第13話 ニーナ視点
気づいたら暗闇にいた。
いた、というか、暗闇そのものが自分という存在のような、ひどく曖昧な空間だった。
時間的な感覚もつかめず、いつからここにいるのかすらわからなかった。
時が止まっているような気もするし、さっきまでの自分がはるか昔の存在のような気もする。
そんなよくわからない場所で、なんだか自分という存在自体があやふやになってきた時に、手をひかれた。ような気がした。
引っ張られるようにそっちに意識を向けると暗闇がだんだん晴れてきて、光があふれてきた。
最初は小さい点のような光は最後には眩しくて見ていられなくなって、目をつぶったら…名前を呼ばれた。
目を開けたら、ルシフさんがあたしの顔を覗き込んでいた。
「…ルシフ、さん…?」
頭がボーっとしていて、今まで何をしてたのかとか、なんでルシフさんに見つめられてるのかとかちょっと意味がわからなかったけど、だんだん記憶が蘇ってきて、思い出してきたら余計に今の状況に混乱することになった。
「助けに来れなくて、すまなかった。これは全て、俺の失敗だ。」
「…やっぱり、夢じゃなかったんですね。あの…ロイとウィルは…。」
「二人は、間に合わなかった。」
やっぱりあたしの記憶は夢じゃなかったらしい。一瞬全部夢だったのかと期待しちゃったけど、ルシフさんの言葉と表情にいつもの余裕がないのを見て、あれが事実だったんだと理解できてしまった。
「そう…ですか。」
現実逃避したい気持ちでルシフさんから目をそらすと、見知らぬ部屋が目に入って逆に現実味が増してしまった気がする。
「俺が中途半端に関わってしまった結果だ。すまん。」
「…いいえ、ルシフさんは悪くありません。せっかく鍛えてもらったのに、油断してしまったあたし達のせいです。…あたしはルシフさんに会えたことを後悔していません。」
どうやらルシフさんはあたしたちが傷つけられたことに責任を感じているみたい。
あたしはそんなこと思わないし、ロイとウィルだってきっとルシフさんをせめたりしないと思う。
むしろあたしたちはルシフさんたちに鍛えてもらった恩しかなくて、なにも返せなかったことを申し訳なく思うくらいだっていうのに。
せっかく昔のあたしたちみたいな弱者を助けられる力を手に入れられそうだったのに、目標に近づいたって喜んで油断したあたしたちが悪いのに。
いや、そもそもそんなこと言いだしたらあたしたちを騙した男たちが全部悪いに決まってる。
「…そうか。だが、俺には言っていないことがある。俺は魔王なんだ。窓の外を見てみろ。」
少し言いにくそうに話すルシフさんは、まだあたしの顔をじっと覗いている。
魔王。
正直そう聞いても、やっぱりただの人じゃなかったんだくらいにしか思わなかった。
普通の人じゃないことは少ない時間ながらも一緒に過ごしているうちに感じていたもの。
だからって別に忌避感や嫌悪感はもたなかったし、いまさら魔王って言われたってそんなの関係ないじゃない。
だいたい魔王がどんな存在なのかもよくわからないし、ルシフさんが魔王っていうなら魔王の何が悪いのかがわからない。
そんなことを思いながらベットから上半身を起こして窓の外を見てみた。そこそこ高い階にいるみたいで、景色を見るために少し身を乗り出してみた。
(えっ?)
窓から見える街の景色は、はっきり言って地獄だった。
城下町は全てが炎に包まれていた。家や施設などの建物が見ているうちにどんどん火柱をあげながら崩れていく。だけど不思議と人の気配はなくて、しばらく眺めているうちにすでに生きている人がいないんだということに気づいた。
帝都の全てがここから見えるわけじゃないけど、おそらく帝都を収めているクレーターの内側は全てが灼熱の炎に飲まれてしまったんだろう。
どうやったらこんなことになるのかは想像もつかないけど、帝都には何十万人、もしかしたらそれ以上の人が暮らしていたはずだ。
「これは…!ルシフさんが…?まさか、あたしたちのために…。」
確かにあたしたちは帝国に騙されてロイとウィルは殺されてしまったけど、街で暮らしていた人たちはほとんどがそんなこととは関係ないはずだ。
あたしたちのことを助けるために街を丸ごと潰す必要はないだろうし、復讐としてはあたしたち三人と帝都全てではあまりにも釣り合わない。
あたしたちのために復讐したと言われれば、ルシフさんにとってそれだけ大事にしてくれていたのかと嬉しい気持ちにならないこともない気がするけど、たぶんルシフさんはそんなことする人じゃない…と思った。
なら、これはルシフさんというより、魔王としての行動ということなんだろうか?
もしそうなら、魔王という存在は人が肯定していい存在ではないのかもしれない。
「いや…。人には、魔王が必要なようだ。これから世界は、闇を倒すために一つにまとまるだろう。」
やっぱり、ルシフさんはルシフさんだった。
今の一言だけで全て理解できたわけでは決してないけど、自分の快楽や衝動で街を燃やしたわけじゃないってことはなんとなくわかった。
本当はきっと、やりたくてやったわけではないじゃないんだ。
人のために、世界の悪として魔王になって、人同士の抑止力として憎まれ役になろうとしているんだろう。だったら…
「ルシフさんが闇になるなら、あたしが人々の光になります。」
「なに?」
「あたしは勇者です。人々の希望として、世界を平和に導きます。」
なんであたしが勇者になったかわからないけど、意味があるとしたらきっとそのためだったんだと思えた。
「勇者…か。俺を倒すということか?」
「あ、そうじゃなくて…えっと、ルシフさんは自分が悪者になることで今の世界を変えようとしてるんですよね?あたしもそのお手伝いがしたいんです。」
「勘違いしているようだが、俺は昔から魔王だ。この街にいた人々の中には罪のない人もいたはずだが、多くの者が死んだだろう。俺はこれから俺の望む世界を手に入れる。」
それもたぶん嘘じゃないんだろう。でも、
「それでも、あたしはルシフさんの力になりたいんです。」
あたしやロイやウィルが頑張ったって結局目についた人しか助けられなかっただろう。そんな表面だけじゃなくて、ルシフさんならきっと、世界だって丸ごと救ってくれる。
「ハハッ。変わったやつだ。好きにするといい。」
久しぶりに見た気がするルシフさんの笑顔は、いつもより優しく見えた。




