ランチミーティング
昼よりも前に近くの街に到着すると、ダヴィドは帝国料理を出すレストランで早めの昼食を取ろうと言ってきた。
ヘルガはそれを飲んだ。
その理由は単純。
帝国料理を食べたかった。
勿論、ダヴィドが本国であるガイラス帝国へ報告させたいのもある。
そして、己が立てた見当違いであって欲しい仮説。それを自分とダヴィドを尾行する暗部の者達へ伝えれば、ヘルガはダヴィドと共に食事を取り始める。
「帝国の酒は飲みたいけど、流石にこの先も進まないとならないから我慢するわ」
「なら、コーヒーでもどうだい?濃く煮出した奴に砂糖を入れたのを干しナツメを肴に飲むのは絶品だよ」
ダヴィドが美味いコーヒーを勧めると、ヘルガは期待と共に食後に戴く事にした。
そんな2人の前に帝国料理が並び始める。
並んだのはスパイスの独特の香りをさせるぶつ切りにした羊肉を幾つも鉄串に刺し、その脇にはソテーされた玉ねぎやトマトといった野菜が添えられた料理。
それから此方では珍しい、平たいパンであった。
料理を見ると、ヘルガは感心した様に言う。
「成る程ね。私の事もそれなりに調べてる訳か……」
普通。特にハイエルフという種族を知るならば、肉料理を出すなんて事はしない。
だが、ダヴィドと店は肉料理を出した。
それが意味するのは帝国サイドはヘルガと言う存在をそれなりに調べている事に他ならない。
だからこそ、ダヴィドは敢えて肯定する。
「当然でしょう。今は事情から貴女とこうして食卓を共にしては居ますが、この先では貴女や私は敵同士となる事だってある……なら、恐るべき敵として立ち塞がるかもしれない相手を知るのは当然でしょう」
警戒して当然。
そう捉えられる答えを平然と述べるダヴィドであったが、続きもあった。
「しかし、今だけは敵同士ではないのも事実。少し異なる点はありますが、同じ目的を果たさんとする仲間として扱うのが筋。それに……」
「それに?」
「私としては異郷の方に自分の祖国の料理は美味いぞって自慢したいのもあります。あ、王国や教国圏の料理も私は好きではありますがね」
「まるで外交官ね。なら、この料理の美味い食べ方を教えてくれるかしら?」
ヘルガがサマリアルの訛りのある帝国の言葉で返せば、ダヴィドは平たいパンを半分に千切り始める。
それからパンで串に刺さった羊肉を挟むようにして串から取ると、ソテーされた野菜の一部を挟み、そのまま齧り付いて見せた。
ダヴィドの食べ方を見ると、ヘルガも同じ様にして食べた。
「変わった食べ方だけど美味いわね。羊肉も独特の臭みや癖があって好き嫌い別れるけど、スパイスが良いアクセントになってて私は好きだわ」
「お気に召して何よりです。そのまま食べても美味いんですが、こうして食べる方がもっと美味いんですよ。傍から見ると少しはしたないでしょうがね……」
ダヴィドはそう言うと、半分を食べ終えると、先ほどと同じ様に残りのパンに残った料理を同じ様に挟んだ。
少し違う所があるとするなら、飾りの様に置かれていた小さくカットされたレモンを挟んだ料理に搾ってかけているぐらいだ。
そんなダヴィドを見ると、半分を食べ終えていたヘルガも真似て同じ様に齧り付く。
モグモグと食べて呑み込み、口の中を空にしたヘルガは素直に感想を漏らす。
「レモンの果汁が良いアクセントになって更に美味くなったわね」
「そうでしょう?最初からするのも良いんですが、こうして途中で変化させる方が私は好みでしてね」
互いに和やかに食事を愉しんでいる。
そんな団欒からは自分達の抱える事情を忘れている様にも見える。
だが、食べ終えた後に多くの干しナツメと香りの良いコーヒー。それに砂糖が目の前に並べられると、抱える事情が露わとなる。
「さて……私としては暫くはツァールスに向かわない。理由は単純に今は準備と情報集めに専念する段階だから」
ヘルガが現段階に於ける自身の行動予定を告げると、ダヴィドは砂糖を入れたコーヒーを一口飲んで返す。
「それに関しては私も気にしません。ですが、時間は其処まで長く残されていないと言うのは敢えて言いますよ」
その答えにヘルガは一瞬だけ訝しむと、直ぐに表情を戻して問う。
「帝国はツァールスの件で何か掴んでるの?」
「掴んでる訳ではありません。しかし、得体の知れない組織が危険極まりない怪物を2人を擁し、更には我が国の碩学を攫い、利用しようとしている可能性が濃厚である以上は早急に対処したいし、貴方に始末して貰いたいのが本音ではあります」
ダヴィドは遠回しに解らない。
だが、早急に対処すべきと意見を出して答えとした。
「成る程。それは当然の考えね……事情は理解出来るし、私としても早急に処理すべき。その点は意見が一致してるけど、流石に何も知らない、解らない状態でツァールスとかいう敵地に突っ込むのは流石に御免よ?」
「それは承知してます。だからこそ、私自身は貴女の準備と情報集めに反対していません」
意外にもダヴィドは急いで欲しい。そう言いながらも、ヘルガの準備と情報集めに反対する事は無かった。
そんなダヴィドに干しナツメと甘くした濃いコーヒーを愉しんだヘルガはカップを置くと、自身の予定を敢えて告げる。
「美味いわね。濃く煮出したコーヒーを甘くして飲むのは……さて、予定としてはさっきも言った様に先ずは魔女から貸しを取り立てる形で2匹のクソ対策を丸投げする。その為に長くても7日を往復に利用する……これは解ってるわね?」
「ええ、それは理解しています。では、その後は?」
互いにコーヒーを飲み、干しナツメを食べながらも2人はキチンと今後の事を遣り取りをしていく。
「王都に戻った後、事情とかに詳しい奴の所に行く。運が良ければ、クソ2匹の居場所が掴めるかもしれない」
「居場所が掴めるって……我々や貴方方でも掴めていない情報を我々よりもいち早くに知る存在が居るんですか?」
ヘルガが当然の様に告げれば、ダヴィドは困惑混じりに問い返してしまう。
だが、ヘルガは気にせずに続ける。
「そいつ、ちょっと特殊でね。基本的に国家や貴方みたいなのとは距離を置いてるんだけど、そいつの扱う情報の確度や精度は高いのも事実。だから、1週間後に王都に戻った私はソイツに金積んで2匹のクソに関する情報を買う……でも、当てにしないでね。流石に無理な事は無理だから」
「解りました。此方もその人物の事は深く追求しません……しかし、その人物が帝国にとって大事な碩学2名の事を知るなら、2名の事も聞いて戴けるなら此方としても助かります。勿論、対価もお支払いします」
ダヴィドが情報屋から自分達が救出したい2名の碩学……ジャビール・ラーズィーとダヴィーヴェ。両名の居場所が掴めるならば、その情報も確保して欲しい。
対価も払う意思も含めて頼めば、ヘルガは了承した。
「そう言う事なら聞いてみる。でも、過度な期待は無しにして」
「それは承知しています。情報集めの後は?」
「そうね……情報次第になるけど、最優先は貴方の国の碩学2名。その次に2匹のクソを殺すにしたいんだけど……貴方や貴方の国は私に何処まで助けの手を差し伸べられる?」
ダヴィドの問いに答えると同時。ヘルガはダヴィドに対し、自分への協力は何処までしてくれるのか?確認する様に問う。
その問いにダヴィドはハッキリ答えた。
「私が許されている範囲でならあらゆる事を許されています」
「なら……万が一の場合、私が帝国内に逃げ込みたいとか言ったら?」
「喜んで逃げ込ませますし、便宜も可能な限り私の責任で図ります」
その答えにヘルガは笑みを浮かべると、干しナツメと甘くした濃いコーヒーを楽しむのであった。
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