丁 .【 帰依 】
「嘆くことはありません。
あなたは今、一人の人間としての死を超え、
この国の安寧を司る『柱』の一部へと昇華されるのです。
これは、最も名誉ある神事。
今日、あなたという一片が加わることで、
コトシロ(事代)はまた少しだけ、
この国の本音を正しく語れるようになる」
コトシロが、
祝詞を奏上するように多重の声で歌い始めると、
スタジアムに降り注ぐ黒い煤が、
白鷺色の結晶へと姿を変えた。
その光に包まれた蓮の石の破片が、
重力を失い、ゆっくりと宙へ浮き上がる。
破片は、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、
ことしろの顔の中
――あの蠢く舌の曼荼羅が待つ深淵へと、
濁流となって吸い込まれていく。
蓮の意識が、歴代の生贄たちの絶唱と混ざり合う。
そこにあるのは、もはや苦痛ではなかった。
自分という「個」が、数万人の殺意に削り取られ、
巨大な「システムの歯車」へと組み込まれていく
過程は、恐ろしくも甘美な**「虚無への帰依」**だった。
蓮は理解した。
目の前のこの怪異を殺しても、
この呪いは決して終わらない。
日本人が、
「誰かを生贄に捧げてでも、自分だけは安心したい」
と願う本能がある限り、
コトシロは何度でも新しい「舌」を拾い集め、
その空っぽの顔を作り直し続けるのだ___。




