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無垢なるもの

 こけこっこー。

 なんて、何処かで飼われているのであろう鶏の鳴く声が天高く響き渡る。

「もう朝か」

 どこか他人事のように比良は布団の上で胡坐かきながら、腕を組んで鬱蒼とした表情で下を向いた。

 この部屋は姫将軍の部屋の近くに『勝手に』つくった『隠し部屋』だ。

 畳四畳分の広さしかなく、おいてあるものは布団と衣装箱一つのみ。

 一応側仕えの忍としては、いつ呼ばれてもいいように主の側に控えておかなければいけないという建前で、江戸でなかなか自分にとっていい物件がなかったというだけだったりする。

 どうせ夜寝ないのだから、と思っていたものの

「ふうむ」

 右腕が優秀すぎて特に護衛する必要がなかったりして、夜が暇だったりする。

 たまにふざけた顔の鬼の姿で人を脅かしたりして遊んだりしたが、好奇心の集まりである江戸の人間が肝試しと大勢で来たり、守り人である狼士組が動きそうになったりとしたため、今では鬼の幻術姿も控えている。

 平和であろう。そうであろう。うん。

「お」

 いい匂いがしてきた。

 おそらく権左が飯を作り終えたのであろう。比良は身なりを整え部屋を去った。


「姫様! 今日の朝ごはんは鮭に目玉焼きに、味噌汁に、前より漬けておりましたきゅうりのお漬物です

!」

「うん、おいしそうだな」

 姫様の膝の上に丸くなって寝ていた夜刀が起き上った。

「飯か」

「また姫様の膝の上に乗って……お前は」

「おぉ、うまそうですな」

「比良、お前もいつもいいタイミングで来るな」

 じと目で見られ、比良はてへっと舌を出した。

 朝飯を食べていると、昔のことを思い出す。

 賽ノ地で忍となる前は、江戸で商人としてそれなりに幸せに暮らしていた。とあることがあり、両親だけのみならずすべてを失い、とある事情により賽ノ地へと身を寄せた。

 その時の我は何もかもを信じることができず、幼い子どもだったのにも関わらず妹と二人きりで暮らすと意地を張り、苦労した記憶がある。

 ……まあ一番苦労したのは、玖音だろう。

 男は流しに立つものではないという考えがあったし、昔は炊事洗濯なんて人任せで自分でやるということをしたことがなかったのに、他人を寄せ付けなかった我は何をやってもダメだった。

 特に壊滅的だったのは『料理』


「いやー、ハゲ殿の料理はうまいですね。昔から食べていた姫様がうらやましいです」

 

 料理を最初は応援していただけだった玖音だったが、我が四苦八苦しているのを見るに堪えなくなったのだろう。幼いながら台を持ってきて流しに立ち、料理をふるまってくれた。

 初めてとは思えぬ味を今でも忘れない。

 今まで食べた中で一番うまかったし、初めてだったのに色合いや盛り付け方などもまるで料亭のそれらしく、本当に驚いた。

 ハゲ殿の料理を咀嚼しながら、玖音の料理の味を恋しく思っていると

 姫様が「ふふっ」と嬉しそうに笑った。

「昔か……。だが昔の権左の膳は、くっそ不味かったぞ」

「え?」

 思わずお箸からごはんが落ちた。

 今こんなにも美味しい家庭料理を作っている彼が、くっそがつくほど不味いものを作っているだなんて想像つかなかった。

「あぁ、本当に不味かった。見た目もいまよりもずっと酷かった」

 姫様は思い出しながら続ける

「まず栄養があればどんどん足していくからな。正直頭がおかしいと思ったぞ」

「……」

 ハゲ殿がこの世の終わりのような顔をしている。そこまで落ち込まなくてもいいのに

 そして夜刀殿は一切われ関せずといった感じで、いまだに飯をもそもそと食べている。

「だがそうだな」

 姫様は笑った。

「昔から権左の膳を食べれたのはやはり、幸福だったとも思う」

 比良は不思議なものを見るような目で姫を見た。

 不味い飯を食って、幸福だったと? 理解できない。

「私は長いこと、食事と睡眠だけを繰り返していてな。それが普通だと思っていた」

 ハゲ殿が苦々しい顔をしているのが見えた。

 姫様に、そんな過去があったとは……。

「そこに……権左が来た」

 彼女は慈しむような表情で膳を見つめた。

「とても、とても。毎日が楽しいと思えるようになったよ」

 比良は完全に食べる手を止めてしまった。

 姫様の声は本当に心からそう思っている、幸せそうな声で、その表情はまるで


「昔の権左の膳は不味かったよ、でも、私は『美味しい』といった。それは本心だったから」

 彼女は笑いながら、箸を手にした。

「なぜなら初めて私は、ご飯がこんなにおいしいものだと知ったんだ」

 ちらりとハゲ殿を見れば、大号泣していた。

 想いを十分受け取ったのだろう。なんてきれいな主従だろう。今まで生きてきた中でこんなにもきれいな人間を見たことがなかった。

 だから、この人にお仕えしようと思った。

 だから、ここにいようと思った。


「今まで言えなくてごめんな、権左」

 彼女は彼を見つめて、微笑んだ。

「ありがとう」



 そっから先は、大変だった。

 ハゲ殿は大号泣して姫様に飛びつくし、夜刀殿はうるさいといってハゲ殿を蹴り飛ばすし、姫様はいつものように爆笑してみているだけだったし

 我は、吐血するのを我慢するのに精いっぱいだった。


 本音を言うだけで胃がキリキリと痛む持病を抱えていたが、それはどうやら綺麗すぎるものを見ても痛み出すらしく

 口からちょろりと赤い液体が出たのは、秘密にしておこう。

 鼻から出てないだけ、ましでしょう?

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