその通り、だが一応の成果は持って来た(うっぜえ奴だ……)」


 腰に着けているバッグから戦利品を取り出すと、それをそのままカマキリに手渡す。


「詳細な報告やらは必要だろう? 文書にしてまとめるから少し時間をくれ」

「と言うかまずご飯食べたいんだけど用意してくれる?」

「おい待て! まずは報告が先だろう!? 自分達がどんな場所に行っ――――」


 カマキリが言い終わるよりも前に天魔がその口を鷲掴みにして制止させる。


「ごちゃごちゃ喧しいんだよ。こっちは死に掛けてようやく戻って来たんだからさぁ」


 カマキリをぞんざいに投げ捨てて食事に使う大広間に向かう天魔。

 紫苑らもまたその背を追って大広間に。

 カマキリも何だかんだで言われたことはやるタイプなのだろう、十分ほどで食事がやって来た。

 五人は食事をしながら平野で合流するまでに何があったかを語り合う。


「私が森で槍を交えたあ奴も三つ目の配下だったのかもしれんな」

「今のとこ僕らがあそこで確認したモンスターは三種類になるのか」

「餓鬼のようなものと髑髏の鎧、それと三つ目の怪物ですね」

「(ん? そう言えば……)」


 三つ目と会った時、最初は不定形の闇だった。

 "お前さんにゃ俺の姿がどう映る?"とも言っていた。

 そこから推測するに自分が見ていた三つ目と他四人が見ていた三つ目、姿が違うのかもしれない。

 そう思い至ったのだが指摘するのも面倒なので紫苑は口を閉ざした。


「他にもおったかもしれんね。そもそも探索だって最低限しか出来んかったし」

「なあ、聞きたいんだが皆はどうやって俺が居る場所に辿り着いたんだ?」


 谷底までは何とか辿り着けるかもしれない。

 しかし、そこからゲームが行われた平野まではどうやって? 当然の疑問だろう。


「ああ、それがさぁ。何か……こう、あっちに行かなきゃマズイ! みたいな感覚がしてさ」

「そう! 丁度谷底でショッキングなもん見たばっかやったし……」

「虫の知らせかとも思いましたが……」

「四人同時に感じたからな、今思えば不自然だ。あの三つ目が何かしたのかもしれん」


 食事を終えた後もしばしの間話を続けていたのだが、

一人、二人と気付けば寝てしまい起きているのは紫苑だけとなってしまった。

 まあ無理も無い、肉体的にも精神的にも消耗する戦いだったのだから。


「(なあカス蛇、あそこは一体何なんだろうなぁ……)」


 窓を開けてベランダに出て空を見上げれば気持ち良いくらいの晴天だった。

 ここまで戻って来る時は空を見る余裕もなかった。


『さぁな。俺様にも分からないことぐらいある』

「(分からないことばっかじゃねえか……)」


 午後の穏やかな陽気が紫苑を包む。

 ふと気を抜けばこのまま寝てしまいそうになるほどに優しい。


「(なあ……)」

『あん?』


 一人と一匹の声が心なしか柔らかなのもこの陽気のせいかもしれない。


「(今回のこれ――――幾ら貰えるかな?)」

『……あんだけビビってたのに、もうそれかよ。ある意味、すげえや』


 目先に美味そうな人参えさが吊り下がっていれば、

どんな恐怖を押し退けてでも走ってしまう……馬以下かコイツは。

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