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しかし、目標地点までがあなたになっているというのに、やはりわたしには、この気持ちが恋などになってはいけないように思えるのでした。
それには、わたしの中に根付いている、恋を悪とする考えが強く影響しているのでしょう。
恋がよい結果を招いた事例を、わたしはどのドラマでも演劇でも見たことがありませんでした。
いつも堕ちていきました。落魄れていく一方で、そのほかの選択肢はありませんでした。
わたしが本を読めない馬鹿だから、母がわたしに文学作品ばかりを見せていたこともその理由なのでしょう。
”ふつう”の人が、”ふつう”に読む本には、幸せな恋がたくさんあるのだということも、もう子どもではないわたしは知っているはずでした。
ですが抗えないのです。
憧れ、目標、そんな神聖な想いが、恋になった途端に穢れてしまう気がしてならなかったのです。
わたしは知っているつもりです。
わたしは、私は知っているつもりなのです。
恋というものが、いかに無駄なことであるか。
単純に、あなたのことをそういった目で見てしまっていることが、わたしには嫌でならないのかもしれませんが。
いいえ、信じきれてなかったのかもしれません。
恐かったのです。依存してしまうのが、怖くてならなかったのです。
最初からあなたには、文字の読み書きができないのだと伝えてありますから、何を隠しているでもありませんが、それなのになぜだか恐怖が消えなかったのです。
きっとそういった理由もあったに違いないのでした。
他にわたしが恐れるものがあったでしょうか。
秘密などないつもりだのに、知られてしまって、軽蔑されることを恐怖していたのか。それか、せっかく存在しないでいてくれる秘密が、恋という形で生まれてしまうのが、恐ろしかったのでしょうか。
ええ、明確なものなどは、わたしにも導き出せていないのですよ。
恋というものに謎の恐怖感を抱えていたわたしは、それを学びの妨げであると呼びました。恋が活力になっているだとは、できるだけ考えないようにしました。
恐かったのです。怖かったのですから、わたしは悟ったような顔をしたのでした。
恋ほど無駄なものなどない。
『こいほど、むだなものなどない。』
人を信じても意味などない。
『人をしんじても、いみなどない。』
言葉に出したまま文字にしてみれば、到底それはわたしの言葉ではないかのように見えるのでした。
だって私は、漢字が書けるようになっているのでしたから。
いつの間にか私は、僅かながら漢字を読めるようになっていました。
ですが私が普通に近付いてしまうことは、あなたとの距離が遠ざかることを意味しているように思えて、素直に喜びだけで報告する気が起こりませんでした。
それに漢字を書けたと言ったって、こんな言葉じゃあ、あなたには見せられない。見せられないよ……。
そういうものなのでした。そういうわたしなのでした。
どれがその平仮名なのであるのかも、理解できないのがわたしらしいわたしなのでしょう。
それに慣れて、甘えすぎてしまっていたようです。




