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わたしはあなたに感謝をしています。
それはもう、とても、とってもね。
ですがそれが恋であってはいけない、また、恋になってはいけないことを、わたしはわかってしまいました。
きっと、わかっていたのでしょう。
そうなる一歩手前が、最もわたしに力をくれました。
今までどれだけ頑張ってもわからなかった文字が、少しずつ、少しずつですが、読めるようになっているような気がしているのです。
書き写す形でなら、書けるようにもなっていました。
多くの人にとっては当たり前にできることであっても、わたしにとっては、これは努力の成果であり大きな功績だったのです。
コミュニケーションをとることが難しいので、饒舌ではいられないわたしたちの会話でしたが、これを報告しない理由はありませんでした。
やっと意味が理解できた、音が理解できたような気がする平仮名を、一生懸命に書き写して、わたしはあなたに会いに行きました。
『がんばりましたね。えらい。』
合っていたのか、わかりません。ちゃんと伝えられたのか、わかりません。
ですがわたしにも読めるよう気遣って、大きく平仮名で書いてくれた文字を、理解することはできるようになっていたのです。
嬉しかった、あなたと同じ言葉が使えることが、わたしには新鮮でした。
苦しい苦しいと騒ぐわたしではありますが、盲目の人と比べて、よっぽど楽なことだとここでは思えました。
少しだけ、前向きになれたような感覚です。
結局、わたしは文字を読むのに時間がかかりますし、書くのにはもっともっと時間がかかりますから、いろいろなことをお喋りするようなことはできません。
言葉数が増えたわけではないのですけれど、たくさん話せるようになったようで、わたしは進展を感じました。
これが決して恋には変わらないとの決意が、そこにあった上での感情です。
喜びの中でも、どうにかそれは一貫していました。
『もっとがんばるから。』
不格好な文字は、意味を成していたでしょうか。
正しいのか、間違っているのか、その判断さえ自分ではできないことが、悔しかったです。
優しいあなたは間違っていても、どうにか意味をわかろうとしてくれてしまいましょう。
たとえそれでも読み取れないほど、わたしのメッセージが間違えだらけだったとしても、それを指摘することはなく、あなたはわたしを褒めてくれてしまうのでしょう。
それは優しさだけれど、残酷さでした。
少なくとも、読めるようになっているのは自分でわかりました。
平仮名のテキストと見比べて、あなたが書いてくれた文字を一つ一つ確認すれば、その意味を理解することができました。
たまにわからない文字もありましたが、内容を予測できるくらいには、ほとんどの場合読み取ることができました。
通訳のような立ち位置で立ってくれている方に、内容を確認してみれば、正解であることも多くなりましたから、順調にわたしは文字を読むことができるようになっているようでした。
書きも同じくらい、できるようになっているのならいいのですが。
といっても、テキストと見合わせながらでなければわかりません。
わたしに読みやすくするために、大きな文字でわかりやすく、全てを平仮名で書いてくれなければわかりません。
目が悪いわけではないということが、また悔しいことだったでしょう。
比較的読み書きの必要のない単純作業を熟しつつ、仕事の合間、休憩のたびにわたしはテキストを見つめました。練習を重ねました。
そういえば、あなたは本を書く仕事をしているのでしたね。
小説家なのかと訊ねたら、そういうわけではないと言っていましたが、それはどういうものなのでしょう。
本というものをわたしは読んだことがありませんでした。
文字が読めないのですから当然でしょう。
ここでわたしは最終目標を定めようと思ったのです。
それは、あなたの書いた本を読み、感想をあなたに書き届けるというものでした。
そんなことができるようになる日が来るとは思えませんでしたが、信じたい気持ちはあります。
努力するには、目標が必要ですし、ね。




