36.戴冠式
沙羅たちが地上に戻ると、神殿に出た。
喬と神官達にひざまずいて出迎えられ、あまりの仰々しさに驚いたものの、さらに驚くようなことを言われる。
「新王陛下には、可能な限り早く即位の儀式をしていただきたく存じます。
お疲れとは思いますが、先に打ち合わせだけでも致したいのですが」
「は? 新王、陛下……?」
驚く迅に、喬が言う。
「私が王族を皆、殺してしまったからね。
精霊様が王様をしてくれていたみたいなんだけど、私にはその資格はない。
もう迅で良いんじゃないかなって」
肩をすくめて言う喬に、迅が真剣な表情で尋ねる。
「喬になんで資格がないんだ?」
「精霊様を止められなくって、結局この国に混乱をもたらしてしまった」
「それはお前のせいじゃないだろ。
だいたい、あの精霊様が病んだのはこの国の者たちのせいだ」
「だとしてもさ、出来ると思って手を伸ばして、結局混乱をもたらしてしまったんだ。
私に資格があるとは思えない」
言い争う迅と喬の間に、年かさの神官が割って入る。
「まぁまぁ、精霊姫様もお疲れのご様子。
議論は後ほどにして、先に新王陛下の即位の日取りだけでも」
「だから、俺が王になるとは言ってないだろ。
だいたい異邦人の俺でいいのかよ」
「と言われましても、前の王朝のものは全員いませんので、この国の者が就くにしても、結局争いになりましょう。
むしろ、正当にその権威を手に入れられ、また精霊様の助けのない暮らしをご存知の方になっていただいた方が、この場合、国にとって良い結果につながるのではないかと皆の総意です。
陛下は精霊様と契約されておられると伺っております。
お人柄につかれましても精霊様の保証があるわけで、誰も文句を言うものなどおりませんでしょう」
「といってもな、俺はそもそも沙羅がいるからここにたどり着いただけで、長居するつもりはないぞ」
そのような調子で、迅の即位については揉め、何度も話し合いがもたれた。
迅は粘ったが、滞りがちになる実務に対する相談が何故か持ち込まれ続け、その相談に乗っているうちになし崩しに王として認知されていった。
そうしているうちに迅も考えが変わった。
この国の問題は当初考えていたものよりも根深いようで、最終的に迅も腹をくくり、後日、正式に王位を戴くことを決めた。
沙羅とは、婚約期間を二年間置くことになった。
国内が荒れ果てていることが主な理由だ。
瑞東国と慶黄国には早々に沙羅たちの無事と、こちらでの経緯を書き綴った書簡と使者を送っている。
何通かの往復ののちに、迅の即位についても結婚についても正式に認められ祝福をもらった。
沙羅の身は神殿預かりとなっている。
疲弊したこの地の精霊のために、喬や神官の助力の元、できることを協力していっている。
心配していた宝石箱は地上でも機能し、改めてあちらに戻る必要もなかった。
喬については、王位を迅に譲った後、王宮内の塔の一つを貰い、そこに引きこもることを自ら決めた。
王位簒奪を罪とするならば、武力により前王朝を倒した王は全て簒奪者となる。
よって喬のやったことを罪とする者はいなかったが、喬自身は違う気持ちのようだった。
本人は順当だと言っていたが、迅と沙羅は納得していない。
いつか絶対に出て来てもらうつもりだ。
清月と桜火はまだ完全に復調したわけではないが、沙羅たちから目を離すのが怖いと言って、期間を決めて交互に精霊石で眠るようになった。
完全に元気になれば、一度だけ沙羅と迅の祖国にこっそり連れて行ってくれると約束してくれている。
そして、秋の終わりの良く晴れた日。
迅の戴冠が行われる。
清月と玄水にも特別に席が設けられ、招待されていた。
国内の有力者も呼ばれ、周辺国家だけではなく、慶黄国、瑞東国からも使者が来ている。
沙羅は婚約者だが、精霊姫として出席していた。
おおむね神官の主導で進められるが、一点だけ、王位の象徴である王冠を授けるのは沙羅を、というのが迅の希望だった。
神官の側で、沙羅は迅の登場を待っている。
神殿の扉が開き、桜火と共に迅が入室した。
儀式が始まる。
まず、喬が王権を象徴する王冠を沙羅に返却する。
優雅に一礼し、喬が他の参列者と離れた場所に下がった。
次に、迅が進み出てくる。
沙羅は、王冠を手に、迅に尋ねた。
「陛下は、どのような治世を目指されますか」
打ち合わせになかった問いに、迅が一瞬、驚いたように目を見開く。
苦笑気味に目を細めると、戴冠式を見に来ていた皆の方へと向き直り、真面目な表情で話しだす。
「俺は、まずこの国の民に、精霊の導きなしに暮らせるだけの豊かさを与えたい。
精霊と共に生き、栄える。
それはまず、俺たちが自分の足で立ってから始まることだ。
そのために何をすべきか、どうすべきか、考えることも、やるべきことも沢山ある。
乗り越えるべき課題は山ほどある。
けどそれらを全部乗り越えて、いつか、真の意味で精霊と共存していると言われる国にするつもりだ」
言い終わると、迅の側にいる桜火の尾が満足気に揺られていた。
「陛下の御代に、数多の幸いが降り注ぎますように」
沙羅は迅の頭に王冠を載せ、ひざまずく。
そして、迅の治世が始まった。
* * *
清桜朝。
古代、大陸の中東部において広大な支配領域を維持し繁栄したその王朝は、初代に異国の者を王に頂き始まった。
今なお謎の多いその王朝について、我々歴史学者の興味は尽きず、本書の目的も、今まで数多くの研究が残されてきた始祖について、新たに出土した資料から考察を加えるものである。
一般にその繁栄の礎は、初代の王が精霊に愛されし姫と婚姻し、また同時代に存在した偉人に恵まれていたために築かれたと言われている。
しかし、始祖自身、精霊と契約を行っており、また、王朝に度々登場する他の精霊とも親しくしていたという逸話は今日まで伝わっている。その点を考慮すると、清桜朝の繁栄は、一重に同時代の偉人だけの功績と言い切ることはできない。
始祖はその治世の間、一貫して精霊と人との共栄を掲げていた。また、その意を汲んだ数多の取り組みも残されている。
魔術式の基礎『精霊と人の正当なる取引』と評される契約術式を開発した塔の賢者は、この王のもとでその研究を残したことは有名である。
さらには、数多くの伝説や伝承に、精霊に愛されし姫として登場する始祖の妻についても、精霊と意思を通わせる不思議な宝石箱を持っていたと伝説が残っている。「精霊姫の宝石箱」の寓話で有名なそれは、彼女が亡くなった際に遺失したといわれている。宝石箱が実際に存在したのか、何かの暗喩として言い伝えが残っているのか、その真偽は未だ定かではない。
(中略)
かの王朝は国の守り神として、三体の精霊を祀っていたことでも有名だ。
その姿は、虎、狼、亀の姿で神殿に描かれることが多い。
この地に所縁のない三種の動物についても議論を呼ぶところであるが、それらについても本書の四章において考察を加えたい。
『古代清桜朝 研究史』序文より
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
あとがき的な物は、あとで活動報告に載せます。