「ラスボスと契約結婚します」? お帰りください
ところで、この世界にはゲームらしく超能力のようなものがある。
単純に「異能力」「能力者」と呼ばれている。よかった、なんか独特な呼び名とかじゃなくて。俺オタクでも中二でもねぇから気恥ずかしさが勝つところだった。
問題はアクションゲームでよく見る景気よくプレイヤーに吹っ飛ばされるモブなんだが、まぁそこはゲームと違って最初からボス同士がタイマンでもして配下の命を無駄に散らすことはしないだろう。命はタダではないのだ。貴重な戦力労働力を浪費するような真似はしたくない。俺は優しいんだ。
まだ物語は全マフィアを巡る大抗争が起こるゲーム軸までは進んでいないようなので、本当のところどうなるかは知らないが。
シマの市街地とかボロクソにされるのは避けたいんだよな。住民への被害も。支出が増えるし収入が減る。でも確か戦闘シーン大体市街地だったんだよなぁ。
まぁマフィアの抗争なんだからどっかの野原とかでやるわけもないか。
住民の避難訓練とシェルターのようなものでも用意しておくべきか。人間は生きてるだけで金は掛かるが働いてくれさえすれば金を生み出すからな。貴重な財源だ。大切にしないとな。
妹の横で別の事をしながらなんとなしに眺めていただけのゲームなので正直詳しいところは覚えていないが、幸いなことに俺はボスなので敵対勢力の能力者の情報はきちんと入ってきている。
そこで最近気になる情報を見付けた。
陸軍中尉、フェリハ・キラズ。十八歳。
情報が入ってくるほどの実力者でありながら、俺はこの女がゲームに出てきた覚えがなかった。
能力は雷。俺とは相性が悪そうだ。
つまり、ラスボス特攻のキャラクターとしてゲームに出ていてもおかしくはないはずだ。
それなのに俺の記憶にはない。単純に忘れているだけの可能性もあるが、どうにも引っ掛かった。
そもそも、ゲームでは軍隊なんて全く登場していなかった、はずだ。というかそもそも軍隊が多少なりとも使える状態にあるならゲームのような大抗争が繰り広げられるとは考えにくい。腐っているとはいえ国の介入があってしかるべきだ。
それが、ゲームではマフィアたちは元気に自由に暴れ回っていた。妹の横で眺めながらこの国終わったんじゃないか? と思っていたものだ。実際にはマフィアの息が国政にも掛かっているのでどうにかなっていたらしいが。いや、マフィアに生かされてる国、終わっているという認識で間違いはないと思うが。
とにかく、情報によれば軍は今のところまだそれなりの戦力を蓄えており、近々俺たちを粛清するつもりなのではないかということだった。
考えるに、おそらくこの粛清が失敗して、国は完全にマフィアの傀儡へと成り下がったのだろう。
つまりこのキラズとかいう女と俺はこれから戦うことになる可能性が高い。
四大マフィアでも最も国の腐敗に加担しているのはうちだ。賄賂だの恫喝だの我ながら好き放題させてもらっている。他のマフィアはあくまで自警団としての意識が強いからな。俺ほどではないにしろ大なり小なり血と暴力で飯にありついておいてどの口がと思わんでもないが。
とりあえず、シマの人間を守るために仕方なく国政に裏から口を出すことはあっても、積極的にどうこうはしていない。
一方俺、ヤクの販路開拓のために大臣の娘を誘拐したり、シマを広げるために貴族に賄賂を送ってその領地を支配下に置いてみかじめ料を要求するようになったり、売春宿を営業しやすくなるようゴミカスのような法案を権力者を抱き込んで押し通したり、マジで好き放題やらせていただいている。
弱かったから死んだ俺なので言わせてもらうが、弱いやつが悪いと思う。文句があるなら俺より強くなってから出直してきてほしい。俺は気のいいやつなので強いやつの話を聞く耳くらいは持っている。
俺より強いやつが現れたらそのときはまた死ぬだけだ。俺は世界がクソだったのでそこで生き残るために泣く泣く手を血で染めただけの可哀想な一般人なのだ。
生き残るためになんでもするやつ以外の話を聞くつもりはない。
お綺麗なまま死にたいやつもいるだろう。ならばそうすればいい。俺とは考え方が違うんだな。多様性というやつだ。その覚悟を称賛しようじゃないか。敬意を表して一発で仕留めてやろう。
さておき。
フェリハ・キラズ。
軍属の家に生まれ、才覚に恵まれ、女でありながら陸軍で若くして中尉にまでのしあがった傑物。
この世界はマフィアが主役なので、当然女に人権はない。時代柄もあるだろうが、女はお砂糖とスパイスとステキなものでできた男の付属物に過ぎない。
令和の価値観を持った愚昧その一がいなくて良かったかもしれないと思うのはこういうときだ。
あいつは最終的には引きこもりにさせられたが、本来この俺より優秀なやつだったのだ。その才能がこのクソみたいな世界観に埋没させられたらと思うと許しがたい。俺の愚妹はその才能を生かして好きなようにのびのび生きるべきだ。
愚妹その二たるフレサは、このカスのような世界と時代に生まれた時点で哀れだが、その代わりできる限りの自由と権力を与えるつもりだ。
女の権利向上のためのどうこうなど、女を、まぁ老若男女問わずだが、使い潰して金にしているマフィアの俺がやったところで笑い話にもならない。し、それを求める愚妹もいないのでこの話は無しだ。
知らなければ求めることはない。
この世界の女としてしか生き方を知らないフレサはそれ以外の生き方を探すことはない。ならば俺はせめてそれが幸福であるよう努めるだけだ。
そんな時代で、だ。異例の軍属、しかも中尉。
この情報だけでこの女がただ者ではないことを示している。それほどにこの世界は女に力を与えることをそもそも前提としていない。
どれほど強いのか。どれほど知略に長けているのか。武力だけでは軍では生き延びられないだろう。それ相応の立ち回りができるだけの頭があるはずだ。つまりそれは、俺たちに対しても搦め手を使ってくる可能性があるということ。
(警戒だけはしておくか)
資料を眺めながら十五の頃から嗜むようになった煙草を灰皿へ押し付けた。
葉巻の方が箔はつくだろうが、端的にでかいし太いし邪魔なんだよな。つい手軽な紙巻に手を伸ばしてしまう。
しかしそもそも健康を害するものでしかないこれを吸うようになったのが舐められないためなのでそろそろ面倒がらず葉巻に転向した方がいいかもしれない。確かゲームのタンジュも葉巻を吸っていた。ならう必要はないんだろうが、まぁ、それだけで余裕を演出できるなら安いものだろう。この世界で余裕とは強さだ。
マフィアのボスというのは忙しい。人様のことをどうこう言える身分じゃないが、敵も味方も基本カスだ。マフィアなんかやってるんだから当たり前だが。問題は有能なカスなら使いようもあるが無能なカスをどう無駄なく使うかというところだ。
無能なだけならまだ許せるが、たまに俺を裏切る阿呆までいる。無能でも俺を裏切るとどうなるか覚えておけるよう正しく教育しておかなければならない。
そんなこんな部下の統率、裏稼業に表稼業。敵情視察。やることは山積みだ。
ちなみに表向きの会社としてはうちは銀行を営んでいる。マフィアが銀行できてるあたり、本当にこの国はオワコンなんだなぁ。
そんなこんな、軍の動きに警戒しながら日常を送っていたある日のことだった。
「私と結婚してください」
なんと、まぁ。
この国の王女様にプロポーズをされてしまった。
国の主催で開かれた夜会でのことだった。
マフィアとはいえ、どこの勢力も表の顔は持っているものだ。今日はそちらの肩書きで招待をされた会だった。
そもそもこの国を裏から動かしているのは俺たちなので、呼ばれない方がおかしな話だ。俺たち抜きでの政や金の話など空虚な妄想でしかない。
まだ二十歳になったばかりの若輩の俺はそれは謙虚に振る舞った。
例え事実として俺がすこぶる有能なせいであの世代交代からジュデッカの勢力は拡大する一方だとしても、それは慎ましく他のゲストたちとの歓談に応じた。
俺がまだいたいけな美少年の頃、幼いボスということでこちらを舐めて掛かって痛い目をみた馬鹿共も中にはいたが、等しく丁寧に接してやった。
一度お灸は据えたのだ。また舐めた真似をするなら今度は完全に潰すだけだ。
さて、タンジュ・ジュデッカは正直ラスボスとは思えないほど美しい顔をした男である。
ゲームのラスボスって大体は強面なおっさんとか怪しげなおっさんとかだと思うんだけど。いや俺は妹の横で眺めていただけだから詳しくは知らんが。
とにかく、俺はめちゃくちゃに顔がいい。デスクワークも多いが戦闘職でもあるので体はファッションではない筋肉がかなりついているし、厚みのある胸板は淑女の心を十分にときめかせるだろう。
少女漫画のヒーローのような細身の王子様にはなれないが、むしろこの時代貴族ですら最低限の武芸を学んでいるのだ。鍛えていない男など論外と言える。
俺は前の俺の顔の方が気に入っているので正直鏡で見飽きようとこの顔をいまだに己の顔だとは思えない。他人の面が顔に貼りついてらぁ、と気色悪く思うだけだ。
それでもまぁ。
肩口までの少し癖がついた艶のある黒髪。俺の異能力を想起させる夜のような瞳。怜悧な印象を抱かせる白皙の美貌。均整のとれた肉体。
王女様もトチ狂うというものだ。
(一目惚れでもされたか。面倒だな)
それにしても一過性の熱にのぼせあがってマフィアに求婚するとは。
この国の王族はもはや飾りでしかないとはいえ、末子である第三王女がこれでは国王も頭が痛いだろうな。
この王女の役目は国内のマフィアに熱を上げることではない。力ある国内貴族に降嫁するか他国へ嫁ぐなりしてじりじりと衰退の一途を辿るこの国の命を少しでも長らえさせることが本来の義務だ。
それを理解していないとは。
王族の教育環境が思いやられる。
「殿下、私は今何も耳に入れませんでした。よろしいですね」
「いいえ、しかと傾聴してくださいませ。これは交渉の依頼なのですから」
俺が喧騒を離れて一休みをしていたバルコニーへ滑り込んできた第三王女は、思いの外冷静な、というより緊張と、あとは恐怖か? を押し殺したような面差しで俺と向かい合っていた。
なるほど、一目惚れの線は消えたようだ。そしてこの女は戦場に出ることのない王女でありながら、俺の恐ろしさを理解しているらしい。周囲になんぞ吹き込まれでもしたか。まぁ、大体は事実だと思うので弁解するつもりはないが。
「これは興味深い。貴い身であらせられる王女殿下が私のような者にどのようなご提案を?」
促してみれば、王女は努めて冷静に事のあらましを語り始めた。
曰く、己はこのままでは嗜虐趣味のあるという隣国の公爵家へ関税の撤廃と引き換えに後妻として嫁がされてしまう。それは避けたい。
そこで国内でも王族に対抗するだけの権力があり、自分が嫁がなくても自力で隣国への販路を切り開き国王を納得させてくれそうな男性、ということで俺に目を付けた。
結婚以上のことは求めない。愛してほしいなどとは言わないし、夫人としての役目もちゃんと果たす。
こちらへ提供する利益としては、山のように届いているだろう求婚を断る理由になれること。俺が今後王族をも支配下に置くことの協力は惜しまないこと。
ということだった。
俺は無言で胸元から紙煙草を取り出すと、気に入りのジッポで火を点け深く吸い込んだ。
そして煙と共に吐き捨てる。
「つまんねぇ女だな」
「……なっ!?」
「俺は生憎求婚の山にも困ってねぇし、近いうちに王族どころか国内の貴族は丸ごと俺の手の内に納めるつもりだ。お前の手なんざ借りなくともな」
というか、この男尊女卑世界で第三王女ごときが味方になったところで何の旨味も感じられない。王族の機密すらろくに知らないんじゃないか。
求婚もなぁ、正直マフィアに娘をやろうだなんて考える親共の頭が信じられなくてろくに見合いの釣書も読んじゃいない。よって視界に入っていないので困っていない。
というよりこちとら四大マフィアのボスだぞ。愛人のニ、三人、というか五、六人はいる。女にとってもイイ男は最高のアクセサリーだろうが、男にとっても見栄えがよく教養のある女はステータスになる。
今日もその内の一人に同伴は頼んでいる。頭が良く顔も俺ほどではないが整った女だ。パートナーとして十分な働きをしてくれた。近いうちに欲しがっていた宝石を贈ってやろうと思う。
まさか俺の愛人が視界に入っていなかったとは言わないよな?
俺が妻に求める条件のようなものは特にないので、逆に言えば誰でもいいし忙しい今は必要ない。それこそ今回のような場でのパートナーは愛人がいるしな。全く困っていないのだ。
「待ってください! 私に利用価値がないことは分かりました。けれど、どうか、どうか哀れと思って力を貸してはくださいませんか」
「断る。せいぜい王女としてしっかり務めを果たしてこい。……そうだな、そこまで言うなら慈悲をひとつかけてやろう」
煙草を仕舞っていたのとは逆のポケットから小瓶を取り出す。今日は出番がなかったが、こんなところで使うことになるとはな。
消しておきたいやつが今日の夜会に参加していたのなら使うつもりだったんだが。どうにも今夜はそういう巡り合わせらしい。
「どうぞ、殿下。きっかり一瓶で安らかに天国へ旅立てる薬です」
「ひっ、ど、毒!? あなた何を考えているのですか!?」
「未来を悲観していらっしゃる殿下がその悩みから解放される一助になれればと、その一心ですよ」
先ほども言ったが、この女の役目は王族として責務を果たすことだ。それが、嫁ぎ先で暴力を振るわれるかもしれないから逃げたい? 血税を舐めているのか?
この国を好き放題食い散らかしている俺にはこんなことを言う権利はないが。
それでも、お前ら王族が軟弱だからこの国はこんな有様になっているのだ。
お前たちがこの国を立て直せなかったせいで、俺たちが骨の髄まで使い潰した女が何人いると思う? それを知っていて、この王女様の提案を呑む気には到底なれなかった。
箱入りのお姫様が暴力に晒されるのは確かに哀れだが。俺はそんな哀れな女を腐るほど見てきたし、なんなら生み出す側だ。
「お前は弱い。俺は弱いやつの話に価値を感じない。現状を変えようと動いたことは評価に値するが、計画が杜撰すぎる。弱いうえに頭が悪いなら大人しく嫁ぐくらいしかお前にできることはないだろ。それでも嫌だってんなら人生諦めて死にな」
こつり、と毒瓶をバルコニーの手すりに置いてその場を去る。
ああ、無駄な時間を過ごした。
少しは面白いかと思ったが、とんだ期待外れだった。
どこかに面白いやつは転がっていたりしないだろうか。
そんな風に、順風満帆ゆえのちょっとした我が儘を胸に抱いた夜だった。
「――来世なんて知るもんか、今この瞬間、ここで生きている私こそが、私だけが私よ! たとえ記憶を持って生まれ変わったとしても、それは私の記憶を持っただけの別の誰かでしかない。だから、来世は幸せになんて祈り、何の価値もない! 私は今、ここで! あんたを殺して生き残って! 幸せになるのよ!」
バチリバチリと閃光が弾ける。
満身創痍でなお、その女は闘志を失うことなくこちらを睨み据えていた。その瞳の中でも、強く鋭い光が弾けるように瞬く。
雷を帯びた剣がこちらへ過たず向けられる。瞬間、女は距離のあったはずの俺へと肉薄していた。光速に近い移動すらも可能にする雷の異能力。スピードだけならこの国一ではないかと推察する。その上、雷本来の攻撃力。
なるほど、要注意人物として報告に上がってくるわけだ。
俺の異能力「闇」で相手の光を食らい尽くそうとするも、吸収しきれなかった雷が着実にこちらへダメージを蓄積させてきている。
それでも。
それでも、俺はこの世界で最高のスペックを与えられたラスボスだった。
そして、ゲームで登場しないこの女は、ここで退場する運命だったのだろう。
一晩をかけた攻防は、俺の勝利で幕を閉じた。
来世のご多幸をお祈りしてやるよ、と。
煽りとしてはそれほど珍しくもない口上を口にした俺に、女、フェリハ・キラズは真っ向から吼えてみせた。
私だけが、私。
記憶を持って生まれ変わったとしても、それは別人でしかない。
それは。その言葉は。
いまだに前世に未練タラタラで、タンジュ・ジュデッカとしてではなく、「安西日路人」としての意識が強く残る俺に対して、真正面から喧嘩を売るような台詞だった。
「フェリハ・キラズ」
「……なによ。生憎マフィア風情に聞かせてあげる遺言なんかないわよ」
「選べ。ここで死ぬか。俺の下につくか」
「は?」
血塗れで壁に寄り掛かり、今にも命の灯が消えようとしている、それでも生き残る術を探しているような、諦めの悪い、相変わらずチラチラと閃光が散っているような目映い瞳を見詰めて。気付けば女にそう声をかけていた。
フェリハ・キラズ。お前の人生が、今生これきりで、来世などあったとしてもそれは自分のものではないと啖呵を切るのであれば。
それほどに素晴らしいらしい、お前の人生とやらを。俺に見せてみろよ。
そして、軍部による大粛清が失敗に終わった夜。
俺は一人の女を部下に加えた。