第79話 皇太子叙任式
5月の中旬、鷺宮魔法学園の入学式から1週間ほど経過した土曜日、私は、ヒカリさんとタケシさんとともに、鷺宮家の転移門』で王都ロンドリアまで飛んだ。今日は、かねてから計画されていた『皇太子叙任式』の日だ。この式典が終われば、私は、名実ともに次代の国王として、この国の皇太子の身分を得る事になる。
この日のために、私は、準備のため数日前から学園を欠席しようと思っていた。しかし、お父様とヒカリさんとで、話が既についていたのか、すべての準備がカランで行われていた。当日私が着用するドレスの仕立てから何から、全てヒカリさんの指示でカランの業者が手配してくれた。そして当日の朝、私はヒカリさんとタケシさんともに、『転移門』を潜ったのだ。転移先は、鷺宮商会のロンドリア支店。ヒカリさんに連れられた離れには、王城から来てくれた私付きの侍女が、既に準備をして待っていてくれた。私が着替えて庭に出ると、既に着替え終わっていたヒカリさんとタケシさんが出迎えていてくれた。
私の衣装は、純白のドレスに黒を基調とし縁取りが赤色、金糸と銀糸で王家の紋章を刺繍したローブを羽織っている。実はこの刺繍には、鷺宮魔法学園の制服で使われている例の魔法陣が刺繍されているのだ。それを知った時、私は、お父様とお母様に、同じローブをプレゼントしたいとヒカリさんに頼んでみたところ、快く了承してくれた。
ちなみにヒカリさんとタケシさんは、普段大神殿で使用する『龍神の神子』の衣装に身を包んでいる。今日のヒカリさんとタケシさんの立場は、『光の神子』と『闇の神子』と言う立場なのだ。
私たちは、王家の紋章のついた黒光りする馬車に乗り、王城まで移動する。王城の門を潜り、馬車はそのまま中心に建つ建物の玄関前に横付けされた。馬車から降りる私たちは、馬車から建物内へと延びる赤絨毯の上を歩いていく。両サイドには、謁見の間までずらりと近衛騎士が並んでいる。その中を、ヒカリさんとタケシさんを先導する形で、私は歩いていた。謁見の間の大扉が音もなく開かれ、私たちは中へと入る。ずらりと並ぶ貴族たち。貴族たちは、私たちが謁見の間に入ると、一斉に臣下の礼をとる。私たちは、玉座の目の前まで進み立ち止まる。私は、軽く会釈をした後、お父様である国王に対し、ヒカリさんたちを紹介した。
「コロラド王国国王陛下、マルキネス=サンダレス様及び、王妃殿下、エリーゼ=サンダレス様、私の魔法の師匠である『光の神子』鷺宮ヒカリ様と、夫である『闇の神子』鷺宮タケシ様が、私の『皇太子叙任式』のためにお越しくださいました。式に先立ち、国王陛下との親睦を深めたく、この場を設けたく存じます。」
「本日はよくお越しくださいました。光の神子様、闇の神子様。わが娘メーリアの魔法の師匠となっていただき、感謝の言葉もありません。また、メーリアの『皇太子叙任式』に、わざわざご出席していただきありがとうございます。」
「お初にお目にかかります。私は、メーリアとマルコの母、エリーゼ=サンダレスです。メーリアとマルコがお世話をかけています。」
お父様とお母様は、ヒカリさんとタケシさんの前で膝を折って口上を述べた。
「お初にお目にかかります、エリーゼ様。そして、お久しぶりでございます、マルキネス様。このたびは、愛弟子であるメーリアの『皇太子叙任式』を参観したく王都まで参りました。王都での滞在中は、ご迷惑をおかけするとは思いますが、よろしくお願いします。」
ヒカリさんは、丁寧な言葉でお父様とお母様に、挨拶をしてくれました。
「マルキネス様、エリーゼ様、僭越かと思いますが、私からお二人にプレゼントがあります。この場でお渡ししてもよろしいでしょうか。」
「はい、プレゼントとは何でしょうか。」
お父様からの言質を取ると、ヒカリさんは、後ろに控えている侍女に目配せをしました。次女2人は、それそれ両手で黒檀でできたお盆をもって、国王夫妻の前まで歩いてきました。お盆の上には赤い布が被せられたプレゼントが乗っています。赤い布を取り、お盆の上に置かれた者を見て、お父様がヒカリさんに質問をします。
「これは何でしょうか?」
「これは、今メーリアが羽織っているローブの色違いです。縁取りが金色のを王様に、銀色のを王妃様にプレゼントいたします。メーリアが羽織っているモノも含め、背中部分に刺繍されている王家の紋章には、鷺宮魔法学園の制服に使用されている魔法『始原還元魔法』を刺繍してあります。そして、メーリアのも含め、そのローブにはもう一つ、光属性の防御魔法も施してあります。これは、着用者に行われるあらゆる物理的魔法的攻撃を防ぎます。」
「これはとても高価なものをありがとうございます。大事に使わせてもらいます。」
国王夫妻が、その場で、今までは折っていたローブを脱ぎ、ヒカリからプレゼントされたローブに着替える。
「光の神子様、闇の神子様、どうぞこちらへ。これより第4王女メーリア=サンダレスに対し、『皇太子叙任式』を行いたいと思います。」
宰相の案内で、ヒカリとタケシは、玉座の横に設けられた椅子に案内された。跪いていた貴族たちも立ち上がり、いよいよ式典が始まろうとしたその時、謁見の間の扉が大きく開かれた。
「皇太子になるのは俺だ!メーリアなんかに渡してなるモノか!」
50人ほどの兵を引き連れて乱入してきたのは、第1王子ライラレスをはじめとしたメーリアの兄弟たちだった。謁見の間を許可なく玉座の前まで進み、メーリアを押しのけて、王に前まで進むライラレス。
「邪魔よ、メーリアそこをどきなさい!」
そういってメーリアを押しのけて、ライラレスの隣の並んだのは、第1王女ライブストと、第2王子エリシアだった。他の兄弟たちは、謁見の間の一番後ろで青い顔青して立ち尽くしていた。サンダレスはこの様子を見て、今回の騒動は、目の前にいる3人が主犯格であり、後の兄弟たちは、命令されたのか、只ついてきただけなのだろう。
「お前たち、この騒ぎは何の真似だ?事の次第によっては、只では置かないぞ。」
「父上、それではお聞きしますが、何故、皇太子に第1王子である私ではなく、第4王子のメーリアを指名したのですか?」
「この前も言ったと思うが、メーリアとお前には、決定的に不足しているモノがある。それは、『龍神の加護』だ。去年の7月の時点では、王都にあるフレア教の総本山では、加護を受けることが出来なかった。」
国王とライラレスは、『龍神の加護』について口論をしている。ヒカリは、玉座に帳に設けられた椅子に座って傍観を決め込んでいた。いつの間にか、ヒカリとタケシの膝の上には、白猫と黒猫がいるのだが、それに気付いたのは、ヒカリに手招きされたメーリアと、それを横目で確認していた国王だけだ。
ライラレスは、国王との言い合いに嫌気が差したのか、いつの間にか光のそばに移動しているメーリアを目ざとく見つけ、矛先をヒカリとメーリアに向けた。
「大体おかしいと思っているのです。そこにいる自称『光の神子』は、ただの平民です。平民の分際で、玉座の横に腰を下ろしているが気に食わない。さらに、国王陛下の御前で、猫を膝に乗せている等、我々王族を侮辱している行為です。」
そう言いながら、ライラレスは、ヒカリとタケシの膝の上にいる猫を、摘み上げて遠くへと放り投げた。その後で、さらにヒカリを畳みかける。唖然と見間もっているヒカリとタケシ。そして、顔面蒼白になる国王とメーリア、マルコ、ライラレスが放り投げた猫が何なのか知っている者たち。
「貴様が本当の『光の神子』だというのなら、今この場で、光龍を顕現して見せろ!
そして私は、私よりも力のある者しか認めない!これはメーリアにも言っている事だ。」
ヒカリとタケシは、ライラレスの行動を一頻り見た後にお互いが見つめ合って笑い出した。
「王様、何も知らない無知は、時に大胆な行動をするんですね。まさか、あのような事をするとは、思いもしませんでした。あの猫が何なのか、碌に調べもせずよくあんな行動が出来ました。それに『力ある者』ですか。その『力』とは、一体何を指した『力』なんでしょうかね。」
「…ああ、本当に、無知なのは素敵な事だ。ヒカリ様とタケシ様が席にお座りになるまで、2匹んえ子は、『謁見の間』にはいなかったんですからな。この事実は、ここにいる貴族すべてが確認しておる事だ。まあ、今現在、光龍様が、どのようなお姿で顕現されているのか、知らないのだから仕方がないでしょう。ヒカリ様。」
「それもそうですね。」
国王とヒカリ、あと数人しか知らない事を話す2人。其処に王妃であるエリーゼが話に加わる。
「あなた、ヒカリ様と一体何のお話をされているのですか?」
「エリーゼか、すまんな。ヒカリ様、そろそろネタを明かしてもよろしいでしょうか。」
「そうですね。この調子だと、私から明かしても信じないと思いますので、国王陛下からお話してください。」
「それでは、私の方からお話しさせていただきます。
まずはネタ証をする前に、ライラレス、ライブストと、エリシアよ、お前は龍神を見た事はあるか?」
突然国王から問われたライラレスら3人。ライラレスは、声高に宣言する。
「もちろんでございます。父上。神殿にある神像や壁画で、そのお姿を拝見しております。」
「私が言っているのは、そんなものではない。『実際に見たことはあるか?』と聞いたのだ。」
「父上、龍神様は、神の1柱です。それこそ龍神の神子にでも頼まなければ、そのお姿を実際に見る事など敵わぬでしょう。」
「確かにそうだ。だがな、ライラレスよ。また、この場にいる全員も聞くがよい。私を始め、メーリア、マルコ、それに、各州牧とその家族、あと大神殿の建つ各町の住民たちは、そのお姿を拝見したことがある。また今現在、既に龍神の御二方が、この場に顕現なされておる。だから私はお前に聞いたのだ。『実際に見たことはあるか?』と。」
貴族を含めてこの場にいる者すべてが、驚愕の眼差しを王に向けた。そしてすぐに気付く。この謁見の間に於いて、『龍神』に該当する人物、いや生物が何なのかを。そしてすべての視線が、ライラレスが放り投げた猫に固定した。それらを確認したヒカリが、おもむろに口を開いた。
「フレアにムーンベルト、いつまでも寝ていないでそろそろ自己紹介をしなさい。」
「…、ヒカリちゃん、ひどいニャ。ボクらが投げられるのを、黙ってみているなんて。」
地面に寝そべっていた猫が、むくりと立ち上がる。不思議な事に、2匹の猫は2足歩行をしており、いつの間にか服まで来ている。2匹ともに雌猫なのか、学園のセーラー服を身に纏っており、その姿がなんともかわいらしい。
「ごめんね、フレア。まさかそこのバカが、あんな行動を起こすとは思ってもみなかったから。」
「確かに其処のバカの行動は、ボクにも予想が出来なかったんだけど。もしヒカリちゃんに危害を加えてたら、あの場で殺していたニャ。」
ポタポタと歩きながら、2匹は王の前まで歩いてくる。玉座の前まで来ると、軽く会釈をして自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかる人もいるので、この場を借りて自己紹介をさせてもらうニャ。ボクは、光龍と言うニャ。ヒカリちゃんや他のみんなからは、フレアと呼ばれているニャ。この姿は、ボクと一心同体であり、代行者であるヒカリちゃんがイメージした姿ニャ。隣にいる黒いのが、黒龍ニャ。こっちはそこにいるタケシがイメージした姿で、みんなからは、ムーンベルトって呼ばれているニャ。
其処のバカどもは、未だに嘘だと思っているようだから、少し、本当の姿に戻ってあげるニャ。」
フレアとムーンベルトは、ライラレスたちを一瞥すると、白い光を放ちその姿を神像で表現されている龍の姿に変えた。謁見の間の天井付近を一回りすると、ヒカリとタケシの下に行き、最初の猫の姿に戻る。ヒカリは、フレアを抱きかかえて立ち上がると、ライラレスの前まで歩いていった。そして一言。
「確かあなたは、私に『光龍を顕現して見せたら、光の神子だと認める』と仰っていましたね。目の前にいる白猫が光龍ですが、何か言いたい事はありますか?」
ライラレスは、ヒカリの言葉に我に返ると、己の首を絞めているのも気づかずに、言葉をまくし立てる。
「貴様が、光の神子だとは認めてやろう。しかし、平民の分際で、王族に対する無礼の数々、認めるわけにはいかんな。この場で切り捨ててやる。」
ライラレスは、腰に帯びていた剣を抜くと、ヒカリの喉元に当てた。
「どうした?光の神子よ。この場で許しを請えば、貴様を許してやらんこともないが。ただし、条件があるが。」
「とりあえずは、その条件とやらを伺いましょうか?」
大体の想像はつくが、ヒカリは条件を聴くことにした。
「それはもちろん、貴様が俺にメーリアに与えたのと同じ加護を与える事だ。龍神の加護さえあれば、俺が皇太子になれるからな。」
ヒカリはくつくつと笑うと、ライラレスに宣言する。
「バカは何処まで行ってもバカなんですね。この状態で、私から加護を貰えると思っているのですか?あなたは今、誰に向かって剣と突き立てているのか考えなさい。」
ヒカリは、踵を返すとタケシの元へと歩いていく。
「貴様!殺してやる!」
ライラレスは、大きく剣を振り上げると、背中を向けているヒカリに斬りかかった。誰もが最悪の事態を想像した。しかし、ヒカリは、斬られることもなく平然と立っている。ヒカリに振りおろされた剣先は、中ほどから無くなっており、無くなった剣先が、ライラレスの喉元に突き立てられていた。




