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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第一章 はじまり
4/105

1.夜

 その人と出会ったのは、偶然だった。

 じっとりとまとわりつくような暑気にあてられ、露台で涼みに出るのはここ毎日の日課で。

 その日は満天の星に、月はなかった。



 露台の下を流れるせせらぎに指を浸し、沙羅は黒々とした水面にさざ波を立てて遊んでいた。

 ふと、風にそよぐ草花の匂いに、鉄錆たような匂いが混じり。

 瞬きの間に、音もなく、庭に舞い降りた人と目が合った。

 庭に設えられたかがり火が、小さな音を立てて爆ぜている。

 露台に寝転んだまま固まる沙羅を、見知らぬ人が見降ろしている。

 不思議と悲鳴をあげようとは思わなかった。



 沈黙を破ったのは、宮に仕える侍女たちの喧騒だった。

「夕方、……騒が……賊が……出た……て」

「……怖い、まだ…………」

「衛侍は…………」

「…………ら、じきに捕まる……」

 遠くの屋形から風に乗って聞こえるざわめきに得心が行く。

「そう、追われているの」

 静かに佇む影の雰囲気が、わずかに硬質を帯びる。

 鉄錆た匂いが、強くなったような気がした。

 相手を刺激しないよう、ゆっくりと立ち上がる。

「ここに、明日まで人は入れないわ。傷をどうにかして、休むくらいの時間ならあるでしょう」

 伝えたいだけ言うと、背を向けて歩き出す。

 この露台は人が寝起きするための作りではない、むしろ吹き曝しではあるが、ひと時休息を取るくらいのゆとりはある。

 何故、不審者を助けようとするのか。

 そんな疑問を浮かべるより先に、助けることばかり考えていた。

 問題は明日の食事ね、と考えたところで、客人の気配が酷く弱いことに気が付いた。振り返ると、静かに崩れ落ちていた。

「限界だったのね」

 目元以外を覆う黒装束のせいで、顔色などわからなかった。

 さて、これをどう手当するものか、沙羅は思案を巡らせた。



  * * *



 気が付くと、朝が来ていた。

 池の湖面に反射する光に、意識が覚醒する。

 体は拘束されていない。露台の床板の上に置かれたしとねに寝かされていた。

 開放的な目覚めだ。起き上がると朝霧を漂わせる池の上に露台が建てられていることが分かった。鳥のさえずりもなく、静かなものだ。

 覆面は外されていたが、衛侍を呼ばれた様子もない。

 負っていたはずの右肩の傷も何故か治癒している。

 間違いなく顔は見られただろうが、さてどう対処するか。

 昨日、意識がなくなる前のことは覚えている。

 この状態は、恐らくはあの少女がしてくれたことなのだろう。

 短い距離とはいえ、あの少女がどのように男を茵の上に移動させたのは謎だが、場合によっては命すら取ろうと思っていたし、恐らくは少女も悟っていたはずだ。

 だからこそ、疑問が湧く。

 なぜ、暴漢を助けるようなことをする。

 気になることは多いが、思考を巡らせつつ、傍にたたんで置かれた覆面を懐に直し、身なりを整える。

 朝とはいえまだ太陽は登り切っていないため、逃げるとするならば、今しかない。

 少女の姿は見当たらない。また、戻ってくるとも限らない。

 名残惜しいものを感じるも、男は行くことにした。

 なに、諦めるわけではない。また来ればいいだけだ。

 きっと面白いことになる、湧き上がる予感を感じながら、男は静かに宮を後にした。

4/28 一部修正

 しとみから差し込む光に → 池の湖面に反射する光に


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