人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ
「うん、うん……分かったわ。帰りは今日の夜になるのね? 大丈夫よ!
お掃除だってちゃんとしておくし、お布団もちゃんと干しておくんだから♪」
アリスが電話をしている相手は紫苑だ。
昨日、ダンジョンの探索から戻っては来たが諸々の事情でもうしばし滞在することになったのだ。
そのことを伝えるために電話をするするような男でもないのだが……
「え? 私? うん、今日からよ」
アリスが今日から紫苑と同じクラスに転入すると聞いていたので、一応連絡を入れた。
馬鹿なことをしないように、他人に迷惑をかけないようにと言い含めるためだ。
勿論彼女のことを気にして言っているわけではない。
同居している自分に迷惑がかからないようにするためだ。
「大丈夫、しっかりやるわ。もう、紫苑お兄さんは心配性ね。
うん、うんうん。学校が終わったらすぐに帰ってご馳走を用意しておくわ。うん、じゃあね」
電話が切れた後もアリスはニコニコ笑顔。
少しとは言え紫苑と離れ離れになっていたから声が聞こえて嬉しかったのだ。
「と言うわけでルーク、お掃除ちゃんとしておいてね? 後、お布団も」
お前がやるんじゃないのかよ。
「分かっている。ちゃんと干しておくさ。しかし御主人、一応自分も転入するんだが……」
「? それがどうしたのよ。今からお布団干してお昼休みに取り込み、お掃除をしに帰って来る」
何の問題も無いでしょう? そうのたまうアリスは天然お姫様体質だ。
いや、女王様か。この傍若無人さは。
「それより初日なんだし早く出るわよ。ほら、荷物持って」
「……分かった」
一応は兄妹と言う設定で転入するのだから、もう少し労わってくれても良いのでは?
そう思わないでもないルークだったが余計なことを言って面倒を招くのは嫌いだ。
なので言葉少なく返事をする。紫苑と違って実に賢明な男である。
「こっち来てから思っていたけど、大阪って騒がしいわね」
「気質だろうな」
「知った風な口を利くわねデカブツルーク」
じゃあ何で話題振ったんだよ! とルークはキレそうになった。
アリスのことは嫌いではない。彼は人形でありながら彼女のことを実の妹のように想っている。
態度に出したところでアリスの対応が変わるわけでもない、
それは分かっているし己と言う存在の歪さも自覚している。
ゆえに本心は決して表に出さない。人形は所詮人形だから。
そして人形にはアリスに何の影響も及ぼすことは出来ない。
「……」
「だんまりとはつまらないわね。ホンット図体ばかりデカくて駄目駄目なんだから」
ルークは祈った――――紫苑よ早く帰って来てくれ。
アリスを変えた、世界で唯一人の男、春風紫苑。
ルークは紫苑に対して敬意を抱いている。
このお転婆娘をよくもあそこまで蕩けさせることが出来るな、と。
やったことはお転婆どころのレベルではないのだが、これもまた身内の贔屓目なのだろうか?
「うーん……初日なんだし、もうちょっと気合入れた格好が良かったかしら?」
黒を基調とした、四つボタンのセーラーワンピースが今日のアリスの出で立ちだ。
ポイントはボタン、全体が黒で落ち着いているのでボタンに遊び心を出している。
四つのボタンはそれぞれデフォルメされた喜怒哀楽の表情を象っていた。
「……だったら昨日のうちに買っておけば良かったじゃないか」
アリスが今着ているものは総て彼女自身の手作りだ。
人形に着せる服を作ると言う趣味の延長上でしかないため、
本職には劣っていると言うのがアリスの認識。
それを知っているルークは買えば良いじゃないかと提案するが……
「ホント駄目ね。駄目駄目ね。質素倹約と言う言葉を知らないの?」
一緒に暮らしたいからと言ってアパートごと買い取るのは質素倹約なのだろうか?
「将来的には紫苑お兄さんのお嫁さんになるんだからリョーサイにならなきゃいけないのよ?」
のよ? じゃねーよ。
こんなデンジャーロリと結婚する未来予想図はパート百まで行っても紫苑にはない。
「……その服も、十分立派ではないか?」
「そりゃ質は自信あるわよ。ナポリに行ってもやってけると自負してるわ」
「(何故ナポリ……)」
「でも本職の人間に比べれば独創的でも何でもないデザインだもの」
アリスが本職に劣っていると感じているのはそこだ。
手縫いの技術に関しては自信があるものの、デザインについてはどうしようもない。
何処かで見たようなデザインしか思いつかないのだ。
まあ、本格的に服飾を学んだわけでもないのに服を作れるだけで十分なのだが。
「こんなんじゃ"あらまあ、可愛いお嬢さん"ぐらいでしょ?」
B専で無い限り百人が百人アリスを可愛らしいと思うだろうが……
それを自覚して口にするのは如何なものか。
「インパクトが足りないのよね」
「……」
じゃあ結局何が正解なんだよと思うかもしれないが、正解など無い。
ただ単に意地悪な御喋りをするのが大好きなだけなのだ。
紫苑により多少更正したとは言え、基本的にアリスは自分と紫苑以外を見下している。
なので自然とこうなってしまうのだ。悪気も何も無い。天然でこうなのだ。
ルークはそれを分かっているから適度に付き合い、適度に沈黙するのだ。
常に黙っていたらそれはそれで面倒なことになるのを知っているから。
「あ、着いたわね。職員室に行きましょ"お兄ちゃん"」
わざわざ家族と言う設定を演じるのには理由がある。
偽造したルークの戸籍上ではアリスの兄になっているからだ。
何でそうなってしまったのかについては彼女本人も覚えていない。
過ぎ去った時間に対して比重を置かないから。
これが紫苑関連ならば大切な思い出として細やかに覚えているだろうが、
そうでないならば基本的に彼女にとって過去とは総て忌むべきものなのだ。
「む、来たかねアリス・ミラーくん」
職員室に入ると丁度担任である薬師寺が入り口近くに居た。
「ええ、来ましたわ薬師寺先生」
「実力は申し分無く、Aクラスが相応だが……人数の問題は如何ともし難いが、構わないな?」
「問題無いわ。だって前の学校でもそうだったもの。私は人形を使っていたから」
アリスはここに転入するために金と自身が持つ洗脳の力を惜しみなく使った。
それでも人形を使うと言うことについては知られているため、そのことについては隠していない。
とは言っても開示しているのはあくまで人形を使うことだけ。
無機物だろうが死体だろうが意思ある人形に変えられることや、
自身の身体のこと、洗脳の力などについては学校側に明かしてはいない。
「そうか。ならば良い」
「ところで先生、質問があるのだけど」
アリスは手続きのために何度か学校を訪れている。
その時からずっと気になっていたのだ。
「む、何だね?」
「先生は先生だけどヤクザなの?」
暇潰しに契約した映画専門チャンネルでは最近昔ながらのヤクザ特集をやっている。
特集の中に出て来るヤクザと薬師寺蔵王はとっても似ているのだ。
「………………」
「確かに普通の学校じゃないから副職なんかも問題無いだろうけど、ヤクザは社会的にどうかと思うわ」
別にボケでも何でもない――――ア リ ス は 真 剣 に 言 っ て い る の だ。
ヤクザ自身、自分の体格やら出で立ちがそう言う職業に見えるのは知っていた。
それでもこう面と向かって言われたのは初めての経験だったのだ。
ゆえに何も言えずに黙り込んでしまう。案外傷付きやすいのだろうか?
「み、ミラーくん……私は別にヤクザなどではないよ」
ようやっと搾り出せた言葉がこれだ。
若干声が震えているのはショックから立ち直れていないのかもしれない。
「じゃあドスとかチャカは持ってないの?」
ちなみに短刀に拳銃は冒険者が使う武器としては割と普通だ。
もっとも、通常のそれと違って専用にカスタムはされているが。
「持ってない。私の武器はこの五体だよ」
「ふぅん……スデゴロってやつ?」
「ふ、普通に格闘技と呼んで欲しいのだが……まあ良い。そろそろ時間だ、教室に行こう」
ヤクザの後に続く二人。
アリスはデカブツ二人に挟まれている現状が少々不満のようで不機嫌そうな顔をしている。
「ところで、長崎校でも特別クラスだったのかね?」
「え? まあ、ここみたいに大っぴらにAだ何だと区分けされていなかったけどね」
冒険者学校はギルドの管轄ではあるが、
運営方針については各校の長に一任されている。
アリスが居た長崎校では優秀な者だけが選別されているクラスと明言されてはいなかった。
「暗黙の了解か」
「ええその通り。明言されてしまうと逆に……とでも考えたんでしょうね」
最初からAは特別だとされていたのならば入れなくても開き直れてしまう。
だが公然の秘密として特別なクラスが存在していた場合は――――反骨心をくすぐる。
自分達を平等に扱っているとでも言っているのか?
向上心のある人間はそれを奮起の材料として更なる研鑽を積むのだ。
「ま、大阪と長崎、どっちが正しいかなんて興味は無いけど」
アリスからしたら基本自分以外は劣る存在でしかない。
それは目の前に居るヤクザだって例外ではないし、実際に戦えば彼女に軍配が上がるだろう。
紫苑が勝利を掴むことが出来たのは上手にその心を抉ったから。
あの日大阪ドームに居たアリス・ミラーと言う少女はボロボロだった。
あんな精神状態でどうしてスペックを十全に発揮出来ようか。
「どちらも正しいのだよ。さて、着いたぞ。私が呼んだら入って来てくれ」
何で一緒に入ったらいけないの? と小首を傾げるアリス。
「自分も詳しくは分からないが、そう言う様式美だろう」
「何それ意味分からない」
と言うかルークのその知識は何処由来ものだ。
「ミラーくん! 入って来てくれ」
ヤクザの声に従って教室に入ると、好奇の視線が二人に突き刺さる。
絵本から飛び出して来たような女の子と巨漢のペアなのでそれも仕方ないだろう。
「今日から御世話になります、ルーク・ミラーです」
「妹のアリス・ミラーです。お兄さんお姉さん方、よろしくね?」
スカートの端を摘んでチョコンとお辞儀をするアリスを見て教室から悩ましい溜息が漏れる。
女子は良いとして男子でアレな顔をしているのは間違いなくロリコンかその予備軍だ。
「質問でーす! アリスちゃんは飛び級か何かなの?」
女子の一人がそんな質問を飛ばす。
「え? どうして?」
「小さくて可愛らしいし、お兄さんお姉さんって呼んだからそうなのかなーって」
「そ れ の 何 が お か し い の か し ら ?」
アリスの碧眼が妖しい光を帯びる。
声色も背筋が凍るような不気味さを漂わせていたが、
「え? ああ……そうね。別に不思議なことでもないわね。ごめんね、変な質問して」
それに気付いた者はルークを除いて誰一人として存在しない。
「ううん、アリスは全然気にしてないわ」
天使の笑顔でサラリと流すが、やったことは天使の所業ではない。
自分に対する疑問を総て洗脳で押し流したのだ。
だが、それ自体はまだ許容範囲だ。特筆すべきはこの場に居る全員に対して洗脳を施した事実である。
アリスの迷いが消えたからなのか、
もっと別の理由なのか真実は定かではないが力が格段に跳ね上がっていたのだ。
彼女がそれに気付いたのは転校のために動いている時。
もっとも、疑問に思いはしたもののアリス自身は特に気にしていないが。
「こんな時期に、とか急にAクラスに、とか色々疑問かもしれないけれど……
何 も 不 思 議 な こ と は な い か ら ね ? だから気にしないで」
煩わしい質問を回避するためとは言え、何ともえげつない。
洗脳なんて他者の心を踏み躙る力を軽々しく使い過ぎだ。
これで罪悪感の一つでも感じていれば可愛いのだが、そんなものは欠片も無い。
「あ、それ以外のことなら何でも聞いてね?
お兄ちゃんは見ての通りカタブツー! な人だから上手く答えられないけど
アリスは御喋り大好きだから何だって答えちゃうんだから♪」
「……?」
ルークは一つの疑問を抱いた。
え? 私と紫苑お兄さん以外皆塵屑でしょ?
とか素面で言えるようなアリスがわざわざ質問タイムを設けたのは何故? と。
そりゃ演技をしている以上は愛想良くした方が良いだろうが必要最低限で問題無いはず。
だがこの質問タイムは必要最低限のラインに入っていないのだ。
長く傍に居るルークだからこそ気付くことが出来た。
「じゃあ、アリスちゃんの好きな食べ物とか教えてくれよ」
今日も今日とて頭頂部が眩しいハゲが一番槍を切った。
アリスは唇に指を当ててしばし思案し、
「んー……そうね、甘いお菓子全般、かな? 洋菓子和菓子何でも好きよ」
そう答えた。実際には好きな食べ物と言われてもピンと来ないのだ。
元々食事にこだわりなんてなかったし、最近も何を食べるかより誰と食べるかを重視しているから。
なのでイメージ的に合いそうなお菓子と言う無難な答えを選んだのだ。
「あは! じゃあ私お菓子作り得意だから今度作って来てあげるわね」
「ほんと? やった!」
「はいじゃあ次僕ね! 趣味教えてよアリスた――ちゃん」
アリスたん、と言いかけた長髪の男子は間違いなくロリコンだ。
ヤクザもそれを察したのか若干引いている。
「お人形が趣味ね。造るのも集めるのも大好き!
和人形、パペット、ビスクドール、球体間接、後は……そんなところかしら?」
ラインナップに死体人形が欠けているのは気のせいだろうか。
もしくはチ●ッキー辺りでも絵になるかもしれない。
花も散らせぬ可憐な容姿だが中身は地獄のラフレシアなアリスには殺人人形がピッタリだ。
「造れるの?」
質問をした男子が驚いて思わず聞き返してしまう。
確かに人形を造れると言うのは珍しいスキルだろう。
「うん。この間も紫苑お兄さんに兎さんの人形をプレゼントしたのよ?」
「え、紫苑って……春風くんのこと?」
当然のことながら紫苑の名はクラス――どころか学校中に知られている。
身体能力、魔力量、補助魔法の精度は総て凡人クラス、
だと言うのに恐ろしく頭が切れて常に一生懸命な優等生として。
内情を知るカス蛇辺りからすれば大爆笑ものの評価だが表向きはそうなのだ。
そんな紫苑とアリスに接点が? 生徒達が好奇心を抱くのも無理は無い。
「……ミラーくん」
今まで黙っていたヤクザがボソリと呟く。
秘密裏に行われていた戦いについては黙っておくようにと言う意思表示だ。
「分かってるわ」
その程度の配慮ぐらいはする、馬鹿にするな。
アリスのアイコンタクトにヤクザは困った顔で頷いた。
「なあアリスちゃん、紫苑の奴と知り合いなのか?」
パーティメンバーを除けばクラスの中で一番親しいハゲがアリスに問いかける。
あの堅物と天真爛漫なこの少女の関係が気になってしょうがないのだ。
「知り合いも何も――――一緒に住んでるもの」
大きなどよめきが起こる。
その最中、アリスは冷静に視線を走らせた。
「……あの子、ね」
アリスはお目当ての人間を見つけた。
何人かそれらしい反応を示していたが、一番強かったのはあの少女。
空と海の中間ほどの蒼さを誇るベリーショートの髪に紅玉の瞳を持つアイリーンだ。
「ど、どうして!」
真っ先に声を上げたのはアイリーンだった。
言葉足らずだが、恐らくは"どうして一緒に住んでいるの!?"と言いたかったのだろう。
「どうしても何も、私にとって紫苑お兄さんは特別な人だもの。
将来的にはお嫁さんになりたいと思ってるわ。
ちなみに言っておくけどこっちのお兄ちゃんは同じアパートに住んでいるけど、
私とは一緒に住んでいないわよ? 私は紫苑お兄さんと二人暮しだから」
ルークはここに来てようやく質問タイムの意図を察することが出来た。
あぶり出しと牽制だ。紫苑に対する自分の好意を見せることで顕著な反応を示した者を見つける。
その上で自分と彼はとっても深い絆で結ばれてるのアピールをしたかったのだ。
洗脳を使って外堀を埋めるような真似をしないのは何故か。
それは単純に自信があるから。紫苑と自分は絶対に結ばれる、そう確信しているから。
根拠なんてまるで無い、強いて言うなら運命? 如何にも少女チックな考えだ。
「私達すっごく仲良しなのよ? 一緒に御飯食べて一緒にお風呂に入って一緒のベッドで眠るの♪」
「あの野郎ロリコンだったのか!?」
ハゲの言葉を皮切りにして紫苑ロリコン疑惑が広がっていく。
実年齢的に考えれば仮に付き合っていたとしてもロリでも何でもないのにね。
「(ご め ん ね 紫 苑 く ん)」
思わずくん付けで呼んでしまうほどルークは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
彼はアリスを救った紫苑に嫉妬を抱いているが、それ以上に恩義を感じている。
だからこそ金髪ロリの蛮行を止められなかったことを悔いていた。
アリスと違ってルークは気が回る善人であるからして、
教室中に広がった紫苑のロリコン疑惑が彼に迷惑をかけるであろうことを分かっているのだ。
「(恋は盲目と言うが……もう少し、彼のことも気遣ってあげてくれ……)」
人間であれば胃を抑えているであろうルークとは対照的にアリスは、
「(チッ……あの女、折れてないわね)」
真っ直ぐ恋敵アイリーンを見つめている。
ロリにガンを飛ばされている当人はペタペタと自分の身体を触っていた。
「……あそこまで平坦になれない」
アリスとは真逆のプロポーションについて嘆いているようだが、喧嘩を売っているようにしか聞こえない。
それでも救いがあるなら教室を満たす喧騒でアリスの耳には届かなかったことか。
「でも、頑張ろう」
周りの喧騒には一切耳を貸さず、静かに決意を新たにするアイリーン。
自分のペースで生きているのだろう。
加えて、好きになった人間を色眼鏡で見ない真っ直ぐな性根も関係しているはずだ。
だからこそアリスはアイリーンに目星をつけた。
「ごほん! では、そろそろ質問時間は終わりだ。ミラーくん達の席は……」
流石に騒がしくなって来たのでこれ以上はよろしくない。
そう判断したヤクザが場を引き締めると生徒達は静かになった。
「あ、私は紫苑お兄さんの隣に座るわ。お兄ちゃんはテキトーにどっかよろしく」
それだけ言うとアリスは紫苑が座っている席の左隣に向かって行った。
どうして席を把握しているのか……考えるだけでアレな気分になりそうだ。
「では、ルーク・ミラーくんは窓側の一番後ろに」
確かにルークのガタイで前の席はあり得ないだろう。
後ろの生徒達が余りにも気の毒だ。
「分かりました」
ルークが席に着いたのを確認してからヤクザは職務に復帰する。
「では、連絡を始めよう。そろそろ五月も終わり差し掛かる。
六月に入れば体育祭の練習もあるから午後の実習は減ることになるが気にするな。
諸君らは冒険者の卵であると同時に高校生でもあるのだ。
年に一回の行事のために汗を流すのは悪いことではない。
めいっぱい体育祭を楽しむために頑張ってくれたまえ」
七月頭にある期末テストが終わってから、一学期最後の行事として体育祭がある。
普通の種目だけではやってる方も物足りない、
かと言って難易度や危険度が高い競技をするならば練習時間が長い方が良い。
ゆえに一ヶ月と言う準備期間が設けられることになるのだ。
「次の連絡は……そうそう、この間の中間テストの結果だが、諸事情で発表が遅れそうだ」
「そういや、紫苑の奴とか中間の時顔見てないんだけど良いんすか?」
「彼らはテストの代わりに色々やっていたので問題無い」
紫苑はペーパーテストをしていた方がマシだ! と悪態を吐きたかっただろう。
いや、奴のことだから何回も飽きずに悪態を吐いていたかもしれない。
「次に注意事項だ。最近学校の周辺で変質者が目撃されていたのは知ってるな」
「下半身露出する変態でしょ? でもセンセー、その人うちの生徒が捕まえたって噂じゃない?」
女生徒の言葉に頷くヤクザ。だが、その捕まえ方が問題なのだ。
「その通り。問題は捕まえた生徒にあるのだ。
捕まえたのが女生徒だから気持ちが分からんでもないが……潰すのはやり過ぎだよ。
君達は普通の方々より遥かに凶悪な身体能力を持っているんだ。
蹴って潰したのが後衛の子だったからまだ過剰防衛と呼べるレベルではなかったのは幸いだがな」
"潰す"と言う単語に男子生徒一同が内股になってしまう。
心なしかヤクザの顔も青い。男の一大事だからね、しょうがないね。
「って言うか先生、潰す潰す言い過ぎー。セクハラで訴えられちゃうよ?」
「む……も、申し訳ない」
少々配慮に欠けていたかもしれない。
そう反省したからこそヤクザは素直に頭を下げた。
指摘した女生徒はからかいのつもりだったのだが、ヤクザは実直な人間なのだ。
「ねえお兄ちゃん、潰すって何?」
「……さあな」
アリスには今の会話の何処にセクハラ要素があったかまるで分かっていないようだ。
ルークは知っているし教えても良かったのだが、
教えたら教えたでそれをネタにネチネチいびられそうな気がしたので知らないフリをした。
「これが最後の連絡になるが、皆も知っての通り今日は普通授業も実習も無し。
月に一度の地域の一斉清掃があるからこの後、校庭に集まってくれ。
この学校の生徒がポイ捨てしたゴミもあるだろうからしっかり拾うように。
こうやって地道に地域の方と交流をすると言うのはとても大事だから手を抜くことは許さんぞ」
HRが終わり、ヤクザは教室に置いてあったマイ掃除セットを手に教室を出て行く。
長年、毎朝学校周りの掃除をしているうちに掃除が好きになったのかもしれない。
「ねえねえアリスちゃん、一緒に行きましょ?」
「良いの?」
「勿論!」
「おい、ルークも行こうぜ。妹さんが心配だろ?」
転校して来た二人に気遣いを見せる生徒達。
そんな彼らに対して愛想を振り撒いてお礼を言うアリス。
上っ面を取り繕うのが上手な辺りは紫苑ともよく似ている。
「ねえねえハゲのお兄さん、掃除って学校の周りだけなの?」
校庭で点呼を取ってからは各自で掃除をする運びとなった。
アリスが属するグループにはハゲこと花形元の姿もあるのだが、
「は、ハゲのお兄さんかぁ……」
面と向かってハゲと言われて流石にショックを受けたようだ。
これが男友達なら笑えるが女の子に言われるのは結構キツイ。
「……うちの妹が申し訳ない」
それは偽らざる本音だった。
「良いぜ良いぜ、気にすんな。で、掃除の範囲だっけ?
学校周りだけなら一日も潰しゃしねえよ。ここらだけじゃなく三駅先くらいまではやるんだわ」
冒険者ならではの範囲だ。
常人にとってはちょっと……と言いたくなる範囲だが冒険者にとっては何でもない。
「へえ……」
テキトーに相槌を打ちながらアリスはほんの少しだけスカートの裾を上げる。
すると小さな兎が零れ落ちて何処かへ走り去ってしまう。
その手に持っていたのは小さな便箋だった。
「だから校庭に集まった時言ってただろ? 折りを見て昼食は各自で摂るようにってな」
「アリスちゃんは甘いもの好きなのよね? だったら二駅先の方に美味しいケーキ屋さんあるのよ」
「おいおい、昼飯にケーキって……」
「良いじゃん別にー。ハゲの癖に心狭ーい。女の子に合わせてよ!」
「ハゲだったら心広いってどう言う理屈だよ!?」
僧侶的な理屈ではなかろうか?
「お兄さん、お姉さん、アリス、用事が出来たから帰るわね」
「ん? おお、気を付けてな」
「ケーキはまた今度食べましょ」
「うん! バイバーイ♪ ほら、行こ? お兄ちゃん」
大きく手を振りながらその場を抜け出したアリス。
彼女の奇行の理由が分からないルークは怪訝そうな顔をしている。
「……御主人?」
「デカブツルーク、お掃除しっかりやっておくのよ? それとお夕飯のお買い物も!」
掃除はともかく料理は自分でやった方が紫苑も喜ぶのでは?
そう思いはしたが本題を聞きたかったルークは静かに受け流す。
「ああ。しかし何故……」
「――――じゃあ自分で作れよって思ったわね?」
が、アリスはしっかりと見抜いていた。
「……」
「何か最近やたら顔に出てるわよあなた」
鋭い視線がルークに突き刺さる。
これからネチネチといびられるかもしれないと思うと酷く億劫だったのだが……
「ま、正論ね。でもね、私は完璧主義者なの。
自分の腕に満足が出来るまでは紫苑お兄さんに出せないわ。一番美味しいものを食べて欲しいもん」
それまではカマセとしてルークを使おうと言う腹積もりだ。
彼の料理の腕も中々だがプロ並ではない。
アリスはその普通に紫苑の舌を慣れさせて、自分が作る時の感動を大きくしようとしているのだ。
腹の中は真っ黒だ。一体何を食えばそうなるのか。
「成るほど、合点がいった。ではもう一つの疑問にも答えてくれないか?」
「どうして私まで抜けて来たかって?」
「ああ」
「ねえ、こんな慣用句知ってる? "人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ"」
「一応は……」
「つまり、この言葉ってさぁ――――」
アリスの顔にはサイコホラーな笑顔が浮かんでいる
「恋 敵 は 殺 せ っ て こ と じ ゃ な い の ?」
どんな異次元解釈を使えばそんな答えに辿り着くと言うのか……。




