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11 男と女

 郁美は今日も休みだ。翔一と天乃も日曜日は普通に休み。


「さて、今日はどうする?」


 天乃と合流できたわけだし、天乃の話も聞いた。

 そして、2人の体が元に戻すための解決策は見出せなかった。

 つまり、何もできない。手詰まりになってしまったのだ。


「どうするって…俺らの体を元に戻す方法考えないのかよ?」


 一応、思ったことを口にしてみる翔一。だが、本来は面倒嫌いな郁美から帰って来た言葉はやはり…


「面倒だし、考えて状況が変わる?天乃ちゃんとも合流できたし、とりあえず体のことは置いといて…それ以外で何かやること無い?」


 郁美の言う通り、天乃と合流しても状況があまり変わらなかったのだから、これ以上行動しても状況は大きく変わらないだろう。

 もし、2人のように体が入れ替わった人たちが居たというなら別だが…


(俺たち3人だけで探すのは不可能だろうな…)


 他人の心を読めるという天乃を頼れば、少しは可能性が上がるが…それでも、可能性は低いだろう。

 それよりも、天乃をどうするか。学校に行かなければならないだろうし、それは今日中に考えなければいけないだろう。


「天乃をどうするか考えないか?家に帰れないんだろ?だったら…」


 チラッと郁美を見る。視線に気がついた郁美が、自分から喋りだす。


「翔一は変な間を空けない!天乃ちゃんが不安になるだろ?天乃ちゃんはうちに居候。これは決定。実家にも帰れないんだし、それしかないだろ?」

「あ…ありがとうございます!」


 天乃が頭を下げる。そうしなければ、天乃はまた1人になってしまっただろう。


「よし、それが決まったんだから、何をやるか考えよう!」


 結局はそこに戻るのだ。


「姉貴は何か言いたげだな…」

「天乃ちゃんの居候が決定したんだし、これから2人にはお互いの生活について語り合ってもらいます!」

「はぁ?」「え…?」


 郁美があまりにも嬉しそうに言うから、2人ともマジになって聞き返してしまった。


「つまり、2人がどういう生活をして、どういう振る舞いをしてたか、お互いに喋るの。じゃないと、学校に行ったとき、別人って思われるよ?」


 2人の生活リズムを教えて、その通りに動く練習をしようと、そういうことなのだろう。


「はい、じゃあ、2人で話し合う。『女』としての立ち振る舞いは一応教えたつもりだけど…天乃ちゃんのいつもの振る舞いは本人から聞かないとね。翔一も、天乃ちゃんに自分の立ち振る舞いを教えてあげる。私は…眠いから寝るわ」


 そういい残して、立ち上がった郁美は自分の部屋に行ってしまった。




「……」

「……」


 残された2人は、ただ呆然とするだけ。


(いきなりそんな事を言われてもなぁ…)


 朝、2人が出会った瞬間のような重たい沈黙が2人の間に流れる。

 どちらとも無く口を開こうとするが、何を喋ればいいのかわからずに結局は黙り込んでしまう。


「飯…」

「え?」


 翔一は天乃のお腹を心配した。


「何も食べてないだろ?飯、食うか?」

「あ…私は…今日はまだ何も食べてないけど」

「作るよ。俺も朝は中途半端だったし」

「じゃあ手伝うよ?」


 2人は立ち上がり、キッチンに立った。

 微妙な空気。ごはんでも食べながらだと少しは喋りやすくなるかと思って提案したが…


(2人で立つと何か変な感じ…)


 郁美と一緒に料理を作ることはまず無い。それに、隣に居るのは自分。じゃあ、隣で料理を作る自分は一体何者なのだろう…

 奇妙な感覚だった。自分が隣で料理を作り、そして自分自身も料理を作っている。本当の自分はどこ?

 そんな感覚に、翔一の気持ちが揺れた。何がなんだかわからない。

 それは不安になって翔一を襲った。自分の存在が…自分がそこに居るのかすらわからない。


「天乃」


 不安に耐え切れなくなった翔一は、思わず隣に居る天乃に声をかけてしまった。

 同じ境遇の天乃だからこそ、自分の存在を確かめられる。

 この体の本来の持ち主は天乃であり、今の天乃の中に居るはずだったのが翔一。

 それは、お互い体が入れ替わった者同士でしか確認できない。

 声をかけられた天乃は、翔一を見上げた。


(え…?なんで…?)


 天乃は翔一を見上げている。そんなことはありえない。なぜなら、女になった翔一のほうが背は低いはず。

 思わず、天乃を見る。そこに居たのは、元の体に戻った天乃の姿…


「どうしたの?」

「っ!?」


 声をかけられた瞬間、目の前が真っ白になった。気がつくと、翔一が天乃を見上げる形に戻っている。


「…一瞬、体が元に戻らなかったか?」

「え?…そう…なの?」


 天乃は気づいていないのだろうか。料理に集中していたからなのだろうか…

 一瞬でも体が入れ替わっていたというならば、自分の手元で作っていたものも入れ替わっているはず…だが。


(いや、作っているものは変わってない…)


 翔一はずっとトマトを切っていた。天乃はずっとレタスを洗っていた。

 体が入れ替わったと思っていた瞬間も、2人の行動は変わっていなかった。つまり…


「ごめん、気のせいだったみたい…」

「そっか…翔一君疲れてる?」

「いや、大丈夫だ。さっさと飯作って食べちゃおう」




 天乃に余計な心配をかけさせるわけには行かない。手を早めて、あっという間に料理を作り上げた。

 スクランブルエッグとサラダ。面倒だから簡単なので済ませてしまった。


「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」

「2人で作ったんだから、別にお粗末さまはいいんじゃない?」

「ん~…まぁな」


 何かのきっかけが無ければ口を開けない。

 食事を挟んで、2人の会話が始まった。


「姉貴も無茶を言うよなぁ…2人の生活とか…」

「でも、郁美さんには女の子としての基礎は習ったんでしょ?」


 確かに、色々と教えられたが…


「それってタメになるのかなぁ…天乃みたいな女の子とはちょっと違うような…」


 いつもの郁美の姿を見る限り、天乃とはタイプが違う。

 郁美に教えられたとおりに振舞えば、すぐにバレてしまうと思うのだが…


「私だって、そんなお淑やかな女の子じゃないよ?」

「自分で言うなよ。って言っても、やっぱり姉貴とか、俺っぽく振舞えばバレちゃうんじゃないか?天乃だって、俺っぽく振舞うのは難しいと思うぞ?」

「うーん…」


 どうしようもない現実が、2人の目の前に立ちふさがっている。

 さて、どうすればいいのだろうか…


「まず…さ。お互い、自分の呼び方を変えない?」


 いつまでも、翔一が「俺」、天乃が「私」と言い続けるわけには行かない。

 今までの口調から、自分の名前を呼ぶときは、普通の呼び方をするのだろう。


「天乃は私。俺は俺…」

「違うー!翔一君は私、私は俺!」

「今、天乃も自分のこと私って言ったよな?」

「え…?私、そんなこと言った…?」

「ほら、今も言った!俺はちゃんと聞いてたからな!」

「翔一君も言った!だから、自分を呼ぶときは私!」


 お互いの揚げ足を取ってどうする。

 心の中で、お互いに突っ込みを入れたと思う。

 しばらく言い合いを続けて、疲れたところで、翔一が提案する。


「…自分の一人称を間違えたら罰ゲームな」

「はぁ…罰ゲームって…?」


 男になったのに、息が上がっている天乃。俺…じゃなくて、私の体力ってそこまでなかったのだろうかと、軽くショックを受ける。


「罰ゲーム…1日食事当番をすること」

「えー翔一君それはずるいー!ゎ…俺に任せてサボりたいだけでしょ!」

「う…ぉ…私だって勉強があるんだ!テスト近いし、この時期は勉強しなきゃまずいだろ!」

「っ…俺にだって勉強があるもん!」


 天乃、意外に自己主張が激しいことがわかった。

 だが、罰ゲームを取り入れたのは効果があったようだ。

 お互いに罰を受けないように、意識して自分の一人称を変えている。

 こうやって、言い争いをしていれば、そのうち慣れてくるだろう。


(俺…じゃなかった、私って冴えてる~)


 一人称が変わったせいか、自分の性格も変わってきている気がして、悲しい気分になった翔一だった。




 天乃がテストのことをやたらと気にするから、2人で勉強をすることにした。

 教科書参考書類は、翔一の家にある分しかないから、2人で別の教科を勉強している。


「そういえばさ」

「なぁに、翔一君」

「天乃って勉強できるのか?」


 教科書を手に、書き取りをやっていた翔一だが、女の体になってから、物を覚えやすくなった気がする。

 前は暗記科目が苦手だった翔一は、こういう小さな変化でも敏感に感じ取っていた。


「前は学年2位」

「げっ…私より上なのか?」


 翔一は前回、学年で4番だったはず。確か、トップ3は不動の順位だと聞いたことがあったが、そのうちの1人が目の前に居るとは思わなかった。


「でも、翔一君は理数系得意みたいだね。この体になってから、数学がスラスラ解けるようになったよ」

「私から理数系ははずせねぇよ。それが無かったら、学年5位から振り落とされちまう」

「その口調で『私』って言うの、すごく違和感あるね…」


 そこは突っ込むところじゃねぇよ、と声を荒げていると、郁美が起きてきた。


「うるせぇんだよ…私の安眠を妨げるな…」

「ほら、もっと『私』が似合わない女が降りてきた」


 その瞬間、翔一が凄まじい悪寒に襲われたのは言うまでもない。

 それが、踵落としと言う現実になって翔一に襲い掛かってきたのは、言うまでもないだろう。


「いってぇなぁ!何するんだよ!」


 フン、と鼻を鳴らす姿、翔一にはボス猿にしか見えない。


「あぁん?」


 こういうときに、翔一の能力が天乃に行ってよかったと、心の底から思う。


(ボス猿なんて、姉貴の前で言ったら…)


 踵落としで頭蓋骨を破壊されるだろう。


「んで、少しはお互いのことを話したのか?」

「天乃は頭が良いんだな、って話をしてた」


 こくこくと、天乃も首を振る。

 それ以外は?と言う目で、郁美が2人を見る。

 笑顔で、翔一は首を振った。

 途端、足を振り上げる郁美。どうして踵落としに走るんだよ!と言う突っ込みを口にする前に、郁美の踵落としが翔一の肩に入った。


「ってぇ…肩外れるわ!」

「フン」

「ああ、ボスざ…ごほんごほん、後、お互いの一人称を変えるようにした。なるべく私は私、天乃は俺って言うようにしてる」

「おぉ、それは良いことだ。明日学校に行ったとき、呼び方が変だったら疑われるしな」


 魂が入れ替わったなんて非現実的な話、誰も信じてくれないだろうから。

 お互いがお互いのクラスに溶け込むため、小さいことでも、きちんと変えていくことは大事だと思う。

 その後はまた勉強会。暇な郁美は、グチグチ言いながら2人の邪魔をする。

 出会ってから1日も経っていない翔一と天乃。こんなに気が合うのは不思議な感じがした。

 もしかしたら、2人の魂がお互いを引き寄せたのかもしれない。

 類は友を呼ぶ、とはちょっと違う気がするが。

 天乃となら、上手くやっていける。そんな風に思う翔一だった。


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