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月は何も語らない  作者: 黒石迩守
#3/Persona‐槻木涼(四月某日~五月十四日)

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 山縣警視は、どうやら優秀な人間らしい。


 簓木の話によると、普通は警視になれるのはキャリア組だそうだ。ノンキャリアでも、なれるにはなれるけど難しく、最低でも四十代になってからでないと昇進出来ないのが警視という地位だとか。それがキャリアだったなら、雲泥万里に二十代後半でなれるらしい(簓木曰く「国家的選民思想の害よね」)。しかもノンキャリアで登り詰められる最上階級は、警視正。警視というのはその一つ下だ。

 捜査の指揮を執るのは警察本部の管理官や係長が通例らしいけど、今回の〝四肢狩人〟事件の様に、規模の大きい殺人事件になると課長クラスに任される。中でも殺人等を担当する捜査一課というのは現場で働く人ばかりなので、それを纏める人間となるとキャリアという官僚体質では心許無い。というよりアンチノミーだ。

 だから、特に捜査一課の課長には、ベテランの刑事が任命されるらしい。

 そういう意味で、中年の小父さんにしか見えない山縣警視が、〝四肢狩人〟事件の捜査本部長をしているという事は、優秀なのだろう。


 ――なのに、


「え、ええっと、は、初めまして、山縣です」


 この人は何でこんなに動揺している。


 話を聞いた限りの心象では、もっとスーツをぱりっと着こなしている、凄みよりも貫禄が勝っている様な人を想像していたんだけど……これじゃ、へつらいに焦る平社員だ。今日は威厳を何処かに忘れてきたのだろうか。


「……どうも、槻木です」


 実際は、僕の何倍も偉い人の筈なのに、何とも微妙な気分になる。僕がそうさせている訳じゃないけど、何かありもしない筈の罪悪感が出てきた……。


 辟易に似たモノを抱きつつ、ちらりと眼を遣って隣を見ると、


「大丈夫よ山縣さん。槻木君は下っ端の下っ端なんだから、そんなに畏まる必要無いわ」


 僕をここに連れてきた張本人は、にやにや笑っていた。


「…………」


 僕は今、言われた通り放課後に彼女と共に警察署を訪れている。


 山縣警視に話を聞くという事だったけど、一般人の僕達がいきなり訪ねても無下な扱いを受けるだけだろう。だから、てっきり僕は、簓木が既に()()()を終えていて揚々と事が進むのかと思った。


 だけど、受付で彼女が放った言葉は。


『私、山縣の姪の簓木鏡花と言いますが、叔父の山縣警視を呼んでもらえますか?』


 揺々とやって来たのは山縣警視の方だった。可哀想に。


 そこで僕は初めて知ったけど、これはアポイントメントも糞も無い話だった様だ。事前に何を伝える訳でもなく、監査官としての職権濫用で我儘という名の嫌がらせを通しただけ――簓木の趣味が全開の遣り口だ。

 その後、誰にも見咎められずに、落ち着ける空き部屋まで案内してもらえたからいいものを、小混乱(プレ・パニツク)になっている僕と山縣警視は彼女からすれば、それはそれは滑稽だったろう。


 けれど、簓木の暴挙は続いていて。


 彼女は山縣警視に僕を『媒介者(ベクター)の槻木君』とだけ伝え更に動揺を煽り、山縣警視の人と為りを知らなかった僕は、その動揺っぷりを見て気まずい空気が出来上がっていた。


 簓木は、僕と山縣警視がどうお膳立てをすれば、思った通りに双方反応してくれるか、策謀済みだったんだろう――彼女の笑顔を見ていると、そんな疑いが湧いてくる。実際、この様になって彼女は厭悪な雰囲気を楽しんでいる。我ながら考え過ぎって事も無い気がするのが嫌だ。全く、放課後に警察署で何をやってるんだ僕は……。


 何とか頭を切り替えようと、溜め息を一つ吐いてみた。無駄だった。


 だけど、いつまでもうだうだ言っていても仕様が無い。僕は視線で、いい加減に話を進める様に簓木に訴えた。彼女は満足そうな顔で軽く頷き言う。


「山縣警視、先ずは槻木君に貴方の立場を教えてあげて?」

「はっ、はいっ」


 だから慌て過ぎだ。僕よりも年配の人に、こうも尻込まれるとやり難い。

 山縣警視は僕に浅く会釈する様にしてから、説明を始めた。


「その、私は刑事部捜査一課の課長で、第三特殊犯捜査殺人犯捜査係自体が、オルガノンの様になっています」

「えっと――それはどういう……?」

「頭悪いわね槻木君」

「煩いっ」


 僕と簓木の会話を繕う様に苦笑して、山縣警視は続けた。


「つまり、オルガノンが『調査すべき』と判断した事件が起きた場合で、警察機構がそれを扱う時は、全て警察本部か本庁の捜査一課に回される様になっているんです」

「じゃあ、ここに設置されている捜査本部の警察官は全員構成員なの?」

「いえ、構成員なのは私だけです。飽くまで捜査は、警察によるものとして行われ、ベクターが絡んでいると判断された時に限り――その、()()()()()()()()()に情報を渡す機構として機能する事になっています」


 要はね――簓木が継いで言った。


「〝四肢狩人〟事件の捜査本部は私が掌握しているのよ。あとは、警察の能力を存分に使って、如才無く事を進めるだけ、って事」

「ふぅん……」


 まぁ、状況は大体解ったけど――これって僕が調査する意味は無いんじゃないか? 警察という捜査機関があるんだし、その捜査本部を好き勝手出来るんだから。僕は〝四肢狩人〟の正体が判って、相対する時だけ出張れば充分な気が……何でこんな面倒臭い方法を。


「言っておくけど、〝四肢狩人〟の身柄は警察に引き渡さないで、会社の研究所(ラボ)に直接連れて行くわ。だから、貴方は誰よりも早く〝四肢狩人〟を拘束するのよ」


 勿論、解ってるわよね? と、簓木は露骨に笑いながら言った。


 ……見透かされてる。口の端と態度から他人の事を読み取るのは、彼女の特技だと解っていても、やっぱりいい気はしない。しかもその洞察力で、隠そうとしても心中言い当てられた動転の鎌首を持っていくから嫌らしい。


「槻木君が解り易いだけよ」


 そうですか。


 僕と簓木の遣り取りが意味不明だったのだろう、山縣警視は首を傾げていた。知らない方が幸せだ。


「……よし、解った」


 僕は話を本筋に戻す為に、頷いて見せる。

 状況として、僕は警察に頼り切る事は出来ない。警察に媒介者(ベクター)かも知れない人物が捕まったら面倒な事になるから、警察の情報を貰いつつ、先に〝四肢狩人〟を捕まえる必要性が出てくる訳だ。


 あぁ、それからね――簓木が付け加える様に言った。


「山縣警視はベクターに関与するのは今回が初めてだから、それを考慮してちゃんとサポートしてあげてね」

「初めてだって?」

「お、お恥ずかしい話ですが、能力者の方々と関わった事は一度も無いものでして……」


 山縣警視は申し訳無さそうに、歳に似合わない口籠もり方をした。人として何だか余計に小さく見える。


 しかし――成る程。それで落ち着きが無かった訳か。

 別にベクターだからって、僕は他の構成員と何ら変わりは無いんだけど。寧ろ、警察官としての社会的地位(しかも警察本部の警視)も加わる山縣警視の方が、僕よりも構成員としては質が高い筈。下手したら殺されるとでも思っているんだろうか、そんな事したら首が飛ぶのは僕の方だ。


 基本的に媒介者(ベクター)は、社内では捨て駒扱いされている大した存在じゃないという事を、簓木は敢えて黙っているんだろう。普通なら、超能力者というのは畏怖の対象に成り得る。その感情は理解出来るけど……、本当に性格が悪いな彼女は。


 そう言えば――ふと、僕は思い出した。


「山縣警視はベクター絡みの事件に関わった事が無いんだよね? だったら、この事件にベクターがあるって気付いたのは簓木――君は何が変だと思ったんだ?」


 山縣警視は()()()()の事件に対する経験値を持っていない。それなら山縣警視が違和感に気付ける道理は無いだろう。剰え、僕にこの事件の調査を命令したのは簓木だ。警察の捜査情報を受け取る前から怪訝しいと思える程の常識の齟齬が、この事件にある。それしか考えられない。


 あぁ、それは――と簓木は底の知れない妖艶さで僕に微笑み、言った。


「調書を読めば解るわ?」

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