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精霊姫の宝石箱  作者: 乙原 ゆん
第一章 はじまり

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2.客

 あれから何日経ったのか。

 最初は指折り数えていたが、五日を超えた時点で虚しくなり数えるのを止めた。

 男と出会った翌朝、沙羅が朝のお役目のためにお社へとでかけている間に男は消えていた。

 こっそり厨(くりや)でチマキを貰ってきたと言うのに。

 手負いの獣が懐かず去るのは仕方ないと、諦めるしかなかった。

 できるならば、外の話を聞きたかったのに。



 沙羅が住む宮は、都から山一つ越えた先にある。

 広大な敷地に、外界を阻む壁。

 宮の中にはいくつかのお社と、神泉、そこから水を引いた池に、普段沙羅が寝起きする寝殿、それを東西北と囲むように作られた屋形がある。寝殿の南は手入れの行き届いた庭になっており、池から小川が流れてきている。本来は池を庭に作る予定だったそうだが、神泉から湧く水の管理を人ができるわけもなく失敗し、池から水を引くに留めたらしい。

 昔日の男とは池に作られた露台で出会った。

 露台は池の畔にひっそりと建てられ、普段は人気はない。たまに、沙羅が気まぐれで遊びに行くだけの建物だ。


「それで、聞いておられますか?」


 そういえば客が来ていたのだったな、と御簾の外に座る男に目を向ける。ふくよかな体に浅紫の束帯を纏(まと)う男は、この国の右大臣だ。御簾越しなのに意識を散らしていたことによく気がついたなと思うも、沙羅のことを都合の良い金の卵を産む鶏としか思っていない輩(やから)に払う敬意などない。


「精霊石を増やして欲しいのだったかしら」


 理屈を付け長々と説明された男の要求は要約するとそれだった。


「お断りしますわ」

「しかし姫、姫がこのように暮らせますのも帝のご配慮のたまもの。それに応えてはくださらぬのですか?」

「昨年も帝から請われ増やしたばかりではないですか。それでは足りなかったのでしょうか。わたくしの作る石がないと国が立ちいかぬほど、政は荒れているのですか?」


 勿論、政が荒れているなどうわさでも聞こえない。嫌味だ。意味が伝わったのか、男は顔を歪めた。


「今は問題ありません。しかし、大雨に旱魃、大風など、不測の事態はいつ起きるのかわかりませんので、備えを怠りたくないというのが我らの願いでありますれば」


 口がうまいことだと、感心したくなる。


「わたくしも有事の際には助力を惜しみません。しかしながら、石を作るのには代償を必要としておりますの。恒常的にその負担を払えということでしょうか。帝のご裁可はありますの?」


 嘘ではないが、真実でもなかった。精霊石と呼ばれるようになった魔力の結晶を作るのには、沙羅の魔力を代償とした。魔力を使いすぎると倦怠感、疲労、目眩など様々な状態をもたらし、その状態が続けば死に至ると聞く。

 ただ、日常的に精霊石を作ってきたことで、沙羅の魔力は幼い頃に比べ格段に増えている。多少作る量を増やしたとしても大した負担にはならないが、作る量が増えた分収める量も増やしてきていた。最初は年に一度だったものが、十を数える頃には二度に。それから二年経ち、今は季節の移ろいごとに捧げている。それでも、精霊石を望む声は増えるばかりだった。

 沙羅が精霊石を納めるのは、あくまで自分のためで。保護してくれている帝のために役立てるのは嬉しいが、よく知りもしない輩に搾取されるつもりはない。

 去年、そのような胸のうちを伝え、帝も思うところがあるらしく、あまり臣下が精霊石を頼るのもどうかということで、しばらくは納める量を増やさないことと、そのような話は帝を通すことを約束した。それなのに、帝に近い場所にいる右大臣から言われるとは思いもよらなかった。


「あいにく、帝からも文などは預かっておりませんので、姫様には私の言葉を信じて頂くしかございません」


 質問に答えることなく平伏し殊勝な態度を見せる右大臣に、なんの感慨もわかなかった。帝の裁可なく精霊石を渡すなど考えられない。平服したままの頭を見ながら、右大臣が精霊石を手に入れることで得る利点をいくつか思い浮かべてみるが、私腹を肥やすか、精霊石の納入を増やした功で今は空席の左大臣に上がることを考えているのか、それ以上のことは思いつかなかった。とりあえず、帝に利することは一つもなく、目の前の大臣を不用意に信じるべきではないことは確かだった。これ以上話を聞く価値はないと判断し、この会談を打ち切ることにした。


「そうできれば良いのですが、証もなく信じることはできません。本日はお引き取りください」

「どうかご温情を」


 沙羅の気を損ねたと思ったのか再度、今度はより深く平伏する大臣に、ため息をつきたくなる。一応身分的には親王の位を保証されている。沙羅は先帝の娘としてもともと内親王の位を得ていたが、現帝が従兄になるため色々もめて、結局改めて帝が宣旨を下しその立場を保証したのだ。なので身分制度に従うならば目の前の輩より尊重される立場となるはずなのだが、それについてはどう思っているのだろうか。聞いてみたくもあるが、どうせ上辺だけの服従しか見せないだろう。これ以上は時間の無駄だと見切りをつけ、沙羅のほうがその場を去ることにする。几帳の影に入る際に見えた右大臣はその場で平伏し続けていた。

内親王については独自解釈です。

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