十九
「なるほど……良く判りました、師匠」何もかもを悟った、といった口調でアイザックは言った。「貴方が全ての元凶だったわけですね」
「えっ、何言ってるのアイザック」と、師匠と呼ばれた男。
「今のこの現象を解決するには貴方を倒さなければならない……」
「おーい、ちょっとー?」
「アイザック……あたしも手伝うよ」
コレットが剣を構えながら言った。その瞳に決意を込めて。
アイザックは頷き、
「コレット、作戦はこうだ。まず殴る。そして殴る。殴って殴って殴り倒す。十秒稼いでくれたら最後にぼくが魔術でとどめをさす」
「ひどいな」
「了解」
「あれっ、コレットも了解しちゃうの?」
「行くよコレット、これが最後の戦いだ!」
「うん!」
「三年ぶりに会った元弟子とその友人が何かに酔っている」
「冗談はこれぐらいにして何してるんですかこんなところで」
「そして唐突に正気に戻った」
コレットが黙って剣を鞘に戻し、カーティスが呆れたような表情でその遣り取りを見ていた。
「――とまあ、そういうわけです」
「なるほど」
アイザックが話し終え、男が頷いた。
今、四人は円形の部屋の隅で車座になっていた。アイザックの左右にコレットとカーティスが、そして正面に長衣の男が座っている。
男の名はコネリー。ラルトンの町の職人街に居を構える魔術師で、またアイザックに魔術の才を見出した最初の師である。
コレットとは面識があるがカーティスとは勿論初対面。アイザックが両者を互いに紹介し、そこから自然にこれまでの経緯を師に説明する流れになった。途中、ジャンゴの名やエドワード・シィファンの日記の話が出たときに師はいくらかの反応を示したものの、それ以外は殆ど口を挟むこともなく黙って聞いていた。
アイザックは外の様子が気になり始めていた。ゴブリンの群れと守備隊の戦闘が始まってそろそろ二時間といったところか。如何なる形であれ、何かしらの結果が出ている頃合いだ。
「で、お師匠さんはこんなところで何してるの?」コレットが問う。「図書館の司書さんも探してたけど」
「うん、ずっとここから出られなくてね」
「ずっと?」
「かれこれ十日ほど」
アイザックは眉をひそめた。
見たところ師は荷物らしい荷物は持たず、十日も迷宮内で野営をしていたにしてはこざっぱりとした格好をしている。が、その辺りについてはこの師だからそんなこともあるだろうと気にしない。
それよりも、
「まさか迷宮の仕組みが判らなかった、とかですか? 口に出して言った言葉が……」
「ああ、今は判ってるよ。まあ手こずったのは事実だけどね。一人だったから何かを喋る理由が無くって。ほら、私基本独り言って言わないじゃない?」
「知りませんけど」
「言葉には言霊といって〝力〟があり、とくに力ある魔術師ほど自らが口にする言葉には注意を払わなければならない、無意識の独り言などもっての外である――って話、したこと無かったっけ?」
アイザックはかつて町で師から魔術の基礎を学んでいた頃のことを思い出し、そして答えた。
「無いです」
「そうだね。言った覚えも無いや」
「もっと自分の言葉に注意を払ってください」
「うっわ、うまいこと返された」
言って、からからと笑うコネリー。
「……何かお前から話に聞いて思ってたのと違うな」カーティスがこっそりと耳打ちをしてきた。「もっとこう、なんつーか、万人が思い浮かべるような寡黙な老魔術師を想像してたんだ」
「意図的にぼかしていたことは認めます。こういうひとです」
アイザックは小さく嘆息しつつも、同時にどこか懐かしいものも感じていた。三年ぶりに師とこのような遣り取りをするのは、悪い気分ではなかった。
コネリーが言う。
「さて、私がここで何をしていたかって話なんだが――
コレット。エドワード・シィファンの日記を貸してもらえるかな」
コレットは目線でカーティスとアイザックに問いかけ、二人が頷くのを見て背負鞄から日記を取り出した。
日記を受け取ったコネリーはそれをぱらぱらとめくりつつ、
「今、我々はラルトンの町の地下に築かれた迷宮にいるわけなのだけど、この迷宮はそもそも何だろう?」
講義口調に、反射的にアイザックが答える。
「えっと……町に伝わる伝説で語られる〝ドワーフの地下迷宮〟です。かつてこの地に住まうドワーフによって作られ、その奥には財宝が隠されている、と言われています」
「ふむ」
コネリーは頷き、それから手に持った日記を示して、
「この日記は読んだかい?」
「ざっとですけど」
「ではこの迷宮に関して日記から得られた情報を挙げたまえ」
「はい、ええと……
日記の著者はエドワード・シィファン。四五〇年前頃に〈東の大陸〉各地を放浪していた冒険者で、あとカーティスさん曰く秘法商人でもあったそうです。
当時、まだこのラルトンの町が村程度の規模だった頃、盗賊団の襲撃を受けていたところに居合わせたエドワード・シィファンはそのまましばらく村の防衛に参加しました。そして周辺の地形を確認している途中でこの迷宮を発見しました。防衛にはあまり役に立ちそうにないので詳しく調べてはいないようですが。
と、そんなところですが……」
言ってちらりと師の顔を見ると、何やら口の端だけを皮肉げに上げた表情をしていた。
「……何か間違ってました?」
「うん、間違ってると言えば間違い。でもまあそのように受け取れる書き方をしてあるわけだから、減点はしないでおいてあげよう」
「……どーも」
「お師匠さんはこの迷宮について何か知ってるわけ?」
コレットが問う。どこか不満気な表情をしていた。
「色々知ってるよ」
「昔、あたしが〝ドワーフの地下迷宮〟について調べて周ってたとき、お師匠さんにも何か知らないか聞いたけど『知らない』って答えたじゃない」
「んー、まあね」コネリーは小さく肩をすくめ、「まずこの迷宮は一般に思われている英雄譚に出てくるような類のものじゃない、当然財宝も無い、ってのが一つ。それと、そうであるにしてもコレットが自力で一つひとつ調べて辿り着けるならその方が良いだろうって思ったのが一つ」
「…………」
「ただまあ、今は軽く緊急事態なんでね」
「そんで、結局何なんすかここの迷宮は」
次に問うたのはカーティスだった。
「貴方は迷宮について結構知ってる様子だね。へたすると町の住人よりも」
「基本的な認識は大差ないと思いますよ」
「財宝云々までに額面通りに受け取っちゃいないだろう?」
「そりゃまあ」
肩をすくめるカーティス。
コネリーは立ち上がり、
「さてさて、どこから話したもんか。ジャンゴが来てくれるともう少し話が早くなる気もするんだけど……」
「ジャンゴさんとはお知り合いなんですよね?」
アイザックも師に倣って立ち上がる。
「うん。昔〈西の大陸〉を旅行したことがあったんだけどそのときに」
「彼はこの件にどう関わるんですか?」
そう問うと、コネリーは「おっ」という表情でアイザックを見て、
「ん、ひょっとして気づいてない? これは減点だな」
「えっ、何がですか?」
「ジャンゴは君の前で名乗ったろう? 家名まで」
「ええ。ジャンゴ・ウェストウィンドと」
「で、この日記の著者は?」
「エドワード・シィファン……」
師は意味ありげににやにやと笑っている。
反応を示したのはカーティスだった。立ち上がりながら、
「ウェストウィンド? それって、コルト語だよな。やつの家名はウェストウィンドってのか」
「え、ええ」頷くアイザック。「意味はたぶん〝西の風〟だと……」
「ああ、俺もコルト語はあんま詳しくないがその単語はたまたま知ってる。
で、あれだろ、エドワード・シィファンの『シィファン』って家名も、古エンルード語由来で、エンルード文字で書くと〝西風〟になるんじゃないか」
あっ、とアイザックは思った。なぜ気づかなかったのか。
ラファール語では〝西風〟の読みは〝にしかぜ〟や〝せいふう〟になるが、今も大陸北部などで使われている古エンルード語の発音に近い言語では〝シィファン〟にもなり得る。
ジャンゴ・西風。
エドワード・西風。
「それじゃあ……」コレットもまた立ち上がり、「ジャンゴさんが、エドワード・シィファン……?!」
「いやあ、確かにドワーフは人間と比べれば長命だけど、さすがにそこまで年寄りじゃないよジャンゴは」と、コネリー。「それにエドワード・シィファンは別にドワーフじゃない。れっきとした人間さ。
ただまあ色々あってジャンゴの一族は彼からその名を継いだんだ」




