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 ふと、寺院の門の方に視線を向けたアイザックは恐る恐るこちらの様子を伺っている少年に気付いた。

「ラリー?」

 今朝方寺院でアイザックが会ったその少年の姿に叔父も気付き、

「ん? ああ、忘れていた。

 ラリー、こっちに来なさい!」

 叔父が呼ぶと、ラリーは小走りに近寄って来た。

「この子はラリーだ。司祭見習いで――と、もう会っているのか?」

「ええ、今朝」

「そうか。彼が、私の家の前にお前と一緒に怪しい者がいると慌てて呼びに来たので、騎士たちと一緒に駆け付けたんだ。

 そうだったな、ラリー?」

「はい。変な光が見えて、様子を見に行ったらアイザックさんたちが何か襲われているように見えて……」

「そうだったんだ。助かったよ、ラリー」

 アイザックが礼を言うと、ラリーははにかんだような笑みを浮かべた。

「せっかくだ、怪我人がいるので手当を手伝ってくれ」

 そうラリーに言う叔父のもとへ、

「司祭長様」

 と、聖堂騎士たちが近づいて来た。

「我々はしばらくこの家の周辺を警護しますので、何かあったらお呼び下さい」

「そうして貰えるか。そうだな……二時間経ったら寺院の方へ戻って良い」

「わかりました」

 そうして、カーティスを抱えたアイザックと叔父、それにラリーとコレットは、家の中に入った。


 客間の一つを開け、寝台にカーティスを寝かせる。

 傷の処置は叔父とラリーの二人が行った。傷口を洗い、縫合するほどではないので薬草を練って布に塗り、包帯を巻く。

 その間にアイザックとコレットで夕食の用意をした。献立は麦粥に焼いた肉、それに付け合せの野菜。ごく普通の家庭料理である。

 それから居間へ移り、四人で少し遅い夕食の卓に着くと、アイザックとコレットは今日一日のことを叔父に話した。

 コネリーの家へ向かったが不在であったこと。

 そこで出会ったジャンゴというドワーフ。

 図書館で、コネリーがここ数日行方不明であると聞かされたこと。

 守備隊に呼ばれ、行くとカーティスについて聞かれた。

 やはり行方不明だった彼が、家へ帰ってみると傷を負って倒れていた。

 そしてそれを追って来たらしいジャンゴ。

 結局、

「彼が目覚めてみないと、詳しいことは何も判らなさそうだな」

 カーティスが寝かされている客間の方角に視線を向けながら、叔父はそう結論した。

「守備隊の方はどうしよう?」

 問うアイザックに、コレットは粥をすすりながら、

「うーん……あたしの立場上報告するべきではあるんだけど」

〝守備隊に〟報告するならば少し歩けば小さな詰め所がいくつかある。だが現時点では隊長が個人的に気にしているというだけなので、知らせるならば隊長かイザベルに直接伝えたい。

 が、

「今からまた西方支部へ行くのはちょっと。もう夜だし」

 コレットが言うと、叔父はアイザックの方を見て、問う。

「アイザック。彼は、悪い人間かね?」

「――いいえ。七日間一緒に旅をしましたが、信頼出来る人物だと思いました」

 その答えに叔父は小さく頷くと、

「ならば明日になってからで良いだろう」

 と、そう言った。


「お二人が図書館で借りてきたという日記を見せては頂けませんか?」

 ラリーがそう言ったのは食事が終わったあとだった。

「ん、興味あるの?」

「はい」

 コレットが鞄から日記を引っ張り出して開き、ラリーと並んで覗きこむ。

「あんた文字は?」

「表音文字の読み書きはひと通り出来ます。でも表意エンルード文字はまだあまり……」

「そう。まああたしもこの日記に関しては似たようなもんだけどね。これが読めるアイザックって変態だよね」

「あ、はあ……」

「誰が変態だよ誰が……」

 何やら勝手なことを言うコレットに半眼で呻くアイザック。

 そんなやりとりをしつつ、叔父が淹れた食後のお茶(ラリーが自分が淹れると申し出たが叔父はこの役目だけは誰にも譲らない)を飲みながら日記をぱらぱらと繰る。

 読み上げていくアイザックに、質問を挟むラリー。町の歴史に関する問いでアイザックやコレットが答えられないものには叔父が補足を加える。

 日記の著者である冒険者は、もちろんラルトンの町(当時は村)以外の様々な土地も訪れている。これまでに町を離れたことのないラリーやコレットはそれらにも興味を示したが、さすがにアイザックや叔父も何百年も前のよその土地については判らないことも多い。

 それでも、

「世界って広いんですね」

 日記の主だった辺りをひと通り眺めたあと、ラリーがやや興奮したような面持ちで呟いた。

「いつか、この日記に出てくるような遠くの土地を訪れてみたいです」

 そう言うラリーに、叔父は笑みを浮かべながら、

「例えば……正式な司祭となり、その中でも優秀な者には〈聖都〉などへ修行に出てもらうこともある」

「本当ですか?!」

「うむ。優秀ならば、だがな」

「頑張ります!」

 ラリーは強く頷いた。

 コレットはそんなラリーを見ながら何も言わないでいるが、自身も同じく冒険者になって旅に出る日を夢見ているのだろうと、そうアイザックは思った。


「ところで、この日記を書いた冒険者というのは何と言う方なんでしょう?」

 ラリーが問うた。

「ん、そういえば気にしてなかったかも」

 コレットは本を閉じ、表紙を見る。

 擦り切れた表紙の文字は殆ど判別が付かないが、それでも端の方に著者名らしきものが認められた。

「んー、読みにくいな。シ……シィファ……?」

 と、

「シィファンだ。エドワード・シィファン」

 横手から声が来た。

 いつの間にか部屋の入り口に立ち、そう答えたのは、

「「カーティスさん?!」」

 アイザックとコレットが同時に声を上げる。

 カーティスは二人に小さく頷くと、叔父の方を真っ直ぐ向いて一礼し、

「ご迷惑をお掛けしました。行商人のカーティスと言います。

 天空神の寺院の司祭長様とお見受けしますが……」

「うむ」

 叔父は頷くと、身振りで空いていた椅子をカーティスに勧めた。

「身体の具合はどうかね?」

「ええ、お陰様で」

 席に着くカーティス。

 叔父の目配せに、アイザックは席を立つと鍋に残してあった粥を皿によそい――冷めかけてはいたがやや温いぐらいで病み上がりには丁度良いだろうと判断し、そのまま――カーティスの前に置いた。

 口を開こうとするカーティスを叔父は手で制し、

「まずは食事を。食べられるようなら食べなさい」

「――はい」

 そうして、実際体力はずいぶん回復しているらしく、わずかな時間でカーティスは麦粥を平らげた。


 ラリーとカーティスを互いに紹介し、カーティスが傷の手当や食事の礼を改めて一堂に言い、そうして一区切り付いたところで、

「さて。まず何から聞こうか」

 叔父の言葉に、最初に挙手をしたのはコレットだった。

「はーい。カーティスさんは、この日記について何か知ってるわけ? エドワード・シィファンってどんな人?」

「コレット。それはあとで……」

「いや」

 コレットをいなそうとするアイザックを、カーティスが遮った。

「そこから話した方が早いかも知れない。――つうか、何でその日記がここに? それを持ってたはずの職人は何ヶ月か前に亡くなったって聞いたんだが」

「図書館に寄付されてたよ」

「図書館……」カーティスは額をぴしゃりと叩きながら、「そうか、そいつは思い付かなかったな」

 それから一つ嘆息を漏らし、

「じゃあ、話そう。冒険者エドワード・シィファンについて」

 そうして、語り始めた。

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