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月は何も語らない  作者: 黒石迩守
#1/Lesedrama‐堂崎美和子(五月十四日~十七日)
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7

 地面には、汚れた小さい猫用の首輪だけが残った。黒木に、世界に存在する為の矛盾理由(パラドツクス)を『解体』されたのだろう。本人がそれを理解したのと同時に、世界(ここ)から消えた。


 突っ込んできた車の運転手は二人とも無事で、怪我も無く気絶しているだけだった。面倒な事になる前にと、黒木はさっさとケータイで救急車を呼ぶと、帰ると言い始めた。


「あいつの矛盾理由(パラドツクス)って何だったんだ」


 俺は帰り道で黒木に訊いた。


「アリサだ」

「それは判る。でも、何でアリサも含めて、猫を殺してたんだ? アリサを殺した時点で、世界に残る理由は無くなる筈だろ?」


 多分、堂崎は飼い猫(アリサ)の事が気掛かりなまま死んだんだろう。だから霊になった時にアリサを捜す事だけが、世界に存在する為の未練――矛盾理由(パラドツクス)になった。だが、堂崎は自分で理由(アリサ)()くした。それにも拘らず、霊として存在していて、猫を殺していた。


「それは、死んだ時の事故が原因だ」


 黒木は俺の方を向いた。


「あの子は、後頭葉を損傷して霊になった。だから、認知障害――恐らく、相貌失認の様になっていたのだろう」

「そうぼう……何だって?」

「相貌失認。要は人の顔を憶えられないという事だ」


 認知出来ない、と。猫を、自分の飼い猫を――


「いや、待てよ。それじゃあ霊は、生前の死因を引き摺ったまま霊になるのか?」


 交通事故の時の怪我を、霊になってからも引き摺っているなら、霊になった途端にまた死なないと怪訝しい。


「いや、確かに、霊は死因を引き摺らない。死因が無かった状態に戻っている。だが、堂崎美和子は後頭葉を損傷()()()()死んだのではなく、後頭葉を損傷()()死んだ。死因ではないから、霊になっても死なない程度の脳の損傷を引き摺った」

「…………」


 なら、そんな、微妙な違いで堂崎は――。


「『三毛猫』という特徴だけで『三毛猫のアリサ』を捜しても、認識出来なかった」


 何処と無く遣る瀬無い気持ちになって、俺は話題を変えた。


「そう言えば、いつ堂崎が霊になってるって判ったんだ?」

「聞き込みに行った時だ。似顔絵の主が堂崎美和子だというから母親に話を聞いた」

「交通事故で死んだっていうのも、その時に聞いたのか」

「そうだ。堂崎美和子は母親がアリサを飼う事を許してくれない為に隠れて飼っていて、夜に家を抜け出す様になったらしい。尤も、母親は事故の後に猫を飼っていた事を知った様だが。猫のアリサ自体も、母親は警察に届けたりして捜していたが、その前に堂崎美和子が殺してしまった。その時に不幸中の幸いと言うべきか、処分される前にアリサの首輪と遺体を引き取れたそうだ」


 じゃあ、堂崎の母親は、自分の娘が殺した、娘の飼い猫の首輪を持っていたのか。


「……()れている」


 俺の呟きが聞こえているのか判らないが、黒木はそのまま話を続けた。


「堂崎美和子は、大型車に轢き逃げされたが、それは深夜の事だったのに加えて、野次馬達が来るのも遅く、誰にも気付かれるずに死んだ。あの子が〝再現(リプレイ)〟している事象は、そこから来ているんだろう」

「その時に認知障害になったんだな……。あれ? そう言えば、俺の事はちゃんと判ってけど、あいつ」

「お前は馬鹿か。お前みたいな容姿だったら判別が付くに決まっている。そんな派手な特徴を持っている奴は他に居ないのだから」

「あー、成る程」


 まぁそれが、この容姿の利点でもあるのだが。

 それよりも――黒木が呟いた。


「瑣事だが、一つだけ気になる事がある」

「何?」

「あの子が言っていたレーゼドラマという言葉だ。あれは、『読むだけの戯曲』を意味するドイツ語だ」


 勝手に再現してしまう、と堂崎が言っていた言葉。


「それは――能力(ちから)の名前だろ。ベクターにも名前がある。多分、存在しているからだろ?」


 それだけは、確信を持って言える。俺も同じ様に〝生命の躍動(エラン・ヴイタール)〟というベクターを持っているから。いつから持っていたのか判らないが、何故か完全に理解出来ている能力(ちから)


 黒木は、ふむ、と納得した様に片目を細めた。


「それはお前も同じなのか?」

「そうだよ。〝生命の躍動(エラン・ヴイタール)〟の元ネタなんて、俺は知らない」

「成る程な。名物学の様だが、全ての存在には名が在る、というのはやはり原則としてあるのか。いや寧ろ、これはロゴスか」

「原則、か」


 堂崎が読まれる為の戯曲(レーゼドラマ)の様に過去を再現する可能性は、死んで、世界に不適応したから持ったというのに、それに付く名前が、存在の原則で適用されたものというのは皮肉だ。

 終わってから、自分の過去を世界に顕せる様になった、堂崎の人生としての戯曲(ドラマ)は、誰に読まれる為のものだったのだろうか。


「……少なくとも、無意味な事じゃ、ないよな」

「何か言ったか?」

「何でも無いよ。そう言えば、あの子のベクターが解った理由は?」

「調べた事故の要素が全て同じだった。どう考えても『再現している』としか判じられない程に。そんな事、比較して調べなければ気付かない事だろうがな」


 ――何か判ったのか?

 ――事故は全て同じものだった、という事だな。


「あ――そういう」


 だからあんなにも冷静に対処出来たのか。……やっぱり、堂崎の能力の正体に関しては礼は言うべきだろうか。普通なら一応、死ぬところだった訳だし。


「そう言えば……お前のお陰で堂崎のベクターに対処出来たな……その、あ、有り難う……」


 何だか気恥ずかしくて適当に目を逸らしながら言うと、黒木は溜息を吐いた。


「その言葉遣いはどうにかならないのか?」

「……もう定着してるのに、どうしろって言うんだよ」

「お前は女なんだ、夜鳥(ぬえ)

「……煩いよ、ばーか」


 黒木から顔を背けて、日が替わり掛けている空を仰いだ。


 堂崎は、霊になってから誰にも気付いてもらえずにいながらも、ずっと話を訊いて回っていたんだろうか。

 誰かに話を訊こうにも無視されて、孤独で、アリサの事が心配で堪らず、三毛猫(アリサ)を捜しても見つからず、訳の解らない能力(ちから)で猫を殺してしまった。そんな中で、俺に初めて相手にされた堂崎は、どれだけ嬉しかったんだろうか。

 そして、あいつの最期は自分がアリサを殺したと知った時。絶望しただろうか、それとも安心したのだろうか。刹那の、全てを理解した表情からは、俺は何も読み取れなかった。


 一つのヒトが終わる瞬間を視たのに、何も感じない。あぁ、そうだろう。俺は何処かで冷徹に死を殺したいと思っているから。そこに、矛盾理由(パラドツクス)を抱く。

 今日は朔の月だったのか、仰いだ空に月は見えなかった。


 俺は何故か――酷く安堵した。

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